第1話:鉄道マニア、異世界に落ちる ―A. 鉄道マニアの夜―
夜更けのアパートに、軽やかな「カチカチ」という音が響いていた。
音の正体は、精密ドライバーでネジを締める音。
その中心に座る男――東堂悠真、二十五歳。
壁一面には鉄道模型、吊り下げられた時刻表、棚には歴代の時刻表総集編。
机の上では、複線レイアウトのミニチュアが光を放ちながらぐるぐると走っている。
現実では平凡な六畳一間。だが彼にとってはここが“夢の車両基地”だった。
「よし……半径二百八十ミリのカーブも完璧。これで“異世界鉄道網構想Ver.7”完成だ……!」
悠真はにやりと笑う。
CADで設計した線路配置を3Dプリンターで出力し、現実に組み上げる。
一般人から見れば奇行だが、本人にとっては立派な“準備”である。
「次は発車アナウンス録音っと……“本日もご乗車ありがとうございます。まもなく――”」
「……あ、コーヒー冷めたな。」
机の端に置いていたマグカップを取ろうとした瞬間。
――バチッ。
不意に手がPCの電源コードに触れた。
コードの被膜が微妙に剥がれていたのか、火花が弾ける。
「うわっ!? ま、待ってこれ感電――ギャーーッ!?!?」
次の瞬間、視界が真っ白に染まる。
音も、空気も、すべてが遠ざかっていく。
走馬灯のように、これまでの人生が脳裏をよぎった。
鉄道イベントに行き過ぎて恋人に振られた記憶。
会社面接で「趣味は?」と聞かれ「通票交換です」と答えて落ちた記憶。
そして、完成したばかりのレイアウトに涙した夜。
――最後に見たのは、机の上の小さなレールだった。
「……なんで俺、架線集電方式で死ぬんだよ……」
自嘲気味の声が、白の中に溶けていく。
だがその瞬間、彼の周囲に異変が起きた。
模型のレールが、まるで意思を持つかのように震え――光を帯びて伸び始めた。
それは机を、部屋を、アパートを突き抜け、無限に続く“光の線路”へと変わっていく。
車輪の響きが聞こえる。
遠くから、懐かしい汽笛の音が響く。
次の瞬間、悠真の体がふわりと浮かび上がった。
「えっ、ちょ、まっ……え、これ、まさか――転生列車!?」
叫びも虚しく、彼の姿は光に飲み込まれた。
夜の街に、誰も聞く者のいない「出発進行!」の声がこだました。




