WP短編 恋に落ちて、それから
教室の中が随分と賑やかだと思ったら、なんと午後の授業は自習らしい。
椿と一緒にお昼を食べて、時間ギリギリに教室に戻ってきたら友人が嬉しそうに教えてくれた。
そういえば担当の教師が会議があるから授業ができないと朝礼で言っていたような。寝ぼけてたから、うろ覚えなんだけど。
クラスメイト達はもちろん自主勉強などするはずもなく、友人同士で固まって楽しそうに雑談していた。
私も仲のいい友人のところに行こうかなぁと考えたけれど、お昼ごはんを食べたばかりで正直とてもとても眠たいのである。
せっかく教師のいない授業なのだ。誰にも咎められることはないし、思う存分、お昼寝するとしましょう。
布団や枕はないけれど、寝れるというだけで今この場所が楽園になるのだ。
(それではさっそく)
机に伏せて目を閉じて寝る体制を整える。しかし悲しきかな、寝始めて数秒もしないうちに肩を叩かれてしまった。
寝たふりをしてやり過ごそうにもバレバレだろう。しかたなく顔を上げると、クラスでも比較的よく話す女の子が正面にいた。
「ねぇ早瀬、合コンとか興味ない?」
「興味ないでーす。じゃ、おやすみ」
「即答!? ちょ、ちょっと待ってよぅ! まだ話は終わってないからね!」
再び机に突っ伏しようとしたけれど慌てて止められてしまった。こっちはもうお昼寝したくて堪らないというのに。
「人数足りなくってさー。早瀬、付き合ってる人いないでしょ? もしかしたらいい出会いがあるかもしれないし、いい経験になると思うけどなー」
「合コンの経験なんていらないので、おやすみ」
「待て待て待って、寝ないで。あのねぇ早瀬、私はあんたのことを心配してるの。だって、早瀬って恋愛に関して全く関心がないじゃない。
だからこういう機会を利用して恋の素晴らしさを知って貰おうとね? 誘ってるわけでね?」
うーん。
どうしようかな、と少し考えて。
「恋の素晴らしさは、もうわかるようになったから」
「え?」
「だって私、恋人いるし」
ぴたりと、さっきまで騒がしかった教室が静かになる。
「……は?」
目の前にいる女の子はぽかんと口を開けたまま、衝撃を受けたように後ろに仰け反る。
面白い顔だわーなんて、大変失礼なことをのんびり考えていると
「「「「な、なんだってぇええええええっ!?」」」」
ガタッ! ガタガタッ! ガタガタガタッ! ガタタタタッ!
「……へっ?」
教室のあちこちで立ち上がり驚きの声をあげる人たちが続出。
なぜか私、クラスのみんなの視線を独り占めだよ。やったね!……いやいや、よくは…ないよねぇ。これじゃ晒し者だよ恥ずかしい。
はっきりと断る為に本当のことを言ってしまったけど、よく考えれば迂闊な発言だったかもしれない。
恋愛の話題は、女子高生にとって格好の餌。たちまち教室は檻と化し、女子たちはまるで餌を狙う獰猛な生き物へと変化するのだ。
ほらほら、女子のみんなの目がギラギラしてこっち見てる。男子は嘘だろ…みたいな顔をするのはやめてね。そんなに私に恋人がいるのがおかしいのか。
「ちょっと早瀬! いつの間にちゃっかり恋人なんて作ってるのよ!! 教えなさいよぉおお!!!」
「そんなこと言われてもね、眠い……ぐぅ」
「寝るなコラァ! ねえねえ相手ってどんな人!? 優しい? かっこいい? 年下? 年上?」
ああっ、やっぱり追求してきた。とりあえず、大事な部分はバレないように慎重に答えるしかない。
それとクラス全員がこっちを見て聞き耳を立ててるのですっごい怖い。もしかして、本当に恋人がいるのか疑われてたりするのかな。
それならやっぱり恋人がいるのは嘘でした!見え張りました!って言った方がこの話題も無難に収束するかもしれない。
でもそうすると『じゃあ合コンに行こうぜ』って流れになっちゃうよね。そうなったら、やっぱり困るわけで。
なら、本当のことをある程度話しておくしかない、かな。
「えっと……まあ、優しいよ。怒ったら怖いけど。あと、クールだしカッコイイとは思う。可愛いところもいっぱいあるけど。で、向こうが年上」
「おおおおおお!」
「相手は学生? 社会人?」
「社会人だよ。だいぶ歳は離れてるかな。自分の年齢の倍…よりちょっと少ないくらい」
「「「「ええええええええええええッ!?」」」」
教室にクラスメイトたちの驚愕の声が響く。
『さすが早瀬さん、大人だわ…』とか、『アダルティ…』や、『圧倒的っ、年上だと!?』だの、よくわからん呟きもこそこそ囁かれている。
私はどうリアクションをとればいいのかわからず、ひとまず愛想笑いで誤魔化しておくことにした。
「そ、そそそれって大丈夫なの? 早瀬、遊ばれてるんじゃない!? それか相手の人ロリコンなんじゃないの!?」
「ロリコンて…そんな幼くないんですけど私」
ロリコンなんて言ったら、陽織さんマジギレしちゃうね。ううっ、軽く想像しただけでも恐ろしい。
きっと凍えそうなほど冷たい目で睨まれて、ひたすら罵倒されるに違いない。それはそれで、ちょっとゾクゾクして、良いかも……いやいや、ないない。
でも、年のことは言わなくても良かったかなぁと後悔する。年の差なんてあまり気にしてなかったから、ついうっかり口が滑ってしまった。
「だ、大丈夫だよ。小さい頃からずっと仲良かったから、お互いのこと良くわかってるし」
相手は女の人で自分と同い年の子供もいます、なんて言ったら大騒ぎになっちゃうだろうな。絶対に言えないけどね。
「うーん、その余裕っぷりが早瀬らしいと言うか。あんたなら上手くやってそうだけどさー」
「あはは。そんなわけだから、悪いけど合コンは参加できないってことで。私は、今の恋人だけで充分だから」
「はいはい、合コンに誘うのは諦めるわよ。その変わり、また後で詳しく聞かせてもらうからね」
「それは勘弁してほしいなぁ」
友人はニヤリと口を曲げてから颯爽と立ち去って、今度は違う女の子を熱心に誘っているようだった。
つい恋人がいることを暴露してしまったけど、まあ、とにかくこれでこの時間はゆっくり寝れそうだ。
「ねえねえ早瀬ちゃん! さっきのこと詳しく教えて!」
「付き合ってどれくらい!? どこまでやったの!?」
「こしあんとつぶあん、どっちが好き!?」
「どっちが先に告白したの!? 日向? それとも相手?」
「…………………」
顔を机に伏せる暇もなかった。
逃げ道を塞ぐように、わらわらと私の周りに群がってくるクラスメイトたち。
「えー、悪いけどこれ以上は秘密ということでおやす…」
「だめだめ、拒否権はないよ! さあ吐け、全てを吐け!」
「…………えぇええ? 好きなあんこはつぶあんです…おや…」
「「「MOTTO! MOTTO!」」」
こ、これじゃ寝れないよ―――!?
自習の間どころか、これからしばらくはその話題で質問攻めされてしまいそうな勢いだ。
余計なこと喋っちゃったなぁと深く後悔をしつつ、これから行われる拷問のような時間を耐えるしかなかった。
結局、解放されたのは放課後。
それまで女子たちによる熱烈な質問攻めを受けていた。
「あー……疲れたぁ」
下校時間になっても寄ってくるクラスメイトたちを振り切って椿のクラスまで行くと、何故か彼女のクラスの子たちにも恋人のことについて聞かれた。
勢いよく詰め寄られたので慌ててその場を逃げ出してしまい、そのまま学校を出て今は商店街で寄り道の最中なのである。
先にひとりで帰ってごめんと椿にメールを送ると、どうやら私に恋人がいることが学校中に広まっているらしい、と返事が返ってきた。
椿も色々と聞かれたようだけど、詳しくは知らないと答えてくれているようだ。後で事情を説明して、迷惑をかけたことを謝っておこう。
まさか恋人がいると言っただけでこんな大事になるとは思わなかった。私のことであんなに盛り上がるなんて、みんな暇なのかなぁ。
しばらく大変だろうけど対処しようがないので、広まった噂が落ち着くまで待つしかない。
「よし! せっかく商店街に来たんだから、お菓子の材料でも買って帰ろうかな」
今日のことをずっと引き摺っていても仕方ないので、気持ちを切り替えよう。
タイミングよく今日は行きつけのスーパーの特売日だ。いつもより奮発して色々な材料を揃えちゃおう。
で、帰ったら挑戦しようと思っていた新作お菓子を作ってみようかな。うん、そう考えるとわくわくする。
「……あれ、陽織?」
お菓子作りの手順を考えながら歩いていると、前から陽織が歩いてくるのが見えた。
いつもなら声を掛けてすぐ傍に駆け寄るんだけど、私はあることに気付き、慌てて横に逸れて彼女に見つからないようにビルとビルの間に身を隠す。
彼女は私に気付かなかったようで、そのまま私がいた場所を通り過ぎていった。
どうして私が声を掛けずこうしてこそこそと怪しい行動してしまったのかというと……陽織が、見知らぬ男性と、一緒に歩いていたからだ。
(あれ? よく考えれば隠れなくてもよかったんじゃ……)
陽織が男の人と歩いていただけなのに、なんで私は隠れてしまったんだろう。やましいことは何もないのに。
べ、べつに浮気だなんだと疑っているわけじゃない……はずだ。陽織に限ってそんなことあるはずがない。
どうせ、一緒に歩いていた人は同じ会社の人なんだろう。仕事か、もしくは付き合いかなんかで行動を共にしているに違いない。
だからこれ以上あのふたりを気にせず、何もなかったように予定通りお菓子の材料を買って帰ればいいだけなんだけど。
なんだけ、ど。
「………………」
影からこっそり半身を出して、陽織のとその隣を歩いている人物の後姿を見つめる。
会社帰りなのかお互いスーツで、何か熱心に話しながら歩いていた。話しているといっても男の方が一方的に話し掛けていて、陽織はそれに頷いている感じ。
残念ながら結構遠くに行ってしまったので会話は聞こえない。
もう少し近寄れば聞こえるだろうか。そう思い、気付かれないように距離を測りながら2人の跡をつける。
(はっ!? ちょっと待った、なんで普通に尾行してるの!?)
こんなことしてたら、まるで陽織のことを信じてないみたいだ。
いけない。ちょっと落ち着こうか。陽織は心変わりなんてしないんだから、大丈夫。見張ってたら、それこそ陽織に対する裏切り行為なわけで。
(――ていうかあの男、陽織に近づきすぎじゃない?)
どう見ても、何度見ても、お互いの肩が触れそうなほど近接している。どうやら男の方がじわじわと距離を詰めているみたいだ。
これって絶対、下心ありだよね。……ぐぎぎぎぎ、遠くから見てるだけでも胸がすっごいムカムカしてきた。
できることなら今すぐ駆け寄って背負い投げで吹っ飛ばしてから得意の関節技を決めてやりたいほどだ。
でもそんなことをすれば陽織が困るだろうから、簡単に手を出すわけにはいかない。相手が偉い人だったりしたら、やばいだろうし。
だから私に出来ることは、こうしてあの男が陽織に手を出さないように見張ることだけ。
陽織にその気がないのだとしても、相手がやる気だったら危ないもんね。万が一に備えて、待機しておこう。
しかしこうしてあの2人を見てると、普通に男女のカップルに見えなくもない。男性の方は背が高くて清潔感があって、一般的に格好いい姿をしていると思う。
だから私なんかよりも断然、彼女とつり合っているんじゃないだろうか。私よりも、彼女を幸せにできるんじゃないだろうか。
陽織も、私よりも普通の幸せを与えることの出来るあの男の方を好きになってしまうんじゃないだろうか。
今は違うかもしれない。けど、これから先そうなる未来があるかもしれない。
そんな考えが嫌でも頭をよぎってしまう。今まで考えたこともなかっただけに、焦燥感がどんどん募っていく。
陽織が他人のところへ行く可能性は限りなく少ないかもしれないけど、ゼロと決まっているわけじゃない。
彼女が自分の傍を離れる未来を想像するだけでこんなにも胸が苦しくなって、背筋が寒くなってしまう。
頭の中が悲観的な考えばかりになって、町中なのに泣きたくなってくる。
(陽織……)
彼女の呆れた顔が頭の中を掠める。
『馬鹿ね』って、優しい声が胸に響いた。
だから、自然に笑みが浮かんだ。
(馬鹿だよね)
彼女を誰かに譲る気なんて、最初から全くないのだ。
可能性がどうした。私は何があっても負ける気はさらさらないし、これから先も陽織の隣に居続ける。
自分に自信はないけれど、彼女のことが誰よりもが大好きだっていう自信はある。胸を張って言える。
それに、私は信じてる。絶対の自信があるから、大丈夫なんだ。
「陽織!」
私は彼女の名前を、躊躇わずに叫ぶ。
「え?」
陽織は振り返ってくれた。
あ、そっちの男は振り向かなくてもいいです。
「……日向?」
私の姿を捉えると、陽織は驚いて目を見開いた。ただ純粋に吃驚して、どうしてここに私がいるのか疑問に思ってる、そんな表情だ。
だから、ちょっとだけ抱えていた不安が身体から抜けていく。彼女が怯えた顔をしていなくて良かった。
隣の男は動揺してオロオロしてるけど。
「あのね、椿が熱出しちゃって大変だから、探しに来たよ」
「椿が熱を?」
「うん。だから急いで帰ろう」
陽織の腕をぐいっと引いて、自分のほうへと引き寄せる。
ちょっと強引だったかもしれないけど、これ以上、彼女をあの男の隣に居させるのは嫌だったから。
男の人はいきなり現われた自分を呆然と見ていたので、不自然な位にっこりと笑っておいた。牽制のつもりなんだけど、伝わらないだろうな。
堂々と自分が恋人だと伝えられないのは歯痒いけれどしかたない。プライドより、陽織のほうが大事だ。
「えっと……倉坂さん、その子は」
「私の娘の友人です。娘が高熱を出したそうなので、申し訳ありませんが今日は失礼させていただきます」
「あ、うん。く、倉坂さん、子供いたんだ……?」
「はい。高校生の娘が一人います」
「えっ!? あ、あははは、そうなんだー。じゃあ、僕は、これで」
男は顔を強張らせて、手を軽く振りながらそそくさとこの場を去っていく。
陽織に子供がいるって知らなかったみたいだけど……まあ、この容姿で高校生の子供がいるなんて思わないよね。
未だに20代前半と言っても違和感のない彼女は去っていった男を無表情で見送ってから、私のほうを向いた。
「……椿が熱って、嘘でしょう?」
「ありゃ、ばれてた」
「嘘が下手なのよ、貴女はいつも」
「あはは、そうかなぁ」
「それでどうして日向は嘘を吐いたのかしら」
じろーっと、陽織に訝しげな目で見られる。めっちゃ見られてる。
できれば正直に話したいんだけど、恥ずかしいし、笑われるか逆に怒られそうで非常に言いにくい。
「そんなことより早く帰ろうね! お菓子作ろうと思ってるんだけど陽織は何か食べたいものある?」
「……日向? 質問にはちゃんと答えなさい」
「あわわわわわ」
突き刺すように睨まれてとっても怖い。初対面の人なら泣いて逃げ出すレベルですよこれ。
本当のことを言わないと、しばらくは機嫌を直してくれないかもしれない。
「……さっき一緒に居た人って、会社の人?」
「ええ、同じ部署の同僚だけど」
「ふーん」
「日向?」
私のそっけない返事にいつもと様子が違うと感じたらしく、陽織は黙って眉を顰めていた。
しまった。子供じゃないんだから、変な意地を張ってどうする。さっきのことは気にしないでいつも通りにしないとっ。
「あ、あはは、ごめんね。仕事の付き合いを邪魔しちゃって。嘘をついたのは、陽織と一緒に帰りたかっただけだから。ほんと、それだけで――」
「そう、日向ったらあの同僚に嫉妬したのね」
「いきなりバレてるしっ!?」
「念のため言っておくけど、取引先に一緒に行っただけよ。食事に誘われたけどもちろん断ってあるわ」
「……え、あ」
ちゃんと説明してくれてホッとしている自分がいる。
恥ずかしくて、情けなくて、今すぐどこかへ身を隠したい。しばらく山に籠もってしまいたい。
羞恥のあまりなぜか土下座してしまいそうになっている私に、陽織はポツリと言葉を漏らした。
「……本当に、妬いてくれたの?」
「ふへっ!? や、妬きましたけど」
「だって、貴女ってば嫉妬なんてろくにしてくれないじゃない」
だから嫉妬してくれたとしたら嬉しくて……と、普段は滅多に見せない柔らかな笑みを浮かべた。
嫉妬するなんて鬱陶しいとかめんどくさいだとか言われると思ってたから、予想外の反応をされて気が抜けてしまう。
「私だって嫉妬くらい人並みにするよ? しまくりだよ?」
どれだけ自分が綺麗で魅力的なのか、自覚していないんだろうか?
さっきだってあの男の人に狙われていたのに気付いてなかったみたいだから、わかってないんだろうな。
陽織は声をかけられても大抵相手にしないし、しつこい人間は容赦なく切り捨てるから安心していたけど、今日みたいな場合もあるんだよね。
彼女に愛想つかされないように、もっとしっかりしなきゃ。うん、頑張ろう。
「もしかして、疑った? 私が同僚と浮気してるんじゃないかって」
「ちょ、ちょっとだけ。ごめんなさい」
「もっと疑ってくれても良かったのに。まあ、それはそれで腹立つからお仕置きするけど」
「それって結局疑ったらお仕置きされるってことだよね!?」
「冗談よ。……疑っても、嫉妬してくれても構わないわ。だって、貴女は私のことを信じてくれてるでしょう?」
穏やかに笑みを浮かべたまま確信に満ちた目で、私のことを真っ直ぐ見つめる。
あーあ。やっぱり、この人には敵わないなぁ……。
「もちろん」
やっぱり、陽織は私のことを信じてくれているのだ。
不安に思うことはもちろん何度だってあるけれど、お互いの信頼は決して崩れないことを、私たちはよく知っている。
ずっとずっと前から。そして、これからも、ずっとずっと続いていく。絶対に。
「仕事上しかたないとはいえ誤解させて悪いと思ってるわ。ごめんなさい。……でも、これで私の気持ちが解ったかしら?」
「ん? なんのこと?」
「嫉妬するのは、貴女だけじゃないのよ。私だって、いつも不安なんだから」
「え、なんで?」
陽織が心配するようなことは何もないはずだし、誤解されるようなこともしていない。
彼女と違ってごくごく平凡な自分に言い寄る人なんて皆無だろうから心配する必要もないと思う。
素直にそう言うと、陽織は渋い顔をして嘆息した。
あれ、おかしいな、彼女から不機嫌オーラが滲み出てるような……。
このままではヤバイと思い話を逸らそうと考えて、学校であったことを話すことにした。
「あ! そういえば今日、友達に合コンに誘われてさー」
「…はぁ? 行けば?」
「ひっ!? え、いや、行かないよ!? それで、断る為に恋人がいるってつい言っちゃって、なんでか大変な騒ぎに発展してしまいまして」
「私のことを言ったの?」
「もちろん詳しいことは伏せてるよ。付き合ってる人がいるって言っただけ。みんな色々聞いてくるから、誤魔化すのが大変でさ……」
「ふふ、そう。放っておけばすぐに周りも落ち着くわよ」
「う、うん。そうだといいけど」
おや、陽織の機嫌がなおってる。
理由はわからないけど、楽しそうに笑ってくれるんだったら、いっか。
「さ、帰りましょうか。明日から連休だったわよね。今日はうちに来るんでしょ?」
「うん、そのつもりだけど。でも、明日は幼馴染がこっちに来るから――――」
「日向」
陽織の声が急に低くなった。どうしたんだろうと彼女の顔を見ると……わぁ怒ってる、すっごい怒ってる。
せっかくいい雰囲気で帰れると思ったのにどうしてこうなってしまったんでしょう。
私、なにか機嫌を損ねるようなこと言った? 言ってないよね?
「幼馴染って誰? 私のことじゃないわよね?」
「あれ……今まで話したこと……ない、ですね。はい」
それはともかくどうして陽織の機嫌が悪くなってしまったのか、それがわからない。
確かに幼馴染のことを紹介したことはないと思うけれど、怒られるようなことじゃないよね?
「その幼馴染さんのことについて、詳しく教えてくれるかしら?」
「それは、いいんだけど」
睨むのやめてくれないかなぁ、なんて。言えるはずもなく。
「日向?」
「はいっ」
これでも彼女なりに甘えてくれているだ。どんな理不尽な要求にも応えたくなるし、満更でもなかったりする。
何より自分の気持ちをきちんと話してくれるようになったのは嬉しい。だから、どんなわがままだって聞いてあげたくなる。
思わず頬が緩んでしまうのも、しかたがないのだ。
「な、なに笑ってるのよ……」
「えへへ、なんでもない」
ちょっとだけ機嫌が良くなった彼女は、ほんのりと頬を染めてそっぽを向いた。
大変なこともあって、不安に思うこともあって、それでも、結局はこうして幸せな気持ちになれる。
そんな日常をくれる彼女に感謝をして、私たちは話しながら家に向って歩き始めた。