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適当に選んでおります

作者: はてな小僧
掲載日:2026/08/19

私には、人に言っていないことが一つある。


大した秘密ではないし、知られたところで困ることもないのだけれど、わざわざ話すようなことでもないので黙っている。


人から「どちらがいいと思う?」と聞かれたとき、私はだいたい適当に答えている。


最初からそうだったわけではない。


昔はちゃんと見ていた。


どちらの色が似合うか、何と合わせるつもりなのか、本人はどちらが好きなのか。それなりに考えて答えていたのだけれど、あるとき気づいてしまった。


聞いた本人が、私の答えをほとんど聞いていない。


青がいいと言えば赤を買い、こちらの菓子がおいしそうだと言えばもう一方を食べる。


それなら、私が真剣に考える意味はないのではないかしら。


以来、適当に答えることにした。


今日も友人のセシリアと買い物に来ていた。


彼女は馴染みの店で二本のリボンを手に取り、私の前へ差し出した。


「ねえ、どちらがいいと思う?」


「右」


「こっち?」


「ええ」


まだ見ていなかった。


ちょうど店の外を通った犬を見ていたからだ。


ずいぶん毛の長い犬だった。暑くないのかしら。


「やっぱりそうよね。私もこっちがいいと思っていたの」


ほら。


私がいなくても決まっている。


セシリアは右手に持っていたリボンを店員へ渡した。


何色だったのかは、結局見なかった。


別の店へ入ると、今度は髪飾りだった。


「これは?」


「左」


「まだ何も言ってないわよ」


「あら」


さすがに早かったらしい。


セシリアは笑いながら、二つの髪飾りを並べた。


「どちらがいい?」


今度は一応見た。


片方には白い花がついていて、もう片方には小さな青い石がついている。


「左」


「やっぱり?」


「ええ」


理由はない。


右、左と来たので、もう一度左にしただけだ。


でもセシリアは嬉しそうに白い花の方を選んだ。


こういうとき、理由を聞かれないのはありがたい。


もし聞かれたらどうしましょう。


似合うと思ったから、とでも言えばいいかしら。


だいたい何にでも使える便利な言葉だと思う。


昼食を取る店でも同じだった。


「魚と肉、どちらがいいと思う?」


「お肉」


「じゃあ私もそうするわ」


これは適当ではない。


私がお肉を食べたかった。


同じものを頼めば、彼女の料理がおいしそうに見えて後悔する心配がない。


今日はなかなかいい選択をしたと思う。


そんな調子で一日を過ごし、数日後。


お茶会でセシリアが余計なことを言った。


「エレオノーラに選んでもらうと、本当に外れないのよ」


私はカップを持ったまま彼女を見た。


何の話かしら。


「この前のリボンもそうでしょう? 髪飾りもみんなに褒められたし、その前に選んでもらったドレスも評判がよかったの」


そうだったの。


ドレスについては、選んだことすら覚えていない。


「エレオノーラ様は、そういうものを見る目がおありなのですね」


向かいに座っていた令嬢が感心したように言った。


ないわ。


「そんな大したものではありませんわ」


本当に大したものではない。


ほとんど何もしていないのだから。


「でもセシリア様、いつも素敵なものをお持ちですもの」


「でしょう? 迷ったらエレオノーラに聞けばいいのよ」


どうしてそうなるの。


セシリアが自分で選んだものだってたくさんあるでしょう。


そう言おうと思ったけれど、別の話が始まってしまったので、その日はそれで終わった。


終わったと思っていた。


三日後、知らない令嬢に声をかけられた。


「エレオノーラ様、少しよろしいでしょうか」


「ええ」


顔は知っているけれど、話したことはほとんどない方だった。


彼女は小さな箱を二つ持っていた。


「こちらなのですが」


開ける。


耳飾りが入っていた。


「どちらがよろしいと思われますか?」


どうして私に聞くの。


「ご自分では、どちらがお好きなの?」


「どちらも素敵で決められなくて」


そう。


それなら仕方がない。


「左がよろしいと思いますわ」


「やっぱり!」


やっぱり?


「私もこちらではないかと思っていたんです」


なら、なぜ聞いたの。


彼女は嬉しそうに箱を閉じ、お礼を言って去っていった。


私はしばらくその後ろ姿を見送った。


まあ、喜んでいるならいいでしょう。


それから、なぜか同じことが続いた。


「こちらの二色なら?」


「濃い方」


「この二つでは?」


「手前」


「こちらとこちらなら?」


「右」


最初のうちは左右を交互にしていたけれど、そのうち前回どちらを選んだのか分からなくなったのでやめた。


目についた方を答える。


それで十分だった。


不思議なことに、誰からも文句は出なかった。


むしろ相談に来る人が増えた。


「エレオノーラ様は決断がお早いですわね」


考えていないからです。


「迷いがありませんもの」


ありませんわね。


「やはり、一目で分かるものなのですか?」


何がでしょう。


もちろん、そんなことは口に出さない。


「まあ、そのときによりますわ」


自分でもなかなか便利な答えだと思った。


ある日、セシリアから聞いた話には、さすがに驚いた。


「最近、あなたに選んでもらいたい方が多いらしいわよ」


「どうして?」


「見る目があるからでしょう?」


「私に?」


「ほかに誰がいるのよ」


私も知りたい。


いつからそんなことになったのかしら。


私がしていることといえば、二つ並べられたもののうち片方を答えているだけだ。


二分の一なのだから、当たることもあるでしょう。


というより、服や装飾品なんて本人が気に入ればそれでいいのではないかしら。


それなのに、いつの間にか私は「迷ったときに聞けば間違いない人」になっていた。


困った。


……それほど困ってはいないけれど。


聞かれたら答えればいいだけなのだから、私には何の損もない。


その日の午後、婚約者のアレクシスが屋敷へ来た。


応接室へ入ると、彼はテーブルの上に二枚の紙を置いていた。


「ちょうどよかった。君に聞きたいことがあったんだ」


最近よく聞く言葉だわ。


「何でしょう?」


「この二つなら、どちらがいいと思う?」


またなの。


私は席へ向かいながら、二枚の紙を見た。


文字がたくさん書いてある。


読むのは面倒だった。


「右」


「右だな?」


「ええ」


「分かった。では、こちらにしよう」


アレクシスが右側の紙を手に取った。


何を選んだのかしら。


さすがに少し気になって、残った紙を見た。


上の方に地名が書いてある。


「……これは何?」


「新婚旅行の行き先だ」


私は右側の紙を持っているアレクシスを見た。


「候補を二つに絞ったんだが、どちらも良さそうで決められなくてな。君が行きたい方にしようと思っていた」


それは先に言ってほしかった。


「右はどこですの?」


アレクシスが地名を教えてくれた。


知らない場所だった。


「どんなところ?」


「山岳地帯だ。景色が素晴らしいらしい」


山。


「馬車でどのくらい?」


「途中までは五日ほど。その先は馬では入れないから、二日ほど歩くことになる」


歩く。


二日。


「左は?」


「海辺の保養地だ」


私はテーブルに残された紙を見た。


海辺。


「馬車で?」


「三日だな。着いたら特に予定はない。海を見ながらのんびり過ごそうかと」


…………。


アレクシスが右側の紙を畳んだ。


「君がこちらを選ぶとは思わなかった。山歩きに興味があったんだな」


「ええ」


言ってしまった。


「楽しみだ」


「私もですわ」


笑っておいた。


アレクシスも嬉しそうだった。


今さら、文字を読むのが面倒だったので右と言っただけです、とは言えない。


まあ、いいでしょう。


山もきっと素敵よ。


たぶん。


それに、これで一つ学んだ。


人から「どちらがいい?」と聞かれたときは、何を選んでいるのかくらい確認した方がいい。


特に、自分に関係がある場合は。


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