適当に選んでおります
私には、人に言っていないことが一つある。
大した秘密ではないし、知られたところで困ることもないのだけれど、わざわざ話すようなことでもないので黙っている。
人から「どちらがいいと思う?」と聞かれたとき、私はだいたい適当に答えている。
最初からそうだったわけではない。
昔はちゃんと見ていた。
どちらの色が似合うか、何と合わせるつもりなのか、本人はどちらが好きなのか。それなりに考えて答えていたのだけれど、あるとき気づいてしまった。
聞いた本人が、私の答えをほとんど聞いていない。
青がいいと言えば赤を買い、こちらの菓子がおいしそうだと言えばもう一方を食べる。
それなら、私が真剣に考える意味はないのではないかしら。
以来、適当に答えることにした。
今日も友人のセシリアと買い物に来ていた。
彼女は馴染みの店で二本のリボンを手に取り、私の前へ差し出した。
「ねえ、どちらがいいと思う?」
「右」
「こっち?」
「ええ」
まだ見ていなかった。
ちょうど店の外を通った犬を見ていたからだ。
ずいぶん毛の長い犬だった。暑くないのかしら。
「やっぱりそうよね。私もこっちがいいと思っていたの」
ほら。
私がいなくても決まっている。
セシリアは右手に持っていたリボンを店員へ渡した。
何色だったのかは、結局見なかった。
別の店へ入ると、今度は髪飾りだった。
「これは?」
「左」
「まだ何も言ってないわよ」
「あら」
さすがに早かったらしい。
セシリアは笑いながら、二つの髪飾りを並べた。
「どちらがいい?」
今度は一応見た。
片方には白い花がついていて、もう片方には小さな青い石がついている。
「左」
「やっぱり?」
「ええ」
理由はない。
右、左と来たので、もう一度左にしただけだ。
でもセシリアは嬉しそうに白い花の方を選んだ。
こういうとき、理由を聞かれないのはありがたい。
もし聞かれたらどうしましょう。
似合うと思ったから、とでも言えばいいかしら。
だいたい何にでも使える便利な言葉だと思う。
昼食を取る店でも同じだった。
「魚と肉、どちらがいいと思う?」
「お肉」
「じゃあ私もそうするわ」
これは適当ではない。
私がお肉を食べたかった。
同じものを頼めば、彼女の料理がおいしそうに見えて後悔する心配がない。
今日はなかなかいい選択をしたと思う。
そんな調子で一日を過ごし、数日後。
お茶会でセシリアが余計なことを言った。
「エレオノーラに選んでもらうと、本当に外れないのよ」
私はカップを持ったまま彼女を見た。
何の話かしら。
「この前のリボンもそうでしょう? 髪飾りもみんなに褒められたし、その前に選んでもらったドレスも評判がよかったの」
そうだったの。
ドレスについては、選んだことすら覚えていない。
「エレオノーラ様は、そういうものを見る目がおありなのですね」
向かいに座っていた令嬢が感心したように言った。
ないわ。
「そんな大したものではありませんわ」
本当に大したものではない。
ほとんど何もしていないのだから。
「でもセシリア様、いつも素敵なものをお持ちですもの」
「でしょう? 迷ったらエレオノーラに聞けばいいのよ」
どうしてそうなるの。
セシリアが自分で選んだものだってたくさんあるでしょう。
そう言おうと思ったけれど、別の話が始まってしまったので、その日はそれで終わった。
終わったと思っていた。
三日後、知らない令嬢に声をかけられた。
「エレオノーラ様、少しよろしいでしょうか」
「ええ」
顔は知っているけれど、話したことはほとんどない方だった。
彼女は小さな箱を二つ持っていた。
「こちらなのですが」
開ける。
耳飾りが入っていた。
「どちらがよろしいと思われますか?」
どうして私に聞くの。
「ご自分では、どちらがお好きなの?」
「どちらも素敵で決められなくて」
そう。
それなら仕方がない。
「左がよろしいと思いますわ」
「やっぱり!」
やっぱり?
「私もこちらではないかと思っていたんです」
なら、なぜ聞いたの。
彼女は嬉しそうに箱を閉じ、お礼を言って去っていった。
私はしばらくその後ろ姿を見送った。
まあ、喜んでいるならいいでしょう。
それから、なぜか同じことが続いた。
「こちらの二色なら?」
「濃い方」
「この二つでは?」
「手前」
「こちらとこちらなら?」
「右」
最初のうちは左右を交互にしていたけれど、そのうち前回どちらを選んだのか分からなくなったのでやめた。
目についた方を答える。
それで十分だった。
不思議なことに、誰からも文句は出なかった。
むしろ相談に来る人が増えた。
「エレオノーラ様は決断がお早いですわね」
考えていないからです。
「迷いがありませんもの」
ありませんわね。
「やはり、一目で分かるものなのですか?」
何がでしょう。
もちろん、そんなことは口に出さない。
「まあ、そのときによりますわ」
自分でもなかなか便利な答えだと思った。
ある日、セシリアから聞いた話には、さすがに驚いた。
「最近、あなたに選んでもらいたい方が多いらしいわよ」
「どうして?」
「見る目があるからでしょう?」
「私に?」
「ほかに誰がいるのよ」
私も知りたい。
いつからそんなことになったのかしら。
私がしていることといえば、二つ並べられたもののうち片方を答えているだけだ。
二分の一なのだから、当たることもあるでしょう。
というより、服や装飾品なんて本人が気に入ればそれでいいのではないかしら。
それなのに、いつの間にか私は「迷ったときに聞けば間違いない人」になっていた。
困った。
……それほど困ってはいないけれど。
聞かれたら答えればいいだけなのだから、私には何の損もない。
その日の午後、婚約者のアレクシスが屋敷へ来た。
応接室へ入ると、彼はテーブルの上に二枚の紙を置いていた。
「ちょうどよかった。君に聞きたいことがあったんだ」
最近よく聞く言葉だわ。
「何でしょう?」
「この二つなら、どちらがいいと思う?」
またなの。
私は席へ向かいながら、二枚の紙を見た。
文字がたくさん書いてある。
読むのは面倒だった。
「右」
「右だな?」
「ええ」
「分かった。では、こちらにしよう」
アレクシスが右側の紙を手に取った。
何を選んだのかしら。
さすがに少し気になって、残った紙を見た。
上の方に地名が書いてある。
「……これは何?」
「新婚旅行の行き先だ」
私は右側の紙を持っているアレクシスを見た。
「候補を二つに絞ったんだが、どちらも良さそうで決められなくてな。君が行きたい方にしようと思っていた」
それは先に言ってほしかった。
「右はどこですの?」
アレクシスが地名を教えてくれた。
知らない場所だった。
「どんなところ?」
「山岳地帯だ。景色が素晴らしいらしい」
山。
「馬車でどのくらい?」
「途中までは五日ほど。その先は馬では入れないから、二日ほど歩くことになる」
歩く。
二日。
「左は?」
「海辺の保養地だ」
私はテーブルに残された紙を見た。
海辺。
「馬車で?」
「三日だな。着いたら特に予定はない。海を見ながらのんびり過ごそうかと」
…………。
アレクシスが右側の紙を畳んだ。
「君がこちらを選ぶとは思わなかった。山歩きに興味があったんだな」
「ええ」
言ってしまった。
「楽しみだ」
「私もですわ」
笑っておいた。
アレクシスも嬉しそうだった。
今さら、文字を読むのが面倒だったので右と言っただけです、とは言えない。
まあ、いいでしょう。
山もきっと素敵よ。
たぶん。
それに、これで一つ学んだ。
人から「どちらがいい?」と聞かれたときは、何を選んでいるのかくらい確認した方がいい。
特に、自分に関係がある場合は。




