姉妹はいつまでも一緒
ローズは建国祭の祝賀行事に欠席するしかなかった。
くしゃみと鼻水が止まらない。薬草室からもらった風邪薬はまったく効かず、鼻の下は真っ赤。部屋から出られなかった。
心配したアイリスが様子を見に来たが、ただの風邪には思えない。
「あの黒猫のせいじゃないかしら」
「アイリス、何を馬鹿な…(クシュン)」
「私も公爵様の黒猫に会ってからくしゃみが出たもの」
「なぜ今は止まっているの?(クシュン)それに私は猫に直接会ってもないわ(ヘックシュン)」
「公爵様から頂いた薬を服用したら止まったの。あなたもどう?」
差し出された紙袋を、ローズは嫌そうな目で見る。
「遠慮しておく。公爵様が猫を連れて帰れば、治るかもしれないわね(クシュン、ズズ)」
そうかもしれないが、念のために薬をもう少し分けていただこうかしら。
アイリスはハリー王子の部屋にいるはずのヴィオラを訪ねたが不在中。のちほど行かせると公爵様が代わりに伝言を寄越してきた。皆さん随分と仲がよろしいのね。どうでもいいけど。
「何かご用でしたか?」
黒猫を抱いたヴィオラが訪ねて来た。
「公爵様にいただいたお薬を発つ前にもう少しだけ分けていただきたいの」
「直接レイモンド様に言えばいいのに」
「そんな気安い真似できません。あなたから伝えて」
「あら、私には気安く頼めるのね」
ヴィオラがふふと笑うの見ると、本当に可愛らしくて頭に来ちゃう。
「いいでしょう。ローズ様の分をお作りしていただけるように伝えます」
「ローズの分だなんて言ってません!」
「アイリス様と同じ症状で休まれていると聞きましたけど、違うのかしら」
こてんと首をかしげる仕草! これ真似しよう。
そういえば黒猫がいても私のくしゃみは止まっている。ローズにいつ欲しいと言われるかわからないから、私の分をあげようと今日は服用していない。
「私は何のアレルギーなのかしら?」
言っていいのかしら。今度は頬に指をあてて考えている。それも真似します!
「ごめんなさい。実は神経をリラックスさせるためのお薬だそうです」
随分と緊張なさっておいでだったから、病気ではないから安心して欲しいと言う。そんなものでくしゃみが止まるの? やっぱりあの公爵は信用できない。黒猫が関係ないなら、ローズのくしゃみの原因は何かしら。
「何かお悩みでも? 私で良ければお聞きしますよ。大丈夫。腹黒公爵には言いませんから」
実は私もたまに頭にきちゃうの。人使い荒いし、面倒くさがり屋だし。お子様よね。
ヴィオラの愚痴に、これは憧れの女子会みたいじゃない。楽しい!
アイリスはつい全てを話してしまった。
「フェリシティーでの件は、レイモンド様も深く反省されています。イザベル様の勘違いとはいえ悪乗りしすぎでしたね。麻痺毒ワインは実害がなかったし怒ってませんよ。軽く痺れる程度なら、私だって盛りたくなるわ」
女同士、分かってくれて嬉しい。
「ローズ様がアイリス様を思っての事だとしても、やりすぎたことをきちんと認めて、謝ってさえくれれば、お茶会の件も不問にしましょう」
それならローズのしでかしたことは父にばれない。
「ローズ様のお部屋にご案内いただけるかしら」
善は急げ。ご一行は明日帰国する。その前に片付けよう。
「嫌です。大切な姉妹を傷つけられて、見過ごすわけにはいきません(ヘックシュン)」
「ローズ、あなたがそんな風に思ってくれていたなんて…」
「地味な私を気にかけてくれるのはアイリスだけよ」
「ローズは頭もいいし、気立てもよくて、私はずっと羨ましかった。今までごめんね」
お互いが大事に思っていたことがわかり、これからずっと一緒よと手を取り合った。
自分が地味と言うローズに、ヴィオラが魔法をかけた。
頭の上でお団子にしていた髪をほどき、ゆるくカールさせた。ふわふわの髪が柔らかい雰囲気を作る。今日はお化粧でごまかしてあげるけど、事務仕事で疲れた時に、甘いもの食べすぎないで。吹き出物さえなければ、前髪をあげて形の良い額をだしたら、もっと可愛くなれる。後でおすすめの化粧水を届けるわ。鏡越しにヴィオラが微笑む。
「急いで嫁がなくていいし、地味なお姫様はもういないし、2人は仲良し。問題解決ね」
「ヴィオラお姉様! こんなに可愛くしてくれて感激です!」
「ヴィオラお姉様ともっとお話がしたいわ。猫ちゃんにもおやつ用意しますね」
「あら、可愛い妹が2人もできたのかしら。嬉しいわ」
モリオンも2人に触られても怒らずに、ミャーと可愛く鳴く。いつの間にかローズのくしゃみは止まっていた。
そろそろ部屋に戻らないとハリー様が心配するのでと、やっと退室の許しをもらった。
ハリーとアイリスの婚姻話は消え、毒入りワインを不問にした代わりに、フェリシティー国へ羊毛の取引を約束させた。ついでにクローク国にも。あとは帰るだけ。
レイが部屋で寛いでいたところに、アイリスとローズが訪ねてきた。
「公爵様にお詫びとお礼をと思いまして」
ハリーとリリアもいたが軽く挨拶をし、ヴィオラ様はいないのですねととても残念そうだった。
「大変申し訳ございませんでした。このようなことは今後一切いたしません」
レイは満足そうな笑みを返し、謝罪を受け取った。
お土産も兼ねてと渡されたお礼は羊毛づくし。レイには暖かそうなひざ掛け、双子にはぬいぐるみ。モリオンちゃんにはボールをどうぞと床に置かれた。ミャーと鳴いたのは返事だろうか。早速遊びだした。
「ハリー様。私達からお願いがございます」
「お2人から? 改めてなんでしょう」
嫌な予感がする。
「私達をハリー様の側室にしてください。ヴィオラ様を正妻にしていただき、2人でヴィオラ様をお支えしたいと思います」
「えっと。それはなぜ?」
「私達ヴィオラお姉様から離れたくないのです。ハリー様の側室となってもお子はいりませんから、その……」
「もういい。全部言わないで」
ハリーがレイに助けを求めるが、ここは自分で何とかしなよと目をそらされた。
「正直に話します!!」
膝につきそうなほど頭を下げたハリーが、本命は子爵の娘で、ヴィオラには協力してもらっただけだと白状した。王女相手に断りづらかったと言えば、弱腰王子と呼ばれた上、ヴィオラ様がいないハリー王子には興味なしとまで言われてしまった。
「ならリリア様。これからは姫会に毎回参加させていただきます。ヴィオラ様もいらっしゃいますわよね」
レイがリリアにだけ見えるように、首を横にふる。
「あまり参加はされる気はないと思いますけど。面白いことになりそうだから、呼び出しますわ」
レイにだけで見えるようにリリアが舌を出す。裏切ったなと、レイが睨みつけ声なき抗議をする。リリアにはまったく効かない。
ヴィンはボールを追うモリオンを見ていた。
なんだか笑っているように見える。猫って表情豊かなんだな。馬のことしかわからない。馬は笑う。
レイがお茶会の後にドレスから着替える間、モリオンはすっとどこかに消えた。知れたら大事になる。城中を探し回ると王妃自慢の庭にいた。外に出たかっただけか。好物のチーズで気をひこうとしたら、何か口に咥えている。
レイにそれを見せると、君も犯人を探してくれたの? 当たりかもと驚いていた。
レイの身に危険が及ぶことを知らせるように、うなるモリオン。
建国祭祝賀行事に欠席したローズの様子をメイドに聞くと、アイリスと同じ症状。他に同じ症状の者は城内にはいなかった。毒を盛ろうとした姉妹にだけ急なくしゃみが襲ったのは偶然だろうか。
モリオンが咥えてきたバラの花びら。犯人を知らせようとしていた?
素直になって謝罪さえすれば、レイは特に罰を与えようとも思っていなかった。ヴィオラ姿で本音を聞き出し、姉妹のわだかまりは消え、そろって詫びに訪れた。それで十分。
ただ、王女に言われたからといって安易に毒薬を渡した王宮の薬草士には処罰が必要。同じ薬草士として許しがたい。側室の1人に対処を頼んだ。
帰りの馬車の中。レイが愛しそうに見つめる先にはモリオン。
「君が誰であっても驚かないよ。僕を守ってくれてありがとう」
もし彼女の生まれ変わりならいいな。レイは愛猫を抱きしめた。