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WP&HL短編集+スピンオフ  作者: ころ太
WP&HL短編集
4/45

HL短編 ふたりでお出かけ

 

昼休み。

陸上部の緊急ミーティングを終えて教室に戻ると、天吹の席に柚葉と菜月が集まって楽しそうに喋っていたので、私も混ざることにした。

しばらく雑談をしていると、用事を済ませて戻ってきた美空が当然のように輪に加わる。これでいつもの5人が揃った。

――――このメンバーと一緒に行動するようになったのはいつからだっただろう。どうしてだろう。

疑問を解消できる心当たりは沢山あるけど、認めたくないのですぐに考えを打ち消した。頭に浮かんだ奴の顔も、慌てて一緒に消去する。

ただ、私は自分の思うとおりに行動しているだけだ。今までだって、これからだってそうする。


「あ、そうだ」

「?」


突然、何かを思い出したように美空がポケットを漁りだす。

するとすぐに目的のものを取り出し、びしっ!と力強く私たちの前に突きつけた。


「はい、みんなご注目。ここに動物園の入場チケットが2枚あります」


提示されたチケットをよく見てみると、どこか見覚えのある名前の動物園だった。

ああ確かその動物園って、前にみんなで行った植物園の隣にあったわよね。


2枚の紙切れを揺らしながら愉しそうに笑う彼女を見るかぎり、またろくでもない事を考えているのだろう。

美空が意味もなく笑っていると凄く悪い予感しかしないのだ。彼女とよく話すようになってからここ数ヶ月、そのことを嫌というほど知っている。

うんざりとした私とは対照的に、美空は機嫌よく笑顔を絶やさない。

彼女と一番仲のいい天吹もどうやら察しているらしく、私と同じように顔を顰めている。


「さらに美術館の入場チケットが2枚あります」


もう片方の手に2枚のチケット。今度は隣町の美術館のチケットのようだ。彼女の両手には、計4枚のチケットが握られている。

なんだろう…まさか売りつけられたりするんだろうか。美術館は興味ないけれど、動物園の方はちょっと興味があるから買ってもいい気もする。

まさかタダでくれるわけ、ないわよね。あの顔は絶対何か企んでるから、もしタダでくれたとしても“条件”がありそう。

しっかり警戒しておかないと、また彼女の娯楽の餌食になってしまう。今まで散々な目に遭わされてきたんだから気をつけないと。


「知人から貰ったんだけどね、これ全部、有効期限が明日までなのよ。私は大事な用事があるから行けないし、良かったら皆で行ってきてくれないかしら」

「わぁ! ありがとう美空ちゃん!」

「いいんですか? こんな高価なもの貰ってしまって」

「いいのいいのどうせ貰い物だし。私はいけないから、使ってくれたほうが嬉しいわ」


何か裏があるのではと勘繰ってしまったが、どうやら純粋な好意でくれるらしい。


「くれるのは嬉しいんだけど…2枚ずつしかないわよ?」


動物園のチケットが2枚。そして美術館のチケットが2枚。

美空を除いた4人全員が行くには、あと2枚ずつ足りない。それに有効期限が明日までなら、距離や時間を考えて一箇所しか周ることができないだろう。


「そうねぇ。なら、2人は動物園に行って、残りの2人は美術館に行けばいいんじゃないかしら。全員で行くのもいいけど、たまには別々に遊ぶのもいいんじゃない?」

「まあ、その方がチケットを無駄なく使えて効率いいわね」

「組み合わせは公平にジャンケンでどう? 勝った方が動物園で、負けたほうが美術館」

「うん!」

「異議なし」

「私もそれで構いません」


皆が返事をする中、話に加わっていない一名に全員が視線を向ける。

まるで自分には関係ない話と言わんばかりに素知らぬふりをしていた天吹は、向けられた視線に耐えられず溜め息を吐いた。


「……これって私も行く流れ? 一言も行くって言ってないんだけど」

「千晴は強制ね」

「なんで!?」

「どうせ明日の休みは家でだらだら過ごすつもりでしょ? いいじゃない。それに千晴が行かなかったら、誰かが一人で寂しく行くことになるわよ?」

「………ぐっ……あーはいはい、わかりました。行けばいいんでしょ行けば」


こいつ、相変わらずだわ。興味がないことには全く関わろうとしない。

最近はマシになってきたと思ってたけど、やっぱり私の気のせいだったのかも。



「じゃあジャンケンいくわよ。 じゃーんけーん―――――」




ぽん、と4つの手がそれぞれの形で集まる。


そして、一回目のジャンケンであっさりと組み合わせが決まった。




****




翌日。


私は動物園の入場ゲートの隅の方に一人佇んでいた。入場していく家族連れやカップル達を横目で見ながら、相手が到着するのを待つ。

時計を見ると、まだ待ち合わせ時間の30分前だ。ちょっと、早く来過ぎたかもしれない。

べつに楽しみだったから早く来たわけではなく、混雑を考えて早めに来ただけだ。決して、浮かれていたわけじゃない。本当に。本気で。


(~~っ!)


正直、楽しみな気持ちは……少しはある。全く浮かれていない……といえば嘘になる。

私は一度この動物園に来てみたかった。だからジャンケンで勝った時は嬉しかったし喜んだ。

でも、なんで、よりにもよって“あいつ”と一緒に―――しかも2人だけで来なきゃいけないのだ。


「……なに一人で悶えてんの?」

「ひゃっ!?」


声を掛けられて振り返ると、天吹が呆れ顔でそこに立っていた。


「~い、いきなり声掛けないでよ! びっくりするでしょ!?」

「そんな理不尽なこと言われても」


そう、一緒に行くことになった相手は、よりにもよって天吹なのだ。

美術館に行くことになったのは菜月と柚葉で、今頃私たちのように2人で行動しているのだろう。

それにしても菜月と柚葉の組み合わせって珍しいというか、2人だけだとどんな会話をするのか気になる。


「ていうか来るの早いわよ!」

「なんで早めに来て怒られてんの私!?」


せっかく早めに出てきたのに…とブツブツ呟いている天吹の片頬は、よく見てみるとほんのり赤くなっている。

ここに来るまでにまた何かセクハラをして、その報復を頬に受けたのだろう。薄っすら手形が残っているのが何よりの証拠だ。

天吹が現地集合にしようと言ったから何も考えずその通りにしたけど、やっぱり駅で待ち合わせて一緒にここまで来ればよかった。

私が一緒に居て監視していればセクハラをされた被害者も出ず、天吹も頬を叩かれることもなかったかもしれない。

起きてしまったことはもうどうしようもないけど、今日はこいつが他の客にセクハラしないように私がしっかり見張っていなければ。

ああもう、動物を見に来たはずなのになんで天吹を見てなきゃいけないのよ。


「とりあえず中に入ろう。ここで突っ立ってるのも邪魔になるだろうし」

「そ、そうね」


二人並んでゲートをくぐる。

受付の係員にチケットを渡し、園内のパンフレットを受け取った。


「さすが人気の動物園、やっぱり人多いなぁ」


まだ入園したばかりだというのに、天吹はさっそく疲れた顔をしている。

植物園に行った時はあんなに目をキラキラさせてはしゃいでいた癖に、まったくこいつは。

混雑が苦手だと言っていたし、身体の事もあるから仕方がない部分もあるけれど。


(でも、嫌がりながらも、来てくれたのよね)


どうしてもはずせない用事があると言えば、断ることも出来たはずだ。

人が少ないであろう美術館に行った菜月か柚葉のどちらかとチケットを交換することも出来たはずだ。

でも、天吹はそうしなかった。ちゃんと、来てくれた。

普段は適当なくせに、たまにこういう誠実なところがあるから……なんていうか、むかつく。


「……あの、なんでさっきから私の顔見てんの? 私、動物じゃないんですけど」

「み、見てないわよ! バーカ!」

「いやガン見だし。今日の平さん酷くない?」


天吹から顔を逸らして、ずんずんと早足で先を歩く。

もうこいつのことはどうでもいい、私は動物を見に来たのだ。はやく可愛いアニマル達を目に焼き付けよう。

パンフレットを開いてまずはどこから見ていこうかと思案する。可愛いパンダをみるか、迫力のあるライオンを見るか。

他にも興味のある動物が多すぎて決められない。


「平ー、悩むなら順番に見て行けばいいじゃん。早めに来たから時間は沢山あるよ」

「………ん」

「じゃあまずはクマ舎からかな。ホッキョクグマいるかなー」


天吹も興味深そうにパンフレットを見ている。

さっきまであんなに疲れた顔をしていたくせに、いざ園内を周るとなると楽しそうに目を輝かせていた。

ほんと、ころころと表情が変わって子供みたいな奴だなって思う。少し前までは知らなかった。天吹が、こんな顔をするってこと。

もっと早く知っていれば、何か変わっていただろうか。そんなこと考えても、今更どうにもならないけど。



歩いて数分もしないうちにクマのいる場所へ辿り着いた。

餌もやれるみたいだけど他の客がたくさんあげてるみたいだし、私は見てるだけで十分だ。


「わークマだー。平みたい」

「どの辺りが私みたいなのか20文字以内で簡潔に述べてくれない? 答えによってはぶっ飛ばす」

「冗談です」

「まったく……一通り見たら次に行くわよ」


色んな種類のクマを見てから、次のゾーンへ向う。

サルやシマウマや象、キリンやカンガルーなど休憩を挟みながらたくさんの動物を見て周った。

お休み中で見れない動物もいたけれど、それはまた今度来た時に見よう。

今日一日だけでは、全てを見るのは難しい。それほど、この動物園は広く充実しているのだ。


「おー、ハヤブサかっこいいー」

「はいはい。いつまで見てるのよ」


猛禽類のゾーンでずっとハヤブサを眺めていた天吹をその場から引き剥がすように引っ張る。

どうやらあの鋭い爪や嘴を持つ鳥が気に入ったらしい。ずっとハヤブサを見ていて、しばらく動こうとしなかった。

私が強引に引っ張ると、名残惜しそうにしながらもようやく離れる。


「んで、次はどこに行くの?」

「行きたい所はだいたい見て周ったわね。あとはふれあい広場くらいかしら」

「それならここから近いみたいだから、行ってみよっか」

「…ええ」

「ん? もしかして平、動物触るの苦手? あんまり乗り気じゃないみたいだけど」

「ううん、苦手じゃないんだけど、ね」

「?」

「行けばわかるわよ」


首を傾げている天吹に苦笑して、ふれあい広場を目指す。

パンフレットによるとヤギやうざぎ、ひつじや子馬に触れるみたい。

触れるのならもちろん触ってみたいんだけど。


「……………よし」


ふれあい広場に到着したので、さっそくヤギの群れに歩み寄ってみる。驚かせないようにゆっくりと。

けれどヤギたちは私に気付くと、まるで天敵の狼を見つけたかのように大きな鳴声をあげ、慌てて逃げ出した。

さっきまであんなにのんびりしていたのに、私が傍に寄っただけで一変して素早い身のこなし。

逃げたヤギは広場の隅っこの方に避難してこちらを睨んでいる。きっと私を警戒しているのだろう。

人に慣れているはずなのに、この怯えようは何なの。

他の客は普通にヤギを触っていて、ヤギも気持ち良さそうに目を細めているのに、どうして私だけこの反応なんだろう。


「平って、もしかして動物に嫌われるタイプ?」

「………うん」


動物は好きだ。けど、動物は私を好いてはくれない。

昔からそうだった。他の子には喜んで尻尾を振る犬は、私を見ると途端に吠え出す。

大人しいはずの野良猫に触ろうとしても、触るどころか近づくだけで怯えて逃げ出す。

犬や猫だけじゃない、鳥や他の動物にだってすぐに愛想をつかされる。


「動物って人の気性に敏感だから。平の凄まじい威圧感に怯えてるんじゃない?」

「なに? もしかしてケンカ売ってる?」

「いやいや、滅相もない」


天吹はふらふらと一匹のひつじに近づいて行き、もこもこした毛を触った。

するとひつじは甘えるように天吹の身体に自分の身体を擦り付け始める。餌をやるでもなく、ただ触っただけなのにどうやら気に入られたらしい。

しばらくそのひつじを撫でていた天吹の周りには、いつの間にかたくさんの羊が集まってきている。

もしかしたら、この広場にいるひつじの全てが天吹の傍にいるのかもしれない。

天吹って動物に好かれやすいタイプだったのね。意外すぎ。


「ぎゃーひつじに囲まれて身動き取れなくなった。…平さんこっち来てー」


ああ、動物避けに私を利用するつもりなのね。


「やっぱりケンカ売ってる?」

「いやいやいやいや滅相もございませんって!」


もこもこもこもこ。

柔らかそうな羊毛に囲まれた本人は困った顔をしていたが、私からしたら凄く羨ましい状況だ。あんな風に動物に囲まれてみたい。

オロオロしている天吹が面白かったのでしばらくそのまま見守っていようと思ったが、周りに迷惑をかけそうだったので助けてやることにした。

私がひつじの群れに近寄ると、やはりひつじたちは驚いてあっという間に散っていく。……無性に虚しい気分だ。

けれど天吹が触れている一匹だけは逃げようとしない。私が傍にいても、だ。


「ほら。触りたかったんでしょ?」

「え、あ、でも」

「大丈夫だよ」

「………ん」


言われるがまま恐る恐るひつじに触れてみると、ふわり、と柔らかい感触。でも、意外とごわごわしている。


「はじめて、ひつじに触った」

「良かったじゃん」

「……うん」


何度撫でてもひつじは逃げない。嫌がる素振りも見せない。

動物に好かれる天吹が触れているおかげなのだろうか。それともこのひつじが気まぐれに触らせてくれているんだろうか。

よくわからないけど、ただ、ごく普通に動物に触れることが嬉しくて感動していた。


「多分、その子はもう平のことを怖がってないよ。しばらく遊んでやれば?」

「うん。じゃあ、そうする」

「私はあっちのウサギ見てくるから」


そう言って天吹は地面に穴の開いた場所へと歩いていった。

そこにはウサギなどおらず、他に客もいない。単に人のいない場所に行きたかっただけなんじゃ……と思ったが、

天吹がしゃがんでしばらくすると、地面の穴からウサギがひょっこりと顔を出した。一匹が顔を出すと、次々に他のウサギが顔を出し、穴から出てくる。

……あいつ、動物に好かれるってレベルじゃなくて、もう動物使いか何かなんじゃないの?


ウサギと戯れている天吹は放っておいて、私は大人しく傍に寄り添っているひつじの感触を楽しむ。

ああもうこのひつじ最高に可愛いわね。このまま持って帰りたいくらいだわ。

けどずっと触っているのも可哀想なのでそろそろ離してやろう。充分すぎるほど、堪能させてもらった。


「ありがとね」


メェ、とひと鳴き。

まるで『どういたしまして』と返事をくれたような気がして、頬が緩む。


最後にひと撫でして、名残惜しみながらひつじの傍を離れる。

それから天吹の方を見ると、今度はウサギに囲まれているようだった。ウサギの群れの中心に座り込んで、ぼけっとしている。

周囲に集まっているだけじゃなく、何故か肩の上にもウサギが乗っていたり、背中に張り付いてるウサギもいた。もう、何のオブジェクトよ、あいつ。

他のお客さんが変な目で見てるのに気付かないのかしら。


「あま……」


声を掛けようとして、言葉が詰まる。

身体を丸めるようにしてしゃがんでいる天吹は、ぼんやりと遠い目で何かを見つめていた。

何をそんな真剣に見ているのか気になってその視線の先を辿ると、ただ、仲のよい家族連れが動物と戯れているだけだった。

興味津々に動物に触っている子供を見守る母親と、熱心にその様子を撮影している父親の姿。

そこには、ごく普通の家族の様子があるだけ。何も珍しいものなんてない。


「…………」


あいつが何を考えているかなんてわからない。柚葉や菜月なら、もしかしたらわかったかもしれない。

あの家族連れが羨ましいのだろうか? 楽しそうにしているのが妬ましいのだろうか?

天吹の表情を見ても何も読み取れない。だって、いつも通りの顔をしてるんだから。


……いつも通り過ぎて、苛々する。


「天吹!」

「ん? ああ平、もういいの?」

「さっさと次に行くわよ!」

「え、ちょっ」


天吹の傍に行くと、集まっていたウサギがいっせいに逃げて一匹残らず穴へと帰っていた。

その場から動こうとしない天吹の腕を掴んで、別の場所へ移動しようと一方的に引っ張っていく。


「ちょっと待って、そんな引っ張られるとっ」

「うるさい!いいから早く行くわよバカ!!」

「今日の平さんほんと理不尽ですよねっ!?」


うるさいうるさい! 自分でもなんでこんなにムキになってるのかわかんないわよ!


「あっ!」

「え――」


天吹の短い悲鳴のような声が聞こえて、なんだか嫌な予感がした。

思わず腕を離して振り返ってみると、天吹が体勢を崩しかけていて、私めがけて倒れてくるところだった。

なんでこいつはいつも簡単に転んでしまうんだろう。強引に引っ張ってる私にも原因はあるけど……

ってやばい、このままじゃ――――!!!


「っ!」


衝撃に備えて目を閉じる。

勢いがあったせいか天吹を支えることが出来ず、2人とも転んでしまった。

地面が硬いアスファルトだから痛いだろうと覚悟していたけれど、予想していたよりも随分と柔らかい。……柔らかい?


恐る恐る目を開いてみると、すぐ近くに天吹の間抜けな顔があった。

押し倒されたはずなのにどうしてこいつが私の下敷になっているんだろう。どうりで柔らかいはずだ。

瞬時に受け止めてくれて位置を入れ替えたらしいけど、一瞬でそんなことするなんて手馴れていると言うべきか。

いや、身に染み付いてしまっているんだろう。自分が痛みを感じないからって、他人の痛みを引き受けようとしているのかもしれない。

こいつ、やっぱりバカだ。うっかり悲しくなるくらいの、大バカだ。


「ごめん……平気?」


心配そうな声と、優しい瞳。

滅多に見られない彼女の表情に思わず釘付けになる。

そういえばすぐ近くに顔があったんだっけ。

ほんの少し動けば、お互いのある部分が触れそうなくらいに。

………

…………………

……………………………………っ!!!!!!!!


「平気……じゃ、ないわバカぁあああああ!!!」

「わ、ちょっと落ち着いて平!」


むにゅ、とお尻に何かが触れる。いや、『触れる』というより『掴まれる』が正しい表現だ。


「ひっ!?」

「あ」


天吹は両手で力強く私のお尻を掴み、あろうことか質感を確かめるかのように揉みしだいた。

顔に熱が集まって赤くなっていく私とは対照的に、天吹の顔はどんどん熱が引いて青ざめていく。

混乱し始めた私を止めようとしたのだろうことはわかる。わかっているけれど、湧き上がってくる感情はどうにもできない。


「あま…ぶき……?」

「あ、いや、ち、違う!わわわわわざとじゃなくて、その…………っふぐっ!?」

「もういい喋らないで潰すから」

「怖っ!?」


片手で自分の身体を支え、もう片方で天吹の顔面を掴み、力を加える。


「アイアンクロー!? ちょっ…ミシッていった! 顔が歪む…っ! ただでさえ微妙な顔なのにもっと歪になっちゃう!!」


普段は気の抜けた顔をしてるからわかりにくいけど、結構綺麗な顔をしてるくせに。

近くで見ると、嫌ってほどよくわかる。


「ってか、いい加減重いから退いてください」

「なっ!? こ、これでも平均的な体重なんだからっ!!」

「はいはい」


慌てて飛び退くと、やれやれと呟きながら天吹も起き上がる。

周囲の客が怪訝な目で私達を見ていたので、そそくさと別の場所へ移動することにした。

ふと空を見上げると、だんだんと陽が沈んできている。もう、そんな時間になっていたのか。


「……そろそろ帰る?」

「そうね。もう、帰る時間だし」


帰り道に向けて、歩みを進める。

散々歩き回って疲れたのか、歩くペースが少しだけゆっくりになる。

いつも走っているから体力には自信があったのにな。……うーん、筋トレの量をちょっと増やそうかしら。体重も、気になるし。


「あ、そだ。おみやげ買っていこう」

「あら、アンタにしては気が利くわね」

「今日は楽しませて貰ったから、チケットくれた美空にお礼しないと」

「…………楽しかった、の?」

「ん? 楽しかったけど? 平は楽しくなかった?」


ずるい。

どうしてそんな平気な顔で、そんなこと言えるんだろう。

っていうか聞くな、バカ。


「た、楽しかったわよ。いっぱい動物見れて、触れたし」

「そりゃ良かった。私と一緒にいても楽しかったってことは、けっこうな動物好きだったんだなぁ平は」

「っ……ばーか!」

「え、なんでっ!?」


理不尽なのは、どっちだ。

なんでこんな奴に、こんなにも心を乱されなきゃいけないんだ。


「ほら、おみやげ買いに行くんでしょ! 菜月と柚葉にも買って帰るわよ!」

「はーい…って早!」


今の自分の顔を見られたくなくて、早足で前を歩く。だって絶対、変な表情になってるから。

天吹は置いていかれないように慌てて後ろをついてくる。

私は追いつかれないようにひたすら早足で進む。


「待ってってば~」

「…………」


段々と開いていく距離。

その距離がなんだか私たちの関係を表しているようで、心の奥がチクリと痛んだ。


「……………遅い」

「は?」


私は振り返って来た道を少し戻り、後ろにいた天吹の正面に立つと彼女は驚いて足を止める。

思いがけない私の行動に吃驚したのか、ハトが豆鉄砲を食らったような間抜けな顔をしていた。

その様子がおかしくて、少し吹きだしてしまう。


「早く行くわよ」

「う、うん?」


今度は腕じゃなく、手を取って引っ張る。

素直に隣に並ぶ勇気がなくて、やっぱり私が前を歩いてしまうけれど。


それでも、今の距離は。

繋がれた手のぬくもりは。



嫌いじゃないから。






「なんか、平に引っ張られてると補導されてる気分になる」

「っ――バカあああっ!!!」

「今日それ何回目!?」




嫌いじゃないけど、やっぱりむかつく。


 

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