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求婚それぞれ

 貸家の前で、トーマスは頭をぐしゃっと掻きむしりそうになったが堪えた。


「任務交代でないなら何用? 男は中に入れるなと主にきつく言われていますが?」


 戸口に立ち塞がるのは、相変わらず男に塩対応の男装の麗人レイラ。


「これを見てくれ」


 書類の1番下にあるレイのサインを見せると、仕方がないとトーマスを中に入れた。


「フランカ。少し席を外してくれないか」


「どなた様…って、その声は、まさかのトーマスさん?」


「ああ。トーマスだ」


 珍しく剣を携え騎士服を着込んだトーマス。髪はなでつけ、ひげも剃っている。日に焼けた精悍な顔に鍛え上げられた体躯。背筋も伸ばして、いつもの作業着みたいな地味な服装の時とは別人。


「未婚の男女を2人きりにはできません。お話なら私とレイラさんにも同席してもらいます」


 フランカは幼い頃に両親を亡くし、村長の家に引き取られて育った。姉妹のように育ったルシアを大事にしている。いくら頼んでも離れる気はなさそうだ。


「頑固者!」と言い放ち、トーマスはルシアの前にひざまずくと剣を置いた。


「ルシア嬢。私の妻になって欲しい」


「トーマス、突然どうしたの? 私は村に帰ったら子爵家に嫁ぐのよ」


「その話はなくなった。わが主、レイモンド様がすべて解決してくださったんだ」


 いつの間に? もう村に帰ってもいいのかしら。


「私はただの田舎娘。公爵様お抱えの騎士様にはふさわしくないわ。フランカと2人で村に帰るよ」


「俺はルシアと同じ平民で、根っからの田舎者だよ。村には俺も挨拶に行く。そしてここで一緒に暮らそう」


「父さんが許してくれない。それに帰ったらもう村から出ることはできない。知ってるでしょう?」


 もしかしたらこの先、家からも出してもらえないかもしれない。暗い部屋で1人籠を編み続けると思うと悲しくなる。


「ルシアさん。お父様は子爵に嫁がせるより喜んでくれると思うわ。トーマスの胸に輝く<夜明けの空>はね。ウィステリア公爵が特に認めた者にしか与えない象徴石。公爵の権限を代理で使えるほどのものよ」


 公爵と子爵。どちらが上かはわかるわよね。いつの間にかヴィオラが立っていた。


「そんな責任ある仕事をしている人は、なおさらそれ相応の人をもらわないといけないわ」


 石にそんな意味があるとは聞いてないとヴィオラに石を返そうとするが、押し返された。


「平民にとんでもないものを持たすなよ。今はご子息ルーカス様の護衛兼遊び相手だからな」


「次に質に入れたらきついお仕置きされるから覚悟なさい。大事なご子息を任せるくらいに信頼されているのに困った人ね」


「ちょっと飲み代が足りなくてだな」


「言い訳はしない。だから早くしっかり者の嫁もらって管理してもらえって言ってるの」


 レイラがまさかと驚く。憧れの夜明けの空。自分にはまだ与えられていない。そんな石を質に入れるなんて! レイの護衛は皆変わり者だらけ。トーマスはまともだと思っていたのに違ったようだ。


「今そのしっかり者の娘に求婚中。邪魔すんな」


 ずいぶんとお2人仲がいいのねとルシアとフランカもつい笑ってしまう。


「今回のことも公爵の名を出さずに、自分だけで解決しようとしていたわ。村とあなたを守るために少々強引なところもあったようだけど、許してあげて。嫌ってはないのよね?」


ヴィオラが微笑めば、ルシアの顔が真っ赤になる。それでも結婚できないと言い張る。もう一押し。


「トーマス、騎士服が似合うじゃない。久々に見たけど私でも惚れそう。旦那様には内緒で愛人にしようかしら」


「やめてくれ。あいつに殺される」


「殺っ? それは絶対にだめです!! トーマスはずっと私にとっては兄さんで、急に言われて…恥ずかしい」


 ルシアがトーマスの腕をつかんで離さない。それが答えだろう。


「冗談よ。結婚証明書はサイン済み。すぐに教会に届けに行きましょう。ついでに式も挙げちゃう?」


 結婚証明書!? ヴィオラに渡された書類には2人の名が並んでいた。内容も良く聞かずにサインするなんて。うかつだった。


 ヴィオラがおめでとうと戸惑うルシアの手を取る。


「俺の嫁に勝手に触るなよ!」


「まだお嫁さんじゃないよ! 本当にトーマスは私でいいの?」


「お前以上の女はいないよ。わかったら行くぞ」


 差し出されたのはゴツゴツとして堅そうな大きな手。でもとても温かそう。


「よろしくお願いします」


 少しドタバタしたが幼なじみの騎士に攫われた村娘はお話通りにハッピーエンドを迎えた。


 ***


 残務を処理に薬草店に戻ったレイが次々にサインをしていく。領主館から戻りが遅いと書類仕事が届けられていた。店主のゴードンもオズワルドも先に休んでいて今は2人きり。


「トーマスがさ。すっごく格好良かったんだよ。あんな求婚されたら乙女はみんなときめくよね」


「元から漢気があって、男から見ても格好いい奴だよ」


 護衛達をまとめるリーダーで兄貴分。まさか故郷に思い人を残していたとは。最初は妹のような存在だったのだろうが、村を出た後も気になっていたのだろう。


「ねぇ。私達式は挙げたけど、求婚してもらってないよね」


「式は新郎新婦衣装のモデルだろ」


「ヴィンセント様、お願い」


 目をキラキラさせてヴィオラが立ち上げる。もう今日は着替えが面倒だとドレスのままだった。ごっこ遊びがしたくなったのか。仕方がない。さっさと終わらせて残りの書類を片付けさせたい。


 ひざまずき、頭を垂れて剣をヴィオラの前に置く。


「ヴィオラ。我が妻となって欲しい」


「………」


「ヴィオラ?」


「すごく格好いいとは思うけど、何か違う。ときめかなかった」


 シュンとされても言われたとおりにしただろう! 遊びとは言え、すごく恥ずかしかったのに。やってられない。


「今夜はもう飲みに行こうぜ」


「そうだね。トーマスの結婚を祝して一杯飲むか。着替てくるね」


 屋台で適当につまみを買って乾杯。そして的当てで勝負して、引き分けて、楽隊に合わせて踊って、喉渇いて、また飲んで。ぶらぶらと歩きながら鼻歌歌って丸太小屋に帰った。


「楽しかった~。明日はカップケーキをみんなと一緒に食べる…」


「わかったからもう寝ろ」


 ごっこでなく心底楽しんだ。これでまだ何が不足だと言うんだか。レイの寝顔を見ながら、俺の愛しい奴は本当に我が儘だと思う。もう俺なりでいいか。格好なんて知らん。


 ***


「おはよう。まだ目がショボショボする。水ちょうだい」


「ほら。飲んだら顔洗ってこい。双子はまだハリーのとこだ。飯食ったら迎えに行くぞ」


「わかった。先食べてても良いよ」


 レイが席に着くとクロークで購入した木の器に盛られたふわとろオムレツが運ばれてきた。


「えっ! 待って!! こんなの食べられない!!!」


 オムレツの上にはトマトソースでハートが描かれていた。


「お前のために作ったんだ。冷めないうちに食えよ」


 レイの向かいの席に着いたヴィンが頬杖ついてレイに微笑む。こんな優しい笑顔は滅多に見せてくれない。


「ヴィン、すっごくときめいた! 大好き!! 愛してる!!!」


 席を立ってヴィンに思い切り抱きつく。双子のお迎えは少し遅くなりそうだ。

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