第四話∞身体の事情
遅くなりました。
全然進みません。
バークレイ家の長男であり、後継ぎであるケインは自室に籠もり、勉学に励んでいた。
それは、予習だ。
ケインは現在5歳。
彼の生年月日は3月3日で、あと5ヶ月で6歳である。
そんな彼は、近くの学校への入学を控えている。
この世界では、日本と同じように義務教育が始まるのだ。
但し、教えるのは勉学だけではなく、魔法に関しても科目の一つだ。
6歳から初等部に入り、六年間ある程度の基礎を学ぶ。
それから中等部、高等部へと続いていき、各学部三年間だ。
しかも、ここでは高等部でも義務教育であり、誰でも意志があれば通えることが出来る。
その初等部に、ケインは来年から通う事になったのだ。
だから、ケインは勉強に遅れを取られないように自ら勉学に励んでいたのである。
そうは言っても、もう既にだいぶな知識を得ている彼は、同年代から見れば天才だ。
それをケインは分かってはいる。
だが、努力を怠る事をしないのは、彼は“天才”ではなく“秀才”だという事を自覚しているからだろう。
「………ふむ。外が騒がしくなってきたようだ」
ケインは耳を外に傾けながら、読んでいた本をパタンと閉じた。
外には、メイドや執事やらの走り回る駆け音が、響き渡っている。
「また、アイツか…?」
そう呟くケインの頭には実の弟の姿が浮かび上がった。
サラサラだが、所々跳ねているプラチナブロンドの髪に、自分より澄んだ蒼い瞳を持つ、たれ目と泣きぼくろが目立つ弟。
一見、とても大人しそうな外見だが、それは違うとケインは分かっていた。
弟はフワフワした雰囲気を持ちながらにして、風のように何処かへ飛んでは、すぐに家の者を困らせる問題児だ。
身体が弱い癖にして、それを微塵に感じさせないような態度を平気で出す厄介者でもある。
しかも、弟は自分より魔力量は多いし、使える魔法なんか五属性も使えるのだ。
その中には、最も珍しい光属性までもある。
羨ましい限りだ。
だが、弟は魔法が使えない。
身体が弱く、魔法を使えば身体に負担が掛かってしまうからだ。
だから。
だからケインは、魔法に関しては特別一番に努力をしている。
いつか将来、弟に魔法を教えるために。
出来るのなら、身体に負担が掛からないような魔法を見つるために。
ケインは、机の引き出しを開け、中くらいの箱を取り出した。
「……王子様、ね」
箱の中には、ディオラから誕生日に貰った、王冠が入っている。
国王が被るような、とても豪華な王冠だった。
それを、『にい様は、王子様みたいだから、絶対似合うよ!!』と言う言葉と共に、差し出した。
それを思い出すと、ケインは静かに笑った。
「僕が、王子様なわけないだろう…?」
王子様は、完璧な存在でなければいけない。
お姫様を救おうとする、強い勇気と力がなければいけない。
ほら。
そんなもの、僕にはないだろう……?
でも、心のどこかで嬉しい気持ちが湧き上がる。
弟はそんなにも、僕を格好いいと思ってくれているのだから。
「………先程から本当に五月蠅いな。ディオラは何をしたんだろうか」
意識を再び扉の外に向けた時、一つの足音がこちらへ向かって来ている事が分かった。
「ケイン様!?」
勢い良く、ノックも無しに入ってきたのは、ケイン専属のメイドだった。
ディオラが騒ぎを起こした時は、必ず彼女が知らせに来ていた。
だからケインは笑った。
今度は、何をやったのだろうと。
父上はどういう反応をしているのかなと。
それを聞くのは、ケインの楽しみの一つだった。
だが、次の瞬間。
彼の笑みは、堅く凍り付いた。
「ディオラ様が……大変なのです!ディオラ様が………倒れて―――」
「……っ!?」
「今、医術室に運ばれていて……昏睡状態でっ」
「……ディオラっ!!」
何故だ。
朝はとても元気で、朝食だって一緒に食べたじゃないかっ!
にっこりと、笑いかけてくれたじゃないかっ!
何故、何故!!
ケインは無我夢中で走り出した。
◇◇◇
暗い闇の中だ。
光一つ無い暗黒空間に、ディオラは立っていた。
いや、立っているのか、座っているのか検討がつかない程、体に感覚が無かった。
「……ん?どこだよここは。つーか、俺――……じゃねえや。僕だった。僕。あー面倒くさいな」
グチグチと文句を言いながら、周りを見渡す。
やはり、闇だ。
周りは漆黒に塗りつぶされており、近くに何があるのかさえ分からない。
「なんか、凄い所に来たようですね……。
――って、にい様!?」
ディオラがふと横を見ると、ケインがこちらを背にして、立っていた。
よく見るとダイスやアリアーナ、メイド長のタタネも居る。
皆、この世界に来て一番仲の良い人達だ。
「父上、母上。ここは、どこなのでしょうか?」
とりあえず、声を掛けてみた。
しかし、返事は無い。
皆は笑いあいながら、楽しそうにしていた。
聞こえている、はずだ。こんなに、近くにいるのだから。
でも、返事は無かった。
ダイスやアリアーナは、ディオラの事を無視した事は無い。
その前に、彼らは親バカだ。自分の子供を無視するような事は出来ない。
それは、ディオラ自身も十分に承知している。
でも、今。目の前で――
その時、ディオラは気が付いた。
こんな、暗い空間なんか無い。あんな、皆はいない。
「あぁ、そうか」
これは、夢だ。
ただの夢。
こんなに暗いのに、ケイン達が見えるはずもないじゃないか。
「…………っ」
でも。
それでも、なにか悲しかった。
夢だとしても目の前にいるのは、確かに自分の家族で。
この世界で、日本とは違うこの世界でのたった唯一の身近な人達で。
だから、とても悲しい。
ダイス達は自分からどんどん遠ざっていく。たまらず、ディオラは後を追うように走り出した。
「…ち、父上!母上!にい様!タタネさん!」
だが、彼らとの距離は離れるばかり。
声を出しても、手を伸ばしても、彼らには到底届かない。
「待ってくだ──」
『………ラ』
その時。声が聞こえた。
微かだが、聞き覚えのある声。
ディオラは足を止める。
『……ディオラ、いい加減目を覚ませ──』
「にい様……?」
それは、ツンデレ属性である兄の声。
いつもは強気でナルシストな発言をするのだが、今聞いた声は悲しく切ない声色だ。
こんな声、初めて聞いた。
ディオラはゆっくりと、後ろを振り返った。
◇◇◇
瞼を少しだけ上げる。
視界の隅に、ダイスとアリアーナが映った。ディオラは二人を呼ぼうと思ったが、声が出なかった。
ダイスとアリアーナは、真剣な眼差しで何かを話し合っている。
「……どうしましょうっ!」
「…………」
「このままではっ」
「だが、私たちに出来ることはただ傍にいてやる事だけだ」
何の、話なのだろうか?
状況がまったく掴めない。
アリアーナは目に涙を溜めている。
ダイスは妻を宥めるように、アリアーナの背中をさすっている。
なにか、悲しい事があったのだろうか。
「でもっ!」
その時、ガラリと扉の開く音がした。
ディオラの視界には扉の場所は映っておらず、誰が入って来たのかは分からない。
「父上、母上?」
あ、にい様だ。
あの夢の中で、
悲しい声色をしていた声だ。
「あ……ケイン?
どうしたの?ディオラを見にきたの?」
「はい……。
でも、その前に一つ聞いてもよろしいですか?」
「……なんだね?」
嗚呼。
何か嫌な予感がする。
ディオラは胸の鼓動が不規則になったのを感じた。
どうして、こんなに緊張しているんだ?
「ディオラが………───」
「……認めたくはないが、本当だ」
「ちょっと、ダイス!」
「ケインには、ただ知っていてもらいたい。理解はしなくていい」
「…………じゃあ、ディオラは──」
ディオラは静かに瞼をおろす。
聞きたくなかった。
こんな、話。
目覚めなければ良かった。
「ディオラは───あと二年でいなくなるのですか」
「………………」
聞きたく、ない!
また、俺は死ぬのか……?
ディオラは心がいっぱいいっぱいになり、再び眠りについた。
二年。
それが、ディオラの心臓が耐えることの出来る期間。
元々弱い、ディオラの心臓はたったそれだけの期間しか耐えることが出来ない。
文章がおかしい(;´Д`)
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