第三話∞犬と猫と危機
誤字・脱字や、おかしい表現があったら申してください!
早めに治療致します!!
XXXX年、10月。
少し肌寒い風が吹く中、カーディガンに身を包んだディオラは、中庭のベンチで本を読んでいた。
本の題名は『風属性上級魔法解説書』。
ディオラは、この2ヶ月で水属性、氷属性についての本は読破していた。
本は、父ダイスが管理する書斎から内緒で取り出している。
その書斎には、ほとんどの本が揃っていて、
中でも最も珍しい光属性についての本もすべて保管してある。
とても便利なのには変わりないのだが、ダイスは定期的に書斎の整理をしているらしく、早めに読んで返して置かないと、バレてしまう可能性がある。
別にバレてもいいのだが、3歳児の子供が大人用の本を猛スピードで読んでいたら、ある意味一種のホラーだ。
さらに、気味悪がられたり、神童だやらなんやら騒ぎ立てられたら、この弱い身体も治りそうもない。
だからなるべく、この事は秘密のままでいたい。
今日は本を読むのに最適な日だ。
ダイスとアリアーナは仕事に追われているし、ケインは一人、自室に籠もっている。
ケインはこうなると、夜までなかなか部屋から出てこない。
だから今日は、使用人や兵士の目をかいくぐり、この中庭までやってきた。
何故かは知らないが、今の時間は中庭に誰もこない。
だから、ディオラはそれを有効に活用していた。
しかし、ディオラがいないと騒ぎ立てるのも、時間の問題だろう。
何時間かおきに、使用人がディオラの部屋にやってくるのだ。
「………ふぅ。風属性は読破だな」
ディオラはそう言って、パタンと分厚い本を閉じた。
これで水、氷、風属性については、頭の中限定だが理解できた。
あとは雷、光属性についての本読破と、実際に魔法を使っての練習だ。
しかし、訓練をするにはまずこの身体をどうにかしなければならない。
魔法を使っても、負担のかからない、身体に変えなければ……。
それが、一番の難問であるのだが、このままでは一生魔法禁止のままだ。
「……はあ。なんか方法ねぇのかなぁ」
ディオラは考えても出てこない解決策に、諦めたような声色で呟いた。
その時だった。
ディオラの耳に微かだが極小さな声が聞こえた。
それは、悲鳴。
助けを縋る、小さな、
本当に小さな、訴えだった。
「あっちか」
ディオラの足が向いた方向は東の森。
バークレイ家は獣人や亜人の国《ハイガル国》との国境に位置する。
そのため戦時中、ハイガル国からの侵入を完全に防いでいたバークレイ家は“東の守り神”として名を馳せていた。
戦争が終わったいまでもその名は有名だ。
そのハイガル国は、バークレイ家の屋敷に隣接する“東の森”を越えた所にある。
ディオラが聞いた悲鳴はその森の中から発せられたものだ。
ディオラは眉を一瞬だけしかめると、すぐに嫌な考えを放り出して、走り出した。
この弱くて脆い身体で、助けを求める者の場所まで行けるのかと。
行けたとして、自分はその者を助ける力があるのだろうかと。
不覚にも、無意識にそう考えていた。
自分は一度死んだ。
だけど転生し、二つ目の人生が与えられた。
だから、『命』の尊さを分かっているかもしれないが、逆に軽く考えているのかもしれない。
一度、死ぬ事を味わって自分は変わったのかもしれない。
そう考える自分が歯痒くて、たまらなかった。
「………はぁ、っはぁ」
助けるか、助けないかの問題ではない。
行くか、行かないかの
問題だ。
それに、変わったって良いじゃないか。
変わっても、俺は俺なのだから。
「…はぁ、はぁ、はぁ。どこ、だよ……!」
すぐに息がきれる自身に叱咤を打ちながら、キョロキョロと見回す。
だが、周りは人の気配さえもしない。
「…………?」
一心不乱に走っていたディオラだが、ふと、足を止める。
今聞こえているのは、自分の荒い呼吸だ。
でもさっき、確かに……
「……―――か!!」
「……!?」
ディオラは、小さな声に反応して、そちらの方に体を向けて、再び走り出した。
方向は今居た所から左側前方。
無駄に生えている草を掻き分けながら、ディオラは無心に進む。
そして、開けた場所へ出た。そこには……
「………だれか!!!」
涙を流しながら泣き叫ぶ少女と。
「……はっ、はっ――」
少女の傍らで、右肩から大量のドロドロした赤黒いものを流す、少年と。
「ガルルルル…!」
くわりと牙を剥き、少女と少年に飛びかからんとする、一匹の茶色い狼。
その狼の牙には、少年から流れる、赤黒いものと同じものが滴り落ちている。
それを見た瞬間、ディオラは自身から何かが抜け落ちた感覚がした。
心の底にあった何かが。
この世界に来た時から、感じていた感覚が。
躊躇感という感覚が。
するりと、落ちた。
いつもの、たれ目は強い意志を宿して、狼を捉えている。
そして、ディオラの唇が音も無く開く。
「大地に吹く、大いなる風よ―――」
◇◇◇
リアンは絶望していた。
自分の側には、右肩から血を大量に流す兄。
目の前には、鈍い金色を放つ双眸をした茶色い狼が、恐ろしい程鋭い牙をくわりと剥いている。
「………だれか!!!」
兄が瀕死の怪我を負い、先程から叫んではみるものの、こんな奥深い森の中だ。
この小さな声が、人の耳に届く筈もない。
「ガルルルル」
狼が、足に力を入れたのが分かった。
リアンは兄の血で汚れた手で懸命に耳を塞いだ。
顔を俯かせ、目を瞑り、現実から逃げる。
イヤだイヤだ。
死にたくない……!
お兄ちゃんっ……!!
その時、塞いだ耳からもよく聞こえる、透き通った、幼いがとても力強い声が自分の耳に届いた。
「大地に吹く、大いなる風よ――」
はっ!となって、視界が涙でぼやけながら顔を上げる。
声が聞こえた方を見るとそこには、一人の少年がいた。
少年は、垂れ下がった瞳に決意を宿し、堂々と
そこに、いた。
「……ガルゥ!!!」
狼は、突然現れた少年に一瞬で標的に変えた。
しかし、それでも彼は、怯えた感情を微塵にも感じさせなかった。
そこまで彼を強くしたのは一体何なのだろうか。
自分と同じ位の少年を突き動かすのは、一体何なのだろうか。
リアンには、この少年が伝説の英雄と重なって見えた。
「我の命に従い、彼の者を切り裂く刃と化せ!!
――鎌鼬!!!」
少年から放たれた魔法は見えない斬撃だ。
その斬撃波は、屈強な体躯をした狼さえも、いとも簡単に切り裂いた。
血すら出ずに、真っ二つに、切り裂いた。
切り口は凹凸もなく、綺麗に真っ直ぐだ。
初級魔法でも、そんな高度な技を放つには、魔力を限界まで凝縮させ、
尚且つ、魔力漏れを無くし、イメージを明確にしなければ出来ない。
しかも風魔法は実体のないものが多い。
だから、年を重ねた大人でも容易にイメージが出来ない。
そんな高度な技を、この少年はいとも簡単にやってのけた。
根本的な事は分からなくても、さっきの魔法がどれだけ凄い事くらいは、リアンにも理解できた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
一時、この場には少年の荒い呼吸が響いた。
リアンはぼーっと、無惨に散った狼を見ていた。
だが、それも終わる。
「…リ……ア、ン…」
兄の、命が……危険に晒されていた。
◇◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ…」
ディオラの荒い呼吸が、沈黙の空気を占めている。
ディオラは、混乱していた。
とっさに口から出たのは先程読んだ本にあった、風属性魔法の上級魔法モドキだ。
初級魔法の『鎌鼬』だが極限まで強化した為に、上級魔法に値する程に成り上がった魔法。
本にあったイラストの、見様見真似でしたのだが成功(?)した。
ただやはり、身体の負担が大きいようだ。
いまでも意地で立っている程で、額から流れる汗が鬱陶しい。
「…リ……ア、ン…」
重々しくのし掛かる、
何かがあった。
何故忘れているんだ。
自分は魔法を試しに来た訳ではない。
目の前の彼らを助けに来たんじゃないか。
「……お兄ちゃんっ!!」
少女の、悲痛な声が、
耳に響く。
「……大…丈夫…か?」
少年の、か細い声が、
胸に、心に響く。
それが、ディオラを動かすのだ。
「……少し、退いてくれないか…?」
ディオラは、彼らに近づき少女になるべく優しく声を掛け、少年の前に膝を付く。
少年は、閉じそうになる目を必死に開け、ディオラを見つめた。
「……お、ま……えは」
少年の拒絶するような瞳を、ディオラは軽く無視して傷口に手を当てる。
「………ぅあっ――」
「お兄ちゃん!
……もう!何するのよ!お兄ちゃんが、お兄ちゃんが死んじゃう!!」
あぁ……うるせぇな。
しかしディオラは口にも表情にも出さない。
すでに、瞳に宿っていた強い意志は無い。
「お兄ちゃんから手を離してよ!」
その訴えはディオラには届かない。
ディオラは周りの音を完全に遮断し、イメージの世界にいる。
「我が望みは、悪を浄化する神秘の恵み。我の下に降り、汝の傷を癒したまえ…――回復」
ディオラの詠唱が終わると同時に、少年の傷口が青く光る。
それは数十秒間続き、青い光が収まると、少年の傷は跡形も無く消え去っていた。
「……まじ、かよ」
「…お兄ちゃん!!」
驚いて瞳を見開いている少年に、少女は嬉しそうに抱きついた。
その光景を見て、ディオラはホッとしていた。
このために、自分は危険を犯してまで来たのだ。
「リアン……っ!!!」
少年はやっと、自分が助かったのだと実感したようで、うっすらと瞳に涙を浮かべながら少女――リアンの名を呼ぶ。
リアンは少年に向かって優しく微笑みかけている。
そして、彼らは思い出した。
自分たちを助けてくれた、一人の少年を。
あの狼を瞬殺し、一瞬で少年の傷を治すという偉業を成し遂げた、一人の恩人の存在を。
「あの、ありがとうございました!!!」
「あ、ありがとうございます……それと、ごめんなさい。なんか私、いろいろとヒドい事言っちゃった」
彼らはディオラに向かって、丁重にお辞儀までして礼を言った。
ちゃんとした教育はされているようだった。
「……いえ、僕はただ、中庭に居たら悲鳴が聞こえてきて…。咄嗟に飛び出して来ただけ――」
ディオラは、彼らを見た瞬間に目を見開き、口ごもった。
「…………み、耳…」
ディオラはこの時、漸く彼らをちゃんと見たのだ。
今までは狼や少年の怪我に気を取られていて、気づかなかっただけだ。
「あぁ、耳?」
「それがどうしたの?」
彼らの頭には二つずつピョコンと、飛び出ているものがあった。
そう、獣の耳だ。
彼らは、獣人だったのだ。
恐らく彼らは、ここから東の向こう、ハイガル国からこの森に来たのだろう。
「あ、そうだ!お前は、なんて言う名前なんだ!?ちなみに俺は、セシル。セシル・フォレストだ」
セシルはそう言って、キラーンと効果音がつきそうな笑顔を見せた。
彼の外見は、一言で表すとスポーツマン風だ。
淡い茶色の髪は短く切られており、好戦的なその瞳はエメラルド色に煌めいている。
先程の、弱々しい姿とは一変し、彼の瞳は好奇心旺盛な子供へとなっていた。
「私はリアン・フォレスト。リアンってよんでちょうだい?」
続いて、ディオラに向かって言ったのはセシルと同じ髪色をした少女。
彼女は肩まで伸びた髪の毛先を跳ね散らかし、襟足を胸の位置まで伸ばしている。
彼女の瞳はセシル同様、エメラルド色に彩られていた。
そして、二人の最大の特徴と言えるであろう、獣の耳。
どちらも髪色と同じく茶色をしている。
違うのは大きさと毛の量だ。
セシルは大きくてフサフサしている。リアンはその逆で、小さめでそこまで毛の量は多くない。
「僕はディオラ。姓名は控えさせてもらうよ」
そう言ってディオラは両手を突き出し、二人に握手を求めた。
ディオラが彼らに姓名を教えないのは、ダイスとアリアーナの会話を聞いたからだ。
その内容は、ディオラの出産通知について。
バークレイ家は高位に属する上流貴族。
当たり前の話だが、その地位欲しさに、暗殺を企てる者や刺客を送りつける者がいるわけだ。
そのために、ケインは既に魔法や剣術の訓練をしているのだが、ディオラはそれが出来ない。
身体が弱いから。
そのような者は、悪事をはたらく者にとっては格好の餌食だ。
だからディオラは国籍上居ない事になっている。
その事について、ダイスとアリアーナが話していたのを偶然聞いたのは、ディオラにとって不幸中の幸いだと言える。
現実に、その事を知らなかったのであれば、先程のセリフでディオラは自分の素性をさらけ出している所だったのだから。
「なんでダメなの?」
そんなディオラの事情を知らない彼らは、無邪気に問いただしてくる。
だが、それを避ける術を知っているディオラは、ニッコリと微笑みかけ、口を開く。
「姓名はどうせ呼ばないでしょう?だったら、ディオラだけでも良いんじゃないかな」
そう優しく語り掛ける。それで子供は案外納得するものだ。
「うーん…よく分からないけど、まあいいや。俺の事はセシルって呼んでいいよ!お前の事はディオラって呼ぶから」
……ほらね?
そして、セシルはディオラの出された手を元気よく掴み、大きく上下に振った。
……い、痛い…。
「えぇ、そう呼ばさせて貰います。……リアン?僕の顔に何か付いていますか?」
リアンはさっきから黙って、ディオラの顔を凝視していた。
さらに、何故か悲しそうに眉間に皺を寄せている。
そんな彼女にセシルも気が付いた。
「おいおいリアン。ディオラが困ってるぞ?」
「……だって、ディオラ無理してるもん」
リアンはか細い声でそう言い、ディオラのでこを触った。
「熱があるの?……汗がいっぱいでてる」
その言葉に、セシルも彼女にならって、ディオラを見た。
そして、何故今まで気付かなかったんだろうと思った。
ディオラの顔色は青白くて、唇に色は無い。
汗も少しばかり出ており、どう見ても明らかに体調が悪そうだった。
「ん、まぁ病み上がりでしたので……」
彼らにごまかしは効かないと理解したのか、渋々といった感じに答える。
体調が悪いのは病み上がりの所為ではなく、魔法を使ったからなのだが、嘘ではない。
2日前は寝込んでいたからだ。
「じゃあ、もう帰ろう。ディオラはここから帰れるか?お前、隣の国の奴だろ?」
「はい、そうですけど………たぶん帰れますよ」
「そっか。じゃあ、またな。……って言っても、そんなに会えないと思うけどね」
セシルは眉を下げながら言った。
確かに会える事は滅多にないだろう。
ディオラはほとんど屋敷内にいるし、何より彼らとは違う国だ。
「また、会えますよ。………きっとね」
「そうだな……。ほら、リアン。お前もお別れの挨拶しろよ」
「うん。じゃ、じゃあね。あ…えっと、そうだ。私の耳は猫耳で、セシルは犬耳だから。間違えないでね!!あと、私達兄妹なんだ!双子の…」
「クス。何となく分かっていたけど、今更だね」
ディオラがそう言うと、リアンは顔を真っ赤に染めた。
「クスクス。顔真っ赤だよ。………じゃあ、帰るね?」
「おぅ!またな」
「うぅ~…今度会った時は覚えててよね!!」
そしてディオラは彼らに背を向けて、力強く足を踏み出した。
初めての友達に、心を踊らせながら………。
◇◇◇
屋敷が見えてきた。
少し遠いけど、とても大きい事が分かる。
「………や…っと、か」
木々に手を添えながら、覚束ない足取りで進む。
彼らと別れて、数時間の時が経った。
ディオラは、体力も気力にも限界が来ていた。
「………も…う…――」
それを最後に、ディオラは倒れた。
そして自分の身体を通り抜ける、秋独特の冷たい風を肌で感じながら、意識が次第にブラックアウトした。
えー、最後はなんか急展開というか、いきなり過ぎましたが……ディオラ倒れました。
こうしないと、先に進めそうになかったので。
ご感想等お待ちしております。というか、ガンガン来て下さい!
それが私の力になりますo(`▽´)o
お返事は読みしだい、絶対に返します。