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朝の光景

 

 

 “今日”という日が、ようやく終わりを告げようとしている。

 いつもの様にベッドで横になり、意味も無く天井を眺める。

 目を閉じて思いを巡らせれば、この日の出来事は生涯忘れる事のない大切なものになると思った。

 それに、私なりの“人間像”が出来た日とも言える。

 事故により不完全なクローニング・ヒューマニティとして生を受けた私だったが、自分を肯定してくれる人の存在を知り出生の違いに苦しむ必要は無い、と思える様になった。

 すべての不安が解消されたわけじゃない。それでも、私は心を強くしようと決めた。

 今の私には確固たる目標がある。

 慎君の傷ついた心を癒やし、再び社会に送り出す事だ。そのために私は行動する。

 福室主任の一件は、山崎博士と矢神博士に任せればいい。きっと悪い様にはならないはず。

 私は人間を信じているから、様々な愛を持つ人間の善意を信じ、自分の目標に向かって突き進もうと心に誓った。

 難題はまだまだ山積している。

 私は明日に備えて眠りにつこうと目を閉じた……。

 

 

 ――今日もまた朝早くに目を覚ましてしまった。

 時計を見れば5時半。寝直そうにも完全に目が覚めている。

 私は部屋を出てキッチンへ向かう。

 廊下を歩くとサラの鼻歌が聞こえてきた。見なくても楽しそうに家事をこなしているとわかるくらいのテンション。

 矢神博士との再会がよほど嬉しかったのだろう。その気持ちも今は理解できる。

「――おはよう、サラ」

 私は、キッチンにいるサラに挨拶した。

 突然の声にサラの身体がビクッと震える。

「おはようございます、レイさん」

 振り返ったサラは、私に驚きつつも笑顔で返した。

「今日も早いですね」

 いつもの調子で返事をする。やはり、その言葉に皮肉めいた印象を受けるのは気のせいだろうか?

「あはは、シャワー浴びてくる」

 私は浴室に向かう。

 今日は寝ぐせもヒドくない。気分も良いし鏡を見ても大丈夫かな?

 多少は身だしなみに気をつける様になった。前に早起きした時のだらしない姿に反省したのだ。

(いくら化粧するからって、少しは気を配らなきゃね)

 あの時の顔は本当に酷かった。思い出すだけで寒気を感じる。

(やっぱり先にシャワー浴びよっと)

 どうせ顔を洗うなら、まとめて全部洗った方が合理的だ。

 節水、節水。

 言い訳じみた事を呟きながら、私はパジャマを脱いで浴室に入った。

 

 

 少し早い朝食を済ませた私は、リビングでテレビをボーっと眺める。忙しなく家事をこなすサラを手伝おうとも思ったが、やんわりと拒否されてしまい仕方なく暇を持て余す。

 やる事がないと雑念ばかりが頭の中に浮かんでくる。

 無性に何かしたくなる。もしかしたら、サラもそうなのかな?

 だから、あんなに家事を一生懸命こなしているのかな?

 おそらく違うと思うけど、そんな事を考えると何だか可笑しくなった。

 ――ようやく出勤の時間になり二人でアパートを出る。

 今日も天気は晴れ。この街は人が少ないのか、朝は歩く人の姿はほとんどいなかった。

 ここは、市街地から若干離れた閑静な住宅街。交通機関もそれほど充実していない。

 時折、自転車に乗った学生らしき若者を見掛けるくらいで大人の姿はなかった。

 おそらく、大人は車で通勤しているのだろう。渋滞を避けるため朝早くから出勤しているのかもしれない。

「サラ、ちょっと思うんだけど、ここって人の数が少なすぎる気がしない?」

 私は疑問を口にする。確かにクローニング・ヒューマニティが暮らす場所としては最適だが、それにしても人の数が少なすぎると感じた。

 私の質問にサラも同調したのか、頷くと周りを見渡した。

「……そうですね、私もここに住みはじめた頃に同様の疑問を感じました。矢神様にも質問をしてみましたが、ここは『土地の価格や賃貸住宅の家賃が他の地域よりも高く、また利便性も低いため敬遠されている』との事です。でも、不思議ですよね? そこまでの価値がここにあるとは思えません……」

 サラは納得のいかない表情で答える。

「……私たちとは、土地に対する考え方が違うのかもしれません。人間の価値観ですから、そこを追求しても意味が無いかもしれませんが、私もレイさんと同じく疑問に思いました。どうして、この地域だけが『特別』なのか……」

 そう言うとサラは思いを巡らせた。

 特別。この土地に何かあるのか?

 サラの言う通り、そこは人間とクローニング・ヒューマニティとの価値観の違いなのかもしれない。だが、それだけとは思えない不自然さが見え隠れしている様な気がしてならない。

「価値観の違いね……人間の考える事は理屈では計れないのね……」

 私はそう呟くと、人間の価値観の不思議さに社会の仕組みの難しさを感じた。

 閑静な住宅街を抜け商店街に続く道へ入ると、通行人の数が次第に増えていくのが目に見えてわかる。

(……ここの方が利用価値のある場所に思えるんだけどなぁ? 商店街もあるし駅にも比較的近い。それに幾つか商業ビルもある。住むとしたら、ここの方が利便性が高いよね……それなのに、どうして?)

 理解の範疇を超えた人間の価値観。

 利益を追求するなら、私たちの住むところの価格を下げ人の数を増やした方が良いはず。住民の数は税収にも直結しているのだから、バランスを考えて価格を決めた方が経済的にも効率が良いのに。

 本格的な経済学を学んだわけじゃないので、私の考えが正しいとは断言できない。

(もう少し社会について勉強しないといけないわね)

 まだ自分は無知だ。そんな自分の価値観を無理矢理当てはめるのは、物事を正しく判断する目を曇らせてしまう。

 行き交う人々の脇をすり抜け、私たちは無言で施設へ向かった。

 

 

 




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