WPspinoff07 揺れる陰
――――「お前は悪魔だ」と、誰かが言った。
なるほど、私は人間ではないのか。それは傑作だ。可笑しくて、腹が捩れてしまいそうだ。
――――「お前のせいで」と、誰かが言った。
そうか、それは喜ばしいことだ。私が結果を出せたということなのだから。
――――「殺してやる」と、誰かが言った。
殺れるものなら、殺ってみればいい。吠えることしかできない負け犬どもが、私をどうにかできるとは思えないけれど。
醜悪な人間たちの罵詈雑言は鳴り止まない。よくそんなに思いつくものだと思わず感心させられるほど、様々な暴言が飛び交っていた。
本人たちは私を傷つけようと必死なのだろうが、彼らの言葉は私への『ご褒美』にしかならない。
どんなに酷い言葉も、非人道的な罵りも、勝者である自分への賛辞になる。
もう、何を言っても無駄だ。秀逸な謗言を吐いても結果は覆ることはないし、私の心を折ることさえも出来ない。
そんなことも理解できないのか、立腹した彼らは休むまもなく口を動かし、あーだこーだと子供のような悪口を並べていく。
(くだらない)
悪意も善意も関係ない。必要なのは成果だ。
成果を出したものだけが認められる。そこに至る過程がどんなものであろうと、望む結果を手に入れられれば勝ちなのだ。
敵に情けをかけてしまえば一瞬で足元をすくわれてしまうだけ。勝負に感情を挟むなど愚の骨頂。
利用できるものは利用する。損になるとわかれば躊躇わずに切り捨てる。
それが、賢く正しい生き方だ。
――――「間違っている」と、誰かが言う。
じゃあお前は私に勝てるのか。どうせ、勝てないだろう。間違っていると言うのなら勝って、証明してみせろ。
現実味のない言葉には説得力の欠片もない。ただの戯言で終わるだけだ。
(私は正しい)
否定するのなら、勝手にすればいい。
好きなだけ、私のことを非難すればいい。
そんなことで結果が変わると思っているのなら、信じていればいい。
哀れで惨めな、愚者め。
(間違いであるはずがない)
罵倒する人々に背を向けて、私はひたすら自分のやり方で突き進む。
差し伸ばされた手を振り払い、向けられた視線も無視して、無我夢中で己のために生きる。
どんな言葉も聞き流して、成功だけを自分の手に収めていく。
向けられる憎悪は、勝者の証。
罵倒は、成功に対する歓声。
ああ、どんな誹りも喜んで受けよう。
「――――だ」
勝利を得続ける私の耳元で
誰かがぽつりと言った。
――――「人殺し」、と。
「………っ!?」
全身に悪寒が走り、その場で勢いよく立ち上がる。
勢いが良すぎたのか座っていた椅子は大きな音を立て横に転び、机に乗っていた教科書や筆記具は床に散らばってしまう。
クラスメイトたちは皆同じように目を丸くしてこっちを見ていて、授業をしていた植田先生も驚いた表情のまま口を開けていた。
「…っ、あれ?」
自分はナニで、ここはドコだ。今まで、ナニをしていたんだっけ?
(――落ち着け)
慌てたのは一瞬。動揺を律して意識を切り替えると、すぐに沈んでいた情報が浮かんでくる。
ここは学校。みんなはクラスメイト。植田先生は教師で担任。今は、授業中。私は――――そう、椎葉光希。
混乱した頭に現状を叩き込み、ぐちゃぐちゃになっている思考をすぐに整理する。
ああ、どうやら自分は授業中にうたた寝をしていたらしい。さっきまで見ていたのは、質の悪い夢か。まったく、ろくでもない。
こんな悪夢を見てしまったのは、授業中に居眠りをしてしまった罰なんだろう。ほんのちょっとの居眠りにしては随分と酷い罰だが。
「椎葉さん、大丈夫?」
「うん」
大丈夫。内心はまだ混乱しているが、冷静に返事ができる余裕はある。
気づかれないように小さく深呼吸をして、バクバクと忙しなく鳴っている心臓を鎮めていく。
先生は咎めるより先に私が落としたものを拾って机の上に置いてくれた。倒れた椅子は、近くに座っていたクラスメイトが戻してくれる。
「授業に出てくれるのは嬉しいけど、居眠りされると悲しいな」
「あははー、それはひなたんにも言ってあげてよ」
「早瀬さんはちゃんと起きて真面目に授業を受けてます」
居眠り常習犯のひなたんを見ると、先生の言う通りばっちり起きていて、呑気な笑顔をこちらに向けている。あ、ドヤ顔で手まで振り始めた。
こういう時はしっかり起きてるんだよねー、ひなたんは。今は4限目で次がお昼だからっていうのもあるんだろうけど。
しかし授業中に居眠りするのはよろしくないよね。
今回は素直に謝ろうと口を開いたところで、先生は私の顔をいきなり覗きこみ、怪訝な表情を浮かべた。
え、なに?なんなの?よだれついてる?
「……椎葉さん、もしかして具合悪いの? 顔色が悪いみたいだけど」
「あらやだ、今日は化粧のノリが悪いのかしら」
「そ、そういう話じゃなくてね」
「まあ正直ちょっとダルいっす」
感情の制御や表情を繕うことはできても、さすがに顔色までは変えることができない。というか自分が今どんな顔色をしてるかわからない。
先生に心配そうな顔をされるほど、酷い顔色なんだろうか。む、ちょっと見てみたい。ゾンビみたいな顔になってたらどうしよう。
「具合が悪いのなら、保健室で休んでもいいけど……どうする?」
「やったー! 先生公認のサボりだー!」
「ち、違います!! もうっ、ちゃんと保健室で大人しく休んできなさいっ!」
「はーい!」
追い出されるようにして教室を出る。
クラスメイトたちは呆れながらも笑ってくれていたが、あゆは心配そうにこちらを見ていた。
長年の付き合いとなると、やはり見抜かれてしまうものらしい。騙されてくれないのは困るけど、嬉しくてくすぐったい。
植田先生も表面上は怒ってはいたけど、心配してくれていたのは充分伝わった。
ふう、と息を吐く。
一人になった途端、我慢していた吐き気が込み上げてきて気持ち悪い。胸糞悪い言葉がずっと頭の中を這っていて、目眩がする。
さっき見た夢は、もう“夢”でしかない。それはわかっているのに、この現実のほうが“夢”ではないかと疑ってしまっている。
なんとなく自分はここにいてはいけないような気がして、学校の外へ逃げ出したくなった。足が、昇降口の方へ向かいそうになる。
でも、駄目だ。ここにいなくちゃいけない。私の居場所は、ここだ。ここがいいのだ。そんな資格がなくても、ここにいたい。
だから、早く。はやく、言われたとおり保健室へ行こう。
(…あ。そういや、やることがあった)
ちょうどいい。
せっかく授業中に自由に動きまわれるのだから、この時間を利用しない手はない。
保健室に行く前に、少しだけ寄り道をしていくことにした。
*
用事を済ませて、保健室の戸を叩く。
「ちわー」
「あら椎葉ちゃん。真面目になるって言ってたのに、さっそくおサボり?」
保健室に入ると、椅子に腰掛けていた養護教諭が呆れ顔で私を出迎えてくれた。
よくベットを提供してもらっているので、もちろん顔なじみである。
「えー酷い。今日は本当に具合が悪いんだってばぁ。それに植田先生の許可も貰ってるよ」
「そうなの? じゃあとりあえずベットで休む?」
「そうする。先生が一緒に寝てくれたら、きっとすぐに気分も良くなると思うんだけどなぁ」
ちらりと意味ありげな視線を送ると、先生は妖艶な笑みを浮かべ、誘うような仕草で足を組んだ。
程よい太さの太腿と脚線美に惹きつけられ、ギリギリ見えそうで見ない部分にも目が行ってしまう。
あー、いいね。たまらないですね。チラリズム、最高ですね。
これでもっと若ければ、もっと男子生徒を虜にできていたであろうに。
私の嗜好の範囲は幅広いので、女性だろうがアラフォーだろうがぜんっぜん余裕なんですが。
「ふふふ、いいの? オトナのテクで寝かさないわよ?」
「ひひひ、望むところじゃい。返り討ちにしてやんよ」
「……椎葉ちゃんは相変わらずねぇ。本当に具合悪いの?」
「もちろん。自分の母親がアヘ顔を披露しつつ紐パン姿で踊り狂っている夢を見たら気分悪くなっちゃってもう吐きそう」
「それはなんというか。ご愁傷様としか言えないわね」
「ねー先生の今日のパンツは何色ー?」
「いいから黙って寝てなさい。お昼には起こしてあげるから」
「はーい」
ベットに入って布団をかぶると、カーテンを閉められる。
私の他に生徒は誰もいないみたいなので残念……ではなく、貸切状態なので落ち着けていいかも。
カーテンの向こうでは先生が書類を書いているのか、ペンを走らせている音がした。程よい雑音で、落ち着ける。
外側を向くと窓が少し開いていて、そこから入ってくる初夏の風が優しく肌を撫でていくので心地よい。
まさに文句のつけようがない快適な空間。ここにいれば、安眠できるに違いない。
けれど目を閉じることはできても、寝ることはできなかった。意識は覚醒したまま、ただベットで寝転んでいるだけ。
もともと睡眠時間は少ない方だし、さっきも居眠りをしていたから目が覚めているのかもしれない。
何もせず寝転んでいるのは暇なので、ポケットから携帯を取り出して操作しながら、先生に話しかける。
「先生はさ。負けられない勝負だったら、どんなことをしても勝ちたいと思う?」
「ん? そうねぇ。私だったら、正々堂々と勝負したいわね。ずるいことして勝っても、嬉しくないもの」
「やっぱそうだよね」
それがきっと正しい。普通でまともな考え方だ。
「でも、どうしても譲れないものがあったら、なりふり構わず勝負するかも。どんなことをしても、欲しいと思う勝利ならね」
「それは先生の合コンの話?」
「ち、違うわよ!? 私は正々堂々と勝負してるわよ!?」
「先生は素材がいいんだから、もっと大胆にいけばいいんじゃない? やらしい身体を押し付けちゃえばすぐに相手をゲットだぜ!」
「そ、そう? じゃあ今度はもっと胸元の空いた服と短めのタイトで行こうかしら~って、違う! いいから子供は早く寝なさいっ!!」
「あはは頑張れー」
先生が拗ねて喋ってくれなくなったので、しかたなく携帯に集中していたら、保健室の扉が開く音がした。
おや、本当の病人が来たのかな。それなら一緒に添い寝でもしてあげようか。もちろん、相手にもよるけど。
先生と何か喋っていて、すぐに会話が終わったと思ったら足音がこちらに近づいてくる。
「みっちゃん」
「おう」
いきなりカーテンが開いたと思ったら、今にも泣きそうな顔をしたあゆが姿を表した。
私の顔を見た途端、ほっと安堵の息を吐いて、にへらっと笑う。
「……もう大丈夫?」
「ぜんぜん平気。ちょっと寝不足だっただけだよ」
「本気で心配したんだからね。みっちゃんが体調崩すなんて滅多にないじゃん」
「あっはっは。わざわざお見舞いご苦労さまです、歩多さん!」
「もー! みっちゃんの馬鹿!」
「あれ、でもまだお昼のチャイム鳴ってないよね? 授業中じゃないの?」
「……………ぬ、抜けてきちゃった……おなかいたくて」
気まずそうに、もにょもにょと呟く。
「サボりだー!」
「さっきまでお腹痛かったの! でも来る途中で治ったの!」
「わかった。そういうことにしておこう」
「わぁいありがとう。……って、なにこの敗北感!?」
私のことを心配して、わざわざ授業を抜けてきてくれたらしい。
あゆは体調に関してはかなり敏感だ。大したことなくても、過剰なぐらい心配する。
彼女の大好きなパパさんは身体が弱くて体調を崩しがちだから、健康面のことになると神経質になってしまうのかもしれない。
心配してくれるのは嬉しいが、私の為に勉強を蔑ろにするのは困る。
そんなわけで。
「パパさんにチクろうと思います」
「やめてよー!」
「あんたたち、保健室で騒がないの…」
しばらくあゆと言い合っていたら、お昼のチャイムが鳴った。と、同時に私のお腹も鳴った。
先生にお礼を言ってから、ふたりで保健室を出る。お昼を食べようと教室に戻る途中、あゆが何かを思い出したのか「あっ」と短い声を出した。
「今日の放課後だけど、石井さんに話を聞きに行くんでしょ? 私も一緒に行くからね」
「え? 今日はあゆが楽しみにしてた例のDVDの発売日じゃなかった? 買いに行かなくていいの?」
「うっ……だ、大丈夫。帰り道の書店で予約してるから今日中に取りに行けばいいし」
「あの書店でDVD買った人は特製ポスターが貰えるらしいよ。先着順らしいけど」
「ほんと!? あっ、でも昨日も用事で行けなかったから、今日はみっちゃんに付き合うよ」
「いいって。私も今日は野暮用があるから、石井さんにアタックするのは明日にする」
「むぅ…みっちゃんがそう言うなら」
「それより、ポスター貰えるといいね」
「うん。HR終わったら、急いで行かなきゃ!」
それから話題はあゆが大好きなDVDの話になって、教室に着くまでずっとその話をしていた。
どこが面白いとか、あのシーンが神だとか、夢中になって力説されたのでちょっと疲れたが、彼女が終始楽しそうだったので差し引きゼロだ。
「でね、そこで主人公の秘密がわかるの! 実は主人公はヒロインのことを昔から知っていて、あの時渡したものが実は――」
「私もそのDVDを見ようと思ってたのに深刻なネタバレを聞かされしまう事案が発生」
「大丈夫! ネタバレ聞いても楽しめるから!」
「ええええ」
「それでね、ヒロインが屋根裏から虹色のハンカチを―――」
……これでいい。
この子に、醜いものや汚いことは見せたくない。
「みっちゃん、聞いてる?」
「聞いてるよー」
純粋で心優しいこの友人には、このままずっと、無邪気に笑っていて欲しいのだから。
*
放課後。
今日は呼び出しも、約束も取り付けてはいない。最近は大人しくしているから、もちろん先生のお説教もない。
しかし私は下校せず、ある場所を目指して歩いていた。帰宅部の自分には関係ない、運動部の部室だ。
全く縁のない場所だが、一度だけ来たことがあるので迷うことはない。
「…………よし」
目的の部室に着いたので、扉にかけてあるプレートを確認してから二度ノックする。
中で囁き声と物音がしたかと思ったら、少しの間を置いてゆっくりとドアが開いた。
小さく息を吸って、出てきた人物に向けて挨拶をする。
「やあ、サッカー少年! ちゃんと部活を頑張ってるか見に来たよー!」
「くそっうるせえ誰だよ……って、椎葉じゃん。なんか用?」
「部室に籠ってサッカーやってんの? 狭くない?」
「いきなり来て何言ってんだよ、うぜえな。つか今は休憩中なんだっつーの」
「そうみたいだね」
扉の前に立っている男子の隙間から部室を覗いてみると、中にいる部員は5人。全員、訝しげ視線を私に向けている。
部室の中はサッカーボールとスパイクが転がっていてサッカー部っぽいが、よく解らない置物や脱いだままの私服も散らばっていた。
いかにも、といった男子運動部の部室だ。出来れば入るのは遠慮したいが、そういうわけにもいかない。
「なんでもいいからさっさと帰れよ。こっちはこれから部活やんだよ」
「そっか、それはごめん。でも、その前に聞きたいことがあるから、ちょっと中に入れてくれない?」
「あん? 聞きたいことがあるなら、今ここで言えよ」
「聞かれたくない話だから。たとえば、喫煙の話……とかね?」
「…………」
主将と思われる男子は後ろの部員たちに目で合図をしてから、無言で私を招き入れる。
頑なに拒否されるだろうと予想していただけに、あっさりと入ることが出来て拍子抜けだった。
まあ、獰猛な狼の縄張りの中にか弱い羊が迷い込んだようなものだ。どうせ何も出来ないと思って警戒されていないんだろう。
部室に入って扉を閉めると、さっそく異臭と埃で咽てしまった。これは酷い。さっさと用事を済ませてここから出たい。
「で、聞きたいことってなんだよ」
「けほっ、聞きたいことって言うより、言いたいことがあって来た」
「言いたいこと?」
「そそ。あんたらサッカー部のせいで、私が煙草を吸ったって疑われて迷惑しているのです」
「はあ? 俺ら関係ないんだけど。喫煙なんてしてねえし、言いがかりつけんなよ」
「残念ながら、しらを切っても無駄ですぜ。この部室でライターと煙草を見つけて、ついでに酎杯とビールの空き缶も発見したから」
携帯を取り出して、数時間前にとった写真を彼らに見せつける。
保健室に行く前に立ち寄っていたのは、この部室だ。この証拠の写真は、その時に撮ったもの。
撮った写真には、証拠の物品がばっちり写っている。
「なっ、い、いつの間に!? お前、どうやってこの部室に入ったんだよ!? 不法侵入だぞ、勝手に入るなよ!!」
「実は私、忍者の末裔なんだよね」
「マジかよ!?」
「嘘だけど」
普通に鍵を拝借して普通に正面から入ったよ。どうやって鍵を手に入れたのかは、もちろん秘密だ。
「くそっ、てめぇ」
別の部員が、忌々しそうに吐き捨てた。徐々に増していく怒気と、張り詰めていく空気を感じる。
「じゃあこれで喫煙と飲酒、認めるよね」
「そんな写真が証拠になるかよ、偽造かもしれねえだろ。 お前だけの証言で、証明できるとでも思ってんのか」
「証拠は写真だけじゃないんだけど。ほら、みんなSNSやってるよね」
そう言っただけで、みんなの顔色が変わる。どうやら心当たりがあるらしい。
「アカウントまで探ったのかよ…」
「ログは全部保存してあるよ。携帯にも自宅のパソコンにも転送済みだから消しても無駄。
余計なお世話かもだけど、誰が見てるかわからないネット上で犯罪自慢を書き込むのはやめたほうがいいんじゃない?」
「…………」
「そんなわけで、自首を促しにきました。ほら、自分から正直に言ったほうが、ちょっとぐらい罰が軽くなるんじゃないかな。
たとえば部活の無期限停止が数ヶ月間の謹慎くらいにはなるかもね」
証拠の写真とSNSのログを見せれば、頭の硬い教頭先生もサッカー部を疑わざるをえない。
けれど、私に疑いを向けさせる証言をした彼女の存在が、解決の邪魔をしてしまう。
厄介なことに、教師たちからの厚い信頼を受けている彼女の証言が、何よりも優先されるからだ。
私の手の内にある証拠だけでは、完璧な判断を下される可能性は低い。だから本人たちを自首させるのが手っ取り早くていいのだが。
「ああそうだよ、俺らは喫煙している。飲酒もしてる。色々言えないことやってるよ。だけどな、それでお前の喫煙疑惑が晴れるわけじゃない。
俺らが喫煙している証拠はあっても、喫煙したことをお前に押し付けた証拠は何一つないだろ。それに俺らが第二棟で喫煙した証拠もねぇし。
だいたい、お前が煙草を吸ってるところを見たっていう奴が別にいるんだろうが」
「そうだねぇ。だから困ってるんだよねぇ」
「ていうかお前、なんで俺らが怪しいって気付いたんだ? なあ、“誰に聞いた?”」
「なんのこと? 私は貴方達のことを“誰にも、何も聞いていないよ”」
彼女は誰が犯人かは言っていない。ただ、第二棟で見かけた人を教えてくれただけだ。
サッカー部が怪しいと思ったのは、彼女がサッカー部の名を口にした時だけ、表情を変化させたから。
吐きたくない嘘を吐くのは、耐え難い苦痛なんだろう。真面目な彼女は特に。
……しかし往生際が悪いな。
彼女を脅して私に罪を被せるくらいだから、素直に反省するとは思っていなかったけれど。
「しかたねぇな」
「……うん?」
サッカー部員たちが急に立ち上がったかと思えば、一人は私の背後に回り、他の男子は囲うように距離を詰める。
おお、退路を塞がれてしまった。こりゃ部屋から逃げられないね。お約束だね。
「馬鹿なやつだな。部室の中で話そうなんていうから、こういうことになるんだよ」
にやにやと下卑た笑みを浮かべて、襟元を掴まれる。なんでこう、期待を裏切らない行動をしてくれるんだろう。
こんなリスクの高いお粗末なやり方で口封じをしようなんて阿呆すぎて失笑ものだ。どうせ、後先考えてないんだろうなぁ。
「てめえみたいなチビには興味ないが、俺らのことをバラされると困るんだ。
何枚か恥ずかしい写真を取らせて貰うが、悪く思うなよ。せっかくだ、ついでに色々たのしませて――――」
「……チビ?」
「あ?」
「今、チビっていったよね」
「言ったけど、それがどうしたチビ。いいから大人しくしてろよチビ」
「ははっ受ける。主将。それ、椎葉のアダ名にしようぜ。ねーオチビちゃん、どんなポーズがいい?」
「…………おい、私が嫌いな単語を何度も言うなよ、ガキども」
「え」
確かに私は身長が低い。昔の自分はそれなりに高かったが、今の自分は低い部類に属している。認めたくないがそれは事実だ。
いや、でも、150はあるんだよ。それにまだまだこれから伸びるはずだ。頑張れば、もう数センチで平均に届く。
某友人だって高校に入ってからかなり伸びたと言っていたし、それなら私だって希望があるはずだ。
それを、なんだって? え? チビ、だって? 人の身体的特徴を貶すとは、まったくもって許せんな。そう……絶対に、許さない。
「もうどうでもいいや。めんどくさい」
「いまさらそんなこと言っても遅ぇよチビ。さーて、楽しい撮影会といこうか」
今までの会話は、ポケットに突っ込んでいた携帯で最初から録音してある。
喫煙を認める発言をした時点で私の勝利だったのだが、面白い発言をしてくれたおかげで完全勝利だ。
集めた証拠と録音した音声を先生に提出すれば、すぐに疑いは晴れるだろう。
さっさとここから逃げて、職員室に駆け込む――――予定だったのだが、気が変わった。
「いいねぇ撮影会。私も撮らせて貰おうかなぁ」
「何いってんだよ、お前は俺らに撮られる側で…………」
私の服を掴んでいた男子の手首を掴んで、にっこりと笑う。
お望み通り、愉しい撮影会の始まりだ。
「なっ!?」
「…………ははは」
さあて。
全員、屈服してもらおうか。