発覚!?・前編
今朝の目覚めはあまり良くなかった。
眠る前に考え事をしたせいか、夢の中でも悩む自分がいたから。
すべてが丸く収まる解決法が見つけられない事に不安になっているのかもしれない。
分析結果が間違いだったら……と思いたいところだったが、クローニング・ヒューマニティの分析能力の高さは人間の比ではない。
通常の分析結果でさえ、情報不足による多少のズレはあったとしてもその的中率はかなり高い。
判断材料さえきちんと揃っていれば、その的中率はほぼ100パーセントといってもいい。
今回の場合は直に接している私の証言もあるから、二人の分析結果に間違いはないだろう。よって、私の思いついた甘い考えは瞬時に否定された。
この頭の回転の良さを少し恨めしく思う。
(……都合の良い考えばかりが浮かんでくる。思考パターンが人間みたい)
心の中にわだかまりがある。モヤモヤとした気分。精神衛生上あまり良くない。
感情制御がきちんと出来るなら、この様な事態も冷静に受け止められるのに。
そう思うと改めて自分が不完全なのだと思い知らされて少し憂鬱になる。
気分を変えようとベッドから出て浴室に向かう。熱いシャワーを浴びて身も心もすっきりさせよう。
廊下を歩いていると、キッチンの方からサラの鼻歌が聞こえてくる。
たしか、サラの起床時間は5時。よく毎日早起きできるものだ。
「サラ、おはよう」
キッチンに顔を出して声をかける。
突然の挨拶に一瞬サラの体がビクッと震え鼻歌が止まる。
「レイさん、おはようございます。今朝はずいぶんと早いですね?」
振り向くと笑顔で挨拶を返すサラ。
軽く皮肉めいたセリフが出てる様な気がするのは気のせいだろうか?
たしかに起きるのそんなに早くないけど……まだ5時半前よ?
「あはは……シャワー浴びてくるわ」
返す言葉もないので退散。眠い目ををこすり浴室へ向かう。
朝の浴室はとにかく寒い。洗面台の前に立つ。寝起きの顔はひどい……髪はボサボサで目がすわってる。
しかも前髪が前に垂れ下がってるので、まるで怪談話に出てくる幽霊みたいだった。
(……こ、怖い)
寝起きの顔は見ない方がいい。自分の容姿に自信が無くなる。
初めに顔を洗ってしまおうと思ったが、幽霊みたいな状態でいるのは精神衛生上あまりよろしくないので最初にシャワーを浴びる事にした。
その後、朝食を終えた私達は出勤までの時間で身支度を整える。
自分でいうのは悲しいがさっきの顔は本気で怖かった。寝起きの顔をまじまじと見るのはやめよう。
化粧をすると見れる様になる。人間の男性が言う『女は化ける』という言葉の意味が理解できた様な気がした。
時間に余裕がある。特に今日はいつもより早起きしたので尚更だった。
こういう時の時間ってなんだか遅く感じる。
家事に勤しむサラは別として、食器洗いぐらいしかしない私にとってこの時間は有効的な活用ができないので暇なだけ。ソファーに座りテレビを見るくらいしか時間を潰す事ができない。
暇だと余計な事ばかりが頭に浮かんでくる。やはり、他のクローニング・ヒューマニティよりも感情があるからだろうか、別に考えたくもない様な雑念ばかりが浮かんでは消え、忙しなく頭の中が回転している。
(……なんだか気分が落ち着かないわね)
思わず自分につっこんでしまう。慎君に会うのにためらいがあるからか、いつも以上に時間を気にしてしまう自分がわからなくなった――。
外に出ると雲ひとつない青天。程良い日差しが照らしてくれる。
こんな空の下だと、普通は気分も良くなって散歩も楽しいだろうなぁ、とふと思ってみたりする。
まだ心の中に“何か”が引っかかっている今の私には、とてもそんな気持ちになれそうになかったけど。
施設に着くまでの時間、私は無言のまま考え続けた。
なんでもいい。言葉にはできないが、とにかく何かしら考え事をしていたい気分だった。
「……福室主任、おはようございます。今日も良い天気ですね?」
入口で白衣の男性と一緒になる
福室主任。いつも眼鏡のフレームがズレているのが特徴の、私達クローニング・ヒューマニティの責任者。わざとなのか天然なのかはさておき、ズレた眼鏡がチャームポイントの比較的若い先生だ。
クローニング・ヒューマニティ研究の関係者達は何故か三十代が多い。私の創造主である山崎博士とここへ連れてきてくれた矢神博士は共に35才という若さだし、福室主任も32才……クローニング・ヒューマニティ研究が新しい分野だからかどうかはわからないが、他の分野の学者達との平均年齢が十才以上も違う事に気づき不思議な気分になった。
(……考えてみるとちょっと不自然ね。全体的に見ても若い人が多い……)
私はそんな事を思いながら福室主任に頭を下げる。
その福室主任、いつもは施設に泊まっているのに今朝は自宅から出勤したようだ。
よって、白衣ではなく珍しくスーツを着ていた。白衣以外の格好に少し違和感を感じる。
「おはよう、今日も良い天気だね」
にこやかな笑顔で挨拶をして施設内に入った。
靴を履きかえる。更衣室が別のところにあるので通路で別れる時、福室主任は私に声をかけてきた。
「レイさん、後でちょ~っと事務室まで来てくれるかな?」
その口調は軽かったが、私は何故か悪い予感を感じる。
「あ、はい……」
返事を返した時に一瞬、目が合ってしまう。その瞬間、私はゾッとした。
まるで“モノ”を見る様な無機質な視線に私は背筋が凍り付きそうになる。
すぐに目を逸らしたが私の脳裏にその目が焼き付いて離れる事はなかった。
更衣室で白衣に着替え、事務室へ向かう。その足取りはとても重かった。
(……あの目が気になる……)
あれが人間の目なのか、思い出すだけで身の毛がよだつ。
(……あの目に悪意は感じなかった。だけど、何かを企んでいる様な感じがする……)
あの目は、人を見る目ではない。例えるなら……そう、モルモットを見る目だ!
ならば、私で何かの実験でもするつもりなのだろうか?
(……そういえばクローニング・ヒューマニティの研究者達は、そのほとんどが感情付与の否定派だった……それは何故? きっと“モノ”として扱えなくなり、実験の妨げになるから?)
感情無く機械的なら極端な話、非人道的実験だって躊躇無く行える。
関係機関に申請をしない限り、クローニング・ヒューマニティに『人権』は発生しない。いや、そもそも生物学上にいうならば人間ではないので『人権』なんて初めから無い様なものだ。
それはプロテクト機能にある制約を鑑みれば明らかだろう。
考えてみればクローニング・ヒューマニティ研究者達の中では、山崎・矢神の両博士の方が異端であり、その点からみれば福室主任の反応こそが普通なのだ。
(……ひとつ謎が解けた……クローニング・ヒューマニティが公の施設にいないわけ。それは、もしかしたら非人道的な実験ができなくなるから……公の場に出したら、研究内容が制限されるからだ……)
私は生まれた日の事を思い出した。
私の異常を察知した時、私に強い感情がある事を知るまでの山崎博士の対応が、まるで“モノ”を扱うみたいだった事を思い出した。
彼等にとって、あくまでも私達クローニング・ヒューマニティは『研究素材』でしかないのだ。
今はまだ世間の認識が浅い。だから、クローニング・ヒューマニティという存在を発展、認知させるために研究者達は様々な研究をするのだろう。
(……設備や育成に何億ものお金をかけてるんだもん……その元を取るためにも様々な研究をするってわけね……)
クローニング・ヒューマニティは製造の初期段階においてはクローン生成と同じ技術が利用されている。
その生成設備だけでも莫大な資金が必要であり、遺伝子操作を施す特殊な装置や人工培養生命維持装置―生体保護カプセル―にいたっては途方もない金額になる。
はっきり言ってクローニング・ヒューマニティのコスト・パフォーマンスは尋常ではない。一体につき数億円、という現時点における推定市場価格(想定)も決して大げさではなく大特価だったりするのだ。
きっとそんな背景があるから無闇に公共の場に出せないのかもしれない。
(でも、まだ結論付けるのは早いわよね)
この呼び出しはある意味、クローニング・ヒューマニティという存在を知る上で重要な意味を持つかもしれない。
そんな事を考えながら誰もいない廊下を歩く。事務室までの距離が近づくにつれて胸の鼓動が早くなっていく。
長い廊下を歩き事務室の前に着いた。
ドアを開けるタイミングが取れない。自分でも緊張している事がよくわかる。
(……行くっきゃないわ!)
私は迷う自分に活を入れてドアをノックする。そして、返事が返ってくると同時に室内に入っていった。