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アランのお見合い

 せっかく雇用した女性事務官をアランが解雇してしまった。


 理由は領主様がいない日は休みにして欲しいと言われたから。いない時にこそ仕事をするのが事務官ですと言えば、へそを曲げてしまったので退職いただくしかなかった。


 だいたい好みの顔でもないし、気もあわない。機嫌とる時間があれば書類を1枚でも多く処理したい! さすがレイから1番大きな夜明けの空を与えられただけはある。事務官の鑑だ。


「よし。次こそアランに喜んでもらえるようなご令嬢を迎えよう」


『ウィステリア領主館にて、女性事務補佐官を大募集! 観光都市を一緒に盛り上げよう!』


 条件は計算が得意なこと。できれば20代独身。週5日来てくれるなら残業なし。


「アランの求める人材だそうだ」


 募集チラシを見ながらレイもちょっと笑いそうになっている。ヴィンも『20代独身』は余計だろと思うが口にしない。それくらいの気遣いはできるようになった。


「僕も面接には出るけど、人選はアランに任せるよ」


 面接と言うお見合いだ。職場結婚を推奨したいわけではないが、アランのためならレイにこだわりはない。


 希望者は王都や周辺の領からも来た。先にアランが受付で書類と顔を見てふるいにかけた10名が領主面接に臨める。細身で明るい子が好みらしい。


「面接を始めます。1番の方どうぞ」


 入室してきたものはまずレイの姿を見て、丁寧にお辞儀をする。そして領主が抱いている黒猫を褒める。ここまでは皆同じような感じだったが、アランの質問にすぐ答えられなければ即退室。領主目当ての者は要らない。


「あと2名。やっぱりエレノア様の様な方はいませんね」


 初の女性事務補佐官だったエレノアはレイ側近で従兄のエリオットに嫁いでしまった。


 容姿なら最後の2名は即合格なんですがと、アランが呼びに行く。


「君たちはなぜここにいるのかな?」


 レイを見て丁寧にお辞儀をし、黒猫を抱かせてほしいとねだり、アランの質問に即答する2人。ロイス国のアイリスとローズだった。


「なぜって、事務補佐官の募集を知ったからです。計算は得意中の得意です」


 ローズは吹き出物も治り、形の良い額を出していて、自信が表情にも出ている。


 面白がっていたリリアだが、悪友がものすごく機嫌を損ねたので、代わりにヴィオラの正体をばらしてあげた。最初はウソとか、まさかと言っていた2人だが、『2人とお近づきになりたくて。ごめんね』と言ったレイがこてんと小首をかしげるのを見てやっと、信じてくれた。


「父にはレイモンド様の所で花嫁修業してきますと許しをもらって来ましたから、何も問題ありませんわ」


 観光案内も宣伝も、おもてなしならお任せくださいと胸をたたくアイリス。実務経験ありですと言えば、アランは目を輝かす。もてなすのも、もてなされるのも苦手。


「採用です。このお2人しかいません。いいですね」

「お試しにってことにしてよ」


 アランがレイに有無を言わせない。こんな日が来るとは!


 まさか他国の王女を長くは雇えない。気がすんだら帰るだろうくらいにレイは思っていた。


「有能すぎる」


 アラン大絶賛。2人は始業時間前に執務室に来て、机を拭き、花が飾られる。モリオンのお昼寝用箱も綺麗に整えてある。座ればティーサロンに入ったかのようなお茶が出てくる。仕事を任せれば、計算ミスなし。書類の誤字脱字チェックから、手紙の代筆まで。そして早い。


「これくらいできて当然ですわ。私たちは領ではなく国レベルで仕事していたんですから」

「ありがとう。事務官たちがとても助かっているよ」


 そろそろ帰国するかと聞けば、もう家を買いましたと言われてしまった。困った。モリーナのようにここに嫁いできたわけじゃない。アランのことは出来る上司くらいにしか思ってなさそうだ。お見合い大失敗だったかも。残業は減ったみたいだからいいか。


 アランからまた人を募集したいと相談があった。


「メイドが1人退職することになりました。新しく雇いいれてよいでしょうか」

「子どもが産まれるんだっけ。いいよ、アランに人選は任せる」


 次こそ良い相手がくるといいね。ヴィンとそんな話をしていた。


 レイとヴィンが外出先から戻り、廊下を歩いているとメイドから呼び止められた。メイドから声をかけるなんてよほどのことだ。何事かと足を止めた。


「ヴィンセント様。私の事覚えていますか」

「クロエ……」


 忘れるはずがない。傭兵になりたての頃、ひと月一緒に暮らした仲だ。レイやハリー達が好き勝手に言ってるだけで、ヴィンだって大人の付き合いをしたことがある。好き好んで娼館には行かないし、遊びで付き合うこともしないだけだ。


 飲みに行った帰り道、通りで座り込んでいる女を見つけた。声をかけると、か細い声で大丈夫ですと言う。様子がおかしいので顔をよく見ようと立たせてみたら、服は泥だらけ。顔に殴られたような痣がある。ひどく怯えていた。


「必要なら手を貸そう。家まで送り届けるが?」


 家には帰れない。一晩だけ泊るところを、それだけ言うと女は意識を失った。ヴィンは自分の泊っている宿に連れて帰り、1部屋空いていたのでそこへ寝かせ、宿屋の女将に金を渡し世話を頼んだ。数日後、女はヴィンの部屋に礼に訪れた。


「ケガをした理由を聞いてもいいだろうか」

「それは……」

「言いたくないのならいい。引き留めて悪かった」

「……貴族のお屋敷でメイドをしていたのですが、逃げてきました」


 よくある話だ。色目を使う主人が怖くて、毎日怯えていた。賃金を前払いでもらっていたので逃げてはいけないとわかっているが、夜に呼び出され怖くなって飛び出してしまった。自力でどうにか、知らない街にきて、疲れ果てて座り込んでしまったところを助けて貰った。お願いだから連れ戻さないでくれと懇願する。


「行く当てがないのなら、当分ここにいればいい。まだ稼ぎが少ないから、ここでも良ければだが」


 女は迷った末に、仕事が決まるまでお願いしますと頭を下げた。


 俺は床でもいいからと言っても、そんなことはさせられないと泣き出す。なんとなく同じ寝台を使うようになり、自然と距離が縮まった。


 仕事から帰れば、部屋は整っている。節約と言って、調理場を借りて簡単な飯も作ってくれた。自覚はなくてもヴィンも貴族育ちの坊ちゃんだ。最初から1人で何でもできるわけがない。傭兵の仕事も毎日あるわけでないが、クロエに旨いものでも食べさせようと、請けられる仕事は何でもやった。


 だがある日宿に帰るとクロエがいない。探しに出たが見つからなかった。何も言わずいなくなったのなら、嫌われたのだろう。クロエの事は忘れた。


 執務室を人払いして、レイに全てを話した。レイは何も言わない。


「仕事はきちんとすると思う。俺も今更どうかなりたいとは思っていない」


 レイの代わりにモリオンが「ミャー」と返事した。


「雑貨屋に戻る。後はお願い」


そういうとレイは1人で帰ってしまった。


 自分にだって愛する妻子がいる。ヴィンにだってそういう人がいてもおかしくない。本当にいい奴なのだ。いない方がおかしい。でも、ちょっと驚いた。そう突然の告白に言葉が出なかっただけだ。ヴィンが帰ってきたら、慰める? からかう? ダメだ。この手の話は1番苦手なようだ。セオにも構うなと釘を刺さなくては。落ち着くには薬草をゴリゴリするのが1番。ひたすら作業した。


 夕食には遅れたがヴィンは雑貨屋に戻った。レイが先に帰ってしまい、事務処理に追われた。ここで文句を言ってはいけない。またあいつが拗ねてしまう。全て隠さず話した。大丈夫。よくわからないが、謝るのも変だし、取り繕わなければならないこともない。


「えっと。お帰り」

「ただいま。飯食ったか?」

「うん」


 うん? レイがおかしい。目を背けた。


「お風呂も先に入ったから」

「そうか」


 ヴィンが汗を流し、寝室に入るとレイはもう横になっていた。背を向けている。それはいつもの事なんだが。背が強張っている気がする。


「レイ」

「……」


 呼びかけても返事をしない。そっちがその気なら。無理やり向きを変え、額をガツンと合わせた。


「痛い!」

「返事しない方が悪い」

「考え事してただけ」


 レイの額が赤くなっていた。ごめんと優しくなぜると、いいよと今度は穏やかな声で返事をしてくれた。またくるっと背を向けたレイの背中は強張っていない。今夜も俺の抱き枕は最高だ。


 箱の中でモリオンが「ミャー」と鳴いた。早く寝なさいとでも言っているようだ。


 翌日領主館に行くと、アランが暗い顔をしている。


「どうしたの?」

「メイドがまた辞めてしまったのです」

「誰?」

「入ったばかりのクロエです」

「そう」


 また次を募集しておくようにアランに言えば、切り替えたのだろう。すぐ手配しますと出て行った。領主館のメイドは大人気職だ。すぐに次は決まる。


「セオ」


 執務室は3階。だがセオは窓から入ってくる。お願いと言えば、親指を立てまた窓から出て行った。ヴィンは今厩舎に行っている。レイはモリオンを抱きかかえ、どう伝えようかと言葉を探した。


 ヴィンが戻りそのまま伝えると、そうかと一言。残念そうでもなく、淡々と。心配して損した気分。


 セオも戻って来た。ヴィンにも聞いて欲しいと座らせた。


「あの子さ、ヴィンを嫌って出て行ったわけじゃなかった」

「ならどうして」


 黙ったままのヴィンに代り、レイが先を促す。


「掃除しているときにヴィンあての手紙を見て、貴族と知れたらしい。貴族と関わりたくない。それだけ」

「そうか」


 かなり怯えていたものな。嫌われていなくても、好かれてもいなかったって事だ。


「さすがに恩人に礼も言わず出て行ったのが、心残りだったらしく、ここに居づらくなったらしい」

「縁がなかった。それだけだ」


 モリオンが「ミャー」と鳴く。この話はここでおしまいね。


 静かな執務室で手紙を読んでいたレイがチリンチリンとベルを鳴らす。アランが飛んできた。


「お急ぎですか?」

「いい知らせだよ。アンがここに戻ってくる。明日顔を見せに来るそうだよ」


 アンは双子付のメイドだったが、祖母の看病でしばらく休んでいた。看取ったのでまたここで働きたいと言う。働き者で、優しくて気配り上手。王都へ行かせたいが、実家から遠くなるのは困るらしい。ならここしかない。


 アランが『今日は早退します!』スキップしながら花を買いに行った。


「機嫌直ったか?」

「悪くなかったけど」

「そうか?」

「お菓子ちょうだい」


 機嫌は直ったらしい。


 ドガーン。扉が勢いよく開いた。


「ハリー、どうしたの?」

「鳩から姐さんがヴィンにやきもち妬いたって聞いて飛んで帰って来た!」

「妬いてないけど」

「本当に?」

「妬くなら君にだよ。またフローレンスのとこ行ってたの? 寂しかったよ」

「えっと。それは。姐さんが1番です。ヴィオラちゃん愛してます」


 鳩たちはクロエの事はとっくに調べ済み。レイの毒にならなければ、放っておいても問題ない。たまに鳩をこき使うハリーに報告して慌てさせるのが面白い。またいいネタないかな。




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