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光の爆発

 立ち上がろうとして壁に左手を突くと、手に激痛が走るのを感じた。ボクは黒い靄が無造作に払ってきた腕を、咄嗟にガードしたのだけど、多分折れたか、罅が入ったようだ。

 即座に『痛み』から意識を遮断する。

 軍事訓練で受けた、拷問への対処法がそれだった。

 痛みを他人事に様に認識する方法なのだが、なかなか難しいそうだ。普通は『恐怖』が根底にあるから。

 『痛み』は生命の危険のサイン。

 生命の危険は、人間に生存本能がある限り『恐怖』に直結しているのだ。

 だから人々は厳しい訓練を経て、その対処法を身に着ける。ボクは、生まれつき『恐怖』の感情が希薄だ。

「貴様は極端に他人に興味が無いが、それ以上に自分にも興味が無いのだな。化け物め」

 何か、おぞましいものでも見たかのように軍事訓練の教官が吐き捨てた言葉がそれだ。

 マウンテンゴリラみたいなゴツい男が、ガキみたいに泣きわめく『痛覚の耐久訓練』を、ボクは淡々とクリアしたのだった。

 左腕がないものと認識しつつ、再びM29を構える。常に銃口は敵に。これもまた、訓練の賜物だった。


 『まるで風』というのが、ボクが感じたものに一番近い。

 髪一つ揺れないのに、あたかも換気扇でもあるかのように姫様の方向に引っ張られるような感覚があったのだ。

 激しい衝撃に備えるように、姫様は脚を踏ん張っている。

 彼女が『編み上げた』とか言っていた、タトゥが絡まって出来た二メートルほどの砲身の先が、燐光を放っていて、そこにボクは吸い寄せられていた。

「ごめんね」

 例によって、痛みに耐えているかのような苦しそうな声で、姫様がつぶやくのが聞える。

 姫様の軍用パーカーの裾が、風どころか空気の流れすらない密室なのに、台風並みの強風にあおられたかのようにバタバタとはためく。

 耳鳴りがする。上空からのパラシュート降下訓練をボクは思い出していた。気圧が急激に変わって、鼓膜が役に立たなくなり、キーンという耳鳴りだけが聞えるのだ。それと似ている。

「何だ? 何が起こっているんだ?」


 それは、光の爆発だった。

 あらゆる色彩が、姫様が『編んだ』砲身から迸り、弾けたのだ。

 ボクは、頑丈なジャングルブーツを姫様が履いている理由が理解できた。

 砲口から色彩が弾けた瞬間、姫様は踏ん張った姿勢のまま二メートル近くも反動で床を後退したのだ。ハイヒールなんか履いていたら、ぼっきり踵が折れている。

 砲口は上に跳ね上がり、その反動を抑える姫様の右手と右手に添えた左手に筋肉がうねる。長袖Tシャツの裾もめくれあがり、アスリート並みに割れた腹筋が見えた。

 全身の筋肉を使って、この『編んだ』大砲の反動を抑えているのだ。

 M29の反動も大きいが、それとは比較にならないほどのエネルギーだろう。

 光の奔流に飲み込まれて、黒い靄がかき消される。

 しかし、まるで本物の大砲もかくやと思わせるほどの、反動と勢いがあったにもかかわらず、小瓶一つ倒れていない。

 反動は本物だが、砲口から飛び出た色彩はまるで幻だったかのようだ。

「お疲れ様、終わったよ」

 姫様が、めくり上げた右手の袖を戻す。

 また、小汚い手袋が嵌められていた。

 タトゥは、また姫様の肌に戻ったようだった。

「色々、聞きたいのはわかってるけど、後にして。すごく疲れてるのよ」

 軍用パーカの裾を翻して、現場から姫様が立ち去る。

「どうしても、今、聞かないとならないことが一つあります」

 ボクは、口の中のカビくさいバターピーナツを吐き捨てて、歩み去ろうとする姫様の背中に問いかける。

 姫様の足が止まった。

「あなたの事を、どう呼べばいいのですか? まずはそれだけ、教えてください」

 いかにも、面倒くさいという声で彼女はこう答えたのだった。

当麻たいま 奈央なおが、私の名前。名字で呼ばれるの嫌いだから、奈央でいいわ」

 

 レントゲンを撮ると、やはりボクの左腕は骨折していた。きれいに折れていたので、治りは早いらしい。全治二週間という医者の見立てだった。

 ボクの左手には包帯が巻きつけられ、薬剤が散布された。すると、包帯は硬質なプラスチックのようになり、今は石膏のギブスの代わりにポリマー化ギブスが使われているらしい。さすがハイテク日本だ。

 痛みを遮断できるので、日常生活には支障がない。

 だから、ボクは筋肉を衰えさせないためのリハビリ方法のレクチャーだけを受けて入院は断った。

 新宿警察署の地下にある、特捜本部と言う名の隔離部屋みたいな空間に戻ると、姫様こと当麻奈央警視正はまたソファで、小さな鼾をかきながら寝ており、ボクの机の上にはお菓子と木製の箱が置かれていた。

 そのお菓子は、未来の世界から来た某有名猫型ロボットに類似したイラストがイメージキャラクターになった、トウモロコシの粉で出来たフワサクとした食感のお菓子だ。

 これは、味のバリエーションが多いのだけど、ボクの机に置かれていたのはなぜか『なっとう味』だった。

 ボクは、そのお菓子をわきに追いやり、木の箱を手に取る。

 高さ二十センチ、幅四十五センチ、縦三十センチと言うサイズだ。

 匂いを嗅ぐ。

 金属の匂い。グリースの匂い。その二つが判別できた。

 念のため、スチールの引き出しの一番上を開け、そこに箱を入れる。

 そのうえで、この箱の留め金を外した。

 まだ、箱は開けない。

 ほんの僅か蓋を持ち上げて、怪我した左手で支え、右手の人差し指で、開け口をゆっくり指でなぞってゆく。

 爆弾かどうかを試す手順なのだが、ボクはいちいちこうした手順を踏む。そう訓練されたからだ。面倒だとは思わない。爆死なんて死に方は、好ましくないから。

 結論から言うと、これは爆弾ではなかった。

 ボクが、申請書に書いておいた、バックアップの拳銃が届いたのだった。

 この拳銃は、『S&W M640』という小型のリヴォルバーだ。

 これは、銃弾によってバリエーションがあり、ボクは22口径ロングライフル弾――通称22LR――を装填するバージョンを愛用していた。

 理由は、22口径という豆鉄砲ながら、装薬が多いロングライフル弾で初速が早く、そこそこの貫通力があること。そして、装弾数八発という弾数の多さである。

 同封されていたのは、アンクルホルスター。これを、足に隠し持つのは、アメリカの警官などもよくやっていることだ。

 日本の警察は、こんなことしないけどね。

 ボクは、シリンダーをスイングアウトして、22LR弾を装填する。

 このM640と言う拳銃は、撃鉄が完全内蔵型で引き金を引くと機構内で撃鉄が上がって落ちる方式だ。したがって、暴発も少ない。

 小型で秘匿性も高く、使いやすい拳銃だ。


 

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