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ふれあう心

作者: 明智智明
掲載日:2026/04/14

耳が痛くなるような音を立てるドアを開ける。


鍵を締め、ボロボロに錆びてすぐにでも崩れ落ちそうな階段を下り、街を囲む壁へ歩き出した。




世界は突如として変わってしまった。


宇宙からの飛来物が海に落ち、体内に接種してしまうと石化してしまう物質を大気中に撒き散らした。


人類はその脅威から逃れるためシェルターを作り、限られた人と、限られた場所で、限られた物資とともに生きていた。




「よぉ、遅かったじゃないか」


壁の近くにある検問所で顔見知りの中年の職員が声をかけてきた。


「すいません、寝坊しました」


「おうおう夜ふかしかい? 若いんだから健康には気をつけな」


「もう二十七ですよ」


「俺から見れば、まだまだだな」


認証カードを手渡し、職員はカードを見ながら機械を操作する。


本来であれば、すべて機械が自動でやってくれているのだが、今日はその機械が故障しているため、職員が一人ひとりのカードを手作業で手続きをしているらしい。


「ハルヤ・クサバラ……っと。なんだ、めっちゃ来てるじゃねぇか」


職員が見ているモニターに映る連続出席日数は脅威の七十二日。


「返さないといけないんですよ」


「なんだ、借金か?」


「家賃ですね」


「そんな高いのか?」


手続きが終わったらしく、カードを渡しながら問う。


「少なくとも俺にとっては」


「そうか……」


職員は顔を伏せてしまった。こちらとしてもそのような気持ちにさせたくてこの話をしたわけではないので非常に申し訳なくなってしまった。


「通りでこの危険な仕事を続けてるわけだな」


「そういうことですね」


カードを受け取ったので、施設の方へ歩きだした。


「気をつけろよ」


職員の熱い激励を背中に受け、歩いていった。




「おはようございます」


「おぉ、ハルヤ。遅刻ギリギリだな」


「いや、ギリ遅刻でしょ……」


更衣室で着替えている仕事仲間たちからいくつかの言葉が投げかけられる。


「出動まであと十五分だ。急げよ」


部隊の隊長が肩に手をかけ、声をかける。


軽く返事をして、ハルヤ・クサバラと記されているロッカーに手をかけた。


中に入っているのは宇宙服のような厳重な装備の防護服だ。


有害物質から体を守るためにはこれほどの装備で臨まなくてはならない。


首元が大きく開いているのでそこから足を入れて、胸元まで引っ張る。


そして、チャックを締めて袖に手を通す。


あとは諸々微調整して完成だ。


ヘルメットを取って、皆の後を追い部屋を出た。




「点呼を取る!」


隊長の目の前に一列に並んだ隊員は各自に割り振られた番号を叫ぶ。


「全員いるな。準備はいいか?」


ヘルメットをつけた隊長は隊員たちに確認を取る。


全員静かに頷いた。


「よし、行くぞ」


シェルターを大きく囲う壁は二重構造になっている。


外から入ってくる有害物質をシェルター内に持ち込ませないようにするためだ。


まず、目の前にある内側の壁が開いた。


厳重に閉められている巨大な鉄の扉は隊長が横に備え付けられている機械をいじると、横にスライドする形で開いた。


全員がその壁の隙間に入り切ると最後尾の隊員が扉を閉める。


「総員、フィルター起動!」


隊長の掛け声とともに隊員たちは左腕に付けられている機械を弄り、防護服の電源をつける。


電源がついた防護服は扇風機が回るような音がした後、次第に静かになっていく。


「行くぞ」


再度扉の近くにある機械を操作すると、外側の扉が開き、危険な世界が姿を表した。




「どうだ。何か見つかったか」


「なにも」


「そっちは」


手に持っている鉄のパイプを前に掲げる。


「よくやった。もっと探索しよう」


総員散開し、再度物資集めに向かう。


シェルターという限られた空間では物資があまりにも不足してしまう。


そこで人は危険を辞して外へ赴き、物資を集めることにしたのだ。


与えられる報酬は大きいが、あまりにもリスクが大きすぎるので好き好んで参加するのは俺くらいだった。


そんな俺でも生活に困っていなければこんな危険な仕事などしないのであるが。


今探索しているのは捨てられて暫くの一軒家だ。


内装は激しく荒れており、溜まりに溜まった埃で辺り一面白いモヤが常にかかっている。


台所だったであろう場所に入り、タンスを開け、物色する。


中にはいくつかのスプーンやフォーク、そして、ほかに色々な小物が入っていた。


こんなものでもシェルターに持ち帰れば競りが行われ、高値で落札される可能性がある。


実際は金属を溶かし、別のものに作り変えるのであろうが。


両手で抱えるようにしてものを持っていたので、フォークやスプーンが地面に転がり落ちてしまった。


頑張って拾おうとするが、塞がってしまった両腕ではうまく拾うことができない。


「大丈夫ですか」


視界の端の方から手を伸ばし、地面に落ちているものを拾っていく誰かの姿があった。


「ありがとうございます」


「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」


無線越しに聞こえる声は、聞いたことのない声だった。


最近入ってきた新入りなのだろうか。


俺よりと同じ程度の背丈の彼女は両手に食器をいくつか持っていた。


「確かにお互い様ですね」


新入りの彼女と一緒に家の中心へ行き、荷物を預けた。


荷物はすでに八割は埋まっており、事が済むのももう遅くは無さそうだ。


再度、別の部屋へ向かい物資を漁りに行った。




しばらくした後、満足いく物資が集まったので隊全体はシェルターに戻ることにした。


家の中心で人数確認をし、一人ずつ扉から外に出ていく。


最後に扉から出てきたのはあの新入りだった。


まだ来て間もないため足取りがヨチヨチしており、どことなく不安定になっている。


「あ」


バランスを崩して家の壁に強くもたれかかってしまった。


手入れのされてない家だ。


外枠の木が軋む音がしたかと思うと、家が崩れ始め瓦礫が上から落ちてきた。


「危ない!」


唖然としている彼女の腕を引っ張り外へ放りだした。


のは良かったものの、家は倒壊し降り注ぐ瓦礫の下敷きになってしまった。


「ハルヤ!」


「大丈夫か!」


瓦礫で頭を打ったのか、薄れゆく意識の中ぼんやりとあたりを眺める。


「まずい。防護服に穴が!」


「なにか! なにか塞ぐものを!」


「急げ!」


「出血もある! 包帯はあるか」


慌てふためく皆をぼんやりと眺めた後、人がいないだろう場所へ視線を向ける。


そこには自分のしたことの重大さに目に涙を浮かべている彼女が、他の隊員に慰められながら立っていた。




目を開けるとそこは天井があった。


ゆっくりと体を起こし、あたりを見回す。


どうやら、シェルターにある病院の病室のようだ。


「あ!」


入口からこちらを見ていた看護師が声を上げたかと思うと、医者を呼びに何処かへ走り去ってしまった。




「ハルヤ・クサバラさんですね」


医者はカルテを持ちながら確認を取る。


「不運な事故でしたね」


「一体どのような状況なのですか?」


「端的に申しますと、瓦礫が倒壊した際にあなたの防護服に穴が空いてしまいました。すぐに穴は塞いだようですが、体は例の物質で汚染されてしまっています」


加えて、右の太ももには破片が突き刺さり、体の汚染よりも失血のほうがむしろ酷かったということを知らされた。


今となっては、太ももは軽い痛みがあるだけで後遺症などの問題はなさそうだ。


「もって一ヶ月でしょうか」


この未知の物質に汚染されてしまった人間に対する治療法は確立されていない。


ただし、汚染速度と時間は比例するので余命だけは知ることができる。


「そうですか」


そういってベッドの背もたれにもたれかかる。


不思議と動揺はしていなかった。


突然のことで頭が空っぽなのかもしれないが、自分でも驚くほど落ち着いている。


「ただ、あなたは右の太ももの怪我があります。幸いにも傷の割に、損傷は大きくないので、入院期間は一週間程度で済みそうです」


その他、必要事項を言った医者は病室から退出した。


その姿を見届けた後、頭の後ろに手を差し込んだ。


そしてぼんやりと病室の天井を眺めた。




一週間後、無事傷は完治し、退院することとなった。


受付で手続きを済まし、出口へと向かう。


自動ドアが開くと、その奥に仕事場の隊員たちが集まっており、こちらに気づくと一斉に近づいてきた。


「ハルヤ」


「ハルヤ大丈夫だったか」


矢継ぎ早に質問をされ、戸惑っていると隊長が彼らの後ろから現れ、人の波をかき分けながら近づいてきた。


「結果は……」


「余命一ヶ月」


正確に言えば残り四週間ないくらいだがほとんど誤差の範疇なので、一ヶ月と伝えておく。


「そうか」


余命を聞いた隊員たちはみんなして肩を落としてしまった。


「そんな気に病まないでくださいよ。みんなが悪いわけじゃないですし」


「いや、そのような事故を引き起こしてしまった。監督責任は俺だ」


弁明しようとしたが、隊長に打ち消されてしまった。


「本当に大丈夫ですよ。みんなの姿を見てると、更に寿命が縮まりそうです」


「そうか……」


なんとかして空気を変えようと発した発言に、隊長は少し表情を明るくして微笑んだ。


「俺の代わりに長生きしてくださいよ」


「できれば、俺が言いたかったな。そのセリフは」


隊長はそう言うと敬礼をした。


他の隊員もそれに合わせて敬礼をする。


俺もそれに応えるように敬礼をした。


「今までお世話になりました」


「元気でな」


「……そういえば」


隊員を見回してみても例の新入りの顔は見えない。


「あの人はどうしてます?」


質問を投げかけると、隊長は思い出したかのように喋り始める。


「イズミのことか? あの日から、塞ぎ込んでしまってなぁ。職場には来るんだが、誰とも話そうとはしないし…… 今日だって声をかけてみたんだが……」


隊長は大きくため息を付く。


呆れというよりもどうすればよいのかわからない、困惑のため息だった。


「初仕事であの事故にあってしまったんだ。無理はないが……」


「彼女に、心配いらないとだけお伝え下さい」


「わかった」


話し終えると、隊長たちと別れ、ボロアパートである自宅へ足を運んだ。




空回りするドアノブに手をかけ、玄関へと足をいれる。


外見と同じように内見も目も当てられないほどオンボロであるが、住処を提供してくれているので文句をつけることはできない。


昼間なのにとても暗く、電気をつけるが小刻みに点灯するばかりで、満足にあたりを照らしてはくれない。


荷物を乱雑に畳の床に頬ると、そのまま床に思いっきし寝転んだ。


目玉だけであたりを観察する。


身元処理しないとなと、ろくに家具すらない部屋を見ながら思っていると、突然玄関のインターホンが鳴り響いた。


誰かと思いドアに備え付けられている小窓を眺める。


そこにいたのは、あの彼女だった。


ゆっくりとドアを開ける。


「「あの!」」


同時に言葉を発してしまい、お互いに絶妙な気まずさが流れる。


「どうぞ」


ハンドサインをしながら相手に会話の主導権を譲る。


「あの、先日はどうもすいませんでした」


突然の謝罪に驚くが、彼女は言葉を続ける。


「あの時は助けていただいてありがとうございました。けど、そのせいで体が……」


「あぁ、足のこと? それならもう……」


「それではなくて、その…… 汚染のことです」


どうやら隊長が彼女に知らせたようだ。


「そのことか…… 気にしなくていいよ。俺がヘマしただけだし」


「でも、私がミスをしていなければ今ごろ……」


沈黙が流れる。


西日が顔を熱く照らす。


「過去の後悔をいつまでも気にしてる必要はないよ。ただあの時は、君を助けようと必死だっただけで」


ただ二、三回会話のキャッチボールをしただけなのに、日はひどく傾きあたりは徐々に薄暗くなっていた。


こんな薄暗い道を一人で帰らせるわけにはいかないと思い、彼女に俺の部屋に泊まるように勧めてみる。


意外にも承諾を受けたので彼女を家に上げ、一つしかない腰の低い机を挟むようにして座り込んだ。


「なにか食べますよね……」


無言の気まずさから逃れようと思い、質問をしながら立ち上がり、台所へ足を運ぶ。


冷蔵庫の中にある数少ないコンビニ弁当を手に取り、丁寧に机の上に置く。


「ありがとうございます」


弁当の上に置かれている割りばしを手にとって二つに割ってから、弁当の蓋を開ける。


中に詰まっているのはただの日の丸弁当だが、彼女はおいしそうに食べ続ける。


「俺のことは気にしないで食べていいですよ」


「ごめんなさい。えっと……」


「ハルヤ・クサバラです」


「イズミ・ハナゾノです。本当にありがとうございます。重ね重ねお気遣いいただき」


「助け合いは大事なことですから」


「今のところ、助けられてるだけですけどね……」


不意な彼女の言葉に思わず笑みがこぼれる。


それにつられるように彼女も笑った。




その後しばらく会話に花を咲かせていたが、夜も更けてきており就寝の時間が迫ってきていたので、彼女を先に風呂に入らせた。


風呂と言っても家に浴槽はなく俗に言うシャワーなのだが。


浴室に入った彼女の服をどうしようかと考えていると、浴室にいる彼女の悲鳴が響きわたった。


ドタドタと慌て足で浴室から、身に一枚の布も纏ってない彼女の姿が目に映る。


「ハルヤさん! シャワーのノズルを捻ったら、冷たい水と一緒にゴキブリが!」


少し過呼吸気味に矢継ぎ早に情報を伝えてくる彼女の様子を背中で察する。


「あの……服着てください」


言われて初めて気づいたのか、小さく可愛いうめき声をあげて


「す、すみません」


と言って、浴室へ戻っていった。


ぱたんとドアが閉まる音を聞いて、深くため息をする。


体のすべてが映る前に顔を背けることができたので、超えてはいけないラインを超えないで済んだが、それでも拍動は痛みを感じるほど早く鼓動する。




「お風呂、お借りしました」


なんとか新品のYシャツを見つけ出し、それを着せてみたが彼女よりも一回り大きいサイズのYシャツなのでダボダボのヨレヨレ。


だが、袖口からちょこんと顔を出す華奢な手は、妙に色っぽく感じられて非常にいたたまれない気持ちになる。


その後、薄っすらと迫りくる本能を理性で誤魔化しつつ、何事もなく夜を明かした。




翌日、日が上がりあたりが十分に明るくなった頃、彼女は自身の家に帰る準備をしていた。


準備ができ次第、玄関まで見送る。


「本当にお世話になりました。押し寄せてきたのに、私のために泊めていただいて」


「こちらとしても、突然言ってしまって、もっと気を遣うべきでした」


彼女はふるふるとゆっくり首を横に振る。


「自己を犠牲にして私を助けてくれたのに、警戒するわけないじゃないですか」


彼女はニッコリと笑う。


「気を付けて」


そう言うと彼女は、「はい」と威勢のいい返事をする。


「あと……」


そう言って彼女は何かを言おうとする。


手を体の前でモゴモゴと動かし、どこか申し訳無さそうに話を続ける。


「また…… 来てもいいですか?」


「え」


突然のことに「え」としか反応することができなかった。


「い、いいですよ」


ただ、断る理由もないので、彼女のその提案に賛同した。


彼女は顔を明るくすると、大きな声でお礼を言い、軽やかな足取りで階段を降りてゆく。


帰路につく彼女の後ろ姿を、扉の前の通路の柵によりかかりながらぼんやりと眺めた。


彼女の姿が見えなくなった頃、家に戻ろうと振り返った。


その時、扉の横にある小さな窓ガラスに俺の顔が映る。


見たこともない笑顔だった。


「なんだよ」


鏡の中の自分に冷たく言い放った。




彼女は何度も家に来た。


最初は二日に一回ほどだったのだが、今では毎日来るようになっている。


イズミははじめから俺に好意を持っていたらしいが、俺がそれを明確に自覚したのはほんの最近だった。


今思えば、あの時からなのかもしれない。


イズミを助けたあの時から俺達は……




「三日……」


唯一ある家具であるタンスの上に立てかけられているカレンダーを見ながらイズミが呟く。


「うん、三日」


カウントダウンのカレンダーだ。


残りあと三日らしい。


イズミはその横においてある写真立てに目を向ける。


「これは?」


イズミの横に移動し、写真立てを手に持つ。


「俺のおじいさんとおばあさん」


写真に写っているのは若かりし頃の祖父と祖母。


「これは…… 海?」


祖父と祖母の背景はきれいな青にところどころ白波が立つ海だった。


「そう、海だよ」


特別、海に憧れを持っているわけではない。


行きたいわけでもない。


ただ、純粋に美しいと感じる。


「海…… いいなぁ」


イズミは静かに囁いた。


海はあの物質の発生源と言っても過言ではない。


防護服を着ていたとしても、安全と言える保証はない。


「行こうよ。海」


彼女は素早く振り向いて、手を握りながら、語りかけてくる。


彼女の目はキラキラと輝いていた。


でも、どこか悲しさを感じる輝きだった。


「いいよ。行こう」




深夜、二人で壁へ向かった。


受付は一日中やっており、あの職員も出勤していた。


「おぉ、どうした。こんな真夜中に」


カードを受け取りながら職員が質問を投げかける。


「ちょっと……」


「どうした、仕事じゃないのか。残念だが、仕事以外では施設にいれることはできないんだ」


カードを返却しながら告げる。


「そうですか」


肩を落とすイズミを見た職員は眉を寄せ、大きくため息を付いた。


「ふぁぁ…… なんか、突然眠くなってきたな……」


「え」


困惑する二人を横目に一人で職員が話し続ける。


「俺はひとまず仮眠をとるとしよう。その間、だれがここを通っても気づかないだろう」


職員の意図に気づいたハルヤは頭を下げてお礼を言う。


職員は何のことだかといった風な顔をした後、そっけなく告げる。


「早く行くんだな。俺の気が変わらないうちに」


「ありがとうございます」


「まったく……」


職員は窓に頬杖をつきながらこちらを眺める。


「若いねぇ、本当に…… 若すぎる」


職員のボヤキを横耳にイズミの手を引いて施設の奥へ足早に向かった。




「行くよ。イズミ」


「準備はできてるよ、ハルヤ」


巨大な扉は開かれシェルターの外の世界が姿を見せる。


イズミの手を引いてシェルターの外へ足を踏み出す。


シェルター内同様、外も真っ暗だ。


雑草が無造作に生い茂る道路を二人で歩く。




しばらく歩き続け、あたりがぼんやりを明るくなってきた。


道らしき道を歩き続けるが、海は一向にその姿を見せない。


横目でイズミを見ると、彼女は唇を噛み締めなにかに耐えているような表情をしている。


なぜ、そんな表情をしているのかわからなかったが、しばらくしてその理由がわかった。




目の前に現れたのは二人の石化した人間だった。


俺よりも十歳ほど年老いており、状況と鑑みると夫婦だったのだろう。


俺を握るイズミの手がわなわなと震える。


それとともにイズミは何かをボソボソと呟いた。


幸か不幸か、防護服のマイクはその微細な音声すら拾ってしまった。


「お父さん、お母さん……」


「イズミの…… 両親?」


「うん」


涙ぐんだ声で返事をする。




再度、海へ向かって歩きだし、その途中でイズミの両親について教えてもらった。


イズミの両親は不運にもシェルター内で汚染されてしまった。


余命が明示されながらも、どうすることもできない絶望を抱き、シェルターから逃走した。


自分の娘に死を見せたくなかったのだろう。


だが、当時幼かった彼女は、両親は自分を捨てたのだと勘違いした。


「もう、わかってるんだけどね。二人が何を考えていたのか」


気持ちの整理がついたようで先程よりも声色が明るくなってきた。


「でも、どうしても体に遺ってしまってる。あの感情が……」


泣きそうなイズミの手を強く握ることしかできなかった。


それ以外、何をすればいいのかわからなかった。




波が浜辺に打ち付ける音が聞こえる。


想像していたよりもずっと心地よく、いつまでも聞いていたい音だった。


海の色も写真で見ていたよりもずっと美しく、心が洗われるような感覚になる。


「きれい…… 写真で見たよりも、想像してたよりもずっと……」


イズミは目を輝かせる。


そして、左腕に付けられている装置を操作し、ヘルメットを外した。


「ちょ……」


静止しようとしたが、イズミは防護服とその下に着ていた衣服もすべて脱ぎ去った。


生まれたての姿になったイズミは大きく深呼吸し、胸いっぱいに空気を吸い込む。


満ち足りたような彼女の姿を見て、俺も防護服のヘルメットを取って着ていた服を脱ぎ捨てた。


太陽は高く登り、その光に照らされて水面はキラキラと光る。


「広いね……」


「うん」


「寂しいね」


「……うん」


静粛が訪れた。


ザーザーという波の音だけがあたりを取り巻く。


「ハルヤ」


「うん」


「なんでみんな…… 私を置いていくんだろう」


眩しさから細めた目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「みんなみんな…… 私の大切な人は、私より先に逝っちゃう……」


「イズミ」


どうしてもいられず、イズミを強く抱きしめた。


「大丈夫…… 俺はイズミを置いていかない」


その言葉を聞いたイズミは腕を回し、体を強く引き付ける。


「ほんとに?」


涙で震える声で確認を取る。


「本当に。世界は一つだけだ。たとえ死んでも必ず会えるさ…… 絶対に会いに行く」


「ハルヤ……」


お互い、より強く体を引き寄せ合う。


お互いの肌の感触、体温、自分にはない別のなにか……


二つが相交わり、とろけて一つになっていくようだ。


すると、唇に別の感触を感じた。


イズミからの信頼、そして約束の口づけ。


そしてお互いの味を確かめ合うように舌を絡め合う。


電子レンジで温めたチョコレートのようにとろけ合う二人。


傍から見たら裸の男女が海辺で抱き合っているだけに見えるだろう。


けど、ここには二人しか見えない世界が確かに存在している。


 気づくと石化が進んでおり、体の末端は体温を感じない体になっていた。


それはイズミも同じ。


けれど、心だけは冬場の暖炉のように優しい暖かさを灯していた。








透き通るほどの青い海。


その海岸線に二人の人間の石像が立っていた。


それは、どこか物悲しさを感じさせると共に、雪すら溶かせてしまいそうな暖かさを確かに纏っていた。

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