地味な姉の私、王太子をガン無視して読書に励んでいたら、体育倉庫に監禁されて真の王太子妃に指名されましたわ?
「お姉様のような陰気で地味な方が王太子殿下の婚約者だなんて、何かの間違いですわ!」
朝食の席で、妹のシルビアが自慢の金髪縦ロールを激しく揺らしながら私を指差した。
私はお気に入りの魔導書から目を離さないまま、静かに紅茶をすする。
「そうね、私もそう思うわ。何かの手違いでしょうから、お父様から白紙撤回を申し出てちょうだい」
「アナスタシア、王命をそんな簡単に覆せるわけなかろう!」
お父様が頭を抱えて怒鳴る。
我が公爵家から王太子妃を出すにあたり、誰もが華やかで社交界の華である妹のシルビアが選ばれると思っていた。
しかし、届いた親書に書かれていたのは、読書一筋で地味を絵に描いたような私の名前。
これには私も驚いたが、決まってしまったものは仕方がない。私は読書が忙しいのだ。
そんな中、私たちの通う学園のクラスに、例の王太子殿下が『お忍び』で転校してくることになった。
「初めまして。僕が王太子のルシルだ。よろしくね」
教室に入ってきたのは、眩いばかりの金髪に爽やかな笑顔を浮かべた、いかにも「王子様」な超絶イケメン。
女子生徒たちから黄色い悲鳴が上がる。
シルビアは「まあ……!」と頬を染め、私をキッと睨みつけながら、心の中で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
そんなルシル殿下の後ろには、もう一人。
「……、……失礼します」
ぼそぼそと呟きながら入ってきたのは、彼の『下僕(従者)』だという男。
分厚い牛乳瓶の底のような眼鏡をかけ、長い前髪で顔の半分を隠した、絵に描いたような地味男だった。
「アナスタシア嬢。君が僕の婚約者候補だね。隣の席、よろしく」
爽やか王子が私の隣に座る。
「ええ、よろしくお願いいたします、殿下」
私はマニュアル通りの完璧な淑女の微笑みを浮かべると、即座に教科書の下に隠した『古代魔法の歴史・第五巻』を開いた。
王子がどれだけ爽やかな笑みを振りまこうが、私には関係ない。本の虫にとって、目の前のイケメンより古代の呪文の方が百倍魅力的なのだ。
「……君、本当に僕に興味がないんだね」
「そんなことはございませんわ(早くページをめくりたいです)」
私の徹底した無頓着ぶりに、王子は何故かおかしそうに肩を揺らしていた。
×
それから一週間。私がいっこうにルシル殿下にアプローチしないのを見て、シルビアはついにしびれを切らしたらしい。
「お姉様に不祥事を起こさせ、婚約破棄に追い込んでみせますわ……!」
シルビアが目をつけたのは、あの影の薄い『下僕』の男だった。
地味な姉には、地味な男がお似合い。二人をくっつけて既成事実を作れば、王太子妃の座は自分のものになる――。
ある日の放課後。
私はシルビアに呼び出され、薄暗い体育倉庫に入った。
ガチャン、と外から激しく鍵がかかる音が響く。
「あら?」
「……おや。巻き込んでしまいましたか」
振り返ると、そこにはあの地味な下僕の男がぽつんと座っていた。どうやら彼も一緒に閉じ込められたらしい。
「まぁ、災難でしたわね。……ところであなた、暗いところでも文字が読める魔法、ご存知?」
「……はい? いえ、魔法は使えませんが、僕のポケットに予備の魔石ランプがありますよ」
「素晴らしいわ! 貸してちょうだい!」
私は彼からランプを受け取ると、倉庫の隅にあった運動マットの上に座り込み、おもむろに本を開いた。
下僕の彼は呆然としていたが、やがてフッと静かに笑い、私の隣に腰掛けた。
「君、本当に変わっているね。怖くないの?」
「本があればどこでも天国ですわ。あなたこそ、王太子殿下の従者なら、この国の税制改革についてどう思われる?」
「……へえ。面白いことを聞くね。僕の意見としては――」
そこから、夜が明けるまで激論が交わされた。
地味な彼は、驚くほど聡明で、私のマニアックな知識にすべて付いてきた。本以外のことでこんなに楽しい会話ができたのは、人生で初めてだった。
私たちはいつしか疲れ果て、運動マットの上で寄り添うようにして眠りについた。
×
翌朝。
カチャリ、と重々しい音を立てて、体育倉庫の扉が勢いよく開け放たれた。
「さあ! 皆様ご覧になって!! 婚約者でありながら、あろうことか下僕の男と夜を共にした、我が姉の破廉恥な姿をーー!!」
眩しい朝光とともに響き渡ったのは、シルビアの高飛車な声。
目をこすると、そこには信じられない光景が広がっていた。
全校生徒、教師陣、なぜか駆けつけている大量の新聞マスコミ。そして、顔を真っ青にして怒り狂う我が両親。
その先頭で、シルビアが勝ち誇った笑顔で私を指差している。
「アナスタシア! なんというはしたないことを! 公爵家の泥を塗りおって!」
お父様が怒号を上げる。周囲からは「うわぁ、地味だと思ってたら肉食系かよ」「幻滅だな」と容赦ない好奇の視線が突き刺さる。
「お待ちになってください。私たちは閉じ込められたのです」
私が冷静に事情を説明するが、シルビアはフンと鼻で笑った。
「見苦しい言い訳ですわ! 鍵がかかっていた? 自分で中からかけたに決まっていますわ! さあ、これで王太子殿下との婚約は破棄――」
「おや、朝から随分と賑やかだね」
人混みを割って現れたのは、あの金髪爽やかイケメン――ルシル殿下だった。
マスコミのカメラが一斉に彼を向く。誰もが「裏切られた哀れな婚約者による、怒りの断罪劇」を期待して息を呑んだ。
しかし。
現場の凄惨な空気を見たルシル殿下は、険しい顔をしたかと思うと――。
「クックク……アハハハハハ!」
お腹を抱えて爆笑し始めたのだ。
「え?」「殿下……?」と困惑する一同。シルビアもパチクリと目を丸くしている。
「いやあ、すまない。こんなことになるなんて思いもよらなかったよ。もういいでしょう殿下」
ルシル殿下は涙を拭うと、私の隣にいた地味な下僕を見た。
「……そうだな。知りたいことは大体わかった。この辺で種明かしをしてもいいだろう。エド、ご苦労だった」
地味な下僕が、ため息をつきながら立ち上がった。
そして、顔を覆っていた分厚い牛乳瓶メガネを外し、鬱陶しかった前髪をラフにかきあげる。
「「「「「え――ッ!?」」」」」
全員の絶叫がシンクロした。
現れたのは、隣にいる金髪の身代わり(エド)すら完全に霞むほどの、息を呑むような美貌。
紫色の瞳には王者の風格が宿り、立ち姿だけで周囲を平伏させるような圧倒的な気品が放たれていた。
「な、なな、なんですのそのお顔……!? あなた、ただの下僕では……!?」
ガチガチと歯を鳴らすシルビアに、本物の王太子ルシル様が冷徹な視線を向けた。
「私は本物のルシルだ。未来の嫁を見極めるため、影武者を立てて変装していたんだが……まさか、我が国の大事なマスコミを私設の断罪劇に利用する不届き者が身内から出るとは思わなかったよ、シルビア嬢」
「ひっ……!?」
「ちなみに、この体育倉庫の鍵を夜間管理室から持ち出した君の令使、および、マスコミに『公爵令嬢の不倫スクープがある』と裏で手を回した証拠は、我が王室の隠密がすべて押さえている。……言い訳はあるかい?」
ルシル様がパチンと指を鳴らすと、周囲に控えていた近衛兵が一斉にシルビアを取り囲んだ。
「そんな……わたくしは、ただお姉様の間違いを正そうと……お父様! お母様!」
「シ、シルビア……なんということを……!」
両親はすでに腰を抜かし、娘を庇う余裕すら残っていなかった。国家元首たる王太子を監禁・陥れようとしたのだ。国家反逆罪すら適用されかねない大不祥事である。
シルビアは金髪縦ロールをみっともなく振り乱しながら、そのまま兵士たちに引きずられていった。
×
嵐のような断罪劇が終わり、野次馬も解散させられた体育倉庫。
残されたのは私と、本物の王太子ルシル様。
「……災難でしたわね、ルシル殿下」
「いや、最高の夜だったよ、アナスタシア」
ルシル様は、さっきまでの冷徹な表情をどこへやら、とろけるような甘い微笑みを浮かべて私の手を握った。
「変装していた僕を、僕という人間そのものとして見て、あんなに熱く語り合ってくれた女性は君が初めてだ。エドの顔ばかり見ていた君の妹とは大違いだね。……改めて、僕の唯一無二の婚約者になってくれるかい?」
私は握られた手を見つめ、それから彼のお顔を見た。
……うん、やっぱりさっきの変装メガネ姿の方が落ち着いていて好きだったけれど。
「私、王宮に嫁いでも、一日中本を読んでいてよろしいかしら?」
「ああ、いくらでも。王宮の特級図書室の鍵を君に贈ろう」
「まぁ! それなら喜んでお受けいたしますわ」
こうして、妹の自爆作戦という最高のアシストのおかげで、私は最高の読書環境(と、ついでに溺愛してくれる素敵な旦那様)を手に入れたのだった。




