王太子になりたい王子と、自称天才魔導士長が、悪意なく召喚をやらかした話
「なあ、どうして兄上の方が王太子に相応しいと思われてるんだ。僕の母上は正妃なのに」
「そりゃあ、ヘリオス殿下は、知力、体力、統率力に加え、冷静で公平で温和で、しかも万人受けするイケメンでしょう」
「僕だって、それなりに色々優秀だろう?」
「ええ、それなりに、ですけどね」
「顔だって、可愛いぞ」
「可愛いが評価されるのは、せいぜいあと数年でしょう」
「お前、僕の乳兄弟だろう? もう少しひいき目に見てくれてもいいだろう」
「ひいき目に見て、今言った評価ですが。それに、正確にはヘリオス殿下の乳兄弟です」
「ううう・・・、兄弟の兄弟なら、僕とも兄弟だ」
「なんだってそんなに王太子になりたいんです?」
「王太子になれれば、王様になれるだろう?」
「時期がくれば、そうなりますね。王様になりたいんですか」
「それはそうだろう、国でいちばん偉いんだぞ。格好いいではないか」
「そんな発言している時点で、格好悪いですよ」
「あと2か月の間に、兄上を上回る何かを成し遂げれば何とかなるか?」
「具体的に案があるのですか」
「うーーーーーーーーーーーーーーーーん」
「思いつかないのですね」
「そうだ! 聖女を召喚するのはどうだ?」
「召喚できたとして、どうするのですか」
「瘴気を払って、魔物を退治させるのだ」
「我が国に瘴気とか魔物とか、ありませんし、いません」
「そうなのか?」
「殿下、昨日何を読みました?」
「アイリーンが昨日寝る前にやってきて、本を読んでほしいとねだったのだ。その話の中に出てきたぞ」
「なにがです?」
「瘴気と魔物と、それを退治する聖女だ。召喚されてやってくるのだ」
「アイリーン様の絵本ですね。子供向けの夢いっぱいのファンタジーですよ。そんな話を信じないでください」
「でも、兄上も、本を読んで賢くなれと言ったぞ」
「そういう本のことではありません」
「いいから召喚するのだ。うちの国でも召喚した例があると、魔導士長から聞いたことがある」
「そんな古の魔術が復活しますかね」
「地下3階の立ち入り禁止の部屋には、召喚の魔法陣があると、僕は知っているぞ。一度魔導士長の後をつけたのだ」
「あの魔導士長は考古学者でもありますから、なんらかの文献を発掘したのかもしれませんね」
「でも、成功して聖女様が召喚されたら、年齢的にもヘリオス殿下のご伴侶になられるのではないですか」
「なんだと! ますます兄上が有利になるではないか。僕が召喚したのなら、僕と結婚するのだ」
「15歳のヘリオス殿下と、8歳のメリクリウス殿下では、たぶん勝負になりませんよ」
「じゃあ、聖女の召喚はやめる。すっごく強くて優秀で、魔法も使えて、とにかくすごい勇者を召喚する。召喚して、僕の言うことを聞いてもらう」
「何が出ても知りませんよ」
「準備はいいか、魔導士長」
「はい、私にお任せください。天才の名をほしいままにしたこの魔導士長、かならずやメリクリウス殿下のご期待に応えてみせましょう。
では、私の呪文が一区切りしたところで、殿下のお声で、召喚の希望を述べてください。長すぎず、簡潔に、言葉が間に合わなかったら、頭の中にイメージも追加してください」
「わかった」
しばらくして、天才魔導士長渾身の呪文が、召喚室の中央にある古い魔法陣を輝かせた。
呪文が止んだ。
「勇者よ出てこい。賢くて、強くて、優しくて、最高で、最強の、僕のための勇者を召喚するっ!」
メリクリウスが言い切ると、一瞬、眩い光が満ちて、それが落ち着くと、魔法陣の中央に、背のすらりと高い男が、背中を向けて立っていた。
「勇者よ!」
メリクリウスが駆け寄ると、背の高い男は振り返った。
「え、兄上?」
「どうした、メリクリウス。こんなところで召喚ごっこか」
「なんで、ここに」
「お前に呼ばれた気がしたぞ。召喚に身を任せたら、ここに来た」
メリクリウスは、上から見下ろしてくる自慢の兄、ヘリオスに向かって叫んだ。
「兄上の、ばかーーー!」
メリクリウスは、しゃがみこんで、イジイジと足元の魔法陣を指でなぞった。涙が出そうなのを、見られたくなかったからだ。
「メリクリウスは、何を怒っているのだ?」
「殿下の思う、最強で最高の勇者が、自分の兄君だという、現実を思い知らされたところです」
「ふふ、メリクリウスは、可愛いな」
「はい、私もお仕えする毎日が楽しいです」
「だが、この素直さにつけ込んで、担ぎ出そうとしてくる輩が現れるかもしれぬ。しっかり守ってくれよ」
「御意に」
「魔導士長も、ご苦労だった」
「いえ、私はまだまだ精進が足りないと思い知りました。わずか50メートルの範囲にしか、召喚が利かないとは想定外です。次こそ、異世界から真なる勇者を召喚して見せましょう」
「ほどほどにな」
かくして、2か月後にはヘリオスが立太子し、その威厳ある立ち姿に、メリクリウスとアイリーンはうっとりと見とれたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。