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WP&HL短編集+スピンオフ  作者: ころ太
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WPspinoff09 小さな身体に大きな心

お昼休みに職員室に呼び出されてしまった私は、教頭先生と学年主任の先生から喫煙したと決めつけたことに対する謝罪をしていただいた。

謝罪と言っても上っ面の言葉を並べただけの大人としてそれはどうなの?と思ってしまうような心ない詫び方だったのだが、謝罪はともかく悔しそうな顔が見れたので満足だった。

しかしここぞとばかりにこれからは問題を起こさず真面目に授業を受けること、益々勉学に励むことなどと説教に近いお言葉まで賜ってしまったのでさすがに辟易させられた。

それと喫煙した生徒のことは今後の為の配慮とかで教えてもらえなかったが(知ってるけど)、罰として彼らには三日間の停学処分と一ヶ月間の奉仕活動をさせるそうだ。

面倒事を嫌うこの学校の体質から考えると、教師側は都合の悪い問題を大きくしたくないはずだから控えめな処分を下すとは思っていた。

それに件の生徒たちが自主的に打ち明けたことも影響したのだろう。まあ、教師陣が好きそうな反省の言葉を彼らに仕込んでおいたので、それも役に立ったのかもしれない。

彼らの罪が重かろうと軽かろうと正直どうでもいいけれど、できれば遺恨を残さず解決したかったので、まずまずの結果といえる。

これを切欠に彼らが素直に反省して真っ当に成長してくれるのなら万々歳なのだが、これから先は彼ら次第だろう。

とにかくこれで正式に疑いは晴れて身の潔白を証明できたので、すぐにクラスの皆へ簡潔に報告して感謝の気持ちを伝えると、みんなは凄く喜んでくれてまた大騒ぎになった。

私は本当に良きクラスメイトたちに恵まれたのだと思う。この学校で楽しく過ごすことが出来るのは、みんなのおかげだ。

それから、からかいがいのある担任、植田先生。彼女は今日、他校との定例会議があり校外に出張していたので、職員室にも教室にもいなかったのだ。

午後には戻るとのことだったが、残念ながら今日は先生と話す機会は得られなかった。

私を信じてくれた彼女には真っ先にお礼を言いたかったけれど、運が悪かったと諦めるしかない。どうせまた明日会えるのだから、朝一で伝えればいいだろう。


「さーて、帰ろっかな」


今日の授業は終わったので、ぱぱっと帰り支度を整えて席を立つ。

するとあゆが傍までやってきて、満面の笑みを向けてくれた。この友人、超ご機嫌である。


「じゃあまた明日ね! ばいばい、みっちゃん!」

「達者でなぁ。ハメを外してラブでホテルな場所に行ったらいかんぞい」

「いっ、行かないよ!?」


顔を真っ赤にして慌てながら帰っていったあゆを見届けてから、こっそり笑う。

彼女とはいつも一緒に帰っているのだが、今日は大好きなパパさんと一緒に出かける約束をしているそうなので、先に帰ってしまった。

一緒に帰れないのは寂しいけれど、嬉しそうな友人の顔を見せられては文句の一つだって言えるはずがない。

それにあゆのパパさんは、あゆが絶大な信頼を寄せているのも納得できる、それはそれは素敵な人なのだ。もちろん、彼女のママさんも同様に。

きっとその二人に育てられたからこそ曲がらず、あんなに純粋で優しい子になったんだろうな。


――――ああ、じゃあ私は、あんな奴らに育てられたから――


(……違う。違う、やめよう。余計なことを考えるのは。こんなこと考えても無意味だ)


頭を振って考えていたことを吹き飛ばし空っぽにする。沸き上がってきた感情も、何度か深呼吸して散らせた。


(あ、そうだ!)


ひとりで帰るのも寂しいので、ウッキーを誘って帰ろう。

そう思いさっそく隣のクラスに行ったら、既に彼女の姿はなかった。

ウッキーのクラスメイトの話によると、なんでも彼女はいつもHRが終わればすぐに帰ってしまうらしい。ちくしょう、残念。

いないのならしかたないので、寂しいけどひとりで帰ることにした。

時折すれ違う友人たちに手を振って学校を出る。今日は遊んで帰る気分ではないので、真っ直ぐ帰宅しよう…………と、思っていたけれど。


すぐに気が変わってしまった。


「さーよーたーん!」

「……………」


公園のベンチにちょこんと座っている可愛い小学生を発見したので、彼女めがけてダッシュした。

途中で抱きしめようと腕を大きく広げると、沙夜たんは冷静にポケットから最終兵器:防犯ブザーを取り出していつでも押せるような構えをとる。

それを出されるとこちらもお手上げ状態なので、大人しく両手を上げて適度な距離を保った。

うん、きちんと自己防衛できていて偉いね。お姉さんは安心したよ。


じりじりと無言の攻防を続けていると、ようやくこちらに敵意がないことを察してくれたのか防犯ブザーを仕舞ってくれた。


「このあいだの、変なおねえさん」

「あー、そうか。きちんと自己紹介してなかったね。私の名前は椎葉光希。ぜひとも光希お姉ちゃんって呼んでね!」

「……変な光希お姉ちゃん」

「いや、律儀に“変な”をつけてくれなくてもいいんだけどね? 自分が変なのは理解してるんだけどね?」


しかしお姉ちゃんかぁ。こんな可愛い子に姉なんて呼ばれたら全力で可愛がりたくなっちゃうなぁ。うへへ。


「……顔がキモい」


目の前にいる変な人の緩みきっただらしない顔を見て、沙夜は本気でどん引きしているようだった。

膝に乗せていた子猫を私から守るようにぎゅっと抱きしめている。あ、あれ? 私ってば本気で警戒され始めてる?

ふざけるのも大概にしないと、そろそろマジで通報されそうだ。


「えっと、その猫ってこの間の子猫だよね」

「うん」

「へぇ。沙夜にはしっかり懐いてるんだね。もしかして、この子猫になにか餌をあげてる?」

「…………………」


目を伏せ、拗ねたように口を結ぶ。きっと怒られると思ったんだろう。

誰かから野良猫に餌をあげてはいけないと言われているのかもしれない。その言いつけを破ったから、咎められることを怖がっているようだ。


「どうして野良猫に餌をあげちゃいけないのか、沙夜は知っているの?」

「近所の人が…迷惑するから、だって」

「そうだね。猫が好きな人がいれば、嫌いな人だっている。猫アレルギーの人は下手すれば命に関わる問題だよ。

 そういう人たちにとって野良猫は迷惑なだけだから、自分勝手に野良猫を人に慣れさせるのは良くないんだ。それに、その野良猫にとってもね」


私が子猫に手を向けると、フンフンと興味津々に匂いを嗅いで、ペロリと指先を一舐めした。

警戒心の強い猫ならば噛まれるのだろうが、この子猫は人に慣れ始めているのか警戒心が薄いようだ。

……先日会った時は逃げ出したからまだ大丈夫だと思っていたけれど。


「他にも問題点はたくさんある。だから、可哀想だからといって安易に餌をあげるのは駄目なんだよ」

「………それだと、猫は、お腹が空いて、死んじゃうよ…」

「野生の猫は、生きるための術を自力で身に着けていく。けど、人の手から餌を貰うことを覚え野生を忘れた猫は、生きていくことが難しくなる」

「じゃあ私のせいで、私が餌をやっちゃったから、この子、生きていけないの?」

「どうだろう。中途半端な優しさは、その場凌ぎの救いにしかならないから」

「……………」


まだ小学生のこの子には理解できないかもしれない。でも、だからといって大事なことを誤魔化して有耶無耶にするのはどうかと思うのだ。

今はまだ理解できなくても知っていて欲しい。辛いことかもしれないけど、目を逸らさないで欲しい。

そして、小さな命を助けたいと願った優しい心は、ずっと失わず持ち続けて欲しい。


「――でもね。沙夜が子猫を助けたいって気持ちは間違いじゃない。とっても、大切なことなんだって、私は思うよ」

「えっ」

「優しい子だなぁ、沙夜たんは」


よしよしと小さい頭を撫でると、沙夜は困惑してわたわたと慌てていた。これは、照れているのだろうか。

その反応がすっごく可愛くてずっと撫でていたかったのだが、機嫌を損ねてしまったのか頭に乗せていた手を跳ね除けられてしまった。あぁ無念なり。


「沙夜のおうちは、猫を飼えないの?」

「………うん」

「猫を助けるためには、その猫の一生と付き合っていく覚悟と環境がいるよ。その資格がなかったら、手を差し伸べることはやめたほうがいい」

「…………でも」

「うん。だから、その子猫、私が飼ってもいい?」


俯いていた少女の顔が、その一言で勢いよく上へ向いた。

驚きを隠せていないまんまるな瞳が、私をじっと見つめている。


「出会った猫すべてを引き受けることはできないけど、今ここにいるこの子猫は私が面倒を見る。もちろんその覚悟と資格はある。

 それで、もしこの先、野生から離れた野良猫を見つけたら、今度はふたりで里親を探そう? 猫のためにできることは色々あるんだから」

「……うん!!!」


子供らしく目を輝かせて、元気な声をくれた。すごく嬉しそうに笑って、腕の中にいる子猫に頬ずりしている。


「ありがとう! 光希お姉ちゃん!!」

「うへへ」


いけない、あまりの可愛さに邪な笑みが零れてしまう。いやいや、これは喜ぶ少女が微笑ましくて溢れる暖かな笑みだよ。きっと。


「それじゃその子に名前を付けないとね。あ、もしかして沙夜はもう付けてたりするの?」

「ううん。子猫って呼んでた」

「そっかぁ。じゃあ、すんごい名前をつけてあげないとね!」


勢いで飼うことを決めたとはいえ、飼うからには責任をもってこの子猫と共に過ごしていくつもりだ。

もともとペットを飼うなら猫と決めていたし、親も動物が好きだから飼うのには反対はされないだろう。

家は普通に一戸建てでペットは飼えるから大丈夫、経済的にも余裕はある、私が学校にいる時は専業主婦の母が見ていてくれるはず。

ペットを飼うのは初めてだから不安もあるが、この小さくてふかふかで愛らしい猫様と暮らすのは魅力的だと思う。


「よし! コゴロウっていうのはどうかな!?」

「この猫、雌だよ」

「あ、雌だったの? じゃあ、うーん、ハナコとか?」

「なんか普通」

「えー」

「…毛が小麦色だから、コムギってどうかな?」

「おお、いいねそれ! それにしよう! じゃあ今日からこの子はコムギってことで、よろしくコムギー!」


沙夜の腕の中でまったり寛いでいるコムギの頭をそっと撫でると、にゃあと鳴いて返事をくれた。かわゆい。


「コムギのこと、よろしくお願いします」

「えっ? ああ、うん」

「……元気でね。コムギ」


抱いていたコムギを渡されたので、そのまま受け取った。

彼女の表情はとても寂しそうで、まるで今生の別れのようだなと思ったが、もしや沙夜はもうコムギと会えないと思っているのだろうか。

そういえばまだこの少女と出会ってから二回目だし、年も離れているから接点は少ないし、今日もこの公園で偶然見かけたに過ぎないのだ。

もう会えないかもしれないと思っても、仕方がないか。


「沙夜。時々、コムギの様子を見たい?」

「うん。でも――」

「じゃあコムギに会いたくなったらいつでもうちへおいで。今日は沙夜のご両親に許可を貰っていなから駄目だけど、

 ご両親の許可を貰えたら遠慮無くうちに来てもいいよ。えっと、これが私の電話番号と、住所ね。…はい、どうぞ」


メモ用紙に詳細を書いて、沙夜に渡す。

すると彼女は食い入るようにメモを見て、興奮気味に私を見た。


「い、いいの?」

「もちろん。大歓迎だよ」

「光希お姉ちゃん、ありがとうっ!」

「いや~いいってことよ……でへへ」


初めはクールで感情表現に乏しいと思っていたけれど、子供らしい明るい笑顔を浮かべられる子だったので安心した。

少し大人びていて賢いように思えるが、行動や言葉の端々は子供特有の無邪気さが潜んでいる。――以前合った時に違和感を覚えたのは、どうやら思い過ごしのようだ。

沙夜は喜びを抑えきれず、私に抱きついてくる。ここまで心を開いてくれたのかと思うと、なんとも言えない感動があった。

片側にはとっても可愛い少女、もう片側には愛くるしいにゃんこ。おうおう、これはたまりませんなぁ。


「あーこのままコムギと一緒に沙夜たんも連れて帰りたいなぁ」

「………ブザー押すよ?」

「冗談です」


だから距離をとらないでください。けっこうへこむので。


「……………………やっぱり、変な人」

「?」

「なんでもない」


私の片手を小さな手が取って、きゅっと握る。

小さくも力強い温もりがしっかりと伝わってきて、暖かな気持ちになったけれど。


どうしてだろう。


心の隅っこに、今はまだ名前をつけることが出来ないほど小さな“もやもやとした何か”が芽生えていた。








「ただいまー。可愛い娘のお帰りだよ~」


沙夜と別れ、コムギを動物病院へ連れて行き検査やら注射やらしてもらって、猫を飼うのに必要なものを買ってから我が家に返ってきた。

買ったものは多過ぎて持ち帰れないので配送を頼んである。だから、持って帰ってきたのは自分の鞄と新しい家族だけだ。


「お帰り光希、遅かったじゃない。あんたまた何処かで寄り道をしてき…き、き、きやああああああああああああああん!?」


玄関まで出迎えに来てくれたお母さんは私を見て――いや、正確には私が抱えていた猫を見て奇声を発した。

私には目もくれず、小さな子猫を興奮気味に凝視している。うわぁ、予想以上の反応だわ。


「な、なにこのかわ、かわわわわわわわ、かわいい猫ちゃんは!?」

「近くの公園で拾ってきた野良猫のコムギちゃんだよ。今日からうちの家族の一員になります」

「またあんたって子は勝手に決めて! いい? 生き物を飼うって大変なのよ? 可哀想だからって同情して簡単に――はわわわわわ」


コムギをお母さんに近づけると、怒った顔がすぐにとろけてふにゃふにゃになっていく。

何を隠そう私の母親、実は大の動物好きなのである。

今までペットを飼おうとしなかったのは、動物が好きで好きで、好きすぎて他のことに集中できないかららしい。

そこはまあ私と父がストッパーになれば問題ないだろう。


「ちゃんと責任持って飼うからいい? 必要なものはもう買ってあるから、後で届くと思う」

「はぁ……どうせ駄目っていっても聞かないでしょ。まったく、し、しかたないわねぇ」

「ありがとお母さん」


渋々許可したように言っているけど、顔は正直だなぁ。だらしなく緩んだ表情が喜びを隠せていない。

母の承諾を得られたので、もうこの猫はうちの子になることが確定したと言ってもいい。父は普通に動物好きだし、相手の意見を尊重してくれる人だ。

それにもう母がコムギの虜になっているので、何があっても手放さないだろう。


「はぁコムギちゃん可愛い……はっ、いけない! 忘れるところだったわ。光希、植田先生がうちに来てるわよ」

「えっ」


玄関に家族以外の靴があったから誰かお客さんが来ていることは知っていたけど、そのお客さんが植田先生だとは思っていなかったので吃驚した。

わざわざうちに来るなんていったいなんの用が。あ、喫煙の誤解が解けたことについてかなぁ。


とりあえず疲れて眠ってしまったコムギを自分の部屋のベットに寝かせて、先生がいるリビングの方へ向かう。


「椎葉さん」


珍しくスーツに身を包んだ先生がうちのリビングにいた。堅苦しい格好をしているのは、きっと会議に出席した後だからだろう。

やっぱり着ているものがいつもと違うだけで随分と印象が変わるなと思ったけど、彼女が私を見て微笑んだだけで、いつもの先生だと思い直した。

母が先生の正面に座ったので、私はあえて先生の隣に座ってみる。


「ちょっと、どうしてあんたはそっちに座ってるの。普通はこっち側に座るでしょ?」

「いやぁ~親の前でこうして二人並んでると、結婚の報告みたいでときめくなぁって。よし、私もフォーマルな格好に着替えるか」

「えっ、ええっ!?」

「みーつーきぃ? 先生が困っていらっしゃるでしょぉ?」

「わあ怖い」


母のお怒りが爆発する前に席を移動した。どこに座ってもいいんじゃないかと思うけど、お母様が怖いので素直に言うことを聞いておこう。

いつもの三者面談スタイルに落ち着いたところで、ようやく先生の用件の方に触れることにした。


「で、どうして先生がうちにいるの?」

「あんた……煙草を吸ったんじゃないかって先生方に疑われてたんだって? どうして言わなかったのよ」


やっぱりその件ですか。


「だって深刻な問題ってわけでもないから、いちいち親に報告しなくてもいいかなって。もう誤解は解けたしね」

「まったくもう、この子はいつもこうなんだから。植田先生はわざわざ謝りに来てくださったのよ?」

「へ? なんで植田先生が謝らなきゃいけないの? 先生は何も悪くないのに」


迷惑をかけてしまったのはこちらだ。謝ったりお礼を言わなければいけないのは、私の方なのだ。

私を犯人だと決めつけていた教頭たちならともかく、植田先生は最初から最後まで信じてくれていた。

だから謝罪など必要ないと言ったのだが、先生は首を横に振った。


「ううん。私は担任として椎葉さんのためにもっと何かするべきだったと思うの。生徒が疑われているのに、私はただ信じることしか出来なかった。

 無事に解決したからいいけど、もし疑いが晴れなかったら取り返しの付かないことになっていたかもしれない。だから、ごめ――」

「いやいや、先生に何もしなくていいって言ったのは私だよ? ていうか、何かしようと思っても何も出来なかったと思うよ?」

「………っ」


あ、落ち込んだ。


「こ、こら光希! あんた先生になんて生意気なこと言うの!!」

「あたたたたた」


拳骨で頭をグリグリされてとても痛い。この母、的確に弱いところを突いてくるから恐ろしいわ。昔からこれ、苦手なんだよなぁ。


「いいんですお母さん。彼女の言う通り、私、何も出来なかったかもしれません。

 今考えても、誤解を解くために何をすればよかったのかわからないんです。私、口だけで、謝って済ませようなんて、ほんと、担任失格です……」

「いいえ先生。貴女は、光希のことを信じてくださったんでしょう? それが、この子にとって、どんなに有難いことか。

 いつも迷惑ばかりかけている不良娘を見放さないでくれる先生がいるだけで、もう助けになっているんです。

 何もしていないだなんて、そんなことはないんですよ」

「……そんな」

「だいたい、うちの子の自業自得なんですよ。疑われるようなことを普段からやっているから痛い目を見るんです。

 だからどうか、ご自分を責めないでください」

「はい。……ありがとうございます」

「お礼を言いたいのは私達の方なんですよ。いつもうちのアホ娘がお世話になっているんですから。

 もうほんっとにいつもいつもご迷惑をかけて申し訳なく思っていて――」

「い、いえ、 そんな、迷惑だなんて、全然……っ」

「そうだよねー。私たちラブラブだもんねー♪」

「光希は黙っていなさい」

「はい」


いつの間にか話の中心である私を放置して、ふたりで盛り上がっている。なんでしょうこの疎外感は。自業自得ってやつですか。

でもまあ、暗い顔していた先生が母と楽しそうに話しているし、余計な横槍は控えて静観していよう。

黙っているだけというのも暇なので、紅茶でも淹れて気が利く女アピールでもしようかな。お茶請けは煎餅しかないけど。


「あの。そろそろ私、お暇させて頂きます。長々と居座ってしまい申し訳ありませんでした」


お茶の準備をしようと思ったら、先に先生が立ち上がってしまった。


「いえいえ。もっとゆっくりしていって下さってもよかったのに。あ、もしよかったら夕食を一緒に食べていかれません?」

「ありがとうございます。でも、これから用事があるのでお気持ちだけ頂きます。せっかく誘って頂けたのに、申し訳ないです」

「それは残念だわ。あ、もしかしてこれからデートかしら? 先生お若いし美人だから、おモテになるでしょ?」

「…………いえ…その…」


先生は上手く答えを返せず、愛想笑いを浮かべていた。否定しないところをみると、本当にデートなんだろうか。

あまり聞かれたくない話題だろうから、興味津々に追求しようとしている母を諌めようとしたのだが。


「うちの光希も、そろそろ恋人ができてもいい年頃なんですけどねぇ。この子ったら、全然そんな気配がなくて」


ぎゃー。飛び火してきたー。


「昔から色気よりも食気の子でして、これまで恋愛話のひとつもなくて心配してるんですよ」

「は、はあ。椎葉さんは周囲の子に好かれていますし、親しみのある性格をしていますから、そのうちきっといい縁があるかと」

「そうそう。今は恋なんてしてなくても、ちゃんと青春してんだから。黙ってたけど、告白されたこともあるしね」

「えっ!?」


母だけではなく、先生まで驚いていた。そんなに私が告白されていたことが意外なんですかね。

中身はアレだけど、これでも高校二年生の乙女です。


「ちょっとなんでそんな大事なこと言わないのよ! 誰? どんな子に告白されたの!?」

「えー? 別に普通の人だよ。興味なかったから断ったけど、詳しいことは相手のプライバシーを尊重したいので教えない」

「こら! いいから詳しく教えなさい! 白状しないと今日のおかずを一品減らすわよ!!」

「なにそれずるい!」

「ふふ。椎葉さん、皆から人気あるものね。私も気になっちゃうな」

「はーい先生はこれから用事があるんだよねー早く帰らないとねー玄関はあちらですよー」


母と結束して問い詰められては堪らないので、先生を引っ張って玄関まで連れて行く。

後ろから母が追ってきたので、私の部屋にいるコムギが心配だから様子見てきてとお願いしたら、先生に挨拶してすぐに引き返していった。

先生は靴を履いて外へ出る前に、こちらに向き直って控えめに微笑んだ。


「いきなり押しかけてごめんね。謝りに来たのに、結局何をしに来たのか解らなくなっちゃった」

「いいよいいよ、何もなくても。お母さんは先生と話すの好きだからね。今日も楽しそうだったしさ」

「私も楽しかった。それに、励まされた気がするの。……素敵なお母さんね」

「でしょ? あ、ちょっと怒りっぽいけどね」

「ふふ」

「そういえばすっかり忘れてたけど、全教科満点取ったらお願い聞いてくれるって約束覚えてる?」

「も、もちろん覚えてるよ。 でも、まだ心の準備ができてないというか、今日は用事があるからまた今度にして欲しいなぁって」

「うんいいよ。っていうか、まだお願い決めてなかったから頼めないんだよね。そういう訳でもう少し考えるから、その間に心の準備をよろしく♪」

「お、お手柔らかにね? じゃあ、また明日学校で――」


怯えるように先生はドアに手をかけたが、ガチャガチャと音を立てるだけで一向に開かない。

「あれ? あれっ?」と慌てている先生をしばらく眺めていたが、用事があって急いでるっぽいので教えてあげることにした。


「先生ー。上のロックかかったままだよー」

「あっ、あ、本当だ!」


うちの玄関のドアのロックはわかりにくい形をしているので、ロックが掛かっていることに気付きにくいのだ。

ロックを解除してドアをあけると、先生は恥ずかしそうに頬を赤く染めて、逃げるように帰っていった。

よーし、明日はこのネタでからかうか。ほんと、面白くていい先生だなぁ。


「…………………」


静かになった玄関で、一人、呟く。


「……気負わなくていいって言ったのにな」


できないことを無理にやる必要なんてない。できなくても謝る必要はない。

誰にだって、できることとできないことがある。

自分にできる範囲を超えてしまえば、どんなリスクを負ってしまうかわからない。


それでも、自分の限界を知っていても、誰かのために、自分のために、できないことをやろうとする人間はいる。

そんな人間の末路を、私は何度も見てきた。


その末路の多くは―――自己犠牲だ。


「光希! ちょっと来なさい! コムギちゃんが、コムギちゃんが!!」

「え、なに、どうしたの?」

「コムギちゃんが、すっごく可愛い寝顔をしてるのよ!!!」

「……それは、写メを撮らないとだね」

「もうデジカメで撮ったわよ!」


もしも。


そんな末路に向かおうとする人間が、自分にとってかけがえのない人だったら。

自分に、なにができるんだろう。

何を思うだろう。


「光希! はやくはやく!」

「へーい」


考えても答えは出ない。

だから私は考えないようにして、母の呼び声に応える為に、自分の部屋へと向かった。


 

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