WP短編 クリスマス番外編2
今年もやってきた聖なる日、クリスマス。
前日であるイヴは家族で過ごしたけれど、当日は恋人の家にお邪魔している。
暖房のよく効いたリビングにあるソファを陣取り、何をするでもなく寝転んでまったりと過ごしていた。
「ちょっと日向? 寝てるの?」
「起きてるよー」
声がした方に視線だけを向けると、来客の対応をしていたはずの陽織がいつの間にか傍にいる。
片手に小さな小包を抱えているので、宅配の人が来ていたのだろう。
そういえばさっき天気予報で雪が降るとか言ってたけど、もう降ってるのかな?
「ソファで寝ると風邪引くわよ。寝るならベットで寝なさい」
「まだ寝ないよ」
「そんなこと言って、いつの間にか寝てるじゃない」
「あ、あはは、そうだっけ?」
確かにこのまま寝そべっていたら眠ってしまいそうなので、身を起こしてソファに座りなおした。
もうすっかり夜だけど、寝るにはまだ早い時間。
寝てもいいんだけど年に一度のクリスマスだし、せっかくだから有意義に過ごしたいとは思う。
去年はバイトが忙しくてあまり時間を作れなかったから、今年は朝からずっと一緒にいるんだけど、
特にクリスマスらしいことは何もしていない気がする。
ケーキ作りとかプレゼント交換は昨日やったから、今日は特にすることもなくただ家の中でゴロゴロしているだけ。
まあ、私は特別なことをしなくてもただ彼女の傍にいられるだけで十分なので、こんなのんびりした聖夜も良いんじゃないかなって思う。
「外、雪が降ってたわよ」
「もう降ってたんだ。積もるといいなぁ」
テーブルに置いてあったミカンを手に取り皮を剥いていると、当然のように陽織が私の隣に座る。
いつだって私の隣は彼女の指定席なのだ。…その事実を改めて確認して、少しだけ頬が緩む。
「寝癖、ついてるわよ」
するりと彼女の手が伸びてきて、優しく髪を梳いてくれる。
そっと髪に触れる指が気持ちよくてつい目を細めた。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
そのままじっと彼女の端麗な顔を眺めていると、段々と頬がほんのり紅く染まっていく。
面白いからしばらくずっと眺めていようかな……目の保養にもなるし。
恥ずかしいなら顔を背けるか移動するかすればいいのに、律儀に私の顔を黙って見つめ返していた。
さてさて、いつまでこの睨めっこが続くのか楽しみだ。
もちろん勝つ自信はあるんだけど、違う意味で我慢できなくなりそうな気もする。
だって目前に大好きな恋人の可愛い顔があるのだ。これは据え膳、というやつですよ。食べなきゃ女の恥なんですよ。
覚悟を決め、ゆっくりと彼女の頬に手を伸ばそうとして―――――
「はーいストップ姉さん。完全に私たちの存在忘れてるよねー?」
「……………」
私は何もなかったように、陽織ではなくさっき剥いたばかりのミカンに手を伸ばし、口の中に放り込んだ。
……うん、甘くておいしいなぁ。
「る、瑠美さんっ。こういう時は気を利かせて私たちがそっと部屋から出て行ったほうが…」
「いいのよ椿ちゃん。当てつけのように独り身の前でいちゃいちゃするカップルは爆発すべき」
「は、はぁ」
酷くご立腹な瑠美と困ったように苦笑いしている椿が、私たちを見ていた。
いや、二人が居ることを忘れてたわけじゃないんだけど。ていうかいちゃつくつもりもなくて…あ、結果的にはいちゃついてるか。
これは弁解の余地もなく、私たちは頭を垂れるしかない。いっそ爆発したほうが、いいのかな。
「クリスマスだもんね~。いいよね、恋人がいる人はとっても幸せそうで」
「る、瑠美ちゃん、荒れてるわね」
今日の瑠美さんは何だかとてもやさぐれていらっしゃる。
お酒は飲んでないみたいだから酔ってるわけじゃないっぽいけど。
瑠美は深い溜め息を吐いて、手元にあったミカンをちびちびと螺旋状に剥き始めた。あ、小さい頃よくやったなぁ、その剥きかた。
「今日は学校の見回り当番だったから、素行の悪い生徒がいないか繁華街に行ってきたんだけど、これが見事にカップルばかりでね。
所構わずいちゃいちゃいちゃいちゃして楽しそうにしている恋人たちを横目に仕事してたらなんだか寂しくなっちゃって」
昨日と今日の繁華街は家族連れとカップル達で埋め尽くされてるから、一人で行くと確かに寂しいかもしれない。
「それなら、恋人作ればいいんじゃない? 瑠美なら引く手あまただと思うけど」
「そんな簡単に出来たら苦労しないよ。それに恋人欲しい!ってわけじゃないのよね」
「はぁ、どうしたいのかわかんないんだけど」
「ただ羨ましいだけなのよね。幸せな人達に対する、一時的な嫉妬かな」
「私も、なんとなくわかります」
瑠美と椿は顔を見合わせて、お互いに苦笑している。
2人とも美人だし中身もいいから“好きになってくれる人”は沢山いるだろうと思う。
けど、自分が“心から好きになれる人”と出会うのは、案外難しいのかもしれない。
「外はカップルでいっぱいだし、自分の家は両親が旅行中で誰もいないし、
ここはここでお熱い2人がいるから肩身狭いし…クリスマスなんて滅べばいい」
「なんか笑顔で凄いこと言いだした」
うむむ、こうなったのも私と陽織が自分たちの世界に入っちゃったのが一因でもあるし、今日はとことん4人で遊ぶのもいいかな。
陽織とはいつだって会えるし、2人きりの時間だって今日じゃなくても作れるんだから。
「ごめんってば。ほらジェンガやろう!ジェンガ!今日はみんなで遊ぼう!」
「えー、姉さんってジェンガ下手すぎて勝負にならないでしょ」
「いつもすぐ終わりますよね」
「そうね。崩すのはいつも日向よね」
「本当のこと言ったら泣くよ!?」
みんなして酷い。下手なのは事実だけど。
「あはは。でもやっぱり、今日は帰ろうかな」
「もー、気を使わなくてもいいってば」
「……はぁああ、姉さんはいつまでたっても鈍感なんだから」
「は?」
「ふふ、そうですね」
「え?」
瑠美と椿は同時に立ち上がる。
「姉さん達をからかって満足したことだし。それに、そろそろ2人っきりにしてあげないと誰かさんが拗ねそうだから」
瑠美はチラリと陽織のほうを見て意味深な笑みを浮かべる。
陽織は不服そうな表情で何か言いたそうにしていたけれど、黙ったまま何も言わなかった。
あの、私にも解るように会話してもらえると助かるんだけど。
「椿ちゃん、うちに泊まりに来る? 独り身同士、仲良くしましょうか」
「はい、そのつもりです」
あれよあれよと話は進んでいく。
荷物をまとめた彼女たちは、置いてけぼり状態の私たちを一瞥して玄関の方へ向う。
「姉さんは自分を想ってくれる人を、大切にしてよね。何度も言うけど、誰かを一途に想い続けるのって、凄いことなんだから」
「う、うん? それは、もちろん」
私がぎこちなく頷くと、瑠美は満足そうに笑う。
言いたいことを言って、二人はあっという間に家を出て行った。
えっと、いったい、何だったんだろう。
「…………」
いきなり2人きりになってしまう。
心の準備も何もしてないので、どうしましょう。
「とりあえず、2人でジェンガやる?」
「そんなに負けたいの?」
「ジェンガ中止ね。ってことで、何して遊ぼうか?」
よくよく考えたらどんなゲームでも陽織に勝てたことないような気がする。睨めっこなら負けないんだけどね。
「もう。子供じゃないんだから」
「あはは、そうだね。じゃあテレビでも見ようか、クリスマス特集で何か面白い番組あるかも」
「…………」
無理に遊ばなくても、まったり過ごせばいいよね。
クリスマスだからって、クリスマスらしく過ごさなければいけない決まりなんてない。いつも通りでいい。
「さてテレビを見ようかなー……って、陽織?」
テーブルに置いてあるリモコンを取ろうとした手を、彼女の手が押さえる。
不思議に思って陽織の方を見てみたけれど髪が邪魔して顔が隠れており、どんな表情をしているのか伺えない。
「もしかして、テレビ見たくなかった?」
「そう、ね」
歯切れの悪い返事。
私に何か言いたいことがあるけれど素直になかなか言い出せないみたいだった。
こういう時は焦らず、彼女が言葉を口にするまで黙って待っててあげる。
「べつに、特別なことしなくても、傍にいるだけで満足だけど」
うん、私も同じ。陽織もそう思ってくれてて、嬉しい。
よく態度で示してくれるけど、言葉にしてくれることは少ないから、改めて言われるとちょっと照れる。
「でも……今日は、クリスマスだから」
「へっ?」
私の肩を掴んで、優しく押す。
覆いかぶさるように、身を寄せてくる。
「恋人らしいこと、したい」
恥ずかしそうな顔で、震えた声で、言った。
……彼女が望んでたこと。それがあまりにも意外で、声を失ってしまう。
「ちょっと、何か言いなさい。恥ずかしいでしょ」
「あ、ああ、うん、ごめんね?」
やばい。
何がやばいって、可愛すぎて、やばい。
まさか彼女のほうから言ってくれる日が来るなんて思ってもみなかった。
ああ、これが、クリスマスの奇跡というものなのか。
「あの、陽織」
「なに?」
「ぎゅってしていいですか?」
彼女は呆れたような、けれど嬉しそうな笑みを浮かべる。
「……ご自由に、どうぞ」
その言葉を聞いた瞬間、力いっぱい抱きしめた。遅れて陽織もおずおずと抱き返してくれる。
柔らかな身体とか、女性特有の甘い香りとか、真っ赤にした耳とか、彼女のいろいろな部分が、とても愛おしい。
こんなに強く抱きしめても、もっともっとと、どこまでも彼女を求めてしまう。
ご自由にどうぞってことは何をしてもいいってことだよね。
耳、額、首筋、頬、と口付けを落とし、一度顔を離して陽織の顔を見つめる。
乱れた息と上気した肌が艶かしい。
「…今夜はクリスマス特別バージョンでお届け」
「な、何、それ………っ!?」
我慢できなくて、唇を塞ぐ。
抵抗なんてあってないようなもの。
すぐに陽織は受け入れてくれて、大人しくなった。
―――クリスマスが終わるまで、まだまだ時間はある。
ありったけの自分の想いを、愛しい彼女へ、伝えよう。