遊びに行こう
領主館に挨拶に来たアンにアランは花束を渡せた。
カクカクとかなり怪しい動きに、どこからかセオが飛び出してきて、背中を押してやった。笑顔で受け取ってくれたので感触はいいと、執務室は大いに盛り上がった。レイをはじめ皆がアランを応援したい! それをお節介とも言う。
レイ達について海へ行った時に2人きりにはなったが、それはお付きとして仕事の話が主だった。今は私的にお茶に誘い、向かい合っている。夜明けの空の効果なのか、アランも自信をつけたのかもしれない。赤面しながらもどうにか話しかけ、アンもにこやかに答えている。
「おい、もう行くぞ」
「待ってよ。アランが今すごくいい感じなんだ」
帽子の中に髪を隠し、眼鏡をかけて変装したレイが、厨房の小さな窓からアラン達を見ていた。ここはソフィアの店。好き勝手にしても咎められない。
「あっ。席立った。跪いてる! ここで!?」
ヴィンがレイの腕を引っ張り、店の中に入った。
「取込み中すまない。結果が早く知りたいんだが」
アランとアンは口を開けて驚いている。店の奥からずんずんと大股で大男が近づいて来たと思ったら、目の前に立って、なにやら催促している。大男ヴィンの後ろに帽子をとったレイまでいた。
「も…もちろん。私で良ければお受けしますよ」
アンは何事かしらと、アランとレイ達を交互に見ている。
「アラン良かった。ちょっとアンが動揺してるみたいだけど、受けてくれたね。おめでとう」
「レイモンド様まで何してるんですか! 僕はアンさんに護身術を教えてくださいって頼んだだけですよ!」
双子付のメイドも侍女も護身術どころか、緊急時には隠し持つナイフで対処する。か弱い女性と見誤ってはいけない。
「ごめん。てっきり求婚したのかと」
「えっ!!」
「レイモンド様、言わないで――!!」
目を白黒させたアランは領主同席で求婚する羽目になったが、無事承諾をもらえた。結果良ければ全て良し。レイからソフィアの店自慢のケーキでお祝いされた。
実家の子爵家ではアランに継がせると前から決めていた。次男だが領主からの信任が厚く、側近となった息子をまさか爵位なしにはできない。とんとん拍子で話は進んだ。
「また次のメイドを探さないとね」
「早合点したが、これでアランも片付いたな」
アランとアンの婚約を執務室で話していたら、アイリスとローズが結婚式一切を任せて欲しいと言ってきた。観光都市で挙げる式。レイにはどんな風になるか見当もつかないが、面白そうだ。2人の式を宣伝に使わせてもらう代わりに、費用は全て公費から出すことにしたら、2人はすぐに承諾。ただし、婚礼衣装は最大限新婦の意向にそうもの。これは譲れない。
「大丈夫ですよ。アンちゃんは可愛いから何でも似合うわ」
「アンちゃんにはお嫁に行ってほしくないけど、花嫁衣装は見たいわね」
アンは今、アイリスとローズの専属メイドをしている。他国の王女様だ。何かあっては困る。腕の立つ者がいたらつけておきたい。気も合ったのだろう、2人はアンちゃんと可愛がっている。
「式と新婚旅行で半月休む? ひと月にする? できる事務補佐官が2人もいるし、エリオットやモリーナにも頼めるだろう。僕も頑張って片付ける。好きなだけ休んでいいよ」
アランはレイを拝んでいるが、レイは執務だけじゃない。領に来るたびに教会、商会、各工房を回り、騎士団にも顔を出す。本人は好きでやってるし楽しいと言うが、雑貨屋で薬も作っている。
領と王都と3号店のあるフーレ村との移動時間も書類を離さない。休みが必要なのはレイもだ。ついでに俺も。
よし。休みとって遊びに行こう!
「アランが休む前に? 突然休めと言われてもな」
「休みたい、温泉村行きたいって、常日頃言ってるだろう」
「うーん。いざ休みとなると、どうしていいかわからないよね」
レイが膝に乗せているモリオンにどこに行こうかと聞くと、ミャーと返事している。ヴィンに猫語はわからないが、レイにはわかるようだ。
「子ども達にも聞いてみようだって」
父から一緒に楽しい計画をたてようという手紙をもらい、双子がウィステリアにやって来た。
「可愛いですわ!」
アイリスとローズ姉妹は特にアナベルが気に入った様子。アナも最初は戸惑っていたが、羊毛ぬいぐるみの贈り主と聞き目を輝かせている。アナの親友アイラも実家へ戻っていたので、2人で作り方を教わることになった。
「ルーカスは何がしたい? アナはここでぬいぐるみ作りしたいらしいから、2人ででかけようか?」
「お父様とバーデットに行って、馬の乗り方や世話を教わりたいです」
「いいね! 父様も前からルーと2人で遊びたかったんだ」
別行動ができるなら父を数日独り占めしてみたい。いつもは我儘かなと言い出せなかったが、アナもここで楽しく過ごすなら遠慮はいらない。今から楽しみで仕方がない。
「ミャー」
いい案ね。たぶんそう返事した。モリオンはアナから離れないので残るつもりらしい。
「モリオンちゃんがずっと側にいてくれるの? 嬉しいわ」
姉妹がこれで女子会ができると手を取り合っている。モリーナも呼ばれるようだ。ウェディングプランも練れると張り切っている。
ヴィンの思っていた休暇とはやや違う気もするが、レイと双子が決めたこと。あとは全力で楽しませるだけだ。