第3話 勝利とKOの葛藤
~ 幸先よく、ファーストコンタクトのボディアッパーでダウンを奪う ~
レフェリーがカウントを数える。
135あったチャチャイのHPの表示がみるみる減り、30/135で止まった。
だけどこのくらいなら起き上がって来るな。序盤だからな。まだ元気一杯だろう。
やはり、チャチャイはカウント8で起き上がり、ファイティングポーズを取った。寝てた分、ダメージは少し回復して、HPは40。
予想通り、残り2分、奴は逃げ回るばかりだった。亀のようにガードを固め、俺がパンチを放っても、全く出てこようとしない。まあ、あと一発喰らったら、このラウンドはヤバいからな。割り切ってるんだろう。
残り10秒の拍子木が鳴って、しばらくしてゴング。チャチャイはホッとした様子で、ブーイングとともに青コーナーに引き上げる。そんなんじゃ、くじが売れないぜ。
場内のビジョンに眼をやると、ポイントは10―7。ダウンの2点と、チャチャイの消極的な姿勢で1ポイントが減算されたようだ。「負けたくないなら、被弾覚悟で前に出ろ」ということだな。
赤コーナーの椅子に腰かけると、レイチェルが、「ナイスラウンド。いい感じよ。相手はダメージ大きそうだから、チャンスあったら倒しに行こう」と言って、俺の胸に優しく手を置き、ヒールを当ててくれる。さすがだ、効きがいい。100/160だったHPは20秒ほどで満タンになった。
見ると、リングサイドの委員長席で、協会お付きのヒーラーが魔法感知して、秒数を測っている。30秒を1秒でも過ぎると1ポイント減算だ。
もちろんパワーアップ系の魔法や、内緒でポーション飲んだりするのも反則だ。
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さあ、第2ラウンドのゴングが鳴った。青コーナーでは、アンジェラが必死にヒールを当てたが、チャチャイのダメージは大きく、満タンにはならず、95/135。
始まったものの、チャチャイが出てこない。ガードをガッチリ固めて、そこに俺が打ちに行くと、打ち終わりにカウンターを返すだけだ。おいおい、それじゃ勝てないだろう。ポイントで負けてるんだぞ。ジャブを搔い潜ってインファイトしないとダメだろう。ブルってるのか?
俺は、もう、ガードの上からでもお構いなしにパワージャブやハンマーパンチ(上から下に打ち下すパンチ)を浴びせて行く。なにしろ俺の方が現状で4㎏は重いはずで、階級は実質2つ半も違う。ガード越しでもチャチャイのHPはだんだん減っていく。こいつ、どうも打たれ弱いんだな。優男だもんな。色男なんとやら、か。
そのようにして第2ラウンド、第3ラウンドと進み、いずれも俺の10-9。トータル5ポイントリード。
ただ、観客のストレスはMAXだ。これじゃ娯楽にならない。試合が死んでる。
チャチャイにブーイングが浴びせられるが、俺だってストレスが溜まるよ‥‥‥。
だけど、コーナーの下から、洋子会長が、「オダジマ。いいペースよ。このままでいいからね。これ勝ってイノウエ戦が本番なんだらね。無理すんじゃないわよ!」って声掛けてくる。わかってるって。俺は既に一敗してるし、全勝記録関係ないもんな。判定で十分だ。
と思ったら、レイチェルが胸にヒール当てながら、俺の耳に息を吹きかけ、
「あたしはKOがいいな。マネー倍になるのよ‥‥‥。あんた、あたしの見込んだ強い男なんでしょう? ねえ、頑張ってよ。相手はどうせ前に出てくるしかないし、かっこよくカウンターで仕留めてよ‥‥‥」って、鼻にかかった色っぽい声を掛けてくる。
ううむ、味方から全然違う意見が‥‥‥。どうすりゃいいんだ。俺。
向こうは向こうで、チャチャイがアンジェラに怒鳴られてる。
「あ・ん・た・ねー(怒)、こんな腰抜けだとは思わなかったわよ! 亀みたいに閉じこもったまま判定で負ける気? そんなことになったら、二度とチャンス回ってこないわよ。ちゃんと前に出なさいよ!」って、般若みたいな形相で叱咤したあと、急にしなだれかかって、指で胸をツーってしながら、「ねーえ、あんたの男らしいピストンパンチ見せてよ‥‥‥、昨夜だってずいぶん頑張ってくれたじゃないの‥‥‥。ねえ、アレ、お願い♡」とか言ってるぞ。
まあ、色仕掛けで選手を奮い立たせるのも、この競技のウリだからな。だけど、昨日そんなことやってたから、今日腑抜けになってんじゃないのか、アンジェラちゃんよ。
ああ、だけど、今のでチャチャイの眼に再び闘志が灯ったぞ。これは来るか?
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第4ラウンド始まった。俺のHPは満タンの160。チャチャイは90。
おっと、やっぱり出てきたぞ。
もはや俺のリードジャブを払うこともせず、被弾しながら、強引に懐に潜り込んでくる。おお、これが奴のお得意、ピストンパンチか! 身体を密着させて、細かいボディやアッパーを矢次早に打ち込んでくる。止まることを知らない。これはまるで蒸気機関車だ。
俺は、冷静にチャチャイの顔と脚の位置を観察しながら、どれもちょっとずついなすが、やはりこれだけ手数があると避けきれない。何発か細かいのをボディに打ち込まれた。
俺のHPは140に減った。奴はパンチ力もあまりないし、まだまだ大丈夫だが、この勢いはどこかで止めないとな。
だから、少々見場が悪いが、俺はチャチャイの両腕を内側に抱え、クリンチする。
チャチャイは腕を振りほどこうとするが、俺はフニャーんと力を抜き、左右にダランダランと体を振る。奴は、4㎏重い体重を掛けられ、脚を踏ん張り、腕も抜けず、ただでさえ少ないHPを消耗していく。
「ブレイク!」 ようやくレフェリーが間に入り、俺たちを分けた。
チャチャイはさっきのラッシュとクリンチでだいぶ消耗したな。残りHPは55。ピストンパンチはもう無理だろう。
と思ったら、チャチャイは、それでもひるまずに果敢に向かって来た。おお、お前、カッコいいじゃないか。これはアンジェラちゃんも惚れちゃうぜ。
だけどな、お前、もう駆け引きもタイミングも忘れてるだろ。隙だらけだ。
俺は、チャチャイの突進に合わせて左足を踏み込んでジャブ当てるふりをして、スッと左にサイドステップを踏む。今日初めてやるディフェンスだ。無我夢中で飛び込んだチャチャイの眼の前から、一瞬俺が消えた。
俺は、ここだぜ。
俺は、すぐ目の前で半身になっているチャチャイに、身体を高速で右回転させながら右のボディアッパーを打ち込んだ。俺の拳が丁度チャチャイのレバー(肝臓)にめり込んた手応えがした。
残忍なパンチだ。これはもう立ってられないだろう。