WPspinoff11.5 共に歩く人
公園でみっちゃんと別れてから、私はまっすぐ自宅に帰ることにした。
ずっと炎天下でぼんやりしていたから酷く喉が渇いているし、なにより家族が心配しているはずだ。
私が出かけてくると告げた時、あの人たちは笑顔でいってらっしゃいと送り出してくれたけれど、内心は不安でいっぱいだったのかもしれない。
なにせ今までPTSDの症状が出たときは、塞ぎこんでずっと部屋に閉じこもっているのが普通だったのだ。
人見知りが悪化して他人に会うだけで怯えてしまうのに、外に出るなんて自分の首を自分で締めてしまうような愚行だ。
部屋の中に居れば誰も私を傷つけない。家の中にいれば大好きな家族が見守っていてくれる。外に出なければ怯えなくて済む。
誰も私を責めないのだから、今まで通り落ち着くまで引き籠っていれば良かったのだ。
でも。 それじゃあ、いつまで経っても克服できない。
正直、克服しようという意思はあったけれど、強く願っていたわけではなかった。
自分の弱さを認め、半ば諦めていたせいだろうか。もしくは幸せな日々に甘え、ぬるま湯に溺れていたせいか。
今までは薄ぼんやりといつか治ればいいなぁって思うだけだったけれど、そんな甘えた考えを持っていた自分に気付き衝撃を受けたのは、
沙世ちゃんと彼女のお母さんが衝突した昨日の出来事があったからだ。
アルお姉ちゃんから聞いた話だと、昨日、沙夜ちゃんはお母さんに向かってはっきりと自分の意志を口にしたらしい。
あんなに小さい子が、自分の抱えていた悩みから逃げずに立ち向かったのだ。
子供にとって絶対的な存在と言える親に反抗するなんて、一体どれほどの勇気がいったのだろう。
……それに比べて、自分はどうだ。もう幼い子供ではないというのに怖い怖いと怯えて逃げて、なにひとつ変われていない。
このまま優しい環境に甘え続けていたら、人の悪意に当てられただけで簡単に取り乱してしまう弱い自分のままだ。
苦しいことや怖いことからは目を逸らして、楽しいことや嬉しいことだけを受け止めるなんて、そんなのは卑怯者のやることだ。
誰かに支えられていないと立っていられない自分なんて、情けなくて、酷く惨めで、嫌気がさす。
だから、私は部屋を飛び出した。自分でも信じられないことだと思うけど、私は自分の足で外に出た。
なんとか両親に出かけることを告げ、どこに行くかも考えず、着の身着のまま外を駆けた。
変わりたい。その一心で私は恐怖心を押さえつけ、太陽の陽射しも夏の暑さも人々の喧騒も誤魔化すように、ひたすら疲れるまで走り続けたのだ。
息も切れ切れの状態で辿り着いた公園で一休みしてこれからどうすべきか考えて、悩んで、そんな時に親友が来てくれて。
どれだけ自分が周囲に甘えていたのか、恵まれていたのか、幸せであったのかを再確認して。
まだ一歩を踏み出しただけだけど、ようやく私は自分の足で立ち、前に進めたような気がした。
「ただいま」
我が家の玄関の扉を開く。慣れ親しんだ優しい香りがしたかと思えば、すぐに美味しそうな甘い香りが鼻腔を擽る。
たくさん走ってお腹が空いたのか、ごくりと喉が鳴った。疲れている時にはやっぱり甘いものが欲しくなってしまう。
逸る気持ちを抑えて丁寧に靴を脱いでいると、奥の部屋からエプロン姿の“ママ”がやってきて、優しい笑顔で出迎えてくれた。
いつもと変わらない接し方に、安心を覚える。
「おかえりなさい」
「ただいま」
なんとなく気まずい思いで彼女を見遣ると、私の心情などお構いなしにいきなり抱き締められた。
やはり、心配をかけてしまったのだろうか。謝る為に口を開きかけたけれど、
彼女はそれを察したのか遮るように頭を撫でられてしまい、何も言えなくなった。なんか、ずるいなぁ。大人って、ほんとずるい。
「外は暑かったでしょう? 水羊羹を作ってありますから、みんなで食べましょうね」
「……うん。ありがとう、ママ」
「ふふ、そう呼ばれるのも久しぶりですね」
「あ、ご、ごめんなさい。つい」
「いいんですよ。貴女が呼びたいように呼んでくれるのが、一番嬉しいですから」
「じゃあ、今日だけは、昔みたいに呼んでもいい?」
「もちろん、いいですよ」
今の両親が本当の両親ではないと知った時から、私は彼女たちのことを名前で呼ぶようにしている。
本当の家族じゃないからという卑屈な理由ではなく、これ以上私の我儘に付き合わせたくなかったからだ。
実の両親に見放され、義理の両親にも愛してもらえなかった私は、他人であった彼女たちを本当の両親だと思い込んだ。
まったく容姿は似ていないのに、家族に飢えていた私は二人を両親だと信じて疑わなかった。
そんな身勝手な自分を、今の家族は受け入れてくれた。本当の娘のように、大切に、大切に育ててくれた。
自分を犠牲にして、貴重な人生の数年間を消費して、背負わなくていい責任を背負ってくれたのだ。
今日だって彼女は大事な仕事を休んでまで私の傍にいてくれようとした。
「冷たい飲み物を淹れてきますから、少し待っていてくださいね。ああ、あの人なら庭にいますから」
あ…聞きたかったことを、聞く前に教えてくれた。
彼女はそっと身体を離し「顔を見せてあげてください」と言って、笑みを深める。
うん。やっぱり、普段通りにしていたあの人も、心の内では心配してくれているだろうから。
いってくるとママに告げて、家の庭へ向かう。あの人は大抵自室か庭にいることが多いから、聞かなくてもわかっていたけれど。
「ただいま、パパ」
縁側に腰掛けて庭を眺めていた“パパ”の背中に声をかけると、その人はゆっくりとこちらを振り返る。
“パパ”だなんて、例えそう思っていても二度と呼ばないつもりでいた。だってこの人はどう頑張ってもパパにはなれないのだ。
私がどんなにパパだと認めていても、その事実は決して覆らない。
それなのに『彼女』は私の為に自分を偽って、ずっと父親を演じてくれていた。私が大きくなるまで、嘘を吐き通してくれた。
「おかえり」
特に表情を変えることなく、パパは私を見る。
高校生の娘を持つにしては若すぎる風貌ではあるが、中世的な声と容姿のおかげで父親と呼んでも十分差し支えない。
綺麗で格好良くて、無愛想だけど優しくて、人一倍家族を大事にしてくれる、自慢のパパなのだ。
下手に整った顔立ちをしているせいで今でもよく女の人にモテてしまうのは如何なものかと思うけど。
私が黙ってその場に立っていると、パパは何も言わず自分の隣を叩く。
隣に座りなさいという合図だと解釈して、私は彼女の傍に腰掛けた。
目の前に広がる少し大きな庭には、パパが大事に育てている花がたくさん咲いている。
今の時期はニチニチソウやマリーゴールド、夏の花で代表的なヒマワリなどが庭を占領していた。季節が変われば、違う花が咲くのだろう。
青空を背景にして、風に吹かれてゆらゆらと揺れる花を眺めているとやはり気持ちが落ち着く。私も隣に居るこの人と一緒で花が好きなのだ。
「あのね、公園でみっちゃんに会ったよ」
「また学校をサボったのか光希は。まったく懲りない奴だなぁ。……まあ、あいつらしいか」
呆れ顔を作って嘆息していたけれど、細められた目はどこか優しい。私の大好きな、パパの目だ。
「良かったね、歩多。心配してくれる友達がいて」
「うん」
みっちゃんは本能に従って生きているような人だけど、実は理性的で思慮深く、突飛な行動にも必ず何かの意味を隠している。
見た目も行動も幼い子供のものなのに、同年代の誰よりも大人びているのだ。
肩を並べて歩いているはずなのに、ずっと先を歩いているような、そんな錯覚に襲われることがある。
実際、見守られていた。私にたくさんの友達ができたのも、楽しい思い出を作ってくれたのも、全部全部、彼女の後押しがあったから。
ずっと、一方的に助けられてばかりだったように思う。そして、ずっとそのやさしさに甘えていた。…そんなの、本当に友達って呼べるんだろうか。
みっちゃんは私のことを友達と言ってくれるけれど。誇らしげに、親友って呼んでくれるけれど。
でも、駄目だ。そんなのは、嫌だ。友達って、成長する為に寄りかかる添え木なんかじゃないんだ。
成長するには自分の足で立ってなきゃいけない。胸を張って友達だって言えるように、並び立てるように、これから頑張るんだ。
ずっと彼女の友人でいたいから、私はきっと頑張れる。変わっていける気がする。
「……大切にしなさい」
「うん」
心配してくれる友人がいて良かった。
私が傷つくことを嫌と思ってくれる友人がいてくれて良かった。
それはとても幸運で、しあわせなこと。
そして、私を育ててくれた家族にも同じことが言える。
「心配かけてごめんね」
少し声が震えていたかもしれない。彼女は気付いてないのか、気付かなかったフリをしているのか解らなかったけれど、
やはり何も言わずぽんっと手のひらを私の頭に乗せて、あやす様に撫でてくれた。この人は、私が泣いたり塞ぎ込んだりすると、よくこうして頭を撫でてくれる。
昔から変わらずぎこちない撫で方だけど、不器用なこの人なりの精一杯の愛情表現なのだから、撫でられるのは大好きだ。
「子供が親に心配をかけるのは当然の権利で、子の心配をするのは親の務めだよ」
「でも、私は」
「いいんだよ。私が誰で、歩多が誰であったとしても。
一緒に暮らした時間はかけがえのない大切なもので、これから先も大事にしたいってことに変わりはないんだから。
歩多が私たちを親と慕ってくれることも嬉しいし、親として何かできることが幸せなんだよ」
「……パパ」
パパとママの家族になれて良かった。
パパの養子になって名字を貰えたことも、実の両親が適当に名付けた『歩多』という名前に、後付の由来をくれたことも。
一緒に花火を見に行ったことも。海に遊びに行ったことも。楽しいことを教えてくれるおばあちゃんや、聡明で眩しい姉ができたことも。
その、ひとつひとつが嬉しくて。たくさんの、数えきれないほどたくさんの幸福を与えて貰った。
本当の親でも、親戚でさえもない。とある繋がりが奇跡を起こして私たちは出会い、そして半ば強引に家族となった。
血は繋がっていないけれど。本当はもうパパとも呼べないけれど。それでも彼女は私の親であり、大切な人だ。
だから、たまには甘えてもいいかなって思ってしまう。そのたまにっていうのが、今日であってもいいかなって、思ったりもする。
ちょっと迷ってやっぱり決意して。了承も取らず、彼女の肩あたりに顔を埋めて猫のようにスリスリと甘えてみた。
小さい頃はよくこうやって甘えていたけれど、大きくなってからは気恥ずかしくてこんなことはできなくなっていた。
「…くすぐったい」
「駄目?」
「べつにいいけど」
困ったように眉を下げて身を捩っていたが、そのまま離れないで受け入れてくれる。しかも、頭なでなでのおまけ付き。
触れられることがあまり得意ではない彼女だけど、家族や特に親しい人たちは例外なのだ。
素直じゃない人なので決して表情を変えたり口にしたりしないけれど、私が甘えるとむしろ嬉しいらしく、
あれでも喜んでいるんだよとはおばあちゃんの弁。
「しかし、あいつにだんだん似てきたなぁ」
「ママに? そうかなぁ。お姉ちゃんの方がそっくりだと思うけど」
なにせママとアルお姉ちゃんは母親は違えど血の繋がった姉妹なのだ。同じ綺麗な金色の髪と蒼い瞳の色をしているし、顔のつくりだって似ている。
二人とも博識で要領がいいのに比べ、私ときたら頭は悪いしどんくさいしで似てる要素なんて皆無に等しい。
「雰囲気というか、甘え方というか。アルは見た目は似てるけど中身が全く似てないむしろ逆――…げっ」
「逆? ねえ逆ってどういうことなの? あたし日本語わっかんないから教えてくれない? ていうかあゆから離れなさいよこら」
アルお姉ちゃんに引っ張られて、パパから離されてしまった。けれど今度はお姉ちゃんにぎゅうっと抱きしめられる。わー、ふかふかでいいにおい。
というかお姉ちゃん、いつの間に帰ってきてたんだろう。
「お、おかえりなさい、お姉ちゃん」
「ただいま! んもうどこに行ってたのよあゆ。町中探したんだからね。あ、それより外に出て大丈夫だった? なんともない?」
「うん、平気だよ。ありがとう。でもお姉ちゃん大学に行ったんじゃなかったの?」
「あーあー、まあ、そんなことより。外には危険な奴がいっぱいいるけど、うちにも危険な奴がいるからね。一緒にあたしの部屋にいこうよ」
「危険な奴ねぇ。それって今まさに部屋に連れ込もうとしてるアルのことじゃ――」
「あんたのことよ変態」
お姉ちゃんは冷たく吐き捨て、鋭い目でパパを睨みつける。パパはうんざりとした表情で溜息を吐き、目を逸らす。ああ、始まった。
この二人はいつもこうだ。お姉ちゃんが一方的に因縁をつけてるだけで喧嘩というわけではないのだけど、こんな感じでよく衝突している。
親しい知人は微笑ましいじゃれ合いだと評していたけれど、やっぱりいがみ合っているようにしか見えなくてハラハラしてしまう。
「アル。いい加減にしなさい」
「お姉さま!」
お茶と水羊羹をお盆に乗せて部屋に入ってきたママを見て、お姉ちゃんは凄んでいた目を大きく開き、輝かせた。
いがみ合いを仲裁するのはいつもママなのだけれど、同時に、いがみ合う原因のひとつでもあったりする。
お姉ちゃんはママが大好きで尊敬しており、そのママは気に食わない相手のパパと相思相愛なのだ。
つまり、そういうこと。我が家は色々と複雑なのである。普通ではないのかもしれないけど、なんだかんだで毎日が楽しいからいいのだ。
ちなみにお姉ちゃんがママを『お姉さま』と呼ぶのは、まだ日本語が上手く話せなかった頃に両親の友人から
「姉のことはお姉さまって呼ぶのよ」と教えられたらしいので、そう呼ぶようになったらしい。
「お茶とお菓子を用意したので、みんな手を洗ってきてくださいね」
「はーい!」
いの一番にお姉ちゃんが洗面所へ行き、パパもやれやれと息を吐いて重たい腰を上げた。
そんな彼女の元に、ママが自然と寄り添う。
「あの、お仕事の方は大丈夫ですか?」
「だいぶ進んでるから問題ないよ。それに今日は元々休むつもりでいたから」
彼女は身体が弱い点を考慮して在宅の仕事をしており、自分で一日の仕事量を決めて、締切に間に合うように作業している。
だからずっと家にいるけれど、たまによくふらっと散歩に出かけたり気が付けば趣味の園芸をやってしまう人なので締切に追い込まれることも少なくない。
「私、元気なのに学校休んじゃったから、ズル休みみたいで落ち着かないなぁ」
「歩多はちゃんと理由があるんだから気にしなくていいっての。理由なくサボる常習犯の光希に比べたら可愛いもんよ」
確かに、頻繁に学校から逃走を図っていたあの友人に比べたら可愛いものだろうけど。
以前みっちゃんに学校をサボる理由を聞いてみたら、『特に理由はないけど、しいて言うなら青春を満喫する為』と言っていた。
それは嘘ではないと思う。みっちゃんは、日々を楽しむために全力だ。面白そうなことには絶対参加するし、やりたいことを我慢しない。
けれど、他に、別の理由があるのかもしれないと思うのだ。理由を問うた時の彼女はいつも笑っていたけれど、それは誤魔化すための笑顔だったのかもしれない。
それも仕方がないことだった。だって私は自分自身の問題にさえ向き合えていない弱い人間だったのだから、頼って貰えないのも当然だ。
「……明日は、ちゃんと学校行くから」
「ん、偉い。頑張れ」
「無理だと思ったらすぐに言ってくださいね」
「うん。大丈夫」
強くなると決めた。みっちゃんに少しでも頼ってもらえるように。私を見ていてくれる人に心配をかけないように。
そう改めて決意したところで、きゅるるとお腹が鳴った。あの、もう少し空気を読んで、私のお腹さん。
ほら、パパとママがくすくすと笑ってるじゃん。ああもう恥ずかしいなぁ。
「あ、そうだ水羊羹。私、手を洗ってくる!」
赤くなった顔を見られないように慌てて部屋を出る。
急いだことが裏目に出たのか、そんなに慌てなくても水羊羹は逃げませんよってママの声が背後から聞こえた。
ううう、絶対食い意地はってるって思われてる。ママが作ってくれるお菓子は何でも美味しいから早く食べたい気持ちももちろんあるけど。
ピンポーン
「あれ、誰か来た」
とぼとぼと廊下を歩いていると、タイミングよく玄関のチャイムが鳴った。
客人を招き入れる為にドアを開けようとして、伸ばした手が固まってしまう。扉を開ければ、他人がいる。そう思うと躊躇いが生まれる。
でもそれは刹那的なものだ。大丈夫。怖くない。こんなドア一枚開くだけで怯えていたら、先が思いやられる。
気を取り直してドアノブをしっかり握り、ゆっくりドアを開けた。
「あれ、なんで」
「……こんにちは。急に押しかけてごめんなさい」
玄関先に佇む意外な人物を見て、驚いた。たとえばみっちゃんや他の友人であったのなら、こんなにも驚かない。
まだ午後の授業があっている時間なのに、どうして彼女が私の家を訪ねているのだろう。
私の知っている彼女は、授業を放棄して友人宅に寄り道をするような人ではなかったはずだ。
「どうして、ウキちゃんがうちにいるの?」
私の問いに、最近になって仲良くなった石井浮恵という名の友人は、罰が悪そうに顔を顰めた。
真面目な性格で決まりごとを遵守する彼女が、授業をサボって私の目の前にいることが信じられない。
「本当はお見舞いに行くつもりなんてなかったけれど、あの椎葉が随分と気落ちしていたから、段々と貴女のことが心配になってしまって。
それで学校が終わったら行こうと決めて授業を受けていたけれど、不思議なことに内容が全然頭に入ってこないのよ。
こんなこと今までなかったから大事をとって早退したのだけど、身体はなんともないし、早々と家に帰っても落ち着かないし、せっかくだから貴女のお見舞いに来たの。
授業に身が入らないなんて、日頃の疲れが溜まっていたのかしら。最近はよく椎葉光希とかいう騒音製造機が周りをうろちょろしてるから、きっとそのせいね」
たたみかけるように、ウキちゃんはここに来た理由を説明してくれた。都合のいいように要約すると、私のことを心配して見に来てくれたわけだ。
何よりもルールを優先する優等生の彼女が早退してまで来てくれたことに、巻き込んでしまった申し訳なさと、それ以上の喜びが湧いてくる。
「……正直、迷ったのよ。貴女と話すようになって間もない私がお見舞いに行っても、気を遣わせて逆に困らせてしまうんじゃないかって。
私は今まで親しい友人を作ったことがないから、どこまで踏み込んでいいものか、解らないの。ごめんなさい、自分の気持ちを優先してしまって」
「ううん、謝らないで。来てくれてすごく嬉しいから。あ、それと手紙も。ありがとう、ウキちゃん」
「そ、そう。なら、いいの」
彼女はホッと息を吐いて、安心したように穏やかな笑みをつくった。ウキちゃんって、こんな表情もするんだ。
初めて会ったときは怖い人って決めつけて怯えてしまったけれど、実際はとても優しくて話しやすい人だった。
「げっ! なんで昨日のでかい女がここにいるのよ!? ふんっ、絶対うちに上がらせないんだから!! 塩撒くわよ塩!」
「…………」
アルお姉ちゃんがやってきたと思ったら、早速ウキちゃんに噛みついてしまった。
お姉ちゃんも私と一緒で人見知りなところがあり、親しくない人には攻撃的になってしまうのだ。
親しくなれば普通に会話できるようになるけれど、そこまでの道のりは遠い。
お姉ちゃんとウキちゃんの性格から考えて相性は悪そうだけど、できれば仲良くなってほしいと思う。二人とも、大好き人たちだから。
ああでも、睨み合って一触即発な雰囲気を漂わせているところを見ると、そう簡単にいきそうにないかなぁなんて。
「あら。歩多のお友達の方ですか? 良かったら上がって寛いでいってください。ちょうど冷たいものを用意していますから」
「初めまして。あゆ…歩多さんの同級生の石井浮恵といいます」
来客が気になったのかパパとママも玄関にやってきて、簡単な自己紹介を交わす。
家の入口の人口密度が上がって、随分と賑やかになった。
「ちょ、お姉さまぁ。くそっ、優しいお姉さまに免じて今日は許してやろうじゃないっ」
「家主は一応私なんだけど」
「うっさい変態ニート」
「働いてるっつーの」
また二人の諍いが始まって、私とママは苦笑い。ウキちゃんは困惑しつつも黙ってやりとりを眺めていた。
きっと私の家庭環境が特殊なことに気付いているんだろうけど、多分、彼女は私から話さない限り、聞いてはこないだろう。
世間では奇異の目で見られることが多いから、いくら大事な友人と言えど話すことに躊躇いも不安もある。
「……賑やかで素敵な家族ね」
けれど彼女なら。私の方を向いて、穏やかに微笑みながら、優しい声でそんなことを言ってくれる彼女ならきっと。
「うん! 私の自慢の家族だよ!」
受け入れてくれるんじゃないかって、思う。
「ふぅ、ただいま~! あゆが欲しがってた『ドキムキ☆とろもん』の初回生産限定DVDがついに手に入ったよ!」
さあこれからリビングで和やかなお茶会だって時に、勢いよく玄関のドアが開いて、凄くいい笑顔を浮かべたおばあちゃんが現れた。
片手には、私の大好きなキャラクターが描かれているDVDを握って、私たちによく見えるよう掲げている。
さっきまで賑やかだった玄関が、水をうったように静かになった。
「おや、今日は随分と人数が多いね。よし! せっかくだから、この神アニメをみんなで見ようじゃないか!」
「ばあちゃん。空気、読もうか」
……うん。
まずは、私が家族と親友以外に隠していたとある趣味について、受けて入れてくれると嬉しいなぁと、強く思うのでした。