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発覚!?・後編

 

 

 事務室には、福室主任しかいなかった。

 中に入ると、にこやかな笑顔を浮かべながら自分の席の隣のイスを引いて私を座らせる。

 白衣を身にまとった姿がいかにも“研究者”っぽく見えて、私は少し不快感を覚えた。

「白衣を着ると本当に天使のようだね。うんうん、とても美しい」

 少し興奮気味に私を誉める福室主任。だが、私はその言葉に嬉しさよりも寒気を感じてしまう。

 言葉の裏側に他の意図が隠されている事を察したからだ。

「……ありがとうございます」

 湧き上がる不快感を抑え、できるだけ当たり障りのない口調で返答をする。

 すごく嫌な予感がして早くこの場から立ち去りたくて仕方が無い。

「……データを見せてもらいましたが、レイさんは今までに出会ったどのクローニング・ヒューマニティよりも優れた能力を有していますねぇ。学習能力は平均的ですが、身体能力は他を圧倒するものを持っている。その上、性格判断テストにおけるその発想力は特に素晴らしい……そう、たとえるなら人間の様に独自の思考を持っている……」

 ファイルを手に科学者の目で私を見る。

「……ところで、レイさんは小野寺慎君に非常に強く好意を持たれているそうですね~?」

 にこやかな表情の中に、冷徹な眼差しを見た。

 やけに確信めいた物言いに思わず目を背けそうになる。

(……この展開はマズいわね……)

 慎君に何か聞いたのか、私を見る目がいつもの柔和な感じとは違って、まるで罠にかかった獲物を見る冷酷なハンターの様に冷たく無慈悲な光を放っている。

 もしかしたら悟られたのかもしれない。

 そうだったらあの目を見る限り、その後の展開は火を見るより明らかだ。

 最悪の展開を想像し、背筋に冷たいものが走り私の心は凍り付きそうになった。

「……まだはっきりとは言えないんですけど、もしかしたら小野寺君はレイさんに恋愛感情を抱いているかもしれません。そこで、レイさんには小野寺君に対してどの様な印象をお持ちなのか伺っておきたいと思います。彼に対する印象を聞かせて下さい」

 眼鏡のズレを直しながら核心に切り込んでくる福室主任。その雰囲気からして、慎君の私に対する感情を完全に察しているのがわかる。

 私は言葉に詰まった。正直に答えたらいいのか、それとも誤魔化すべきか。なんて答えていいのか迷ってしまう。

(……どうしたらいい? どうすれば……)

 静かに私の答えを待つ福室主任。私のわずかな表情の変化も見逃すまいと凝視している。

 心の動揺を悟られてはいけない。

 私は冷静な態度を保ちつつもこの事態を乗り越えようと頭をフル回転させた。

(……あまり時間をかけてはいけない。悩んでる事がバレてしまう……)

 気持ちは焦るばかりで答えを導きだす事ができない。

 だが、沈黙もまた答えのひとつだと思われる可能性がある。ここはとりあえず言葉を繋いで考える時間を稼ごう。悩んでいる事を悟らせない様に……。

「仰る意味がよくわかりませんが、慎君は読書の好きな感受性の高い子だと思います」

 全然質問に対する答えになっていないが、いかにもクローニング・ヒューマニティらしい理知的な口調で人物評価をした。

「……あ、いや、人物評価ではなくて……レイさんの小野寺君に対する印象ですよ……」

 まさかボケで返されるとは思わなかったのだろう、私の言葉に福室主任は唖然とする。

 もしかしたら、この調子でいけば切り抜けられるかもしれない。私は大真面目にボケる事にした。

「慎君はこの施設で会った初めての人間。彼は独自の感性と様々な情報を持っていて、私の『人間』に対するデータの修正に大きな影響を与えてくれます。その点から言えば、慎君は私にとって“人間学の教師”というべき存在と言えますね」

 少し心苦しい。しかし、下手に好意的に言ってしまうと福室主任の思うツボになってしまいそうなので敢えて客観的な見解を述べる。

「……それが、どうかいたしましたか?」

 予想外の反応だったのか、呆気に取られる福室主任。手にしたファイルとパソコン画面を交互に見てはしきりに首を傾げる。

(……まさか、これまでの私と慎君のデータを取っていたの? 監視がないと思って少し油断してたかもしれないわね……)

 昼間のカウンセリングなどで患者とクローニング・ヒューマニティの関係を調べ上げているのだろうか?

 もしそうなら、もっと気を付けなければならない。

 ただでさえ私は人間的な対応を取ってしまうのだから。

 福室主任は眉をひそめて考え込む。おそらく重要な研究テーマになりうるであろう『人間とクローニング・ヒューマニティの恋愛』の貴重なサンプルができたと思っていたのだろう、思惑が外れた事にその表情は渋くなる。

(うまく誤魔化せたかな?)

 あくまでも冷静を装いながら福室主任の反応を確かめる。

 まだ納得いかない雰囲気ではあるがそれ以上の追求は無意味と判断したのか、無言のまま時間は流れていく。

「……わかりました。そろそろ時間ですから、お話はこのくらいにしておきましょう。職場に戻ってもらって結構です。時間を取らせてすいませんねぇ……」

 先程とは打って変わって声のトーンが下がる。その目にも明らかに失意の色が見えた。

 どうやら私の言葉を信じたようだ。

 基本的にクローニング・ヒューマニティは嘘を言ったりしないので当然の反応と言える。

 とは言っても、内容的に話した事は思ってる事の一部分だけをクローズアップしたものなので、まるっきり嘘ってわけではないけどね。

 それでも、なんか騙してるみたいに思うのは気のせいだろうか?

 ちょっとだけ反省。

「……それでは、失礼いたします」

 もはや興味を失くしたのか福室主任は私に見向きもせずに仕事を始める。

 安堵のため息を堪えながらは私は一礼して事務室から出て行った。

(……今回は、なんとか誤魔化せたわね……)

 廊下に出て一息ついた私は、この場所から早く立ち去ろうと足早に中庭へ向かった。

 

 

 




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