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WP&HL短編集+スピンオフ  作者: ころ太
WPスピンオフ
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WPspinoff12 それでもバカは繰り返す



植田先生が住んでいるアパートは、閑散とした住宅街の隅っこにある。

古くはないが新しくもないごく普通の1DK物件だけれど、防犯設備はそれなりに整っていて、

外観も内装も綺麗なので入居者は女性が多いのだと、いつだったか先生が自慢げに話していたのを覚えている。

家賃はお手頃価格、さらに数分歩けば駅やバス停があったりと交通手段も整っているので大人気の物件らしい。

運よく入居できたのは、知人の親戚が不動産会社に勤めている人だとかで紹介してもらえたのと、タイミングが良かったそうだ。

しかし、いくら防犯面で優れているアパートと言えど、人通りの少ない立地という時点で女性の一人暮らしには不向きかもしれない。

帰宅する為に通らなければいけない道は街灯が少なくて見通しが悪く、人気も多いとは言えないのだ。

現に一度、先生はこのアパートに来る途中の道で怪しいおじさんに絡まれていたことがある。

あれは初めて先生に会った時のことだ。そう、私は高校に入学する前に一度、彼女と会ったことがある。

あと数日で入学式という頃、あゆに頼まれたお菓子を買ってそのまま家に遊びに行く途中で、偶然おじさんに絡まれている彼女を見つけたのだ。

困っているようだったので放置するわけにもいかず、ちょちょいと追い払ってあげて、それから道に迷っていると言うので案内してあげて。

もう会うことはないだろうと思っていただけに、高校で再会した時は驚いたものだ。ほんと、世間は狭いとつくづく思う。

大体そんな感じの経緯で、私は先生の住んでいるアパートを知っているわけだ。

決してストーキングしたとか個人情報を盗み見たりとか物騒なことはしていませんよ誓って。


「しまった。お見舞いの品を買うの忘れてた」


気の利く女の子と呼ばれることが多い私としたことが、手ぶらでお見舞いに行くなんて。気が急いていたので、すっかり失念していた。

もうすでに先生の住む部屋の扉の前にいるので、今更戻って買いに行くのも面倒だ。ここは私自身がお見舞いの品ということにして、精々尽くすことにしよう。

躊躇うことなくドアの横に設置されている呼び出しボタンを押して、何かしらの反応を待つ。……が、しばらく経ってもドアは開くことなく、物音も足音もしない。

居留守ということも考えられるが、どうも人の気配がしない。間が悪く、どこかに外出しているのだろうか。

驚かせようと思い電話しなかったけれど、こうなってしまっては仕方ないので、先生の携帯に連絡を入れてみることにした。

しかし、やはり応答はなく繋がることはない。彼女は大人なので余計な心配をする必要はないと思うが、最近の彼女の状態を考えると不安は募る。


「どうしよっかな」


闇雲に探し回るのは効率が悪い上に必ず見つけられる保証はない。

先生の帰りをここでずっと待っていれば確実だろうけど、退屈なのでやはりいくつか彼女が向かいそうな場所を絞って当たってみようか。

体調不良という理由を信じて近所の病院に行くか、食料を求めて買い物に出掛けたと推測して商店街の方向に行くか、暫し悩む。

ひとまず陽が暮れる前に周れるだけ周ってみようと決めてから振り返ると、誰がこちらに向かって歩いてきていた。

先生が帰ってきたのかと期待したけれど、背格好からして違うようだ。女性という点は同じだが、あんなに背は高くないし、ヒールをカツカツ鳴らして堂々と歩く人じゃない。

年齢は四十前後ぐらいだろうか。黒のジャケットに同色のパンツスーツといったビジネススタイルで、おまけにかけられた眼鏡もあって仕事のできる女の雰囲気が半端ない。

熱心に観察していたので気付かなかったが、どうやらやってきた女性も先生に用があるようで、私のすぐ傍まで歩いてきて立ち止まった。


「……その制服を着ているということは、あの子の学校の生徒ね。まだ授業があっている時間なのに、どうしてここにいるのかしら?」


眼鏡越しの冷ややかな視線を向けられて、思わず後ずさる。逃げるか、そのまま留まるか。僅かに悩んで、そのまま踏み止まることを選択した。

色々と理由はあるけれど、何よりこれは“好機”だと思ったのだ。動揺を悟られないように、早まる鼓動を抑えて冷静を装う。


「植田先生にちょっと急ぎの相談があるんです。先生、今日はお休みだったからアパートまで来たんですけど、どうやら留守みたいで」

「あの子、学校を休んだの? どおりで変な時間に着信があったわけだわ。かけなおしても繋がらないから、心配になって見に来たけれど……」


女性は表情を曇らせてスマートフォンを操作する。電話を掛けているようだが、やはり繋がらないのか深い溜息を吐いて早々とポケットにしまった。


「先生のご友人の方ですか? でしたら、先生が行きそうな場所を教えて欲しいのですが」

「私はあの子の後見人……まあ、保護者みたいなものだけど、行きそうな場所なんて解らないわ」


保護者ということは、先生の事情に詳しい人物であることに間違いない。

それに、この女性が“私の知っている”彼女であるのなら、私が知りたい様々な情報を有しているはずだ。

本音を言えば関わりたくない。知りたくもない。でも。知らなければ、守れない。なにもできない。

そして、自己満足だとしても、私は彼女に伝えなければいけないことがあるのだ。


「丸戸恵美さん。貴女に、いくつかお聞きしたいことがあります」

「悪いけど急いでいるから時間がないの。貴女は学校に戻りなさい。先生が気に病む……っどうして、私の名前を知っているのかしら?」


踵を返そうとした女性は私が言った名前に反応してくれたようで足を止める。

表情も声色も険しいものに変化し、こちらを探るような視線を受けた。どうやら、話を聞いてくれる気になったらしい。


「どうして知っているのかは後ほど。まず、一つ目の質問。先生は鹿島雅之と結婚して幸せになれると思いますか?」

「……貴女には関係ないことでしょう」

「貴女は鹿島がどんな人間かよく理解しているはずなのに、どうして反対しないんですか? 貴女にとって先生はそれだけの人間ってことですか?」

「……そんなわけないでしょう。あの子は……私にとっても大切な子なんだから……」


悔しそうに、歯痒そうに言葉を漏らす。やはり彼女も結婚のことは快く思っていないらしい。それを知って安心した。

ということは、彼女でも鹿島に抗うことができなかったわけか。


「二つ目の質問です。鹿島は、どうして先生…植田紫乃を欲しがっているんですか? あいつが普通の女性と結婚するなんてまずありえない。

 鹿島にとって利益になる何かが、彼女にあると思うんですけど」


私が出来る範囲で調べて知っていること――と言っても、幼くして両親を亡くし、アパートでひとり暮らしをしていることしか解らなかった。

どこかの企業のお嬢様とか、天才的な才能を持っているわけでもない、ごく普通の彼女を、何故あいつは欲しがるのか。

本気で好きになったから? いや、そんなことはありえない。鹿島という人間は、そんな腹も膨れぬ感情よりもまず利益を欲する。

だから植田紫乃には何かあるはずなのだ。鹿島の籍に入れてでも欲しい、何かが。


「どうして貴女に教えなければならないの? 貴女は知って、何をしたいの? ……貴女は、いったい何者なの?」


警戒されているなぁ。それは当然で、当たり前で、正しい反応だ。

ならばこちらは情報を小出しにしつつ時に挑発し、ほどほどに欺いて相手の情報を引き出す。

言葉を選び、表情を作り、騙し合うのだ。あの緊張感は嫌いじゃない。腹の探り合いは慣れている。何度も何度も繰り返しやってきたことだ。

けれど彼女を相手に腹の探り合いをするのは、やはり躊躇いがある。――ならば。


「名乗るのが遅れて失礼しました。私の名前は椎葉光希。植田先生が担当しているクラスの生徒です」

「聞いたことがある名前ね。ああ、よくあの子が面白い子がいると話してくれていたけど、そう、貴女なのね」

「いやぁお恥ずかしい。ま、そんなわけで普段お世話になりまくってる身としては、先生に幸せになって欲しいのですよ」

「あの子は結婚することで幸せになると思っているわ。当人が幸せになると言っているのに、貴女は邪魔をするの?

 自分が思う幸せをあの子に押し付けようとしているのよ、貴女は」


私が踏み込めなかったのは、鹿島に関わりたくなかったこともあるけれど、まず彼女自身が助けを求めていないからだ。

幸せっていうのは自分自身で見つけて決めるもの。彼女がそれで幸せというのなら、幸せということになる。

ただの生徒である私がとやかく言う資格なんて、最初から少しもありはしないのだ。




「わかってます。だからこそ、私は“植田紫乃の幸せを壊す”」




助けようなんて綺麗ごとを考えていた。けど、そうじゃない。私がやるべきことは、そんな真っ当なことじゃない。

お節介ではなく。慈善事業でもなく。私がやるべきことは、私利私欲のために、鹿島と先生の結婚を破談にさせることだ。

幸せになりたいと願っている彼女にはきっと恨まれるかもしれない。私が大切にしていた平穏な日常がなくなってしまうかもしれない。

いや、先生が鹿島と結婚すると知った時点で、もう今までの日常なんて壊れかけていたんだ。行動しなければ、きっと取り返しがつかなくなる。

全ては自分の為だ。先生の為だなんて、理由を後付すること自体が間違っていた。


「幸せを願っているのに幸せを壊すって、矛盾しているようで程よく成立しているのかもしれないわね。

 けれど、貴女に何ができるというの? 色々と知っているようだけど、鹿島グループは貴女みたいな女子高生が太刀打ちできる企業じゃないわ」

「じゃあ貴女みたいに指をくわえてそのまま見てろって? 冗談。私、昔から負けず嫌いな性分だから諦めたりなんてしませんよ」

「っ、子供の貴女には解らないでしょうけど、大人の世界ではどうにもできないことなんて山ほどあるの。

 どうにかしようだなんて考えるのはやめなさい。手を出せば、無事では済まないわよ。最悪――」

「死ぬのは怖くないよ。けど、死ぬ気はない。私ってば、みんなから愛されてる幸せ者だからね」


私を大切に思ってくれる人たちは、きっと私が傷つけば嫌な顔をして、死んでしまえば悲しんでくれるだろう。

この命は私だけのものじゃない。だからこそ無茶なことはできない。ただの女子高生の私一人でなんとかできるとは思っていない。


「なら――」

「だから協力してほしい、丸戸。これは、私にしかできないことなんだ」


私には力がある。ただの女子高生にはない、たったひとつの力が。

それは“前世の記憶”。ただの記憶に力なんてないけれど、上手く使うことによって情報は暴力よりも強い力になる。

特に私の記憶は汚い大人社会の情報に特化しているのだ。さらに皮肉なことに、鹿島のこともよく知っている。

確実に、正確に事を成すには、更なる情報が必要なのだ。それも信用できる精度の高い情報が。

それを得るためになら、私は、かつての私自身を受け入れることも厭わない。

利用するのだ。自分自身も、そして、かつての私を信じてついてきてくれた目の前にいる人物も。


「さて。今から言う番号に、心当たりがあるはずだ」

「え」


12桁の数字を淡々と告げると、女性――丸戸は目を大きく見開き、肩を震わせた。

信じられないものを見るような。いや、幽霊でも見ているかのような目で私を凝視する。


「覚えてた? 極秘情報を保存したフォルダにアクセスする為に私が設定した、“私”と丸戸しか知らないパスワード」

「ど、どうして、そのことを、そんな、だって、知っているのは、私と、もうこの世にいない、彼女だけで」

「入社したての頃に資料室で泣いてたことも、取引先で緊張のあまり高価な壺を破壊したことも、

 貫録を出すために伊達メガネをしていることも、たぶん“私”しかしらないことだったはず」

「ひっ!? ま、ま、まさか。でも、そんなはず、いえ、ありえない」


黒歴史を掘り起こされてダメージを受けつつ必死に考えをまとめようとしているのは流石だなぁ。うむ、やはり私の見込んだ奴だけある。

昔から生真面目で有能だったからこそ、私は傍に置いていたのだ。


「丸戸! 情報の分析に時間をかけすぎだ! 情報の整理は迅速に、正確に! 相手に隙を見せる時間を作るな!!」

「はいっ! 申し訳ありません社長!!……えっ!?」


かつての部下は、かつての私が教え込んだ通りの綺麗なお辞儀をしてから、ゆっくりと顔を上げ呆けた顔で私を見る。

厳しく教育したせいか、反射的に反応してしまうあの癖が今でも身に染み込んでしまっているようだった。


「はーい社長です、お久しぶり。元気だった? 丸戸は老けたねって当たり前か。私が死んでもう18年位経ってるもんね」

「えっえええっ!? 社長!? でも、社長はもう亡くなって、だいたい、全然見た目が違うのにっ」

「うん、死んだねぇ。ほらあれ、生まれ変わりってやつですよ。で、昔の記憶を引き継いで生まれてきちゃった」

「う、生まれ変わり!? そんな馬鹿な、いや、ありえない……。でも、社長しか知らない私のことを知ってるなんて」

「え? 他に? そうだなぁ、私宛の業務報告メールに間違えて子猫の画像を添付して送信したこととか?」

「ひいぃっ、もうやめてください!!」

「んー、やっぱり信じてくれないかな。滅茶苦茶で最低だった昔の私を信じてついてきてくれた丸戸なら、信じてくれるかなって期待してたけど」

「……信じますっ。信じますから、もう昔のことを掘り起こさないでくださいお願いします」


丸戸は疲れた顔をして脱力している。信じてくれた助かったけど、精神的な打撃を与えすぎてしまったようなので反省しよう。

でもこんなにいじると面白い奴だったとは思わなかったな。昔はこういう接し方なんて絶対しなかったから、わからなかった。


「社長だと信じますけど、でも、何だか以前と性格が変わっていませんか? 180度反転しているような、感じで」

「そりゃ一回死んでるからね。正直、育った環境が前と180度反転してる感じだったからその影響かな」

「そうですか。でしたら、それは良かったです。貴女が、当然のように与えられるべきものを、今度はきちんと受け取れることができたのですから」

「…………」


私が幸せに生きてこられたことを、彼女は喜んでくれたようだった。嬉しそうに微笑んで、安心したように目を細めて。

ほとんどの人間が、私が死んで喜んだであろう。けれど、この部下だけは、もしかしたら悲しんでくれたのかもしれない。

彼女は、厳しく接してきたにも拘らず私の言うことには文句を言わず従い、慕ってくれていたように思う。

私も信頼はせずとも信用はしていた。有能で逆らわない者は扱いやすいので、彼女は適役だったのだ。


(馬鹿だなぁ)


いたじゃないか。

どうしようもない屑で、最低な私でも。


そんな人間の幸せを、喜んでくれる人が。



「ありがとう、丸戸」

「いえ、そんな」


伝えられなかった感謝を、ようやく伝えることができた。


私を信じてくれていた貴女を、最期まで信じることができなくてごめんなさい。

そして、私はまた貴女を利用して巻き込もうとしているのだ。


「あの、社長。それであの子のことですけど。どうして鹿島が紫乃ちゃんを狙っているか、その理由は社長がご存知のはずですよね?」

「……え?」


私が理由を知っているって、どういうことだ? 心当たりなんてないし、第一、以前の私は植田紫乃と面識はないし存在も知らなかった。


「覚えてないんですか? 貴女が、私に紫乃ちゃんを託したんでしょう?」

「ちょっと待って。あれ、どういうこと?」


まったく身に覚えがない。丸戸が嘘を言っているようには思えないし、けれど本当に記憶にないのだ。


(もしかして、私の記憶は)


ここでようやく自分の記憶を疑う。そうだ、私の前世の記憶は完全ではなく、ある部分が“欠けている”のだ。

今まで気にしないようにしていたので忘れていたが、私はどうやって自分が死んだのか覚えていない。

そして、そこに至る経緯も、すっぽりと抜け落ちている。その空白の部分に、もしかして先生がいるというのだろうか。

そういえば死ぬ間際のときすでに記憶障害になってたような気がする。だから、欠けたままの記憶を引き継いで生まれてしまったのか。


「ごめん、丸戸」


そのことを正直に話すと、彼女は深刻な顔をして肩を落とした。どうやら、先生の秘密を握っていたのは私だけらしい。

なので現時点で秘密を知っているのは鹿島だけになるようだ。奴に聞くわけにもいかないし、私の記憶が蘇る可能性にかけるのは愚策だ。

先生本人も知らないということで、彼女がどうして鹿島に狙われてしまったのか、その理由がわからなくなってしまった。


「社長、ひとまず場所を変えませんか? あの子の行先も気になりますが、もう分別のできるいい大人です。無茶なことはしないでしょう」

「……そうだね」


丸戸の提案に乗って、私たちは場所を移動することにした。

先生の所在が気になるけれど、行先がわからないので無駄足の可能性が高い。それならば丸戸と情報の共有、そして対策を練る方が有益だ。

場所を駅前の小さなカフェに変え、腰を落ち着ける。平日のおかげか、客は少ない。頼んだコーヒーを受け取り、口をつける。

なかなか美味だったが味わうのは程々に、さっそく話の続きをする為に姿勢を正した。


「さて、まずは昔の私と先生の関係を教えてもらおうか」


丸戸は僅かに思案して、こくりと頷いた。


「社長が経営していた会社の社員に、植田麻衣という女性がいましたが、覚えていらっしゃいますか?」

「いや全く覚えてない。私が社員のことを覚えていないはずがないのに」

「そうですか。では、社長が覚えていないのは彼女にまつわるものすべてなんでしょう」

「その植田麻衣という人物について詳しく聞きたい。姓名からして、先生の母親だろうけど」

「はい、仰る通り植田麻衣は植田紫乃の母親にあたります。彼女は私と同様、社長直属の部下でした」


そんなに近い位置にいたというのに、どうして綺麗さっぱり忘れてしまったのだろう。

私が忘れてしまいたい程の何かがあったのだろうか。


「植田麻衣は親族のコネで入社しましたが要領もよく仕事のできる人間で、その働きぶりは社長も認めていました。

 しかし彼女は突然自殺してしまいます。そのことを切っ掛けに、社長はあの鹿島に反旗を翻したんです」

「え、私ってば鹿島相手に喧嘩売っちゃったの?」


自分のことなのに、まるで他人事のようだった。だって、何一つ覚えていないのだ。

それに鹿島を敵にするなんて、あの頃の自分なら絶対にしないと思うのだが。

だいたい自分が経営していた会社だって、鹿島グループに属していた会社だ。勝ち目なんて無いに等しい。


「ええ。社長だけではありません。他に賛同してくれた有志の方々もいましたが、多くはもう、社長と同じように……」

「……なんとなくそうだろうと思ってたけど。やっぱり私、ヘマして鹿島に消されちゃったわけか」

「証拠はありませんし、表向きは事故死になっています。社長は、立体駐車場から落下してきた車の下敷きになって、亡くなりました」

「うわぁエグい」


今になって自分の死因を知ることになるとは。当時の新聞を見れば載っていそうだけど、どうせ知りたいことは隠されていそうだ。

鹿島グループは利益の為ならえげつない事だってやる。もちろん、自分の手を汚さずに。証拠が残らないよう、完璧に。


「でもなんで私は鹿島に挑んだの? 命を懸けてまで得たいものでもあったの?」

「……鹿島に従うのはもう嫌だ、としか私は聞いていません」

「そっか。先生の母親の自殺が切っ掛けになったのなら、その人の自殺には、鹿島が関わっているってことになる」


嫌だなぁ。もう何でもかんでも鹿島だよ。いいかげんにしろよ鹿島。



「よし、じゃあ鹿島を潰そう」


「は?」


鹿島が先生を狙っている理由を私は覚えていない。過去に、植田麻衣という女性に鹿島が何をしたのかも。どうして、私が鹿島に抗ったのかも。

でもとりあえず、原因は全て鹿島にあるのだ。じゃあ、その根元を削げばいい。かつての私がやろうとしたように、もう一度。


「昔の貴女でさえ鹿島に勝てなかったんですよ!? 資金も、人脈も、なんの力もない、ただの女子高生の貴女にできるはずがありません!」

「それでもやるよ。これ以上、鹿島に奪わせない。……それをやるのは、きっと私の役目だ」

「貴女は今、幸せなんでしょう!? なら、もう昔のことは忘れてください! 全て忘れて、今までと同じように暮らしてください!」

「無理だよ。ここで逃げ出しても、きっと今までと同じように笑えない」

「そんな、社長」


大丈夫。危ない橋だけれど、無茶はしない。潰すといっても、殺したりとか物騒なことは絶対にしない。鹿島グループそのものを潰せるなんて思っていない。

ただ、鹿島雅之という人間と、その上に立っている人間を、真正面から引き摺り下ろしてやりたいとは思っている。


「表向きは変化がないように見えるけど、鹿島グループはもう随分と前から経営に亀裂が生じている。

 腐っても大企業だからそれなりに足掻いているけれど、破綻するのは時間の問題だ。

 ……そこで、丸戸に頼みたいことがある」


「私に? 社長の頼みですし、あの子の為でもありますし、もちろんお力になりたいと思いますが。

 今の私は中小企業の課長です。昔に比べると、できることは限られてしまいます」

「うん、大丈夫大丈夫。やってもらい事は、単なる人探しだから」

「人探し?」

「そう。現在行方不明になっている、名家の元当主“倉坂康介”を探して欲しい」


鹿島グループと密接した関係にあった倉坂家は、数年前、私が死亡した数か月後に凋落している。そして倉坂康介は当主の座を退き失踪した。

当主を失った倉坂家は本家筋を切り捨て、その後分家の人間を上に据えて体裁を整えているようだ。同時期に倉坂家は鹿島グループとの関係を解消。

依存していた鹿島グループも利益が半減し傾きかけたが、中小企業を取り込むことで維持し、なんとか表面上は保っている。


「鹿島と均衡していた倉坂の元当主。情報を聞き出す価値は十分あると思うんだ。実のある話ができなくても、他に利用する手もある」

「……なるほど。わかりました、それでしたらお役に立てると思います」

「ありがとう。もう巻き込みたくはなかったけど、どう息巻いても私だけじゃ限界があるからさ。ごめん」

「何を言っているんですか。もっと頼ってください、どんどん頼ってください。…今度こそ、お役に立ってみせます」


私の手を取って、真摯な目を向けられる。嬉しいけれど、肩に力が入りすぎだ。


「あんまり危ないことはしないように。それと、役立ちそうな情報をまとめたファイルをメールに添付して送るから、アドレス教えて」

「あ、はい。連絡先を交換していませんでしたね。……はい、これで登録しました。社長こそ、無茶な行動は控えてくださいね」

「わかってるってばー。ていうか、その社長って呼ぶのやめてくれないかな。私、もう社長じゃないし、丸戸の方が年上だし」

「社長は社長ですから。でも、そうですね。人の目があるときは光希さんと呼ばせていただきます」


社長じゃないのに社長と呼ばれ、一回りも歳が違うのにさん付けで呼ばれるなんて、周りが聞いてたらどう思うだろう。まあいいか。

出来れば言葉使いももっと砕けた感じでいいのだが、私に対しては敬語でないと落ち着かないそうなので、こちらも仕方なく妥協する。


「そうだ。ちょうど今、丸戸の役に立ちそうなファイル持ってるからアドレス確認を兼ねて送信してみるね」

「あ、はい。助かります」


携帯を取り出して、教えてもらった丸戸のアドレスにメールを送信する。程なくして、彼女のスマフォから短い効果音が鳴った。


「ああ届きましたありがとうございます……って、こ、これ、子猫の画像じゃないですかっ」

「あー間違えちゃった失敗失敗。いやぁうっかり添付ファイルを子猫の画像にしちゃうことってよくあるよねー」

「うううっ若い頃の過ちを弄るはやめてくださいっ!」

「あはは。ちなみにその子猫、最近家で飼い始めたコムギちゃんっていいます。めっちゃ可愛いでしょ」


からかい半分、うちの可愛いアイドルを自慢したかった気持ちが半分です。はい。

丸戸は猫好きなので、その画像は癒し効果を発揮してくれるだろう。ほらほら、隠してるつもりらしいけど、顔がすっごい緩んでる。

彼女は「いつか役立つかもしれないので保存しておきます」と真顔で言って、画像を保存したようだった。


「それから、調査で費用が必要な時は報告するように。きちんと準備しておくから」

「何を言っているんですか。貴女はいま学生なんですから金銭は要求しません。心配しないでください」

「そっちが何言ってんの。無茶なお願いしてるのはこっちなんだから費用ぐらい出すよ。

 ほら、一応社長だったわけだし、経済の流れ読むの得意だから株で大儲けしてお金たんまり持ってるから」

「ほんとに貴女は学生なんですか」

「もっちろん。そういうわけだから、かかった費用は正確にまとめて提出すること」


子供から金銭を貰うことに抵抗があるのか最後まで渋っていたが、不承不承ながらも頷いてくれた。

今は携帯でさくっと株取引ができるから便利な世の中になったものだ。学校にいる時でもこっそりできるので、非常に助かっている。

親に貰った僅かなお金が、今や学生には不相応の金額まで跳ね上がっており、使い道もなかったのでそのまま貯金していた。

元々お金に固執していたわけではなく、自分の読みが当たるかどうかを楽しんでいただけなので、あぶく銭なのだ。

だから、今まで貯めてきたお金を使うことに躊躇いはない。


「はぁ、色々面倒なことになったなぁ」


残ったコーヒーを飲み終えて、一息吐いた。

美味しかったのでもう一杯頼もうか悩んだが、やっぱりやめておく。


「まさか生まれ変わる前に先生と会っていたなんて思わなかった。偶然って怖い。やっぱり世間て狭い。すごい狭い」

「そうですね。あの子と社長の生まれ変わりである貴女が出会うなんて、そんな奇跡みたいな偶然が起こるなんて思いませんよ」


ここまでお膳立てされてしまうと偶然とはいい難く、作為的なものを感じて気持ち悪い。

私が部分的に記憶を失っているのも、もしかしたら。


「……貴女の記憶が欠けているのは、彼女の仕業かもしれませんね」

「丸戸?」

「いえ、戯言です。ああ、それと、そろそろ仕事に戻らないといけませんので、今日はこれで失礼します。

 捜索の方は早速今日から手を打っていきますので、成果が出ても出なくても明後日には連絡するつもりです」

「わかった。手を煩わせて申し訳ないが、宜しく頼む」

「はい。それと、気持ちはわかるのですが、あまり学校はサボらないで下さいね。あの子が気にしてましたから」

「あーはいはい。今日は特別なの。最近はとっても真面目なの」


くすくすと笑いながら、丸戸は席を立ち、カフェを出ていった。

……やや強引だが、これで賽は投げられた。もう後戻りはできない。するつもりもない。ただ、堂々と前に進むのみだ。

しばらく考えを整理してから席を立ち、会計を済ませて店を出る。いつの間にか、外は薄暗くなっていた。

陽が完全に沈むまでもう少し時間がありそうだったので、夜になるまで先生を探してみよう。

なんだかんだで、やっぱり気掛かりだったのだ。


私が社長で、人の温もりを否定し他者を拒んでいたあの頃。私は小さな先生のことを、どう思っていたのだろうか。先生は昔の私を、知っているのだろうか。

丸戸から話を聞いても、何一つ思い出せなくて、昔、彼女と会ったことがあるなんて信じられないけれど。

大事なのは、今だ。椎葉光希が知っている植田紫乃を、私は探そう。


私が記憶を亡くしていても。私が生まれ変わりで記憶を引き継いでいるなんて彼女は知らなくても。

それでも再び、出会えたというのなら。



きっと今日もまた、彼女に出会えるような、そんな気がした。


 

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