第2話 第1ラウンド 格の違い
~ オダジマがチャチャイを挑発して乱闘になった後 ~
ようやく両陣営とも落ち着きを取り戻し、両コーナーに散った後、リングアナから選手紹介。
先にチャチャイと、セコンドのアンジェラがコールされた。褐色の南方系エルフだ。さっきは憎たらしかったが、落ち着いて見てみると、小柄だが出るとこが出た素晴らしいプロポーションだ。肌に合わせたアンバー(薄茶色)の極小ビキニを身に纏っている。
まるでこれはアレだな、亡グシケン会長が好きだった、ええと誰だっけ、ああ、アグネス・ライムちゃんみたいだな。会長、よくパチンコでライムちゃんやってたっけ。
俺が、そう考えながら、アンジェラの深い谷間を凝視していたら、横からレイチェルが、
「ちょっと‥‥‥。どこ見てるのよ?」って、銀色の綺麗な眉根を寄せて、つついてきたので、
「いや、『お前と比べちゃ可哀そうだな』って思ってたんだ」って返したら、
「ふふーん。そう?」って満更でもなさそうに微笑んで、柔らかな胸を俺の肩にギュッてしてくれた。ああ、いい感じで緊張もほぐれていくな。
続いて、リングアナから、暫定王者である俺とレイチェルの二選手がコールされ、割れんばかりの歓声の中、俺はガウンを脱ぎ、今日のために鍛え上げた肉体美を披露した。
前日の計量を61㎏ジャストでクリアした後、一日かけて水分と炭水化物を入れて回復に努め、今日は68㎏で仕上げてきたんだ。
場内のどよめきをよそに、俺は余裕の表情で目をつぶり、パンプした筋肉をピクピク隆起させて威圧のオーラを発し、チャチャイに見せつける。
観客も、「うっわ。オダジマ、すげーよ! ムキムキのキレキレ」
「なにあれ。ホントにボクサーか? まるでビルダーだ」って驚いている。
確かに、俺はWBWEのボクサーの中では、抜きんでて筋肉質だろう。
もともと、俺はボディビルダーで、コンテスト前の減量のためにジムに通ってボクササイズしていたんだが、25の時に前会長から声を掛けられて、当時彼女だったレイチェルと一緒にWBWEに転向してみたら、あれよあれよと勝ち進んでしまったんだ。
あれから10年、まさかあのイノウエと世界戦を戦うことになるとは思わなかったけどな。
選手紹介の後、双方がコーナーに戻り、椅子に座って、試合開始を待つ。レイチェルは俺の胸をさすってリラックスさせてくれている。
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場内のビジョンに目を向けると、それぞれの選手のHPとMPが表示されている。
俺のHPは160、チャチャイは135。数値はラウンド中も刻々と変化する。Max値では俺の方がスタミナがあるが、打たれ弱い奴は一気に減るので、あくまで目安だ。
レイチェルのMPは120、アンジェラはそれを超える155。
しかし、レイチェルの魔法レベルは58、アンジェラは40だから、スキルにだいぶ差がある。要するにレイチェルは、ヒールの効きはいいが、回数が使えないということだ。ただ、アンジェラのレベル40も相当に優秀で、レイチェルの58がむしろ特別と言えるだろう。トキオシティでも、その上は一人しかいない。
それはレイチェルのお師匠さんで、もはやレジェンド級のレベル75だが、今は老人ホームに入っている。すでに500歳を超えてボケが入っており、ときどき、杖を持ち出して「フガフガ」とポセイドン(攻撃魔法)を出してしまって、「ドッカーン!」と大騒ぎを起こしている。
もちろん、居室と施設には強力な防御結界が施されているので大丈夫だ。レイチェルも時々赴いて結界の補修をしている。
おっと、試合に集中しよう。試合は3分5ラウンド。ボクサー、セコンドともに消耗が激しいので、それ以上はできない。但し、KO決着にならなかったときだけ、延長で第6ラウンドに入る。
そして、ラウンドごとに、セコンドのエルフが30秒だけヒールを当てることを許されている。大きなダメージを負わない限り、各ラウンドごとにパワーは全回復するので、いきおい、試合は壮絶な打撃戦となる。
とはいえ、当然のことだが、ダウンすれば自力で立ち上がらないといけないし、もちろんテンカウントならKO負けだ。
但し、ダウンしても、セコンドの判断で「ヒール!」のコールが入れば、試合を通じて一度だけだが、リング上で10秒間のヒールを当てることが認められている。
殆どKO状態で10秒程度のヒールでは、HPは半分も回復しない。だが、このファイナルヒールは5ポイントも減算されるので、起き上がったらもう逆転のKOを狙うしかない。とはいえ、足元フラフラ状態なので、逆に返り討ちにあってKOされるパターンが殆どだ。
結局のところ、WBWEは、派手でスカっとした結末を好むファンのために、様々な仕掛けをしてKO決着に導いているんだ。
ファイトマネーもKOなら満額貰えるが、判定なら半分だけとなり、次戦のKO決着の賞金に回されることになる。また、ファンが購入する「ボクシングくじ」(このダサい命名、何とかならんか?)の1%は、投票のあったボクサーとセコンドに支払われることになっているが、それも判定決着なら半分だ。
ちなみに、この1%は案外バカにならないので、選手にとってファンの人気はとても大事だ。そのため、セコンドの美女エルフたちが競ってセクシーな衣装で登場し、ファンの喝采を浴びるというのが、この競技の特徴だ。
と、そこで、(まだかよ)って、俺が競技委員席をチラと見たら、ああ、今ハンマーに手を伸ばしたな。
さあ、ゴングが鳴った。いくぞ、大勝負!
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間に入ったレフェリーが、「ボックス!」(ファイト、の意)と声を掛け、右手をサッと上げた。俺はチャチャイとグローブを合わせて対峙する。
どちらも構えはオーソドックス。右後ろ、左前だ。
お互い、身体を細かく振りながら牽制し、タイミングを計る。
‥‥‥ん? ガードの間から見える眼に光が灯っていない。奴から威圧感を感じないな。
おいおい、大丈夫か。イノウエの闘気はすごかったぜ。正対しただけで、(こいつは過去一番ヤバい奴だ)ということが一瞬で分かった。眼光なんて猛禽類、黒ヒョウのようだった。できることなら逃げだしたい衝動にかられた。しかし、実際に拳を合わせてみたら、かなりいい勝負になったわけだから、俺も同じくらい強かったわけだが、初めて見る最強王者の全身から立ち昇るオーラに圧倒されたのは事実だ。
多分、チャチャイは、楽な相手を選んで大事に育てられてきたんだろうな。今までこんな相手と当たったことがなかったんだろう。どうだ、俺はイノウエと同じくらい強いんだぜ。怖いだろう?
とは言っても、スタコラ逃げ出せるはずもないから、恐怖を振り切って向かって来るんだろうな。おお、やっぱり。チャチャイは低く構えてハイガードで顔面をディフェンスしながら、飛び込む機会を伺っている。身長もリーチも劣っているから、インファイトでボディやアッパーを次々繰り出すほかない。
俺は飛び込めないようにノーモーションでリードジャブを当てる。リーチが7㎝違うから、俺のジャブは届くが、チャチャイは届かない。奴は俺のジャブを嫌ってパーリング(手で払うこと)で弾く。いいさ、どうせこんなジャブ当たったって効きやしない。
だけど、こんなこと続けているとポイントでリードされるから、奴は必ず飛び込んでくる。
俺はリードジャブを2発放って、反動で左手が戻ったのと同時にスッと10㎝踏み込んだ。体重を乗せて左を伸ばす。おっと、ドンピシャだ、そこにチャチャイが飛び込んで来た。
俺の踏み込んだ10㎝とチャチャイの20㎝が合わさって、30㎝向こうの的をパワージャブで打ち抜いた。もう殆ど左ストレートだ。こんなのパーリングで弾けるわけがない。
俺の左が顔面を捕らえ、チャチャイの顎が上がった。俺はさらに一歩踏み込んでワンツーを放ちにかかる。チャチャイの眼を見ながら、右半身を回すと、奴はスウェイバックは間に合わないと見てハイガードを固める。顔面の致命傷だけは避けようとしている。
いいぞ、フェイントにかかったな。
俺はストレートでもフックでもなく、右斜め下の軌道からショートアッパーをみぞおちに打ち込んだ。「ズボ」って、手応えがあった。
瞬間、チャチャイの身体が「く」の字に浮き上がり、苦悶の表情を浮かべて腹を抑え、ああ、たまらずに座り込んだ。
ファーストコンタクトでダウン。
幸先いいじゃないか。だけど立ってくるかな?