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WP&HL短編集+スピンオフ  作者: ころ太
WP&HL短編集
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HL短編 料理をしよう



今日は面倒な“調理実習”のある、憂鬱な日。


家庭科室ではエプロンを着たクラスの女の子たちが、キャッキャとはしゃいで楽しそうにしていた。

食べることは好きでも、作ることに関しては興味がない私は溜め息しか出てこない。まったく、何が楽しいんだか。

料理が苦手な自分だけど、料理上手の柚葉と普通に料理の出来る美空がいるので、調理実習はいつも楽だった。

もちろん今日も2人に頼ろうと思っていたけど……今日はそうもいかないらしい。


「ごめんなさい千晴さん」

「頑張ってね♪千晴」


「…………はぁ」


なんと、不幸なことに彼女たちと別々の班になってしまったのだ。


いつもは好きな者同士で班を組んでるのに、先生の気まぐれで今日はくじ引きで班分けされてしまった。

頼りにしていた2人と班が離れてしまったので今日の実習は楽ができそうにない。なんてことだ。

決まってしまったものは仕方ないので、運悪く私と同じ班になってしまったかわいそうな人達に期待するとしよう。


で、肝心の私の班はというと――――



「ほら天吹、さぼってないで準備を手伝いなさいよ」

「千晴ちゃん、この野菜を洗ってくれる?」


「………はい」


どういう巡り会わせか、平と菜月の2人と同じ班になってしまった。


知ってる人と同じ班になれたのは気が楽だけど、なんでだろう。凄く嫌な予感しかしない。2人は料理って出来るんだろうか?

い、いやいや、大丈夫だ。女の子って基本料理が出来る子が多いし(自分は除外)

2人の腕前は知らないけど、平はともかく菜月は上手そうなイメージがある。ほら、全体から滲み出る家庭的な感じが。


(よ、よし…)


不安を完全に拭い去るために、私は野菜を洗いながら独自調査を試みることにした。

まずはさりげなく平に料理が出来るか聞いてみよう。


「平なにやってんの?」

「教科書見て作り方を確認してるのよ」


ちなみに本日作る料理はおふくろの味で定評のある肉じゃがだ。


「ふーん。あ、そういえば平は料理とか出来――」

「………………(サッ!)」

「なんで目を逸らすのっ!?」


速かった! 目を逸らすの凄い速かった!!


返事を聞くまでもなく態度でばっちり丸解りだった。

うん、でもなんというかイメージどおりでむしろ安心したよ平。期待に応えてくれてありがとう。

料理が苦手な者同士、親近感が湧くね。でもこれでうちの班の料理の危険度が増したね。


よ、よし、大丈夫とは思うけど念のため菜月にも聞いておこう。

面倒なのでもう直球で聞くか。


「ねぇ、菜月は料理できる人?」

「え、えーと……」

「…………」

「あ、あのね!料理って腕じゃなくて、愛情で勝負だと私は思うの」

「うん…そう、だよね……ははは」

「え、えへへ…」


誤魔化した―――――!!!!


誤魔化せてないけど誤魔化した!!


はは、菜月も解りやすかったなぁ。できれば解りたくなかったんだけどなぁ。

……あと、愛情は隠し味程度にしてくれると嬉しいです。


(どうしよう)


まさか菜月まで料理が苦手だとは思わなかった。

でも料理が出来そうで実は料理が出来ないってギャップは可愛いかもしれない。


(いやいや何考えてんの、うちの班、料理できる人がいないって結構ヤバいんじゃ)


楽をすることを考えている場合じゃなかった。

出来た料理はそのまま昼食になるので最低でも食べれる料理を作らないとといけないのだが、もうぶっちゃけ面倒なのでサボりたい。

生真面目な平が近くにいるのでそれは不可能だけど。

もしかしたら菜月は謙遜しているだけで実は普通に料理ができる人なのかもしれないし、淡い期待は捨てないでおこう。


「ってうああああ!!平、その包丁の持ち方はヤバイ!」

「はぁ?こうしないとジャガイモの皮が剥けないじゃない」


平は包丁を持ってジャガイモの皮を剥こうとしていたのだが、その持ち方がなんというか危険極まりないもので、

すぐにでも指をざっくり切ってしまいそうなものだった。剥くっていうより切るって感じだ。

私も包丁の持ち方なんてよく知らないけど、絶対その持ち方はおかしいと思う。


「平、危ないからピーラー使いなよ。向こうの棚に置いてあったから」

「ピーラー?なんで化粧道具使わないといけないのよ」

「それはビューラーだよっ!!違うよ!!本当になんで調理実習でまつげをきれいにカールさせないといけないんだよっ!?」


平は救いようのないほど料理全般が駄目みたいだった。

私でさえ知ってるんだから、せめて調理器具の名前ぐらい覚えてください。


「ピーラーっていうのはジャガイモの皮とかを安全に簡単に剥くことのできる便利な調理器具だよ」

「ああ、あれってピーラーっていうんだ。知らなかったわ」

「とにかく見てるこっちがハラハラするから、それ使って」

「わ、わかったわよ、まったく」


ぶつぶつ言いながらも平はピーラーを持ってきてジャガイモも剥き始めた。

使ったことがあるのか、慣れた手つきで順調に皮を剥いていく。……よし、これでもう大丈夫だろう。ひとまず安心だ。

真剣にやってる彼女の邪魔をしたら悪いので、離れて自分の役割を真面目にやることにした。

えーと、肉と平が剥いたジャガイモとニンジンを適当な大きさに切ればいいのかな。うん、それぐらいなら自分にも出来る。

包丁を握って、豪快に野菜を切っていく。大きさがバラバラだけど味が変わるわけじゃないので気にしない気にしない。

見た目が悪くても味が良ければ問題なしだ。


(おっ)


ふと菜月の方を見ると、彼女は手際よく玉ねぎを切っているところだった。

料理が苦手とは思えないほどに安定した包丁使いで、均等に玉ねぎを刻んでいく。

けれど玉ねぎが目にしみて痛いのか、目元を赤くして涙をポロポロとこぼしていた。

悲しくて涙を流してるわけじゃないってわかってるのに、見てるとムズムズして落ち着かなくなる。


「……大丈夫?代わろうか?」


私なら多分平気だし。涙は出るかもしれないけど。


「ううん、もうちょっとで終わるから平気だよ。ありがとう」

「そっか」


目元に涙が溜まっていたら視界が悪くて危ないだろうと、指でそっと雫を拭ってあげる。

自然と指が出てしまったが……まあ、いいや。もう遅いし。


「わ、わぁあああーーっ!?」

「えっ?」


なぜか大げさに驚かれて、彼女は素早く私から離れた。

えっと、涙を拭っただけなのに、これってそんなに驚くようなことだろうか?私、何か悪いことしちゃったかな?

菜月は顔を赤く染めて、潤んだ瞳で私を見ている……無意識だろうけど包丁をこっちに向けるのはやめて欲しい。


(はっ!?)


鋭い視線を感じたので振り向くと、ニンジンを剥いていた平がまるで害虫を見るような目でこっちを見ていた。


「変態」

「何もしてないっての!」


酷い。ただ涙拭いただけなのに変態扱い。

あとどうでもいいけど、剥きすぎてすっごい細くなっちゃってるよ、そのニンジン。や、どうでもよくないけど。


「ご、ごめんね。びっくりしちゃった」

「いや…こっちこそごめん、驚かせて」


はぁ、やっぱり慣れないことはするもんじゃないなぁ。


「………嬉しかったから」

「え?」

「さ、さー!頑張って作ろうね、千晴ちゃん!」

「おー」


気を取り直して料理に取り掛かる。平はひたすら剥いて、私はザクザク切って、菜月は鍋の準備を始めた。

手探りでぎこちないけど、このまま順調に行けば上手く出来上がりそうだ。

でも意外と簡単じゃん、料理って。面倒だからあまりやりたくないけど。


「天吹、材料は全部切った?」

「ばっちり」

「鍋も準備できたみたいだし、そろそろ炒めるわよ」


切った材料をザルに入れた平は、そのまま材料を鍋に“全部”投入した。

……うん?炒めるのって順番とかなかったっけ?一気に炒めちゃっていいの?

菜月も何も言わないで炒めてるし、合ってるのかな。


「平、ちゃんと教科書読んだの?」

「簡単な手順はね。材料を切って炒めて味付けして煮込めば出来上がり」

「…要約しすぎじゃん。大さじとか小さじとかちゃんと分量を確認しないとマズいんじゃない?」

「大丈夫でしょ?材料を間違わなければ普通に出来上がるわよ」


そういうものですかね?

教科書を見て作り方を確認した方が良さげだけど、間違っていたらと思うと恐くて開くことが出来なかった。

ここにきて、暗雲が立ち込めてきた気がしなくもない。……いや、気のせいだ、うん。



「美空さん、心配なので手伝ってきてもいいですか?」

「ふふ、手伝ってあげたいのは山々だけど。でも駄目よ、私達が手を貸したらあの子達の為にならないから。

 これはアレね、初めて料理をする我が子を見守る親の気持ちかしら」


あの、なんか不安になる言葉が後ろから聞こえてきてるんですけど。

手伝ってくれてもいいんだよ?むしろ手伝ってくれたほうが私達のためになると思うんだ。


「ふふふ、千晴ったらオロオロして可愛いー♪」


美空は心配してるんじゃなくて単に楽しんでるだけだよね。ちくしょう。



「えーと、次は砂糖・しょうゆ・お酒・みりんを入れるわけね」


おや、平はしっかり教科書を見て作っているようだ。どうやら慎重に料理をする気になったらしい。

この様子なら安心だし、手の空いてる私は使った器具の後片付けでもやっておこうかな。


「大さじ2杯?大さじってどれくらいなの?砂糖少々?適量?なによこれ、何が基準なの?菜月わかる?」

「わかんない。目分量でいいんじゃないかな」

「そうね。目分量でいいわよね」


うんうん、しょうゆをどぼどぼ~……って、おわぁあああ入れすぎ!!

それ適量じゃなくて適当だよね!?あきらかに適量の範囲超えてるよね!?

目分量ってのは料理に慣れてる人がやらないと危険なんだよ!ってばあちゃんが言ってた!!……気がする。


「ちょ、ふたりとも!入れすぎ!ちゃんと量って入れないと」

「え?千晴ちゃん量り方わかるの?どのくらい入れればいい?」

「わかりません」

「駄目じゃない」


だって私も料理苦手ですし。

注意は出来ても作り方のアドバイスなんて出来ないから、黙って2人が料理しているのを眺めていることしか出来ない。

複雑な心境の私を余所に、2人は淡々と大雑把に味付けをしていく。彼女たちは見た目に反して、実に男らしい料理の作り方だった。

もうどうにでもなーれ。


「不思議……あの3人で料理をすると千晴が頼もしく見えるわ…」

「千晴さんは最近家で料理を手伝ってくれますから。なんとなく料理の仕方がわかるんじゃないかと」


あーそういえば最近は簡単なことを手伝うようにしてたっけ。炒めたりとか皮を剥いたりとか凄く簡単なことを。

いくら料理が苦手とはいえ、彼女一人に何でもさせるのは申し訳ないと思って自分に出来ることを始めたのだ。

むしろ邪魔になっているのではないかと多少気がかりではあるけど。


「あ、水を入れるの忘れてた」

「えぇっ!?」

「水を入れなくても既にスープみたいな状態なんだけど」


しょうゆやみりんを入れすぎたのか、鍋の中が黒くて煮物というより汁物になっていた。

肉じゃがを作っていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。命名するなら野菜の暗黒スープかな。


(くっ、こうなったら!)


助けを求めるように美空たちの班の方を見てみると―――


「わ、このお茶美味しい~」

「ありがとうございます」

「大須賀ちゃんが持ってきたの?これ本当に美味しいのよねぇ」


すでに料理を終わらせた美空たちの班は、優雅に談笑しつつティータイムをしていた。お茶は自前か。いつの間に。

ぐぅ、こっちは必死に作ってるのに羨ましい!私もだらだらしたい!


「どうしよう千晴ちゃん」

「…とにかく水を足して薄めてみようか」

「これってカレー粉入れたらカレーできるんじゃない?」

「いいねそれ、カレー大好き。でも肉じゃが作るんだからカレー粉なんて用意してないっての」

「ねえねえ、豆板醤あるけど、入れてみる?」

「「やめて」」


あーだこーだと3人で意見を言い合いながら、どうするべきか考える。

もう手遅れなきもしたけど、私達は諦めることなく味の調整を続けたのだった。




そして、40分後。

料理が苦手な3人が試行錯誤して作り、そして出来上がった料理は肉じゃが………ではなく、しょうゆの煮付けだった。

あんなにしょうゆを入れたら普通そうなるよね。


「でも……不思議なことに食べれる」

「不味いって程でもないけど、美味しくもないわね」

「そうだね」


私達は黙々と奇跡的に出来上がった料理を食べていた。

失敗したけれど、こうして無事に食べれるものが出来てほんと良かった。ご飯も無事に焚けたし。ちょっと水っぽいけど。


「………料理、上手になりたいなぁ」

「そうね。料理なんて今まで興味なかったけど、今後の為に勉強しようかしら」


今回の失敗が効いたのか、菜月と平が料理に目覚めていた。

菜月は経験を重ねれば上手くなりそうだし、平らは努力家なのですぐに上達するかもしれない。

私も最低限、料理が出来るようになっておいたほうがいいかも。


考え事をしながら食事をしていると、いつの間にか柚葉が目の前にいた。

目が合うと、にっこりと微笑む。


「皆さん、よかったらこれどうぞ」


そう言って差し出されたものは、きゅうりの酢の物。肉じゃがの付け合せにはぴったりだ。

箸をつけ口に放ると、絶妙の塩加減と歯ごたえがいい感じで、とても美味しい。

これ、余った時間で作ったんだろうけど……さすが柚葉だなぁ。

菜月と平も夢中になって食べている。


「柚葉ちゃんって本当に料理上手だよね…羨ましいな」

「毎日柚葉の作る美味しい料理を食べてる天吹が憎い」

「え、なんで私に矛先がくるの!?確かに毎日美味しいものが食べれるのは幸せだけどさ」

「うん。私、柚葉ちゃんみたいな料理上手になれるよう頑張るから!」

「……目標は高いほうがやりがいあるしね。私も頑張ろうかしら」


ライバル意識が芽生えたのだろうか?

2人は真剣な目をして、さっきよりも燃えていた。

やる気があるのはいいことだと思うけど、ちょっと恐いです。


「青春ね……素敵だわ」

「美空は今日も楽しそうだねー」


ご機嫌な友人は放っておいて、私は今日3人で作った力作に箸をのばす。


形は崩れてて、しょうゆの味が濃くて、ちょっぴり硬い野菜たち。

こんな出来ばえだけど、それでも不思議と箸は進む。


(これはこれで、いけるけど)



いつか上手になった2人の手料理が食べれることに少しだけ期待して―――



口に含んだ料理を、味わうようにゆっくりと噛み締めた。




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