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例外なる者

 

 

 私が目覚めてから一週間が経った。

 あれから私は様々な検査を受ける事となった。

 結果は良好。

『落雷の影響により起動直後に多少のバグが発生。各機能共、特に異常が認められず現在は通常に稼働中。精神・肉体共、状態に変化は見られないので“集団生活テスト”を行う。ただし、テスト地域を変更する。この処置は落雷時に研究員達が混乱した事により、被験者であるクローニング・ヒューマニティに不信感を与えた可能性があるため、テストの効率化を図るための緊急措置である。なお、テスト地域は山崎研究地域から矢神研究地域に変更する』

 男の思惑通り、私は矢神の元へ移る事となった。私はこの辞令を見て、男の名前を今まで知らなかった事に気付いた。

 男の名前は山崎輝義といい、この研究所の所長さんであると後から聞いた。

 正真正銘、私を造った人物、いわば私の父親ってわけだ。

 クローニング・ヒューマニティには人間でいう“親”は存在しない。

 創造主がクローニング・ヒューマニティの親代わりになるだけだ。

 クローニング・ヒューマニティは子供を産むことはできるが、その子供は人間であるためクローニング・ヒューマニティに家族というものを理解することは難しい。

 私もその例に漏れず男“山崎輝義”に対して何の感慨もない。一応疑似マスターではあるが、制約のない私にとってはマスターですらないので、いまいちピンとこないのが現実だったりする。

 私の身柄が矢神に引き取られる時間になった。

 研究所に矢神自身が来るそうで、研究員達は大騒ぎだった。

 研究員いわく『現在、世界で最もクローニング・ヒューマニティを理解する男』と言われており、危険視されてはいるが皆尊敬している人物だという。

 私は、時間までクローニング・ヒューマニティに関する書類に目を通した。

 少しでも自分の事を理解しておけば、何かあった時にきっと役に立つはず。人間と違い、常に人々の監視を受けるクローニング・ヒューマニティは、何気ない行動のひとつにも様々な決まりがあるのだ。

 私みたいにクローニング・ヒューマニティとしての機能を失くした場合、普段の行動にすら気を配らなければならないので出来るだけ覚えておこうと思う。

「……レイ、矢神が来たぞ」

 男・山崎所長が部屋に入って来る。

 私は男の後ろについてロビーまで無言で歩いた。

 他の人とは違う雰囲気の男が私をじっと見ている。おそらく彼が矢神なのだろう。

「矢神、彼女がクローニング・ヒューマニティHCS-01αタイプ・レイだ。よろしく頼む」

山崎所長は、そう言って私を矢神の前に出るように促す。

「……はじめまして。クローニング・ヒューマニティHCS-01αタイプ・レイと申します。よろしくお願いします」

 できるだけクローニング・ヒューマニティらしく挨拶する。

 矢神は一瞬表情を厳しくしたが、山崎所長と目が合うとすぐに元の表情に戻った。

「……矢神隼人だ、よろしく。さっそくだがテストを開始したいので挨拶はこれくらいにしよう。山崎、レイは私にまかせておけ。では、失礼する」

 矢神は私を連れて研究所から出て行く。

 別れの言葉を言う間も無く車に乗せられた。研究所を出たところで矢神は口を開く。

「……レイ、テストと言ってもあまり気負う事はない。テストでは、サラというクローニング・ヒューマニティと共同生活をするだけだ。お前の事は山崎から聞いている。普通にしてて構わないぞ」

「……うん」

 テストは“サラ”というクローニング・ヒューマニティと行うようだ。どんな人かな?

「……あの、サラってどういう人? 名前からすると女の人だよね?」

 いくらテストとはいえ男の人とは生活できない。

たとえ人間でなくても、私は女なのだから。

「ははは、お前、そんなことが気になるのか? サラは女だ。お前の考えてるような事はしない。サラと生活してもらうだけだ」

何がおかしいのだろうか、矢神は笑いながら説明する。

「いいか? クローニング・ヒューマニティはあくまで『人間をサポート』をするために作り出された存在だ。そのクローニング・ヒューマニティが人間社会に馴染めなかったら意味が無いだろう? 人間だって、ただ機械的な対応をする者に世話はされたくないからな。そのために人間社会を学び、スムーズな対応ができる様にする必要があるのだ」

 矢神の説明は、とてもわかりやすいもので私の不安を無くしてくれた。

「……なるほどね。でも私、何か笑うようなおかしな事言った? 私、変だった?」

おかしな事を言ったつもりはなかったが、矢神の反応が気になった。

「……それってクローニング・ヒューマニティらしい会話じゃなかったって事?」

 矢神は私の反応が面白いのか、細く笑みを浮かべ答える。

「まず、サラの性別を聞いた事。しかもその反応が身の危険を感じてのものだった事。とても従順な性格のクローニング・ヒューマニティとは思えない反応だったぞ」

 矢神の反応を見ればわかる。

 私の反応は人間そのものなのだろう。

 日常会話ですら人間っぽいって事はまずいかもしれない。

「レイ、あまり深く考える事はない。サラも似た様なものだし、会話程度では何も起こらん。人間に手を出さなければ、何をしても特に問題になる事はない」

「……なぁ~んだ、それなら安心だわ。それでサラって娘はいい人なの? 一緒に暮らすなら私、いい人がいいなぁ」

 言葉遣いに気を使わなくていい。

 すっかり安心しきった私は、聞きたい事をすべて聞いてしまおうと思った。

「まぁ、クローニング・ヒューマニティに悪い娘はいないと思うんだけどさ、やっぱり気になるじゃない? それと矢神さんの事も教えてよ。相手の事を知らないとコミュニケーションを取るの大変だもん」

 矢神は少し考えながら車を走らせる。

 交差点で車を右折させ、アパートの駐車場に入った。

「……その質問には後で答えよう。目的地に着いたから部屋で話す」

 車を停めアパートへ向かう。

 なかなか立派なアパートだ。

 二階建てで部屋が六つ。

 その割には建物自体は大きいので、一つ一つの部屋が広いと思われる。

(二人暮らしには広いかも。この建物も研究施設のひとつなのかな?)

 階段を上がり一番奥の部屋に行く。

 矢神はポケットから鍵を出すと私に手渡した。

「ここがお前の部屋になる。これはその鍵だ」

 そう言ってドアを開け中に入った。

「……へぇ」

 中は綺麗になっている。

 靴も綺麗に並べられており、下駄箱の上にはシンプルながら小物が置かれていた。

 サラっていう娘のセンスかな?

 そんな事を思ってると女性が現れた。「矢神様、いらっしゃいませ。そちらの方がレイさんですね? はじめまして、私はサラ。よろしくお願いします」

 丁寧な言葉遣いで挨拶するサラ。

(……これが、クローニング・ヒューマニティ……)

 なんか違和感があるけど、優しそうな娘だ。

 この娘とならうまくやれそうな気がする。

 部屋の中へ入りソファーに座った。矢神の向かいに私とサラは座り矢神の話を聞く。

「……レイ、まず先程の質問に答えよう。サラは自分で言うのもなんだがいい娘だと思う。それと私の事だが説明すると長くなるので、ファイルを見るかサラに聞いてくれ。パソコンにも情報があるからそれを見た方が早いか。サラ、ファイルを持ってきてくれ」

 矢神はサラに命令し、ポケットから煙草を取り出し火をつける。

 サラはファイルを矢神に手渡しソファーに座る。

(……う~ん、従順だなぁ。私にはとても出来ないわ)

 サラの従順さに私は苦笑する。

 ちょっと人形っぽいような動作に思わず首を傾げたくなったからだ。

 矢神はファイルを開き、私に見せる様にテーブルの上に置く。

「レイ、まずテストの事だが簡単に説明するとサラと一緒に暮らすだけだ。人間との交流がうまくいくかどうかを見るものなので、特に何かをしなければならない、という事はない。ただ、人間を学ぶために福祉施設に通ってもらうがな」

「……福祉施設?」

 いったい何のため? 

介護の訓練?

「そうだ。心に病を持った者と接触してもらう。彼等はお前達クローニング・ヒューマニティの助けを必要としている。彼等の社会復帰にもなるし、お前達の学習にもなる。彼等は心に傷を持っているため、お前達の様に純粋な心で接することの出来る者でないと心を開いてくれない。施設に行っても彼等の話を聞いたりするだけだし、監視もないから気を使う必要もないぞ」

 心に病を持つ者と接する。

 人に心を開けない彼等の心をケアするのにクローニング・ヒューマニティが最適ということ?

(……人に心を開かない。人じゃなければ心を開くのかな? いや、クローニング・ヒューマニティの性格は基本的に親切で従順、しかも忍耐力もあるから彼等の心のケアに向いてるってわけ?)

 なんとなく理解出来る気がした。

 サラの行動を見ればクローニング・ヒューマニティが看護に向いているというのも頷ける。

「わかったよ。福祉施設に行くのね? でも福祉施設に監視がないってどうして? 人に心を開けない患者のため? 監視員の存在が彼等に影響を与えちゃうの?」

「そうだ。見知らぬ人間の存在は彼等の心を閉ざしてしまう。そのため施設には余計な人間が入れない様になっている。私達にとっては好都合な事だ」

 山崎所長と矢神はこの事を上手く利用して私の秘密を守ろうてしてくれている。

 そう思うとなんだか嬉しい気持ちになった。

 でも、どうしてここまでしてくれるのだろう?

 いくらクローニング・ヒューマニティ研究のためとはいえ、私の様な不完全なクローニング・ヒューマニティを守る必要はないはず。

 遺伝子操作による肉体強化を施された私は危険な存在でしかないから、社会に出すのはリスクが多過ぎる気がする。

 それとも不完全な私に利用価値があるっていうの?

(……今まで何度も考えてみたけど、やっぱり答えはわからない。私の価値。いや、私の存在理由。サラには自分の存在理由がわかっているのかなぁ? クローニング・ヒューマニティの存在理由……一体なんだろう?)

 疑問は尽きる事がない。それでも私は与えられた状況の中でクローニング・ヒューマニティとして生きていかなければならない。

(……とりあえず、やれるだけやってみよう。私はサラと違って“感情”があるのだから、貴重なサンプルである私に不利な事はしないはずだ……でもなんで、こんなに冷静に考えられるんだろう? やっぱり、人間とは違うから? ……答えが出ないから別の事を考えよう……)

 私は答えの出ないこの問題を考えるのをやめた。どうせ疲れるだけだ。

「……私は研究所に戻るので何かあったらサラに聞いてくれ。レイ、あまり深く考えるな。お前が思ってる以上にクローニング・ヒューマニティ学は進んでいる。山崎もそうだが日本の研究者達は少し考え方が古い。海外ではお前程ではないが感情付与のプロトタイプが何人かいる。もし見つかっても余程の事がない限り、すぐに国際機関が動くわけではないし処分される事もない。だから安心しろ」

 矢神はそう言うと部屋から出ようと立ち上がった。

 サラは矢神に付き添い後ろについて行く。私もそれに習い玄関までついて行く。

「矢神様、お気をつけて」

 矢神は何も言わず部屋から出て行った。

 これでサラとふたりっきり。

 私はリビングに戻りソファーに腰掛けた。サラは私の向かい側に座り顔を見る。

「レイさん、よろしくお願いしますね。何かわからない事があったら遠慮なく聞いて下さい」

 サラは笑顔のまま話した。

 自然な笑顔だ。

 知らない人が見たらクローニング・ヒューマニティとはわからないだろう。

「ははは、わからない事だらけよ。何を聞いていいかもわからないわ」

 私は正直な意見を口にした。

 そもそも心に病を持った者と触れ合うことで“人間”を学ぶというのは、遺伝子操作で高い学習能力を身に付けたクローニング・ヒューマニティにとっても難しい様な気がする。

 果たして上手くいくのだろうか?

 不安だけが募るばかりだった。

「サラは、上手くやっていける自信ってあるの?」

 私は無意味だと知りつつも聞いてみた。

 完全なクローニング・ヒューマニティであるサラにとって、この質問はあまりにも意味の無いものだ。

「……自信はありませんが、与えられた任務はきちんと遂行したいと思います。不安はありますが誠意を尽くし奉仕すれば、わかって下さると信じています」

(……あれ? なんか違う……)

 完全なクローニング・ヒューマニティならマニュアル通りの回答をすると思ったのに……。

(……なんか調子が狂っちゃうわね……)

 私がそんな事を考えている間に、サラは二人分のお茶を用意していた。

「……レイさん、私には感情を学習する機能があります。ですから、そんな試すような質問はなさらないで下さい」

 サラはカップを私の前に置く。

「……レイさん、仲良くしましょ? 私達、姉妹みたいなものじゃないですか」

 そう言うとサラは静かに微笑んだ。

「……サラ、ごめんね。私、あまりにも環境が変化したから、ちょっと警戒し過ぎたわ」

 私ってバカだ。こんないい娘を疑うなんて。疑心暗鬼になっちゃダメじゃない。

 少し感情的になってるわ。もっと落ち着かなきゃ……。

 それから私はあてがわれた部屋を掃除した。

 荷物は何もなかったので、服とかはサラのを借りる事にした。

 クローニング・ヒューマニティのサイズは基本的にほぼ一緒なので、わがままさえ言わなければ何の不自由もなかった。

 私達の住むアパートはクローニング・ヒューマニティの関連施設だった。

 そのためか無駄に広く、寒々とした雰囲気を感じた。

 私は正直、この贅沢なアパートに違和感を感じている。

 言わせてもらえば女二人で四つも部屋はいらない。

 それぞれの部屋に広い客間、リビング。それだけクローニング・ヒューマニティは優遇されているという事なのだろう。

 クローニング・ヒューマニティは遺伝子操作をされ、なおかつ特別な学習プログラムによって生まれながらにして高い知性を持っているのだ。

 私達一体で家が二、三件買えるらしいから、過保護になるのもある意味仕方の無い事なのかもしれない。

 私はとりあえず、クローニング・ヒューマニティについて調べる事にした。

 敵を知り己を知れば……ってやつだ。

『……クローニング・ヒューマニティとはクローン研究の第一人者であるアドルフ・シュナイダー博士の発案で造り出された遺伝子操作を施された人造人間である……学習能力と身体能力を強化し、感情を抑制する事により人間のサポートをスムーズに行う事を目的として生み出された……その製造過程によりクローン人間よりも人間に近い存在であると言えよう……』

(……いくら資料を見ても“存在意義”については記述がないなぁ。まぁ、当たり前か……人間にだって自分の“存在意義”はわからないものね……)

 結局、自分の存在証明を見つける事はできなかった。

(……よく考えれば、私はまだ生まれたばかりだ。時間はいくらでもあるし、焦る必要なんてない。この問題はゆっくり考えればいいっか……)

 もうしばらくしたら本格的な“集団生活テスト”が始まる。

 福祉施設での活動。心を閉ざした者、言わば感情を無くした者との交流。

 きっと彼等も自分の“存在意義”を見失っているはず。

 彼等との触れ合いで人間を学ぶ事は、自分の“存在意義”の証明に繋がるかもしれない……。

 

 

 




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