HL短編 ヒロインたちのお茶会
ふと気がつけば、この町に住み始めて半年が過ぎていた。
随分と長いことここで暮らしているように感じてしまうけれど、まだたったの半年しか経っていないのだ。
今までずっとビルに囲まれた都会に住んでいたので、この町に来た頃は緑豊かな田舎の風景は新鮮に思えたけれど、半年も経てば見慣れて愛着も湧いてきた。
海外暮らしの方が長いのだけど、元々日本の生活スタイルが自分に合っていたから、すぐに馴染めたのかもしれない。
この国では珍しい金髪と碧眼なのでやはり奇異の目で見られることも多かったが、それも徐々に気にならなくなっていた。
今もこうして商店街の通りを歩いていると視線を向けられてくすぐったいけれど、不快とは思わない。
昔は目立つことが苦手だったのに、今は人に見られても堂々としていられる。こんな私でも、少しは成長できているのだろうか。
「おや、柚葉ちゃん! 今日は何も買っていかないのかい?」
「こんにちは八百屋のおばあさん。ごめんなさい、今日は買い物ではなく友達と約束をしているんです」
目立つ容姿をしているせいだろうか。お店の人が私のことを覚えてくれて、こうして話しかけてもらえるようになった。
客として来た時はこっそりオマケしてもらったりして恐縮してしまうのだが、この町の一員として認められたような気持ちになるので嬉しくもある。
美しい自然があって、暖かい人たちがいて、大切な友人がいるこの町のことが、私は大好きだった。
都会から離れた場所にあるので色々と不便なことも多いけれど、それ以上にたくさんの素敵なものがこの町にはある。
そして何より、この町には愛しいあの人が居るのだ。好きになってしまうのも、必然なのかもしれない。
「あららそれは残念だねぇ。……おや、今日はあの子は一緒じゃないの? ほら、野菜嫌いの子」
「あ、はい。今日は一人なんです」
私が野菜を買おうとするといつも彼女は渋い顔をするので、野菜が苦手なことはおばあさんにしっかりと伝わっていた。
なので、いつも八百屋さんに来るたびに彼女は野菜をもっと食べなさいと言われ続けている。
野菜をたくさんオマケしてくれるのは、彼女にもっと野菜を食べて欲しい気持ちもあるのかもしれない。
本人はそのたびに引き攣った顔で苦笑しているけれど、食卓で野菜を出すとちゃんと残さず食べてくれる。
「珍しいねぇいつも一緒にいるのに。もしかして喧嘩でもしたの?」
「いえ、そういうわけではないんです。ちょっと、都合が悪くて」
「なるほどね。まあ、そういう日もあるさ。今日は他のお友達と楽しんできなよ」
「はい。また今度、寄らせていただきます」
「待ってるよ」
八百屋のおばあさんと話していると、いつの間にか待ち合わせの時間が迫っていたので、会釈してから慌ててその場を離れる。
余裕を持って家を出てきたから遅刻することはないけれど、これから会うみんなは予定よりも早く来る人ばかりなので、なるべく早めに着いておきたい。
しかし休日なので商店街は賑わっており、人で溢れかえって混雑しているのでぶつからないように足を速めるのは難しそうだった。
それでも注意しながら気持ち早めに歩いて、待ち合わせの場所である喫茶店へ向かう。
「あ、大須賀ちゃんだ。おーい、こっちこっち!」
「美空さん」
ようやくお店について中へ入ると、すぐに友人である彼女が大きく手を振って声をかけてくれた。
てっきり来ていたのは美空さんだけかと思っていたけれど、側に寄ってみればすでに平さんと菜月さんの姿もある。
ここに着いたのは約束の時刻の10分前なのだが、結局一番来るのが遅かったのは私のようだった。
「遅れてすみません、お待たせしてしまいました」
「いやいや、まだ10分前だから。大須賀ちゃんは遅刻したわけじゃないんだからそんな謝らなくてもいいのよ」
「そうだよ。それに柚葉ちゃんが一番遠くて時間がかかるんだから、たとえ遅れても気にしなくて大丈夫だよ」
「私たちは家から近いから早めに来てるだけだもんね。ま、とにかく柚葉も何か頼んだら? はいメニュー」
「ありがとうございます」
平さんからメニューを受け取り、手早く飲み物を決めてから店員さんに注文する。
このお店には何度か来ているので自分の好みのものはある程度決まっているのだ。
お気に入りの飲み物はいくつかあるけれど、今日はアップルティーが飲みたい気分だったのでそれをお願いした。
「あれ、柚葉ちゃんケーキは頼まないの?」
「はい。あまりお腹が空いていないので」
「私なんてさっきお昼食べたのに、ケーキ2つ頼んだわよ。ここのケーキ、美味しいのよね」
笑顔で言った平さんの手元には、空のケーキがすでに二皿。まだ食べ足りないのか、目を輝かせてメニューを眺めている。
「ふふ、おやつは別腹だものね。それに平ちゃんは運動するからカロリーの消費も激しいのかも」
「いいなぁ裕子ちゃん。私も2つ頼みたいんだけど……でも太っちゃうし、うーん、悩むなぁ……」
「上原ちゃんは充分細いんだから大丈夫でしょ。きっと食べた分は胸の方に蓄えられていく体質なのよ」
「え、ええー? それやだなぁ。大きくなっても邪魔なだけだもん。……よし決めた。小さめのモンブラン頼んじゃお」
「じゃあ私はティラミスとアイスコーヒーで。あ、このイチゴタルトも美味しそうね」
「裕子ちゃん……食べ過ぎると胸焼けしちゃうよ?」
飛び交う女の子らしい会話はお洒落な喫茶店によく馴染む。ふと周りを見てみると、他のお客さんも近い年代の女性ばかりだった。
お店の内装は派手ではないけれど可愛らしい作りになっており、ゆったりとした音楽がいい雰囲気を出していて落ち着いた空間を演出している。
メニューも女性を意識したものが多いので、客層を女性に絞っているのだろう。
「ん、おいし。何個でもいけるわ……って柚葉はほんとにケーキ頼まないの?」
「はい。あ、ここのお店ってテイクアウトはできますか? せっかく来たので、後で買って帰りたいのですが」
「商品の種類によるけど、できるよ。あ、そっか、千晴ちゃんのお土産にするんだね」
「千晴は甘いもの好きだから、きっと喜ぶわよ。チョコのケーキと、期間限定の焼き菓子なんてどう?」
「そうですね。色々あって迷います」
沢山の種類があるケーキの中から千晴さんが好きそうなものを選んでお店の人に伝えておく。
せっかくだから二人で一緒に食べたらどうだと皆に言われ、私の分のケーキもテイクアウトで頼んでしまった。
「千晴ちゃん来なくて残念だね」
「…………はい」
いつものメンバーでまったりとお茶会でもしましょうか、という美空さんの提案で今日はここに集まったのだが、千晴さんだけは参加していない。
本人は前日まで行くつもりだったのだが、当日になって行けない事情が出来てしまったのだ。
「まったく“人が多そうだからやっぱり行かない”ってなによあいつ。当日にメールで断るとか何なの? 殴られたいの?」
「ふふ、千晴がいなくて寂しいのね平ちゃん。よしよし」
「違うわよっ!」
「あ、あの……」
千晴さんの名誉の為に事情を説明したいのだが、本人から口止めされていて伝えることが出来ない。
何も言えなくて困っていると、菜月さんが笑って大丈夫だよと言ってくれた。
「解ってるよ。千晴ちゃん、何か大事な理由があって来れないんだよね」
「あ……」
「バレバレなのよね。確かに混雑が嫌いなあいつらしい言い訳だけど、そんなことで約束を放り出す奴じゃないのは知ってるわ。
誤魔化したいのならもっとまともな言い訳にしなさいって天吹に言っといてよ」
「まあまあ平ちゃん。私たちが遠慮しないように千晴が気を遣ってくれたんだから。でもほんと、そういうところは昔から変わらないわね」
私が何も言わなくても、彼女たちは千晴さんの気遣いを見抜いてくれていた。
素直じゃないし誤解されやすい人なので損をすることが多いけれど、こうして理解してくれる友人が傍にいてくれることが嬉しい。
「美空って天吹とは長い付き合いなんだっけ」
「そうねぇ。中学の頃からだから、だいたい5年くらいの付き合いはあるかしら。この中で一番あの子と付き合いが長いのは幼馴染の上原ちゃんよね?」
「たぶん、そうかも。物心ついた時から一緒にいて小学校の半ばまで一緒に育ったから」
「そういえば菜月は天吹の幼馴染だったわね。前にちょっと聞いたけど、小さい頃の天吹って今と雰囲気違ったんでしょ?」
この場に千晴さんがいたら嫌がって中断させているであろう話題になっていた。今日は彼女がいないので、止める人がおらず話はそのまま進んでいく。
私も菜月さんだけが知っている小さい頃の千晴さんのことにすごく興味があったので、黙って耳を傾けてしまう。
無邪気で明るい性格をしていた幼少期の千晴さんを知っているのは、この中で菜月さんただ一人だけなのだ。
以前少しだけ聞いたことがあるけれど、その時は千晴さんと菜月さんの関係についてがメインだったので、他のことは聞いていなかった。
「えっと、優しくて正義感が強いのは今もだけど、昔は明るかったしもっと素直で気さくだったかも。
運動神経が良くて運動会とかいつも活躍してたし、クラスの人気者で頼りにされることが多かったかな」
「え、それ本当なの? 天吹の皮をかぶった別の何かだったんじゃない?」
「でもイタズラ好きでよく女の子のスカートめくったりしてたよ。他にも着替え中に恥ずかしいこといっぱいやってたなぁ」
「あ、間違いなく天吹だわ」
「その頃の千晴って今と違ってわざとそんなことやってたのね……うーん、想像できない」
「あはは、子供の頃の話だから」
昔のことを語る菜月さんはどこか遠い目をしていていたので、きっと幼かった日々を思い出して懐かしい気持ちになっているんだろう。
次々と暴かれていく千晴さんの過去に、美空さんと平さんは興味津々だった。もちろん、私も。
けれど菜月さんは急に眉を顰めて、困ったように笑った。
「あんまり昔のこと言うと千晴ちゃんに怒られちゃうから、この辺りでやめておくね。これ以上は、本人に聞いたほうがいいかも」
千晴さんの過去は明るいものだけではなく、むしろ暗い部分のほうが多いので菜月さんは途中で話を切り上げたのだろう。
美空さんたちもそれが解っているのかこれ以上追求はしなかったものの、あいかわらず話題は千晴さんのことだった。
「まあ昔がどうであろうと千晴は千晴よね。今は刺々しい雰囲気は和らいでよく笑うようになったし、
人付き合いも面倒臭がらなくなって、徐々に周りとも打ち解けてきたし。根本的なものは何も変わってないんだわ」
「そうね。あいつ、最近は園芸の方に打ち込んでるらしいじゃない。勉強の方も頑張ってるみたいで、それなりにやってるようだし。
前はやる気のない変態だって思ってたけど、意外と努力家なのよね…。あ、変態なところは変わらないけど」
「わ、珍しい。裕子ちゃんが千晴ちゃんのこと褒めてる。本人がいるときに言ってあげればいいのに」
「どんな奴でも真面目に頑張っていれば認めるし評価だってするわよ。調子に乗るし癪だから絶対言ってやらないけど」
「……千晴さん、やっぱり面倒で疲れるけど充実してるって笑ってました。毎日、楽しそうです」
何事にも無関心だった彼女が色んな物に目を向けて、興味を持つようになって、やりたい事をみつけて、楽しそうに笑ってくれている。
その笑顔はとても魅力的で可愛くて、ずっと隣で眺めていたいほどだった。長い間見つめていると照れて顔を背けられてしまうけれど。
「そっかぁ。ふふ、千晴ちゃんが幸せなら私も嬉しいな」
みんな千晴さんのことが大好きで、大好きな人が笑ってくれることが嬉しくて、我が事のように喜んでいる。
それぞれ違う想いがあるのかもしれないけれど、私たちはきっと同じ気持ちを共有していた。
「天吹には勿体ないくらい素敵な恋人もできたしねー。まさかのリア充一番手」
わあ。
みんなから暖かい目を向けられてしまったので、どう対応をすればいいのか悩んだ末にとりあえず笑って誤魔化すことにした。
求められれば普通に話せるけれど……その、なんとなくこの話題はまだ慎重に扱った方がいい気がする。
正直に言えば色々話したいし、相談に乗ってもらいたいけれど、それは酷なことかもしれない。少なくとも、今はまだ。
「でも千晴って女の子にモテるから、同性の恋人ができてもあまり意外だとは感じないわね。本人は興味ないどころか嫌がってたから今まで縁がなかったけど。
ていうかあの体質があるから結局はみんな離れていっちゃうんだけどね」
「え?」
「あれ、私の聞き間違い? 天吹がモテるって聞こえたんだけど?」
「ほら千晴って中性的で綺麗な顔してるじゃない? それに千晴のことを知らない子から見たら、ぼけっとしてる顔がクールな感じに見えるらしくて。
で、ぶっきらぼうだけどさりげなく優しいからそこにキュンってくるんだって。最後はセクハラ発動して好意が一気に嫌悪に変わるんだけど」
「あーわかるなぁ。千晴ちゃん、昔は女の子に囲まれることが多くて奪い合いに発展したこともあったよ」
千晴さんは、かっこいい。髪を切ってより中性的になった容姿は以前にも増して同性の目を惹きつけている。
面倒くさいと言いながらも困っている人は放っておけないし、気を許した人に向ける優しい目はとても魅力的だ。
でも不意に満面の笑顔を浮かべた時はすごく可愛いくて、照れた時や拗ねた時なんか顔が真っ赤になって女の子らしいと思う。
そんな彼女の全てを知ってしまったら、好意を持ってしまうのも仕方がない。あ、体質を許容できる人限定になってしまうけど。
「………………」
急に喉が渇いて、すっかり冷めてしまったアップルティーを一気に飲み干した。それでもまだ足りなかったので、店員さんにおかわりをお願いする。
「ふーん、そんな人もいるのね。まったく、天吹も罪な奴だわ」
「……ふひっ」
美空さんが吹き出しそうになったけれど一生懸命堪えている。頑張ってください。
「やっぱりそういうの、柚葉は気になっちゃう?」
「えっと…」
「自分の好きな人が他の人から好意を寄せられるのって不安にならない?」
はい、たまに不安になります。ただでさえすぐ近くに千晴さんを溺愛している方々がいらっしゃいますから。
でも奪われるという恐怖は全く無い。ただ自分自身に問題があって、愛想を尽かされることの方が何倍も恐ろしい。
「そうですね、やっぱり嫉妬してしまいますけど、もっと周りの方と仲良くして欲しい気持ちもあるんです。
千晴さんの魅力に皆さんが気付いてくれるのは良いことですから」
「おおーさすが柚葉ちゃん。懐が深いね」
「ふふ、順風満帆みたいで安心したわ。でも、千晴って押しに弱いところがあるから気をつけたほうがいいわよ?
変な遠慮なんてしてたら、あっという間に奪われるかもしれないんだから」
「……頑張ります」
ニヤニヤとからかうように忠告されたけれど、瞳の奥は真剣な色を帯びている。美空さんは暗に“私たちに遠慮するな”と言っているのだ。
無用な気を遣い、そのうえ申し訳ないと思っていた自分を恥じたい。それこそ彼女たちに失礼だ。
「ちょっと、美空が脅すから柚葉が真面目な顔してるわよ」
「わ、わ、大丈夫だよ柚葉ちゃん! 千晴ちゃんは絶対浮気なんてする人じゃないから!」
「はい、知ってます。ただ、これからは遠慮せず強引に迫ってみようかと考えていたところです」
「今までも充分押せ押せだった気がするんだけど……ま、なんか面白そうだから好きにやっちゃって」
「そうそう、ガンガンいっちゃってね~。千晴がおもしろ……じゃなくて、喜んでくれそうだもの」
「美空ちゃんはからかうことに全力だよね」
それからの話も、何故か千晴さんのことばかりだった。
私たちは千晴さんを通して仲良くなったので、共通の話題といえば彼女のことなのだ。
本人のいないところで色々話してしまうのは良くないのかもしれないけれど。
「さて、そろそろお開きにしましょうか。今日はこれで解散ね」
「ん? お茶したら次はカラオケに行く予定じゃなかった?」
「ごめんなさい、実は夕方から好きだったドラマの再放送があるから早く帰りたいのよ。カラオケはみんな揃った時に行きましょ」
「そうだね。私も家に帰って勉強しようかな。テストも近いし」
「大須賀ちゃんもそれでいい?」
「はい。……ありがとうございます」
「あら、お礼を言われることなんて何もしてないけど。変な大須賀ちゃん」
「うーんあとひとつ気になるケーキが。お小遣いがピンチだけど、テイクアウトして家で食べよう」
「裕子ちゃん!? まだ食べる気なの!?」
会計を済ませ、頼んでおいた持ち帰り用のケーキを受け取ってお店の外に出る。
結局、平さんはケーキを四皿食べていた。さらに家に帰ってからまたひとつ食べるらしいので、計五皿になる。
朝と夕にランニングしてるから平気だと豪語していたけれど、胃の方は大丈夫だろうか。
「それではまた学校で」
「ばいばい、また明日ね」
「暗くなる前に気をつけて帰りなさいよ」
「じゃあね、大須賀ちゃん」
その場でみんなと別れ、早足で帰路につく。
ずっと千晴さんの話をしていたからだろうか、早く彼女に会いたくて、バスを待っているこの時間さえ惜しい。
いつもであれば苦にならない長い移動距離も、今日ばかりは果てしなく長い道程のように感じる。
友人たちとのお茶会は楽しくて充実した時間を過ごすことが出来た。けれど今は、彼女と話したい気持ちでいっぱいだ。
タクシーを拾いたい気持ちを抑えてバスに乗り、見慣れたバス停で降車してから駆け足で家へ向かう。
「ただいま、帰りましたっ」
ようやく家に着いて玄関に入っても、返ってくる声も迎えてくれる人もいない。
おばあ様は趣味の集まりで出掛けているし、千晴さんは自室で寝ているはずだから当然のことだった。それは仕方のない事だけど、少し寂しい。
急いで帰ってきたことを気付かれないよう荒くなった息を整えてから彼女の部屋の扉をノックする。
すぐに返事が返ってきたので静かに部屋の中に入ると、ベットの上で本を読んでいる千晴さんがいた。
……彼女の顔を見れた途端に、心が満たされる。
「おかえり。楽しかった?」
「はい、とても楽しかったです」
「そっか。そりゃ良かった」
読んでいた本を閉じて、彼女は満足気に微笑んだ。
朝よりも顔色が良くなっていることに安堵して、そっと額に手を寄せる。この行為になれてしまったのか、一切の抵抗がない。
「熱、下がったみたいですね」
「微熱だっからね。もうすっかり元気」
強がりではなく、本当に体調は良くなっているんだろう。
朝は喋るのも怠そうにしていたから、ずっと心配していた。
「で、みんなと一体どんな話をしてきたの? 興味あるんだけど」
「ほとんど千晴さんの話をしていました」
「訴訟も辞さない」
しばらく拗ねていたけれど、お土産のケーキを見せたらすぐに機嫌が良くなって口元が緩んでいた。
子供のように目を輝かせて数種類あるうちのどれを食べようかと悩んでいる。
どんなに格好良くてもやっぱり女の子だなぁとしみじみ思った。
「よし、私はガトーショコラにする」
「あ、なにか飲み物淹れてきます。コーヒーと紅茶、どちらがいいですか?」
「ありがと。じゃあ、紅茶で」
「はいっ」
今度はみんな揃ってお茶会をするとして、今は二人だけのお茶会を楽しもう。