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正義の味方

 一家で温泉村にやって来たレイが馬車から降りると、お待ちしていましたと村人に囲まれた。


「どうしたの? 急ぎ? 僕にはハリー夫妻のおもてなしが…」

「レイ様、お子様方は私が責任持ってお預かりいたしますわ。アナちゃん、行きましょう。ルー君もハリー様がお待ちかねですよ」


 事情の知っているフローレンスに双子は連れて行かれ、レイは村の薬草店に連れて行かれた。


「ちょっと待って。順番に聞くから。オズワルド、並ばせて症状を聞き取って」

「わかりました。熱のある人はいませんか? こちらの部屋に移動してください」


 子どもが熱を出したと2組の親子が小部屋に移る。先に薬を渡し家に帰した。


 村唯一の薬草店の主人が風邪をこじらせ寝込んでしまい、村人が困っていたのだった。観光客も訪れるので30人ほど待っていた。白衣に着替えたレイはオズワルドのメモを見ながら次々に薬を渡していく。


「これで最後です」

「ありがとう。よく聞き取れていたよ」

「お役に立てたなら嬉しいです」


 オズワルドを引き取ってからまだ数ヶ月。出会った頃と比べると見違えるくらいにしっかりしてきた。年齢よりも幼さが残っていたが今は年相応。それ以上かも。


「オズワルド、次は調剤をお願い」

「わかりました。レイ様は?」

「怪我人を診るよ。ヴィン手伝って」

「了解。動かないよう押えておけばいいんだな」

「そう。傷口縫うって言うと、なんでみんな今にも狼に食べられそうな子羊みたいにおびえるんだろう」

「消毒だけでも怖いものは怖いさ」


 ヴィンが押えたのは警備兵達。切り傷程度は消毒して薬を塗り包帯を巻く。それは女神様扱いなのに、ベッドに寝かされた傷の深い者からは悪魔呼ばわり。


「しみるよ。動かないで」

「ひっー! お助けを」

「黙って。今君を助けているところ。怪我の原因は何? ただの喧嘩だったら、止血してお終いにするけど」

「それがハリー様の従者の方でしょうか。警備詰め所にやって来て、体を動かしたいから相手をしろと」


 怪我人を運んできた警備兵が代わりに答える。


「そんな乱暴なことする奴はいないはず…。もしかして金髪に青目ででかい奴?」

「はい。可愛らしいご令嬢をお連れになっていて、それは楽しそうに剣を振るわれていました」


 サイラスだ。まったく、なぜ次々に問題が起こすのだろう。


「ヴィン、ここはいいからサイラス連れてきて」

「わかった。お前ら、黙って治療受けろよ」


 ヴィンのひと睨みでみな黙った。


 ***


「サイラス。君は相手をみて加減ができないのか?」


 レイの前に正座させられたサイラスがシュンとうなだれる。


「誰が相手でも手を抜くなど自分にはできませんでした」

「警備兵はそこまで鍛えていない。力試しなら騎士団に行け」

「アグネスがもう今日はどこにも行かず、温泉に入りたいと言うので、その…つい熱くなって。申し訳ない」

「アグネスに見せたいだけか。馬鹿につける薬がないのが残念だよ」


 まっすぐな性格は良いのだが、融通が利かない。罰として温泉に入るのは禁止。怪我した警備兵の代わりに村内の見回りを言い付けた。


 遅くまで酒を出す店も多い。悪ふざけする者がいても警備兵がすぐに駆けつけられるよう夜間は見回りの人数を増やしている。


「サイラスさんは大変お強いのですよね。喧嘩が始まったら対処お願いします」

「任せておけ。いつでも出動するぞ」

「俺らでは手に負えない奴がたまにいるから助かる。頼りになるな~」


 案外、警備兵達に馴染んでいた。短期間だがカステル国の前王だったとは思えないほど威厳はないし、本人も偉ぶらない。


 出番はすぐにやって来た。酔っ払いが子連れの家族に絡んでいるという知らせにサイラスは飛び出していった。


***


「粗相をしたのは子どもだ。罰はしでかした本人が受けるのが筋だろう」

「親である私達がどんな罰でも受けますから、子どもだけは!」


 酒で顔を真っ赤にして、ふらふらしている身なりの良い男は貴族。前を見ないで走ってきた子どもがわざとぶつかったとお怒りだった。


「貴族である私を転ばせて怪我をさせるところだったのだぞ? わかるか? 大事になっていたら命でも購えないところを足一本で許してやると言っているのに。ヒック…」

「後生です! 私の両足でも、命でもお取りください!」

「いらん。子どもに償わせる」


 5才くらいだろうか。小さな体を縮めて震えている。母親は貴族に見えないように抱きしめ、父親は土下座して怒りを少しでも収めようと謝り続けていた。周りでハラハラと成り行きを見ている大人達も平民では貴族に口は出せない。


「あっ! 警備兵が来てくれた!」


 サイラスは状況を聞いて、貴族と親子の間に立つ。


「子ども相手に無体な事を。弱者は守るべき者と教わらなかったのか?」

「その制服は警備兵か。この私に楯突くなど、貴様こそどういった教育を受けている?」

「子どもよりも警備兵の足はどうだ? そのぶよぶよに肥えた腕では大人の男は斬れないか」

「何を! すぐにその生意気な口を塞いでやるわ!!!」


 今のうちに行けとサイラスが親子の背を押すと、周りの者も手を貸してこの場から逃す。


「さあ。好きにしろ」


 腕を組んであぐらをかいて座る。避ける気はない。それをみてさらに腹を立てる貴族。腰に提げているお飾りの剣を抜くが、どうすればいいのかわからない。


「滅多打ちじゃ」


 顔や頭に傷をつけられようがサイラスは動かない。痛みは感じないのか? 次第に貴族の腕の方が痛くなり、剣を下ろした。


「誰か、わしの代わりにこの者を打て」

「では私が」


 振り返ると、レイがいた。


「これはウィステリア公爵。良いところに。この者を罰してくださいませ」

「理由は?」

「平民の子どものしでかした罪を代わりに受けると言いながら、貴族の私を愚弄したのですよ」

「君はたしか王宮で文官をしているホロスト男爵だね」

「さすがはレイモンド様だ。数年前に1度だけお目にかかったことを未だ覚えていてくださっていたとは。ここに保養にやって来た甲斐がありました」

「情報通の君でもこの方を知らないの?」

「情報通などとはほど遠い。噂話はよく耳に入りますが。…えっと、この方?」


 レイの笑ってはいるが冷たい視線に酔いが醒めていく。


「カステル国王の義理弟。王妃の実弟で元カステル国王サイラス様だよ」

「そんな馬鹿な。着ているのは警備兵のもの。なぜ身分を隠していたのです?」

「だから何? 無礼を働いた事実は消えないよ」


 ホロストの顔が赤から青へ、真っ白に変わり、泡をふいて倒れた。


「誰かこいつを牢へ。目が覚めたら村から追い出して。それと王宮にはもう戻らなくていいと伝えておいて」


 ホロストが板に寝かされ連れて行かれると、皆がサイラスに拍手を送る。


「サイラス!」

「アグネスどうした? 夜間に1人で出歩かないでくれ」

「サイラスが大怪我したってハリーの鳩が呼びにきた」

「そうか。かっこ悪いところを見せてしまったかな」

「途中から見ていた。子どもが無事だったのはサイラスのおかげだって、ここにいるみんなが言ってるよ。すごくかっこいいと思う。怪我は大丈夫? 白い魔女にすぐ診てもらおう」


 あれ。アグネスがすごく心配している。まるで恋人を気遣うように優しく傷を確かめている。


「ヴィン義兄上、あれはどうする?」

「仕方がない。認めてやるよ」

「ふふ。正義の味方にはご褒美をあげようか」


 レイがサイラスの怪我を診る。


「うーん。縫うような傷はないけど、夜中に熱が出るかもしれない。誰か一晩付き添ってくれる者を探さなきゃ」

「私が付き添う。熱を出したら冷やせばいい?」

「よくわかっているね。アグネスに任せよう。僕は今夜薬草店にいるから何かあれば使いを寄越して」

「わかった。サイラス、歩ける? 私の肩につかまって」

「それはできん! レイ様と一緒に薬草店に行きます」


 サイラスが真っ赤になって大丈夫と1人で立ち上がる。


「僕は非常に忙しいから来られても困る。仕方ないな。ヴィン、宿まで運んでやって」

「わかった。サイラス行くぞ」


 腕をつかんで引っ張るが、アグネスが止めに入った。


「ヴィンセントお義兄様。もっと優しくしてあげて」

「アグネス、2人きりにはなるなよ。フローレンス様からメイドを1人借りるから一緒に看病。いいな」

「わかった。そうする」

「サイラスもいいな」

「もう熱が出そうだ」

「サイラス、お大事にね」


 レイが満面の笑みで見送る。


 翌日またまた求婚したサイラスに、アグネスが小さな声でいいよと承諾した。

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