夢追い人
被害にあった侍女、メイド達の部屋は城の北側、森に面していた。
「ここからはいくらレイモンド様でもお通しできません」
男性立ち入り禁止の1画にしたのをすっかり忘れていた。女性警護兵が見張りに立っていた。
「部屋の鍵を開けた形跡もないのに、被害があったって本当?」
「はい。私達も閉まっているか確認して回っています。交代で一日中見張って、出入りする者の手荷物検査まで行っているのに。もう犯人は幽霊だとしか思えません」
「昼間から幽霊なんて出ないよ。脅かさないで」
引き続きよく見張るように言い残し、レイは2人を連れて裏庭に出た。
「外から探ってみよう」
あの辺りだなと見上げると、窓が少し開いている部屋がいくつかある。
「無用心だな。日中だって不在の時は戸締まりして欲しい」
窓辺でキラリと何か光った。
「レイ様! あそこ!」
オズワルドが指さす。カラスが何か口に咥えて飛び去った。
「やっぱり犯人はあいつだな。追うよ」
「大変! 森の中に隠れちゃう!」
森へ入るとあちこちから親子をからかうようにカァーカァーと鳴き声がする。だがレイの足は迷うことはない。
「この森の中なら隅から隅まで知っている。カラスの巣はたしかあの辺りにあったな」
レイの記憶どおり、大きな木の上にカラスの巣があった。まだ何処か飛んでいるのだろう。主は留守のようだ。
「待ってて。ちょっと上って見てくる」
レイがあっという間に巣にたどり着くと、見つけたと手をふる。
「お父様! カラスが戻ってきたよ!」
見張り役のルーが早くと急かす。カラスにつつかれたら大変だ。するりと降りてきたレイは王宮に戻り、園丁にはしごを用意させ、警備兵を上らせた。
「レイモンド様! 回収しました!」
巣の中からいくつもの装身具がみつかった。他の巣にもあるかも知れない。森中で大捜索が始まった。
「カラスはとても賢くて好奇心旺盛。それにキラキラしたものが大好きなんだ」
前にカラスがガラス片を咥えていたのを思い出し、もしかしたらと当たりをつけていた。戸締まりを徹底するようすぐに通達された。
「お父様。カラスが悪さをしないように捕まえちゃうの?」
「それはないよ。カラスはたまたま目に付いたキラキラを持ち帰っただけ。人が気をつければ良いだけの話さ」
「良かった」
動物好きのルーが胸をなで下ろす。カラスの艶のある羽は綺麗だ。もし駆除でもされたら悲しい。
「それに悪さばかりでもないんだよ。オズもこれを見てごらん」
レイの手には珍しい薬草。
「図鑑で見たことがあります。でももっと南の方で育つ薬草じゃなかったかな」
「そう。でもね。鳥が実を食べてここまで運んでくれることもあるんだよ。すごいよね」
オズワルドは何だかワクワクしてきた。まだ図鑑にも載っていない薬草だってあるに違いない。
「鳥のようには飛べないけど、僕にも新しい薬草を見つけに行くことはできるでしょうか」
「できるさ。羽がなくたって自由に飛び立てば良い」
「はい!」
「オズ兄様、僕もお供したい」
「2代目白銀の一閃がいれば心強いな。でもまずはこの森を探検して色々見つけたい」
ルーは毎日熱心に鍛錬をしてる。目指すのはもちろん父だ。
「よし。明日から探検しよう。そろそろ暗くなってきたし、まずはあそこへ潜ろうか」
レイが両親の部屋へ続く隠し通路に入った。ルーは慣れたもので灯りを手に先頭を歩く。
「オズ、足下滑るから気をつけて」
「待って! レイ様、これは何?」
光苔を見つけついしゃがみ込み観察してしまう。最初はおっかなびっくりだったが探究心のほうが勝った。正しい道を選ばないと出られないと聞き、目印を見逃さないように慎重に歩く。
ヴィオラ様のように旅する薬草士になろう。アナも一緒に来てくれるかな。3人で世界中を回ってみたい。
***
従弟のテオドールが歩き出したと聞いて、アナはモリオンを連れてお隣のレオンの屋敷に遊びに来ていた。
「テオちゃん沢山歩いたね」
よちよち歩きのテオの手を引いて屋敷内散歩から居間に戻ってきた。
「あ~あ」
「私を呼んでくれてるのかな? アナよ。ア・ナ」
「あ~な」
「すごい! 言えたね」
アナがパチパチと手を叩くと真似してくれる。
「テオはご機嫌ね。アナ、お茶にしましょう。クッキーがちょうど焼けたわ」
テオはそろそろお昼寝の時間。乳母が子ども部屋に連れて行った。
伯母ブリジットとのおしゃべりは楽しい。つい色々な事を話してしまう。
「そんな事件があったのね。最近は王宮に行かないから知らなかったわ」
「あれからお父様とルーとオズ兄様は毎日森探検に出かけているのよ」
「そのうちテオも行くって言い出しそうね」
アナもそうかもと可愛い従弟が泥だらけになって帰ってくるところを想像して笑う。
「何を話していたの? ずいぶんと楽しそうだね。私も混ぜて欲しいな」
休憩したいと本を片手にレオンがやって来た。
「テオも野生児王子達のお仲間に入りそうって話していたのよ」
「レイか。まったくいつまでも子どもみたいに走り回って。でも羨ましいよ」
伯父だってベストセラー作家の顔を持つ。いつも頭の中では冒険しているのと伯母が笑うが、それも楽しそうだなとアナは羨ましく思う。父や兄達のように野山を駆け回ることは得意じゃないけど、冒険はしてみたい。
「私もいつか伯父様のようにお話が書けるかしら」
「アナが? それは嬉しいな。まずは実際に体験した事、日々思った事をメモでもいいから書き留めておくといいよ」
「それなら私にもできそうです」
レオンからノートを一冊渡された。
最初のページはルーと自分の事を書こう。毎日の生活だっていつも同じじゃない。楽しい事ばかりでなく怖い思いをした事もある。そうだわ。旅行も楽しかった。また行きたいな。ページは足りるかしら。書きたい事が溢れてくる。あと、大好きな人の事も内緒で書いてみよう。
未来の大作家は父に呼ばれるまで夢中でペンを走らせていた。




