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WP&HL短編集+スピンオフ  作者: ころ太
WPスピンオフ
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WPspinoff08 縁の下の誰かさん



教室の中は、まるでサウナのような暑さだった。

普段であれば快適な室温に保たれているはずなのだが、今日は朝からエアコンの機嫌が悪くて言うことを聞いてくれず、地獄のような熱に支配されている。

季節は初夏。さらに今日は猛暑日ときた。そんな日に限って空調設備が壊れるなど、蒸し焼きになれと宣告されているようなものだろう。

設備の故障に気づいてすぐに修理の依頼をしたらしいのだが、工事が入るのはどんなに早くても今日の夕方になるそうだ。

このままでは熱中症になる者が出るかもしれないと、急遽、業務用の大きな扇風機が教室の隅に設置された。

しかし、それも生暖かい風が当たるだけで気休めにしかならなかった。

ないよりはマシだが、それでも暑いことに変わりはなく、クラスの皆は汗を流しながら授業を受けている。

もちろん私も例外なく暑くてたまらないのだが、心頭滅却すれば火もまた涼しの精神で乗り切っていた。

いや、正直に言おう。私がこの暑さに耐えていられるのは、別の理由があった。何気なく前の席に座っている子の背中を見て気付いたことなのだが、

なんと、我がクラスが誇る美少女たちのシャツが汗でぐっしょりと濡れていてうっすらと下着が透けているのだ。

意識して目を凝らさないと気付かない程度の透け具合なので、私の他に気づいている人はいないだろう。

女子の下着なんて見慣れていて面白いものではないけれど、誰がどんなタイプのものをつけているのかを観察するのは意外と楽しいものだった。

それに肌にピッタリと張り付いたシャツとか、汗を滴らせるうなじとか、暑さに耐えている表情が健康的な色気を放っていて目の保養にもなる。


厳しい暑さの中に幸せを見出して楽しんでいると、終業の鐘が鳴り授業が終わる。これで、ようやく午前の授業が終わったわけだ。

猛暑に苦しんでいたクラスメイト達は一斉に立ち上がり、我先にと教室を抜け出して行く。

涼を求めて冷房の効いた食堂へ向かったのだろう。いつも教室で昼食をとっている子たちも今日ばかりは陣地を捨て、快適な場所を求めて旅立ったようだ。

あっという間に教室の中は静かになり、室内にいるのは私とあゆだけになってしまった。私たちはいつも教室で食べているのだが、さてどうしよう。


「あゆ?」


お昼になればすぐに飛んでくるはずの彼女がいつまでたってもやってこないので、不思議に思いながら声を掛けた。


「……うぃー…あついよぉ」


机に突っ伏している彼女から呻くような声が聞こえる。あまりの暑さに動くことも億劫になっているのかもしれない。

その姿はまるで干上がった魚のようだ。あゆだけに。……って、ふざけている場合ではなさそうだ。熱中症の疑いもあるので慌てて彼女の傍に向かい、自分の水筒を渡す。

すると彼女はごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲み干して、ぷはっと景気よく息を吐いた。顔色も良さそうだし、わりと元気みたいなので胸を撫でおろす。


「は~生き返ったぁ。ありがとねみっちゃん。みっちゃんは私のオアシスだよ」

「おう、あゆの為ならいつでも私の愛で潤してあげますとも。それより、気分とか悪くない? だるいとか吐きそうとか」

「ううん平気だよ。変わらず暑いけどね」

「じゃあ弁当持って食堂に避難しよっか。みんな先に行ってるから、座れるところがあるといいけど」

「わ、そだね、早く行かなきゃ!」


さっきまで溶けていたあゆは、すっかりいつもの調子を取り戻していた。

急いでお昼の準備をして、熱気のこもった教室から出ようと扉の前に立つと、ドアに手を掛ける前に扉が動いて誰かが私の正面に立つ。

上履き、靴下、スカート、胸部を舐めるように見ながら視線を上の方へ向けていくと、冷ややかな目をしたウッキーの顔があった。

何度見ても大変素晴らしいスタイルをお持ちで羨ましい限りです。身長を10センチ、いや5センチでいいから私に分けてくれないかな。


「やっほー、ウッキーじゃん」

「…………………」


ガン無視ですよ。いやしかし、視線だけはばっちり私に向いている。

たとえ虫を見ているかのような冷たい目つきだとしても、認識してくれているだけでありがたいと思わなければ。


「う、ウッキー!? ちょっとみっちゃん、いつの間に石井さんのことアダ名で呼ぶようになったの!?」


あゆは驚いた表情で私を見る。

ウッキーと接触したことは隠していたので、私達が初対面ではないということを彼女は知らないのだ。


「いやぁちょっとこの前さー、天地を揺るがす激しい戦いの末に固い絆で結ばれてね。ウッキーとはもうソウルメイトって言っても過言ではないくらいなんです」

「……暑さで脳が溶けておかしくなったのかしら。くだらない嘘はやめて貰えない? 激しく不愉快だわ」

「みっちゃんがおかしいのはいつものことだけど」

「酷くない!? ていうかウッキー、うちのクラスに何か用があったんじゃないの? みんな食堂に行ってるから教室はもう誰もいないよ」

「察しが悪いわね。用があるのは貴女よ、椎葉光希」

「え、私? いったいどんな用で……あっ、も、もしかして交際の申し込み!?

 うわぁどうしよう。気持ちは嬉しいけど、まだお互い知り合ったばかりだしまずは身体の関係からで――」

「ああそう。もういいわ、お邪魔しました」


本気で帰ろうとしていたので、慌てて引き止める。


「うそうそ、冗談だって! ごめんあゆ、先に行っててくれる?」

「でっ、でも、みっちゃんひとりで大丈夫なの? 私も残ろっか?」

「平気だよ」


例の喫煙事件のこともあるからか、あゆは心配そうに私を見やる。

それからウッキーの方をチラリと見ると、急に「ぴゃあ!」と可愛い悲鳴をあげ、怯えるように私の背後に隠れてしまった。

ふるふると震えながら私のシャツを握っている様子は、無性に庇護欲を掻き立てられてしまう。鏡で自分の顔を見たら、きっと頬が緩んでだらしない顔になっているだろう。


「あゆを威嚇しちゃ駄目だよウッキー。ほら、怖がってるじゃん」

「別に何もしていないのだけど。その子が勝手に怯えただけじゃない」


ウッキーは普通の態度のつもりなんだろうけど、彼女を知らない人から見れば鋭い目つきのせいで不機嫌そうに見えてしまう。

特にあゆはこう見えて人見知りだから、怯えてしまうのも無理はない。


「あゆ。今日は食堂が混むだろうから、悪いけど先に行って席を取っておいてくんない? すぐに行くから」

「う、うん」


おどおどしながらも、あゆは素直に頷いた。それでもやはり気になるのか、後ろ髪を引かれるようにこちらを伺いながら教室を出て行った。

彼女の人見知りっぷりは昔に比べればだいぶ良くなった方だが、慣れない相手だと萎縮してしまうようだ。

この場合、色々な意味で強烈なウッキーが相手っていうのもあるんだろうけど。


「さて、と。ここだと暑いだろうから、違う場所で話す?」

「私はこの教室で構わないわ。丁度よく私たち以外に誰もいないから」

「えっ。ふ、ふたりっきりの教室で何する気なの? まさか、卑猥な行為をするつもり? いきなりだなんてそんな心の準備がー…よっしゃー! どんとこい!」

「どうして頼んでもないのに嬉々として制服を脱ぎ始めるのよ…。いいから少し大人しくしてくれる? 面倒だから」

「ふふ、優しくしてね」

「……いっそこのまま殴り倒したい気分だわ。殺意ってこんなふうに湧いてくるのね」


恐ろしいことを呟きながら重たい息を吐き、ウッキーは私のことを憎き仇のように睨みつける。

自業自得なのだが順調に好感度がどんどん下がってるなぁ。こちらとしてはもっと仲良くなりたいと思っているのだが、一方通行なのでなかなか難しい。

あまりあゆを一人で待たせるわけにもいかないので、ほどほどにして真面目な話をするとしよう。


「わざわざ私に会いに来たってことは、何か動きがあったってことかな」


そうでなければ毛嫌いしている私のところへ足を運ぶはずがない。

ようやく話が本題に向かい、場の空気が変わったことを察したのか彼女は表情を固くした。


「喫煙した真犯人が全てを自白したそうよ。自分たちが煙草を吸ったこと、私を脅して嘘の証言をさせたこと、椎葉光希は無関係なこと。

 その後、私は教頭先生に呼び出されたのだけど、脅されていたとはいえ嘘を言っていたのに、咎められるどころか不必要なほどに心配されたわ。

 怖かっただろうとか、気付いてやれなくてすまなかったとか、何かあったら先生たちを頼れだとか、それはもうウンザリするほど熱心にね」

「ウッキーは何も悪いことしていないし、普段の素行も良いから当然の結果じゃないかな」


普段から素行の悪い私は、まだ呼び出しさえない。当事者なのにすっかり蚊帳の外なのは、いったいどういうことなのだろう。

もうサッカー部の彼らが真犯人だと解っているのなら、早く真相を知らせるなり謝罪なりして欲しいところだ。

どうせあの教頭のことだから、不真面目だから疑われるんだ紛らわしいとか言い出しそうな気もするので、もう無実になったのならそれだけでいいや。

とにかく正式に疑いが晴れたら、協力してくれたクラスのみんなと心配して胃を痛めていた植田先生にお礼を言わないと。


「ま、これにて一件落着だね。よかったよかった」

「一件落着、ね……でも貴女、何かしたんでしょう? 今朝、その真犯人さん達が鬱陶しいくらい土下座して謝ってきたわ」

「ウッキーが美人すぎて跪きたくなったんじゃないの? かくいう私も気を抜くと衝動的に平伏したくなるんだけど」

「ふざけないで。彼ら、挙動が不自然で異常なほどに怯えていたわよ」

「んー、やり過ぎちゃったか」


できるだけ穏便にやるつもりだったのだが、痛いところを突かれたのでついカッとなり、やりたい放題やってしまった。

“ああいうこと”をするのは随分と久しぶりだったのもあって、加減を間違えてしまったようだ。

法に触れるようなことはやってないし、多少手荒なことはしたが正当防衛の範囲内だろう。


「私の秘密は絶対に誰にも漏らさない、報復もしない、二度と付きまとわない、と言っていたわ。

 教頭先生に聞いた所では、私を脅していた内容が“秘密をばらす”ことではなくて“本当のことを喋ったら殴る”ということになっていたし」

「へぇ。素直に反省したならいいんじゃないの?」

「ええそうね。彼らが本当に反省して自主的に白状したのならそれでいいと思う。

 けれど、誰かに強制されて罪を明かしたのだとしたら? そう、例えば私と同じように脅されてやむを得ず、とか」


鋭い目つきが、これでもかというほどに突き刺さる。

どうやら彼女は結果に至るまでの過程が気になるらしい。解決したことなのだから、もうどうでもいいことだろうに。

彼女の性格からして、不明瞭な部分は追求せずにはいられないのかもしれない。それに、正攻法ではない私のやり方が許せないのもあるのだろう。


「それでもいいんじゃない? 結果的には無事に解決できたんだから。私は疑いが晴れて、ウッキーは脅迫に怯えなくて済む。

 犯人たちも自白して反省している態度を見せたなら、情状酌量の余地はあるってことで処分も軽くなるかもしれない。

 手段はどうあれ、結果的には円満解決に近いと思うんだけど」

「……やっぱり。貴女は、卑怯な手口で彼らを脅したのね」


疑いではなく、確信している。私が犯人を知っていることも、彼らを脅して自供させたことも。

これ以上どう誤魔化しても彼女には一切通用しないだろう。だから、私も認めるしかない。


「それで、ウッキーは私のやり方が気に食わなかったわけだ」

「ええ。彼らが悪いことをしたからといって、悪いことをされる理由にはならないわ」

「そうだね。ウッキーの言い分は正しいと思うから言い訳はしない。正当なやり方じゃないと理解している上で、この解決方法を選んでいるから」

「……最悪ね。自覚しているのなら、余計に」

「うん。私は、ウッキーが思っている通り自分本位で行動する最悪の人間なんだ。だから脅したことを後悔してはいないし、何を言われても撤回しない」


反省も後悔もしない私を、彼女は嫌悪する。曲がったことが嫌いな優等生は、眼の前にいる不真面目な同級生を許せはしないだろう。

自分と正反対の人間を受け入れることは、思いのほか難しいものだ。


「友達が待ってるし、今日はこのくらいで。まだ言いたいことがあるんだったら、また後日に遠慮なくどうぞ。愛の言葉でも罵詈雑言でも、大歓迎だよ」


もう二度と話すことはないかもしれない。

以前からよく思われていなかったけど、彼女の様子を見る限り今回の件でどうやっても埋められない深い溝が出来てしまったはずだ。

せっかく出会えたのに、残念だと思う。仲良くなりたかったなと思う。けれど相性というものは必ずあって、簡単にどうこうできるものじゃない。

もしかしたら仲良くなれる方法があるのかもしれないけれど、その方法を私は知らない。

彼女が本気で拒むのなら、私にできることはこれ以上関わらないようにすることだ。


「どうして」

「え?」


教室から出ようと扉の前に立つと、彼女は消え入りそうな声を発した。

さっきまでの芯の通った力強い声ではなく、芯を失ったかのようなか細い声だった。


「どうして私を責めないの? 貴女が疑われるように仕向けたのは、私なのよ? 脅されたからといって嘘を吐いて、貴方を巻き込んだのに、どうして私を責めないの?」

「お、おぅ、ウッキーは言葉攻めされたかったの? Sと見せかけて実はMだったの? ぐへへなにそれ滾る」

「どうしてそうやって巫山戯てはぐらかそうとするのよ! はっきり言いなさいよ! 卑怯で最低な人間は貴女ではなく私だって!!」

「いやだってウッキーは間違ってないもん。真っ直ぐで、優秀で、誠実で……いい人だ」

「なっ!?」

「人に罪を擦り付けることは良くないことだけど、それは自分を守るためだよね。それは、間違いじゃないと思うんだ」


充分すぎるほど悔やんで、自分で自分を責めただろうから、もういいんじゃないかな。それに――


「こうして私に会いに来てくれたのは、謝りに来てくれたんだよね?」

「…………っ」


彼女がわざわざ私を訪ねてきたのは、事件の真相を伝える為じゃない。解決方法を批判する為でもない。

脅しに屈してしまい、嘘をついてしまったことを詫びに来てくれたんだろう。

いくら自分を守るためとはいえ、曲がったことが許せない彼女は、私を巻き込んだことをずっと気にしていたに違いない。

だから、私はウッキーを責めたりしない。必要ないんだ、そんなこと。謝罪なら言葉にしなくても、ちゃんと伝わっていた。


「勝手に、私の行動を決めないで」

「違った?」

「ちがっ」


ウッキーは口にしかけた言葉を飲み込んだ。

決して私から目を逸らさず、一歩も動くことなく、彼女らしい綺麗な姿勢のままで。


「………ごめんなさい。嘘をついて、巻き込んで、本当にごめんなさい」


私なんかに謝る必要はないのに、彼女は頭を下げて真摯に謝ってくれた。

認めたくない相手でも誠意のある態度で謝罪をしてくれたのだ。


「ウッキーは真面目だねぇ」

「……それは褒めてるの? それとも嫌味なのかしら?」

「純粋に凄いなって思ってるよ。誰もができることじゃないから、超ソンケーしちゃいますぜ姐サン。まじカッケーっす」


戯けて笑ってみせると、彼女は一瞬だけ目を丸くして、口元を僅かに緩めた。


「ふふ、どうしてかしらね。貴女に褒められても、これっぽっちも嬉しくないのだけれど」

「!?」

「…なによ」


笑った。

あのウッキーが笑ったのだ。眉をハの字にして呆れたような笑い方だったけど、確かに笑ってくれた。


「お、おおお、ついにウッキーがデレた! 早くも相思相愛まで秒読み段階ですかこれ!? やば、ドキドキしてきた!」

「……ただの馬鹿じゃないと思ったけれど、確かに救えない馬鹿だったみたいね。貴女の評価を改めようと思った私も馬鹿だわ」


はぁと悩ましげに息を吐いた彼女は相変わらず怖い顔をしていたけれど、眼差しはほんのり和らいでいる。

あれ、もしかして本気でデレてくれたんですか? 今、チャンスタイムですか?

思わぬ好機に身悶えていると、ウッキーはもう表情を引き締めていて元通りになっていた。え、デレ期終わるの早くない?


「貴女、頭の中身はこんなに残念なくせに、意外と勉強は出来るのね。認めたくないけれど数字に出ているのだから、信じるしかないわ」

「?」


何のことやらと私が首を傾げると、彼女はすぐに疑問に答えてくれた。


「先日のテスト結果。学年一位だったでしょう?」

「あー、うん。そだね」

「まったく、まさか本当に一位を取るなんてね。凄く嫌だけれど、約束は約束だもの。貴女の言うことをひとつだけなんでも聞くわ」

「まじで!?」


惚れ惚れするほど潔く、彼女は賭けに負けたことを認めた。

律儀な性格だから約束を守ってくれるだろうとは思っていたけれど、素直に願いを聞いてくれるとは思っていなかった。

自分から願いを聞くと言い出したのは、きっと嘘を吐いた負い目もあるからかもしれない。

せっかく賭けの報酬を貰えるのだからここは遠慮なく頂くことにする。そのほうが、彼女も気が楽になるに違いない。


ではでは、こほんとひとつ咳払いをして。


「それじゃあ身長を分けてくださいな♪」

「馬鹿じゃないの? そんなこと無理に決まってるでしょ」


笑顔で手を差し出したけれど、真顔でバッサリと言われてしまった。

もちろん冗談のつもりだったのだが、真剣に断られると切ないものがある。


「わりと切実な願いなんだけどねぇ」

「無理なものは無理よ。どうせ碌でもない願いを言うと思っていたけれど、せめて現実的なものにしてくれないかしら」

「ごめんごめん。リテイクね。……こほん、それでは裸エプロンで――」

「現実的なものって言ったでしょう? しばくわよ」

「は、はい」


無茶なお願いを聞いてくれないのはもちろん想定済みだが、言わずにはいられない性分なのだ。

というか、ウッキーにとって無茶なお願いしか思いつかないんだよね。今日という日の為に、しっかり考えておくべきだったか。


「うーん、それじゃあ……私と仲良くしてくれると嬉しいなーなんて」

「はぁ?」

「前にも言ったと思うけど、私はウッキーのこと好きだよ。だから、仲良くなりたいのです」


無謀な願いを口にした。これも、彼女にとっては現実的なものではないかもしれない。こんなお願いは卑怯なのかもしれない。

けど、こんな機会があるのなら、狡くても活用させて貰う。

絆を紡ぐのは生まれ変わっても苦手なままなので、人の心を知っても、受け入れることが出来ても、自分から触れることには今でも臆病なのだ。


「……それは、具体的にどうすればいいの?」

「私と楽しくキャッキャウフフしようぜ!ってこと」

「意味がわからないわ。どの辺りが具体的なのかも解らないし」

「そうだなぁ。一緒に話したり、ご飯食べたり、遊んだり……つまり友達になろうぜ!ってことです言わせんな恥ずかしい」

「私は貴女が嫌いって、言わなかったかしら」

「言ったね。だから強制はしないよ。無理して友達になっても、お互い損なだけだから」

「…………」


彼女は手を口に当てて迷っていたが、すぐに答えが出たようだ。


「断固お断り、と言いたいところだけれど。まあ、いいわ。友達というものになりましょうか」

「え、いいの!?」


やったー! 言ってみるもんだー!

どういう心境の変化があったのかわからないけれど、彼女と仲良くなれるのならとても嬉しい。


「でも軽々しく話しかけてこないでね」

「あれー?」


距離がぐいっと近づいたかと思ったけれど、名目上は友達ということにして上手く回避されているような気がする。ぐぬぬ、やはり一筋縄ではいかないか。

まあいい、これからじっくりと時間をかけてラブラブになればいいのだ。愛想尽かされないように頑張ろう。


「じゃあ早速だけど、一緒に食堂でランチしようぜ!」

「まあ、しかたないわね」


物凄く嫌そうな顔をした彼女は、それでも一緒に食堂までついてきてくれるようだ。お願いどおり、最低限の“友達”をやってくれるのだろう。

お互い無言で友人とは呼べないような距離を保っているが、今はこれで満足だ。こんな付き合い方でも、これはこれでいいと思う。

暑苦しい教室を出て、あゆが待っている食堂へと向かうことにした。

のほほんと廊下を歩いていると、隣にいるウッキーが探るような視線だけを私に向けた。


「……貴女って、意外と思慮深いのね。何も考えていないようで、無駄にたくさんのことを考えていそうだわ。

 どうせこの妙なお願いも、なにか裏があったりするのかもしれないわね?」

「え、なんでそう思ったのかわかんないけど、特に深い意味は無いよ? それにいつも行き当たりばったりで適当だよ?

 今だって今日のお弁当の中身は何だろうとか、ウッキーにあーんして食べさせて貰おうかなとか考えてたし」

「そう。とぼけるのなら、それでいいわ。…私も、お礼は言わないから。あと、絶対食べさせたりしないから」

「それは残念」


まだ何か言いたそうにしていたが、食堂に着いてしまったので会話はひとまず終わってしまった。

扉を開けて閉めきられた室内に入ると、涼しい空気が火照った身体を冷やしてくれて心地良い。食堂にいる生徒たちの表情は、まるで天国にいるかのように幸せそうだ。

周りを見渡しながら奥へ進んでいくと、手を振っているあゆの姿を発見したのでそちらへ向かった。


「遅いよみっちゃん。あ、あれ、石井さんも一緒?」

「うん。このたび、椎葉光希と石井浮絵はめでたくゴールインしました」


えへへと照れながら言うと、ウッキーは静かに背後にまわって私の首を両手できゅっと絞めた。

ちょ、苦しい。ぐえええまじで苦しいんですけどぉ!?


「あまり変なことを言うと、〆るわよ」

「ええええ!? 今思いっきり物理的に絞めてましたよねぇ!?」

「あ、あわわわ……」


あゆは容赦無いウッキーを見て怯えている。

これから紹介しようと思っていたのに、さっそくマイナスイメージが加点されてしまった。

慌てて彼女にウッキーと仲良くして欲しいことを告げると、少し渋っていたが嫌というわけではなさそうだ。


「大丈夫だよあゆ! ウッキーはいい人だよ!」

「わ、わかってる。ええと、初めまして、だよね。私とも仲良くしてくれると嬉しいな」

「……よろしく」


お、いい調子で二人の会話が進み始めたようだ。

ウッキーは相変わらずの仏頂面だけど、あゆの方は緊張が解れたのか笑う余裕が出てきたみたい。

不安だったけれど、これなら余計な心配をしなくても良さそうだ。

それに彼女たちはきっと気が合うはず。根拠はなくて、ただの勘だけど。


「私のことはあゆって呼んでね。石井さんのことはウッキーって呼べばいいのかな?」

「はあ?」

「あ、あわわわわっ、ご、ごめんなさいそれじゃあ石井さんで! 石井さんって呼ばせて頂きます!」

「ウッキー……照れ隠しに睨む癖は治そうね。微笑ましいけど、あゆが怖がるし」

「なっ! て、照れてないわよっ!?」

「と、とにかく、ごはん食べようよ。 みっちゃんたちが遅かったから、急いで食べないとお昼休みが終わっちゃう」


簡単な紹介を終えたので、私たちはようやくお昼ごはんを食べることにした。

私とあゆは持参したお弁当で、ウッキーは購買で適当なパンを買ってきた。


「さて、手を合わせていただきまー」


ピンポンパンポン。

私の声に重なるように、タイミングよく校内放送の音が鳴る。


『二年生の椎葉光希さん。今すぐ職員室に来てください。繰り返します、二年生の椎葉光希さん――』

「………ワタシハナニモキコエナカッタ!」

「いってらっしゃい」

「行ってきなさい」

「うわーん! お腹空いてるのにー!」



笑顔の友人と仏頂面の友人に見送られ、仕方なく職員室へ向かうことになったのだった。

お弁当、まだ一口も食べてなかったのになぁ。


 

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