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WP&HL短編集+スピンオフ  作者: ころ太
WPスピンオフ
21/45

WPspinoff06 不協和音

 


「うーん」


私は悩んでいた。自由奔放に生きている私でも、悩みの一つや二つぐらい当然ある。

小さな悩みを数えればきりがないけれど、今抱えている大きな悩みは二つほどだ。

一番大きな悩みは、私が学校で煙草を吸ったと疑われていること。

これはクラスメイトのみんなが協力してくれているので、何とかなりそうな気がするから後で考えればいい案件だ。

今考えなければいけないもうひとつの悩みは、うっかり寝坊して遅刻しそうな現在進行中のこの状況である。

喫煙騒動が落ち着くまでおとなしく真面目に学園生活をエンジョイしようと思っていた矢先にこれだ。

ただでさえ目を付けられているというのに、これ以上問題を起こしてしまえば強制的に処分されてしまう可能性が高い。それは困る。

そんなわけで、遅刻しない為にさっきからずっと走って登校していたけれど、途中で興味深いものを見つけたので、つい足を止めてしまった。

寄り道している時間はないのだが、気になって仕方がない。


「……なんだあれ?」


視線の先には小さな女の子がカブトムシみたいに木に張り付いていた。

上を目指しているのか、少しづつ地道に登っている。しかし、スピードが遅くて上にたどり着くにはまだまだ時間がかかるだろう。

最初は木登りをして遊んでいるのかと思ったけど、女の子が一生懸命登ろうとしている木の頂上には、枝にしがみついて震えている子猫がいた。

なるほど、高い所に登って降りれなくなった子猫を助けようとしているのか。なんて心優しい少女だろう。なでなでしたい。あわよくば連れ帰りたい。


「よぉし」


駄目だと思いつつも、好奇心が勝ってしまった。

自分の本能の赴くまま女の子に近づいて、木の幹から引き剥がしてみる。

両脇を持って引っ張ると、意外と簡単にとれた。


「……え、誰? なに?」

「やったー! 可愛い女の子ゲットー!」

「……邪魔しないで」

「木登りじゃなくてお姉さんと遊ぼうよハアハア」

「うるさい。離してくれないと防犯ブザー押す」

「ぎゃー!!」


ブザーを押されたら洒落にならないので、慌てて女の子を降ろし、刺激しないように適度に距離をとった。

お、恐ろしい……最近の小学生はなんて攻撃力の高い装備品を所持しているのだ。アレを鳴らされてアレを召喚されたら太刀打ち出来ない。

私は決してやましいことしていないけど、世界は小さな女の子の味方なので、あることないこと吹聴されたら確実にアウトだ。

捕まってしまったら最後、今後はご近所さんやクラスメイトたちに「変態淑女」という不名誉な二つ名で呼ばれることになってしまう。

ここは早急に紳士的な振る舞いを見せて、私は害のないただの女子高生なのだということをアピールするしかない。


「ごめんね、びっくりさせちゃって」


まずは爽やかな笑顔をつくり、優しい声で警戒心を緩める。


「えっとね。木登りは危ないから、やめたほうがいいよ? 子猫さんを助けたいのなら、オトナの人に頼もうね?」

「…………(ぷいっ)」

「おおーい」


あっさりと作戦は失敗した。どうやら完全に嫌われてしまったっぽい。

女の子は私の言葉を聞き流して、木登りに再チャレンジしようと幹にしがみつく。おうおう、頑固なお嬢さんだ。嫌いじゃないぜ。

オトナの手を借りたくないのか、それとも自分の手で子猫を助けたいのか。

まあどっちでもいいけど、小学生にしては随分と冷めた口調なのが少し気になった。もとからクールな性格の子なのだろうか。

普通に考えれば私のことを警戒しているだけというのが濃厚だろう。私ってそんなに不審者に見えるのかなぁ……ふひひ。


冷静に自己分析をしていると、いつの間にか女の子はせっせと木登りを始めていたので、また近づいて女の子をひょいっと引剥がした。

うーん、やっぱり小さいから軽いな。まるで羽の生えた天使みたいに軽い。いやいや、まじ天使だよ。この子可愛いもん。


「はなして」

「だーめ。危ないし、登って降りられなくなっちゃよ。それよりさあ、おとなしく私と一緒にランデブーしよう。アイス奢っちゃうよハアハア」

「きもい。変質者。ブザー鳴らす」

「おっとそうはさせんよ!」


女の子が取り出した防犯ブザーを、隙を見て奪ってみた。ふふっ、ちょろいちょろい。

頼み綱を奪われて危険を感じたのか、ジタバタと激しく暴れだしたので地面に降ろしてあげる。すると、今度はあっちから距離をとられた。

はたから見れば立派な不審者だろうから仕方ないのだが、ちょっとお姉さん傷ついちゃう。


「邪魔しないで。 早くしないと、猫が落ちる」

「もー邪魔してるのはどっちなの。私が助けるから、沙夜は黙ってそこで見てなさい」

「…………えっ」

「木登りはやったことないけど、なんとかなるなる」


これで私は遅刻確定したけどね……きっと反省文だけじゃ済まないだろうなぁ。


「なんで、私の名前知ってるの?」

「実は前世で恋人だったからね」

「お姉さんはあたまおかしいの?」

「あっはっは、冗談だよ。実はそこに置いてあるランドセルの名札を見た」


すぐ傍に投げ捨ててあったランドセルの名札には『三年一組 篠山 沙夜』と書かれている。

不審者に名札を見られたら利用されて危ないので、名前を書いたものはランドセルの中に入れておいたほうがいいと思うの。


……とにかく、最優先で子猫を助けたほうがいいか。


「よし、いっちょ頑張りますか!」


自分の何倍もある大きな木を見上げる。私でも苦労しそうな大木なのだから、小学生のこの子が登ろうなんて無理な話だ。

自分じゃどうにもできなくて、大人に頼ることも嫌なら、不審者…じゃなくて、大人でも子供でもない中間の自分が勝手にやればいい。

こんなことやってる場合ではないけれど、放っておけばこの子はまた自分で助けようと木に登るだろうし、怪我でもされたら堪らないので見過ごすことは出来ない。


勢いをつけて飛んでから木の幹にしがみつき、出っ張っている部分に手と足をかけ、力を入れて上へ上へと登ってく。

途中から引っ掛けるところがなくなってきたので、腕の力を頼りに登っていくしかない。ぐぬぬ、木登りって結構ハードで大変だ。


「――――――」


んん? 下にいる沙夜が、なにか叫んでるような…………。


「パンツ丸見えー」

「あらいやだ。沙夜ちんのえっちー」

「……きもい。こうぜんわいせつざいだ」

「お、難しい言葉知ってるね!」


スカートだから、中身を隠すのは難しいのだ。沙夜の他には誰もいないようなので、今は良しとしとこう。

見られて困るもんじゃないけれど、誰かに見つかるとなにか言われそうだからペース上げてさっさと登る。



「よっこら到着」


なるべく太い枝を選んで慎重に進み、なんとか子猫の近くまで来ることが出来た。

しかし子猫がいる枝は私を支えられるほどの太さがなく、傍に寄れば間違いなく折れてしまう。

子猫は私を警戒しているみたいだから呼んでも来ないだろうし、登ったはいいけどこれからどうしようかな。


「あ、そうだ」


ポケットの中にマドレーヌが入っていたことを思い出した。

寝坊したから朝ごはんを食べていないので、授業中に食べようと思っておやつを突っ込んできたのだ。

これを餌におびき寄せれば、上手く捕まえられるかもしれない。我ながら名案。

さっそくマドレーヌを取り出して子猫に見せると、効果があったようでフンフンと鼻を鳴らしながら近づいてくる。

何度か躊躇したあと、食いつこうと口を開けたところを狙いぱぱっと捕獲した。

片手でしっかりと抱きしめ、もう片手と足を使いながら途中まで降りたあと、勢い良く木から飛び降りる。


「はいよ。この子猫はお嬢ちゃんのうちの子かい?」

「……ちがう」


沙夜は子猫を受け取ると、そっと地面に降ろした。地に足がついた子猫は、自由になった途端に逃げ出して、何処かへ行ってしまう。

もともと猫は警戒心の強い生き物だし、野良猫ならなおさら人間を恐れるだろう。逃げてしまうのも致し方ない。

ちっちゃくて可愛かったから、もっとモフモフしとけば良かったなぁ。


「…………」


沙夜は無表情で子猫を見届けてから、置いたままにしていたランドセルを背負った。あ、そうか。学校か。


「時間は間に合いそう? ひとりで行ける?」

「学校、すぐそこだから」

「ほんとだ」


そういや小学校はここから5分もかからないところにあったな。というか、ここからもう校舎が見えてる。

私も数年前までは通ってたんだよね、うふふ懐かしいわー。


「って懐かしんでる場合じゃなかったぁあああ!! 一刻も早く行かないと!」


私の通ってる高校はここから走っても10分以上はかかる。授業が始まるまであと5分なのでどう足掻いても絶望の二文字。

頭の中にはすでに諦めと遅刻の言い訳が悶々と渦巻いていた。だってもう無理ですもん。


「無理ゲーだけど、急ぐだけ急ごう……んじゃあね!沙夜ちん! しっかりお勉強するんだゾ☆」

「きもい。はやく行けば」

「ごもっとも!」


小学生の女の子に心底嫌そうな顔で見送られ、ゾクゾクしながら私は全速力で駆け出した。

遅刻という名の絶望を打ち砕く、僅かな希望を胸に抱いて。






希望なんて、なかった。

この世界はいつだって優しくない。


「みっちゃん、どんまい」


机に突っ伏している私の頭を、あゆが撫でてくれる。


「私は真っ白に燃え尽きた。お昼まで不貞寝するから時間になったら起こして」

「えー、また怒られちゃうよ?」

「ひなたーん、授業中一緒に寝ようぜー」

「みっちゃん!」

「冗談です。真面目に生きます。私は規律の下僕」


自己ベストを更新する勢いで全力疾走したものの、やっぱりというか当然のように遅刻してしまった。

教室に入って潔く土下座からの謝罪をしたけど、無慈悲にも放課後に生徒指導室へご招待されてしまいました。

遅刻といってもほんの数分だから反省文かお小言で終わりそうだけど、私の立場がさらに危なくなるのは避けられない。

嫁をいびる姑のような教頭のことだから、あまり時間をかけると待ちくたびれて私の処分を強行しそうな気もする。

できる限り、早めに疑惑を晴らしたいところだ。みんなが情報収集を手伝ってくれてるので、すぐに解決できるだろうけど。


「そうだ、みっちゃん。クラスの子が有益な情報をゲットしたって」

「ほんと?」


さっそく情報きたー!

さすがうちのクラスの精鋭部隊だ。仕事が早い。


「うん。第二棟って校舎の老朽化が進んでほとんど倉庫になってるから、そっちに行く人はあまりいないよね。

 だから常連のみっちゃんが疑われているわけなんだけど、他にも第二棟に行く人は少なからずいるんだって」

「そりゃいるよね。私もたまに見るよ。寝ぼけてて顔は覚えてないけど」

「それで第二棟に行く理由がある人を中心に調べてたらしいんだけど、吸殻が見つかった日に第二棟に行った人がいたって

 いくつか証言があったの。数人いたんだけど、その中で先生に信頼されるような『真面目』な人間はひとりだけ。

隣のクラスの委員長―――石井 浮恵ちゃん」

「へぇ」


どこかで聞いたことがある名前だ。たしか、よく学年テストの順位で一桁に入る秀才だと、風の噂で聞いた覚えがある。

生真面目でお固い性格らしく絵に描いたような優等生で、同級生には受けが悪いが先生方には大変気に入られているようだ。

噂から得た情報では喫煙するような人ではないと思うけれど、実際に聞いてみないとわからない。


「どうする? みっちゃん」

「そうだね。とりあえず、このことは他言無用で。教えてくれた人には誰にも言わないように口止めしといて」

「それはいいけど……」

「警戒されたら厄介だからね。あとは、私が口説いてみる。甘い言葉でメロメロにしてやんよ」

「じゃあさっそく今日の放課後に行こうよ。もちろん私も一緒に行くからね!」

「いやいや。今日の放課後は植田先生との密室デートの約束があるんだよねぇ。愛されてるからねぇ」

「あ、そっか。生徒指導室に呼び出されてたね」


さすがに今日は行かないと先生にマジ泣きされそう。朝の時点で、もう泣きそうになってたし。

喫煙疑惑もかかってる身なので、大人しくお説教されるしかない。


「それにあゆは今日、パパが検査入院から帰ってくる日でしょ?」

「うん」

「早く帰りたいんでしょ?」

「う、うん」

「それじゃあ隣のクラスの委員長との修羅場はまた次の機会だね」

「早く聞きに行きたかったけど、お互い用事があるならしかたないかぁ」


あゆは残念そうに苦笑する。早く問い詰めたいのが半分、パパに早く会いたいのも半分、なんだろう。

ふふっ、この友達思いのパパコンめ。


「そうそう、パパさんにはお大事にって言っておいて」

「うん、わかった。伝えておくね」


それからあゆと違う話題で盛り上がっていたら、次の授業のチャイムが鳴る。

問題行動は謹んで、優等生のように大人しく授業を受けますかね。


「次の授業ってなんだっけ」

「保健体育だよ」

「突っ込まずには入られない!!」

「どうどう。駄目だよみっちゃん。おとなしくしてないと」


せっかくのお楽しみ授業なのに黙ってないといけないなんて拷問だ。

口にするのも恥ずかしい単語を言わせたりムフフなことを質問したりして赤面しちゃう初心な27歳独身Eカップ恋人なしの体育教師を

思う存分愛でる楽しい時間なのに!他の科目と違って保健体育は月に一回あればいい方で、たいへん貴重な授業なのだ。

それなのに!大人しくしているなんて!できるわけがない!


「ほら、先生来るよ」

「うぅ…今日の私は賢者になる……」



やる気なくなった。寝たい。





ようやくすべての授業が終わり、放課後になった。

あゆはHRが終わると早々に教室を飛び出して帰っていき、私も生徒指導室に呼び出されていたので教室を出る。

呼び出しを無視するわけじゃないけど、指導室に行く前に寄るところがあるので下駄箱に向かい、靴を履き替えて外に出た。

校門を出て行く生徒たちを横切り、人気のない校舎裏へと向かう。


「…遅いわ」


そこには、呼び出していた人物が綺麗な姿勢で立っていた。

羨ましいほど身長が高く、スレンダーなのに出るところは出ている体躯はまるでモデルのよう。

時間があったらドキドキ写真撮影大会を開催したかったのだが、残念ながら今日は諦めるしかない。


「………こんな所に呼び出してなんの用なの? 椎葉光希さん」

「呼び出しといったら校舎裏が定番でしょ? 石井浮恵さん」

「定番だったら、私はこれからカツアゲや暴行をされたりするのかしら」

「やだなぁ、そんな野蛮なことしないよ」

「いいけど、用件があるならさっさとしてくれない? 私、これでも忙しくてお気楽な貴女なんかにかまってる暇なんてないの」


いきなりこの態度とは思わなんだ。警戒どころかとんでもなく嫌悪されておりまするな。

会話をするのは初めてのはずなのだが、どうしてこんなに嫌われているのだろう。何かしたっけ? 波長の問題?

一々好かれようとは思わないけど、いきなり冷たい態度だとちょっぴりへこむ。


「まあいいや。呼び出したのは、聞きたいことがあったからなんだよね」

「………なにを?」

「時間がないから単刀直入に聞くけど、私が喫煙してたって先生に言ったのは貴女かな?」

「知らないわ」


動揺することなく、私の質問にはっきりと答えた。

…………ふむ。


「よく先生に頼まれて第二棟の校舎に行くよね?」

「ええ。授業に使う資料を取りに行くわ。それが何か?」

「たばこの吸殻が見つかった日、第二棟で他に誰か見なかった?」

「見てないけど。大体、第二棟は建物が古くなっているから必要時意外なるべく行かないように通達してあるでしょう?

 だからあの日だけじゃなく、いつもほとんど誰も見ないわ」


やはり表情は変わらない。けど、ひとつだけ彼女は些細なミスを作ってしまった。

それを埋めることが出来るのかどうかは、相手の力量次第。


「あれ、どうして煙草の吸殻が見つかった日を知ってるのかな? まだ喫煙問題は表沙汰になっていないはずだけど」

「それは貴女のクラスが騒いでいて知ったのよ」


みんなには表沙汰にしないでとは言ってあるけど、どこかで漏れてしまう可能性は十分にある。

彼女がどこかで聞いてしまっても、不自然ではない。


でもね、そんなことはどうだっていいんだよ。


「なるほどね。じゃあ質問を変えようか、ウキエさん」

「下の名前で呼ばないでくれる? 不愉快だわ」


ただでさえ鋭い眼光がさらに尖っていく。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。

しかしこの人、眼力凄いなぁ。相手を圧倒するそれは人を遠ざけるだろうけど、使いかた次第では頼もしい武器にもなる。


「質問。石井さんは“誰かを庇っているの?”それとも“誰かに脅されているの?”」

「いきなり何を言ってるの? 私は何も知らないし見てもいない。だから、貴女が想像しているようなことは全くないわ」

「そっかぁ。石井さんは、誰かに脅されてるんだね」

「!」


私が欲しかったのは、石井さんの“動揺”だ。

彼女の小さなミスを揺さぶって僅かな動揺を作り出し、さらにブラフの質問で真意を得ることが目的だった。

ポーカーフェイスを貫いていたら解らなかったかもしれないが、彼女は私の質問に反応し、焦ってしまったのだ。


「違う! 私は何も知らない! 変な妄想を押し付けないで!!」


言い当てられた瞬間、冷静だった彼女は完全に瓦解してしまう。抑えていたはずの感情が剥き出しだ。

あーあ、惜しいなぁ。途中まではいい線いっていたのに。


「そりゃあ私は問題ばっかり起こすけど、やってもいないことを咎められるのは嫌なんだよねー」

「自業自得でしょ!? 貴女が不真面目だから、証言一つで疑われるのよ! 私は真面目にやってるから、信じてもらえるのよ!」

「あはは、正論だ。うん、正しい。さすが優等生」

「馬鹿にしてるの!?」

「褒めてるつもりなんだけどなぁ。でも、真面目な石井さんが喫煙してる可能性は消えた。それで脅されてるっていうのなら…

誰かが喫煙していたところをうっかり見ちゃって、口止めされてるのかな。私が吸っていたことにしたのも、相手の指示だよね」

「………ち、ちがっ…………」

「答えなくていいよ。“私は何も聞いていない。”石井さんは私と“なんの関係もない”」


歯を食いしばっているところを見ると、正解の確率は高い。それに表情から読み取れる罪悪感が、何よりの証拠だ。

彼女が噂通りの人だったら、喫煙を黙って見逃すはずがない。けれど口止めされているということは、相手に逆らえない何かがあるのか。

さて、どうしようかな。何を拾って、何を捨てるべきか。全て拾い上げることが出来ればそれでいいけど、私は万能じゃない。


「とにかく、あとはこっちで上手くやるから。石井さんを脅してる相手を教えてもらってもいいかな?」

「…………………」

「ごめん、もう一度聞くね。あの日、第二棟で誰か見なかった? ちょっと聞きたいことがあって探してるんだ」

「……私は…あの日……先生と、サッカー部員と、茶道部員と、頭が悪そうな上級生と、すれ違ったわ」

「ありがとう。石井さんには迷惑かからないように処理するから。ご協力に感謝します!」

「私は何も知らない。言ってないから」

「うん。それでいいよ」

「……っ」


知りたいことは得られたし、もうこれ以上聞くことはない。

遅すぎて植田先生がぷりぷりと怒っているかもしれないので、急いで生徒指導室に行かなければ。


「待って」

「なんだいウッキー?」

「はぁ? ウッキーって私のこと? 死んでくれない?」


おぉ、辛辣なお言葉ありがとうございます。殺意のこもった眼光がまた恐ろしゅうございます。

浮恵だからウッキー。可愛いと思うんだけどな。


「なんなの貴女…どうして、私を庇おうとしているの? 私が嘘の証言をしたと確信しているのなら、先生に言えばいいでしょ?」

「ウッキーが悪いわけじゃないからね。私が討伐したいのは諸悪の根源なのだよ」

「やっぱり貴女のような人の考えることは理解できないわ」

「でへへ、褒められてる? 私、いま輝いてる?」

「……時間の無駄だったようね」


彼女は長い溜息をついて、汚れ腐ったものを見る目で私を睨んでいた。これは、一種のご褒美かしら。


「ウッキーは真面目だよね。頭も良くて、責任感もある。まだウッキーのことなんにも知らないけど、良い人だなって思うよ」

「私は貴女のことが嫌いだわ。ええ、大嫌い。不真面目な人間を見るとイライラするの。できれば視界に入れたくないわね」

「だろうね!」


不真面目な見てるとなんて愚かなんだろうって見下したくなるよね。同じ人間だと思うのが苦痛でたまらないよね。

なんの能力も無く努力もしないゴミがお気楽に生きていることに吐き気がするよね。………私もそう、思っていた時期があったな。

誰よりも下種でくだらない人間は自分だったってことに全く気付かずに、当然のように生きてた。狂った価値観が常識だった。


「自分のいいように生きて遊んでる貴女と関わっても百害あって一利なしよ」

「うわぁバッサリ。容赦無いねぇ」


今日の私は罵られる日なんだろうか。

朝から小学生にきもいだの変質者だの言われ、隣のクラスの美人な委員長には大嫌いだの視界に入るなだの言われ。

罵られるのは全然平気ってかご褒美なんだけど、できれば癒しの言葉も欲しいなーなんて。ちょっとでいいからデレもください。


「んー……私のこと嫌いでもいいけどね。正しく生きるのも偉いし、間違いじゃないけどさ。

ずっと型にはまった生き方っていうのは、窮屈で面白くないんじゃない? たまにはハメを外すのも楽しいよ?」

「くだらない。面白くなくて結構よ。私は真っ当に生きる。貴女は好き勝手に生きて、底辺な人生をおくるといいわ」

「ウッキーはきっと堅実に生きていくんだろうね。でも、その先はきっと虚しいだけかもしれないよ?」

「貴女に何が解るのよ。適当に生きて堕落した人生を進んでる低能な貴女に言われたくない」

「あはは……そりゃそうかー」


このまま彼女が変わらなければ、いつかきっと思うかもしれない。こんなはずじゃなかったって。ああしていれば良かったって。

私がそうだったからといって彼女も同じ道を必ず辿るということはないけれど、それでも言っておきたかった。いつか『後悔するぞ』って。

昔の『私』の姿と重なってしまい、つい余計なことを言ってしまったが、彼女はいらぬお節介だと聞き流すだろう。ま、それでいいや。

どうでもいい誰かの言葉で簡単に軌道修正できるほど、人の生き方は単純にできていない。

それに、生き方を決めるのは周りではなく自分だ。私が好き勝手に生きているように、彼女も自分が正しいと思う生き方をしているのだ。


「そうだ、ウッキーって頭良いんだよね。いつも10番位内に入ってるんだって?」

「だからなんだっていうのよ」

「この前テストあったよね。でさ、順位で勝負しない? 負けた方は勝った方の言うことを1つだけ聞くってことで」

「勝負にならないでしょ。馬鹿なの? ああ、馬鹿だからわからないのね」

「これでも私、成績は良い方なんですけど。 あー、もしかして逃げるの? 逃げるんだ。怖いんだ」

「安い挑発ね。いいわ、その勝負、受けて立ってあげる。後悔しても知らないから」


わーい。安い挑発に乗ってくれた。絶対的な自信があるから負ける気がしないのだろう。

もうすぐテスト返却されるし、楽しみが増えたなぁ。うふふ。

そういやウッキーって私の知り合いになんとなく似ているような気がするんだよね。見た目といい、真面目なところといい。

だから、つい余計なことを言ってしまうんだろうな。なんとなく放っておけない感じ。


「いけね、そろそろ行かないと。またねウッキー!」

「……ちっ」


舌打ちされた! 優等生に舌打ちされた! これはたまらん。病みつきになりそう。


殺意のこもった熱い視線を背中に浴びながら、校舎裏を後にする。

そのまま生徒指導室まで移動してドアを開けると、植田先生が中で立ったまま待ち構えていた。

ぷりぷりと怒っているわけでもなく、泣いているわけでもない。ただ、納得がいかないといった表情で私を見ている。

いつもと様子が違うことに気づかないふりをして、普段通りに声をかけた。


「遅れてごめんねー。今日も反省文?」


椅子に腰掛けて、先生と向かい合う。


「……遅刻の場合は、ほとんど厳重注意だけになってるの。あまり多いようだとトイレ掃除の罰があるけど、椎葉さんは遅刻は少ないから注意だけ」

「わーい」

「でも、あまり問題になるような行動は控えてね。今日の遅刻は遅れた理由や時間も考慮して記録に残してないけれど、

 これ以上のことは私じゃ庇いきれないから。状況が複雑になってて、立場的に私にできることは限られてるの」

「わかってますって。今日はすっごい真面目に授業受けたしね。一応これでも気をつけてるつもり。

 それよりさ、先生は気負い過ぎだよ。不真面目な生徒のことをいちいち庇わなくていい。今のこの状況は、私の身から出た錆なんだから」

「でも、私は貴女の担任なんだから――」

「大丈夫だよ。みんなも手伝ってくれてるから、なんとかなりそうだしね。それにあまり自分を犠牲にしてると、幸せになれないよ?」

「…………っ」


先生は言葉に詰まって、苦しそうに顔を歪める。ちょっと意地悪だったかな。

でも、この人はこうでも言っておかないと無茶しそうだから。どんな生徒でも、全力で守ろうとする先生だから。


「あと、ウッキー……石井さんのことは黙っててくれるんだよね?」


びくっと肩を震わせる。叱られた子供のように、小さくなってしまった。


「やっぱり、私があの場にいたのに、気付いてたんだ」

「うん。校舎の影から見てたでしょ? 誰かいるってことだけしか解らなかったけどね。

 この部屋に入って先生の顔を見たら、覗いてたのは先生だったんだーって気付いたよ」


なんとなく先生だろうなぁとは思ってたけど。


「ごめんなさい。あの時、私が石井さんに事情を聞くべきだったのに」

「なんで謝るの? 先生はウッキーのことを信じたいから、話に割り込んで来なかったんでしょ?」


あの時、先生が彼女を問い詰めていれば簡単に私の喫煙疑惑は晴れたかもしれない。けれど先生は静観を決め込んだ。

それはきっと、ウッキーのことを傷つないようにするための配慮なんだろう。

彼女は優等生だ。あの真面目の塊は先生たちからの信頼が失くなることを恐れている。正しいことから外れるのが耐えられない奴なのだ。

先生から疑われるということは、自身を否定されることに等しい。


「石井さんが嘘をついている証拠はないし、本人も否定していたから出るべきじゃないと思ったの」

「そうだね。ウッキーは真面目だから、先生は信じてあげて」

「でもそれだと椎葉さんが――」

「平気だよん。先生は公平な立場でいなきゃ。それが崩れた時は、先生まで疑われる。逆に状況が悪くなるだけだから」


犯人探しを手伝おうとしてくれることは嬉しいけれど、先生に動かれたら困るのだ。

先生は誤解を解くための時間を作ってくれた。クラスメイトたちは目撃者の情報を調べてくれた。

だから、もう充分だ。あとは、自分一人の力でやれる。

みんなの助力に報いるため、私ができる最善の方法で解決しよう。


「……あまり無茶をしないでね、椎葉さん」

「大丈夫大丈夫、どんっと任せといてよ」

「もう」


先生は困ったように笑う。控えめだけど、ようやく笑ってくれた。さっきからずっとしかめっ面だったから、落ち着かなかったんだよね。


「あ! そういえばさっき石井さんとも賭けの話をしてたでしょ! ちゃんと聞こえてたんだから!」

「うへへ。まあね。勝ったら、何をお願いしようかなぁ。二人っきりで水着姿の撮影大会……かーらーのー若い二人の秘密のホニャララ撮り」

「だ、駄目よ!? そんな不健全なことは、駄目です!! 絶対だめっ!」

「へ?」


どうやら私は先生の押してはいけないスイッチを押してしまったらしい。

なぜか遅刻のお説教から逸れて、正しい学生の姿とはなんたるかを延々と聞かされてしまうことになった。

うん、私が悪かった。悪かったからもう、勘弁してください。これじゃ反省文を書いてたほうが何倍もマシだ。


「聞いてるの、椎葉さんっ!」

「サー! イエッサー!」


きっとこれが遅刻の罰なのだろう。

いつになく強気で生き生きしてる先生のありがたいお言葉を聞きながら、乾いた笑いを漏らした。





翌日。


先週行われたテストが全て返却された。

予想通り、私の点数は全教科100点満点。


「みみみみみっちゃん!? すごい、なにその成績!?」

「へへっ、本気を出せばこんなもんよ」


同時に、成績順位も発表される。




結果はもちろん―――――――文句なしの、学年一位だった。




 

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