第1話 真夏のトキオシティ タイトル挑戦者決定戦
於 ランドアース星 トキオシティ 2×××年7月×日
俺は今、移民星「ランドアース」のトキオシティ中心部に建つ、「ゼンラクエンホール」の選手控室にいる。この星のボクシングの聖地だ。
俺の傍には、エルフのレイチェルが静かに寄り添い、ルビーレッドの大きな瞳を不安げに伏せ、グローブの上から俺の手をさすってくれている。祈りを込めるかのようだ。
耳を澄ますと、ドアの表では、対戦相手の登場曲、ジルベスタ・ストローンの「ラッキー4」のテーマが流れている。今入場しているところだな。俺は、目をつぶって息を吸い、集中を高める。
と、そこで、静寂を破り、俺が所属するコメクラジムのオーナー、グシケン洋子会長から
「ちょっすねー! そろそろ試合始まるわよ! ウチのジムの存亡がかかってるんだからね、頑張るのよ、オダジマ!」と、ダミ声で発破が掛かる。
呼応して俺がカッと目を開き、 「よしっ、行くぞ!」と立ち上がって赤いタオルを首に巻いたら、レイチェルが白地に紺色の昇り龍をあしらった昭和チックなシルクのガウンをかけてくれた。会長が今日のために無理して新調してくれたんだ。
場内からは、
「さあ、続いて、WBWE(World Boxing With Elf)ライト級暫定王者、ストロング・オダジマ、及び、セコンドのレイチェル『選手』の入場です!」とのアナウンスが響き、洋子会長が俺の頬っぺたを両方からパンパン叩いて、気合を注入してくれた。
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WBWEは、このランドアースの格闘技の中で最も人気が高い。
簡単に言うと、ヒューマンのボクサーとエルフのセコンドがペアを組み、ラウンドごとにエルフがヒールを当ててダメージを回復させることで、ボクサーが全ラウンドをフルパワーで戦えるようにしたものである。
ボクサーがスタミナ度外視で打撃戦を展開できることから、試合は殆どがスリリングなKO決着になり、かつ美人のエルフがきわどい衣装を競い合う「女の闘い」も見られるため(対戦はしないが)、目の保養にもなる。
目の肥えたファンもライト層も取り込んだ、エンタメ性あふれた競技と言える。
さあ、扉が開いたぞ。眩しいライトとファンの歓声が流れ込んできた。
すごい! 3000人は入っているだろうか、ゼンラクエンホール満員の観客から「オダジマー!」「レイチェルー!」と大きな歓声が飛び、スポットライトが俺たちを照らす。
俺たちは、ライトが舞い声援が飛び交う中、登場曲「ヒロシのズンドコ節」に乗って、ゆっくりと入場した。亡くなったグシケン会長が好きだったんだ。曲を聞いた観客がわざとらしく「ズルっ」と脱力するのが、俺の試合のお約束だ。ファンもよく心得てるな。ちなみに、昭和チックな「ストロング・オダジマ」のリングネームも亡会長が付けてくれたんだ。今では俺もお気に入りだ。
先頭は、亡会長の遺影を持った洋子会長。続いて俺。レイチェルは、後ろから俺の両肩に手を置いている。
両サイドの観客から、「わあー、レイチェルさんすごく綺麗ー。背たかーい。スタイル抜群。アース№1美人だもんねー」と、ため息が漏れる。
それもそのはず、レイチェルは、元ミスランドアース(エルフ部門)だ。
ハーフエルフなので、それほど耳は尖っていない。身長175㎝、上から、105、60、100。まさにボン、キュ、ボンを突き詰めた究極体形だ。気品あふれる長い銀髪と透き通るような白い肌。今日は、瞳の色に揃えて、ラメの入った臙脂(えんじ。濃い赤)の極小ビキニに、白の10㎝ヒール。ちょっと浮世離れした美しさだ。
但し、エルフは長命種なので、どうも100歳は超えているらしい。ヒューマンならヨボヨボ婆さんもいいとこだ。聞くと怒るから聞かないけどな。
俺とレイチェルは、ロープをくぐって、赤コーナーにつき、観客に両手を振って応えた。歓声が一層大きくなる。
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青コーナーに目をやると、今日の相手、チャチャイ・ポンサック(22歳)が見える。
12戦12勝(9KO)無敗。アジアン王者で、バンコクシティのニュースターだ。現在、ライト級(61㎏リミット)の第1位にランクされている。
俺はと言えば、同ライト級の暫定王者。35歳。24戦23勝(23KO)1敗。
その1敗は、2年前、当時スーパーフェザー級だった、絶対王者ナオキ・イノウエ(31歳)に、激戦の末敗れたものだ。倒し倒されのシーソーゲームで、どちらが勝ってもおかしくなかったが、最後にブラインドからの左ボディフックをレバーに打ち込まれ、たまらずダウンを喫した。イノウエのキラーブローをまともに食らったんだ。
その前のダウンで、レイチェルのヒールを使い切っていたので、俺はもう立ち上がることができなかった。リングでのたうちながら、天井の眩しいライトを見上げた時、レフェリーが視界を塞いで両手を振り、テンカウントを告げるのを聞いた。視界の隅に、泣きながらポーションもって飛んでくるレイチェルが見えた。
この試合は、「ドラマ・イン・トコロザワ」と呼ばれる名勝負として語り草になり、WBWEから同年の年間最高試合と年間最高KOシーンに認定された。
この激戦を経て、イノウエはさらに凄みを増した。以降は破竹の勢いで勝ち進み、フライ級から数えて6階級制覇 32戦32勝(32KO)のパーフェクトレコードで、現ライト級の絶対王者として君臨している。唯一の苦戦は俺との試合だけで、あとは全て2ラウンド以内の圧勝。今は他団体の王者が逃げ回っているため、167㎝と小柄にも関わらずスーパーライト級への転向も囁かれている。
俺はそのイノウエを追いかけてライト級に転向し、この2年で世界ランカーを次々撃破し、暫定王者まで上り詰めた。そして、今日、ようやく、イノウエへの挑戦権を賭けて、若手ホープのチャチャイとの決戦を迎えたんだ。
実は、バンコクシティでも、プロモーターが地元開催を主張したため、入札合戦になったが、洋子会長が大借金をしてまで競り落としてくれた。正直、ウチのジムは、世界クラスが俺しかいないので、この試合に負けたらジムも畳むようなことになりかねない。絶対に勝って、イノウエとの再戦に進むんだ。
それに俺も、もう35歳。ここで負けたら、再起してイノウエを追いかける時間は残されていないだろう。
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トキオとバンコクの国家斉唱のあと、WBWEのコミッショナーが認定証を朗読し、試合の勝者がイノウエへの挑戦権を手にすることが宣言された。
俺は、その間ずっと、チャチャイと顔を近づけ、フェイスオフ。奴は168㎝、俺は173㎝で、リーチも7㎝違うから、体格はかなり差がある。ジャブの差し合いなら、俺が有利だろう。どちらもハードパンチャーなので、ほぼ間違いなくKO決着だ。
チャチャイがずっと俺を三白眼で睨みつけてやがるので、(そう熱くなんなよ。お互い頑張ろうぜ)って、ニヤッとしながらおでこにブチュってしてやったら、この野郎! 突如激昂して掴みかかってきやがった!
慌てて両セコンドとジム関係者が間に割って入る。チャチャイは俺を指さして、何事か喚いて中指を立ててる。セコンドのエルフ美女二人も綺麗な顔をゆがめて罵りあってる。腰に手をあてて、「このデカいだけの売〇が!」「はんっ、悔しかったらミスアース獲ってみな!」みたいな、聞くに堪えない悪口を言い合ってる。おいおい、あんまりやると安っぽい女になるぜ。
もちろん観客は大喜びで、「おーっ! いいぞーっ! もっとやれやれーっ!」ってけしかけてる。
はは、まあ、このあたりは、試合のちょっとしたスパイスみたいなもんだ。
バンコク陣営も分かっててやってるとこもあるだろう。
盛り上がって来たぜ。いい感じだ。
読者のみなさま
第1話をお読み頂き、ありがとうございました。
本作は、5話完結になっており、毎日、一話ずつアップしていきたいと思っております。
また宜しくお願いします。
小田島 匠