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White Out  作者: おむすび
4/5

第4話

これだけ自分のことに集中したのはいつぶりだろう。

将来のことばかり考えて、とにかく貯金だけして、日々を無味乾燥に生きていた。

そんな生き方が、現代における正解だと思っていた。


「ハアッ・・・ハアッ・・・」


回廊を走り抜け、無我夢中で走っている。

刺された脇腹が痛むが、さほど傷は深くなかったのかまだ大丈夫だ。

大丈夫・・・大丈夫か?


「・・・なんだ?」


あの部屋から逃げるように飛び出してから、色々と気づいたことがある。

石畳の城壁、騎士の甲冑、大袈裟な絨毯に、派手な彫刻が施された手すり。


部分部分を確認するだけでも、ここが日本ではないどこかだと言うのが嫌でもわかる。


部屋を出てから、まず最初に目についたのが階段だった。

出口をさがそう。

そうなれば、まず降りてからだ。


そして降りてまっすぐ走り、一番大きな扉を開ける。

すると、目に入ってきたのは、高さが20mもあるような大きな本棚、

そしてそれが永遠に両傍に並べられている、図書院だった。


本棚に並べれらている本を一つ一つ確認するが、分厚くてとても大きい。持てたもんじゃない。

おおよそ人間が管理できるようなものではないと感じた。

見知らぬ言語が延々と連なっているのを見ると頭が痛くなる。


「昔はよくここにきていたの」


後ろから声がして、振り向くとやはりそいつはいた。

懐かしむように本棚を眺めている。


「ここで働いていた司書のセンスが良くてね。私は彼女のおすすめを良く読んでいたわ。主に英雄譚が多かったけど。」

「そんな、読書を愛するような、寡黙な女の子には思えないけど」

「失礼ね。運動の方が苦手よ。」


そう言うと右手をかざす。本棚が揺れ始める。部屋が鼓動する。

瞬間、分厚い本が飛び出し、サトウに向かってきた。


「!」


緊急回避して、本が地面に落ちると、生き絶えたかのように動きを止めた。

初めて魔法らしい魔法を見た気がする。


ゴゴゴゴゴ・・・


まだ本棚は揺れている。

急いでその場から離れ、近場の机に身をひそめる。

瞬間、けたたましく机に本がぶつかり、鈍い音が頭の中に響く。


「おい!冷静になれよ!俺を殺したところでどんなことが起きるかわからないだろ!

この世界が俺とお前が望みあって生まれた世界なら、、、」


サトウはそこで言い淀む。


「あなたはあなたのいない世界を望んだ。そして、私は私の命を、国の再興を望んでいる。いい加減なんども言わせないで欲しいわ。実現するのはどちらかよ。どちらかが死ねば、成立するの。ふふふ。」


しかも、互いに死にかけの状態だから、相手の命を代償に自分の願いを叶えられるってか。

言語道断だ。


「・・・お前のことはつくづく可哀想に思う。」

「情けはいらないわ。これから成功するのだから。」

「けど、こうなってきたら、俺も自分の命が惜しくなってきたよ。」

「それは良かった。抵抗してくれた方が心置きなく殺せる。」


「・・・お前より小さい願いだけど、思い出したよ。本当の願いを。」

「・・・」

「・・・」


女はそれを聞いても、何も反応しなかった。

机の裏で、サトウはそれを感じた。


「そう。良かったわね。関係ないけど。」


王女はそういうと、大きく息を吸い込んだ。

「ãã“ã«ã¡ã¯」


聞きなれない言葉が聞こえたと思うと、背中が爆発した


「うわッ!!!」


転げ回りながら王女を確認すると、手のひらの上に、光のようなものが浮いていた。

あれも、おそらく魔法か何かか。


「・・・クッ」


受け身を撮り、その場から逃げ出す。

まっすぐ走れば扉とかがあるはずだ。

いや、俺がそう願えば、あるはずだ!


「はあ。めんどくさい。やっぱり閉鎖空間じゃなきゃダメね。」

女は髪を一本取り、宙に浮かせると、再度呪文を唱える。


「ä½Â好」


グンッ


体が急に重くなる。

いや、違う、体が後ろに引っ張られている・・・!


(なんだこれ!?まるで重力が・・・)


ふと引き寄せられている方向を見ると、王女が次の呪文を唱えていた。

まずい!


「ä½Â好」」


完全に壁が地面になり、頭から落ちていく


「わああああ!!!ガッ!!」


落ちてきたところを狙って、王女が右手で首を掴んだ。

危うく舌を噛むところだった。


「バイバイ」

女はいつの間にか左手に持っていたナイフをサトウに向ける。


(クソ!)


瞬間、サトウは考えた。こいつがこんなことが出来るなら、俺にも何かできるんじゃないか!?

ナイフが深くサトウの鳩尾に入る・・・感触がなかった。


「・・・?あら?」

「!!」


それはリュックだった。常に、電車で揺られていた時に前掛けしていた、あのリュックだった。

(いや心許ないな!でも良い!)


「おらっ!」

「ッ!!」


女に膝蹴りを喰らわせる、まともに顎に入るが、同時に首から手が離れる。

その瞬間

(重力が、まだ・・・!)


お互いにバランスを崩し、足場が崩れる。

そして壁に向かって、頭から落ちていく。


(!!!)


思わず目を瞑り、衝撃に備える。

しかし着地の瞬間、思ったより柔らかい感触が身を包む。


(・・・なんだ?)


恐る恐る目を開けると、それはベッドだった。それもかなり見覚えのある。


(これ実家のベッド・・・てかここは)

見渡すと、やっぱりそうだ。

ここは実家だ!


急いで部屋から出て、一階に向かう。

階段を降り、リビングに出ると、そこにはあの王女も目を丸くしてそこにいた。

どうやらソファの衝撃で耐えている。


「・・・なるほど、そういうこともできるってわけね。」


リビングでナイフを持つ王女と戦うことになるなど、夢にも思ったことはなかった。

いや、もしかしたらこれがその夢かもなんて


「ここは、俺の居場所だ。ここに、ここにまだ帰りたい。それが俺の願いだ。」

「・・・たったそれだけかしら。」

「それだけで十分だ。」


いい加減攻撃しないと。

そう思い、構えた。

ナイフが怖いが、それでもこの場所で死ねるのなら、そんなに嫌じゃないとすら思えた。


サトウは目を瞑った。

あの時のことを思い出した。親父を殴った時のことを。

その時、手元に何かが現れた感触を感じた。

ゆっくり目を開けると、握っていたものは木刀だった。


「・・・へえ」


王女は好奇な目でサトウを見つめる。


「あなたも、それだけの意思の強さを持っていたってことね。」

そう言うと、まっすぐ飛びかかってきた。


迷わず木刀をかまえる。上段の構えだ。

防御ではなく、攻撃だ。


間合いに入った途端、思いきり斜めに振り下ろす。

分かりやすすぎる太刀筋に皇女は空いている右腕で木刀を受けようとする。


バキッ!

「・・ウッ!!」


王女の表情が苦悶に変わる。想定以上の衝撃だった。

いや・・・この世界では道理など働かないか。

突き刺すはずだったナイフを持つ左手に、力が入らない。

勢いが落ちる。


「ハアッ!!」

怯んだ王女に対して、隙を与えまいと半身引き、

突の姿勢に入る。そして王女の首に目掛けて腕を突き出す。


咄嗟に腕をクロスする王女。

「・・がはッ!!」


モロに当たるが、その衝撃は凄まじく、リビングの壁を突き抜けて道路に転がる。


「・・・暴力は嫌だな。やっぱり。」

「・・・癪に触るな。その態度。」

「諦めてくれ!右腕も折れただろ!また変な動きをすると次は足を狙うぞ!」


サトウは道に出て、ふと、その世界がまた知らない場所に変わっことに気づく。

目の前が崖で、広大な海が眼前に広がっていた。

顔に潮風があたって、落ち着きを取り戻す。


王女も、同時にこの場所に驚きを隠せないでいた。

痛みに顔を顰めつつ、こちらに振り向きなおる。


「・・・死を意識するほど生を渇望する。」


王女の顔は晴々としていた。

両手を広げる。


「全ての民よ。私に力を。」


そう言うと、いつの間にかナイフは、白くひかり、刀身が伸びてゆく。

それは、真っ白な美しい刀へと変貌した。


「・・・最後にしましょう。」

「ああ」


お互いに構える。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


きっとこいつにも、有無を言えぬほどの過去があったに違いない。

おそらく、それは今自分が生きている世界からしたら

とてつもなく血生臭く、残酷で、無慈悲なもの。


猛烈な剣戟を交わしながら、サトウは思い至る。


俺は・・・明日の食費とか、人間関係とか、そんな閉ざされた世界の

自分だけの世界の中でしか生きて来れなかった。


縦の袈裟斬りを、間一髪で避ける。

耳の感覚がなくなる。熱い何かが流れているのを感じる。


それでも、もう一度で良い。俺は家に帰りたい。


鍔迫り合いの最中、木刀が割れる。

その瞬間、足で女を蹴り、距離を取る。


女はこちらを見据える。


「ここまで粘るとは・・・想定外よ。」

「母親より先に死ぬバカな息子にはなりたくないんでね。」


感覚でわかる。この世界の影響か、今の自分の膂力はとてつもないことになっていた。

力の入れ具合を間違えたか、木刀の耐久度が思ったより弱かった。

女は少し体を傾けて、少し上目遣いにこちらを見ている。


次の一手で決まる


初手、サトウは駆け出した。


獲物のないサトウ側が近づき、一瞬不意を突かれた王女。

刀を構え直し、縦に振り下ろす。


サトウは分かっていた。これまでの戦いで、王女の咄嗟の攻撃は、いつも縦振りの斬撃だと。

だから、サトウがこれから、どこにダメージをくらうのか、どこを失うのかも覚悟ができていた。

覚悟ができていたから、止まらなかった。


瞬間、サトウの右の視界が真っ暗になった。

しかし、勢いを止めず、前に腕を伸ばした。


王女は驚き、重心を後ろにそらした。

それが、彼女の足元をもつれさせた。


「・・・はっ!!!」

「うおおおおおおお!!!!」


サトウは王女の首を掴み、そのまま崖から身を投げた。


世界がスローモーションのように感じられた。



言葉もかわさず、お互いの顔を見合って。

最期にサトウが見た光景は、苦悶の表情でも、怒りの表情でもなく、


穏やかで憂いを帯びた、王女サリアの瞳だった。

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