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兄弟弟子

 寝入ってまだ2時間ほどのところを無理矢理起こされて不機嫌なレイの前に、床に額をつけ、ひたすら弟子入りを懇願するアーノルドがいた。その後ろには同じく不機嫌なヴィンにおびえるお付き達が並ぶ。


「なぜ張り紙を見て出直そうとしない? まだ朝の5時だよ。いくら他国の王子でも身勝手すぎないか? 緊急とは思えないんだけど」

「早くお目にかかって、お願いをせねばと気が逸ってしまいました。どうかお願いします」

「2度と来ないで欲しい」


 レイはアーノルドの返事も聞かず、ヴィンに寝室の扉を閉めさせた。


 他国の王子が先触れも出せなかったほど大至急、緊急の用件と言えば、門番も家令も追い帰すことなどできやしない。常識が通じない相手に気遣う必要なし。2人でまたベッドに潜り込んだ。


 昼になりやっと起きたレイが食堂の席に着くと、アナベルがお茶の支度を始めた。ポットにお湯を注ぎ、砂時計で時間を計る仕草が母オリビアにそっくり。可愛いなとつい口元がほころぶ。目覚めは常にこうありたいものだ。


「お父様、お茶をどうぞ」

「ありがとう。とてもいい香りだ。ルーは?」

「お客様と朝からずっとお庭で剣のお稽古をしているわ」

「こんな時間まで? もう昼だよ。お客って、まさか」


 ヴィンが席を立ち、駆け足で出て行った。


 ***


 裏庭に着くと、ミアがアーノルドの相手をしていた。2人が手にしているのは練習用の木剣。


 ルーカスは2人から少し離れた木の下に座わり、右腕に濡らしたハンカチを巻いて2人をじっと見つめている。


「ルー。その腕はどうした?」

「あの方は本当にお父様のお客様なの? 僕がミアとここでいつもの稽古をしようとしたら、お父様がお目覚めになるまで、混ぜてってやって来たの」

「それで? まさか模擬戦でもやったのか?」

「最初は一緒に素振りをしていたの。いつもと同じ回数が終わって戻ろうとしたら、一回だけ相手をしようと言ってくれて。僕はすぐに負けちゃったんだ」


 ハンカチの下は青黒く腫れあがっていた。骨が折れてないか確かめに、すぐにレイの元へ連れて行きたい。


「ミア。もう止めておけ。ルーが先だ」

「ヴィンさん! もうこいつをボコボコにしないと気が済まないのよ! ルー様が構えた途端にいきなり腕を狙ったのよ! 絶対に許さないわ!」


 大事な主を傷つけられ、頭に血の上ったミアが容赦なく木剣で打ち付ける。次期公爵の護衛を務めるミアは優しげな見た目とは違って、隙をついて的確に相手を追い詰める。すでに散々痛めつけているように見えるが、まだ足りないらしい。


「ヴィンさん、ルー様をお願い」

「いい加減にしろ。相手は他国の王子だぞ」

「嫌よ! 咎められても、こんな卑怯者は野放しにできないわ」

「待て。今レイを呼ぶ」


 本当はすぐにでも愛剣に持ち替えたいが、小さな主に凄惨な光景は見せたくない。今は木剣で我慢しているが、ヴィンがルーカスを屋敷内に連れて行けば、すぐに片をつけられる。


「ミア、替われ」

「レイ様!」


 いつの間にか来ていたレイがルーカスの腕を診ていた。


「骨は折れていないようだけど、ひびまではわからない。当分運動は禁止。すぐに行くから部屋で大人しく待っていて。いいね」

「はい。お父様。ミア、一緒に来て」

「腕を固定して、もうしばらく冷やしておいて」

「承知いたしました。レイ様、申し訳ございませんが後をお願いしたします」


 ルーがミアに抱えられ連れて行かれると、レイはミアが置いていった木剣を手に取る。


「来いよ。僕に相手して欲しいのだろう?」

「大変嬉しいのですが、女性騎士に対し木剣だろうが相手もできず、見ての通りの有様です。また出直し…!!!」

「ふざけるな。騎士でも女性にはお優しい王子が、なぜ騎士でもない子どもに剣を向けた?」

「女性は守られるべき対象です。女性に剣を教わるような軟弱者でも、あれくらいは避けるかと思ったのですよ」

「ミアは男だ」

「えっ!?」

「君が騎士と名乗のる男であるなら、遠慮はなしだな」


 一瞬で纏う空気を変え白銀の一閃となったレイが、アーノルドの右腕を強打する。落とした木剣を拾う間も与えずに、剣先が喉元をかすめ、心臓の真上でピタッと止まる。そしてゆっくりだか強く剣先を押しつけた。


 もしこれが命を賭けた打ち合いなら…。アーノルドの全身から冷や汗が流れる。


 まだ命があるのは2国での争いを避けるためのもの。第4王子が物言わぬ姿で帰国すれば、ノルフロイドは黙ってはいないだろう。


「すぐにここから立ち去れ。2度と我が国に来るな。ハリーにも伝えておく。いいな」

「うっ…」


 痛みとショックから呻くことしかできない。


「ヴィン。この木剣は処分して」

「わかった。先に戻ってくれ」


 ***


「ルーの様子はどう?」

「お疲れと相当痛みを我慢なさっていたようで、すぐに眠ってしまわれました」

「そう。痛みで起きたら薬を飲ませて。痕にならないといいけど」

「レイモンド様。私がそばにおりましたのに申し訳ございませんでした。まさか騎士ともあろう者が子ども相手に卑怯な手を使うとは思わず、甘くみておりました。せめてこの身をもってお詫びをします」

「相手は他国の王族。今回は相手が悪かった」

「しかし!」

「目覚め時にミアがいなくなっていたら、ルーが悲しむ。心に傷までつけたくない。起きたら頑張ったと沢山褒めてあげて」

「…承知いたしました」


 もう一度ルーの腕を診て、レイは領主館へ向かった。


 ***


 ノルフロイドに抗議文を出そうか。いや、相手をしてはいけない。こちらが動けば詫びと称してまた訪ねてくる。


 ノックと同時に扉が開きハリーが入ってきた。


「姐さん、これからフローレンスと温泉村に行ってくる」

「ハリー、いいところに来た」

「ソフィア様の屋敷に行ったら、ヴィンがものすごい形相で木剣を燃やしていた。呪いの言葉も聞こえた気がするけど、あれと関係する?」

「もう少しでノルフロイドと戦争になるところだった」


 レイがため息をつく。


「またアーノルドか。今度は何やらかしたんだよ」

「あれに剣を持たせてはいけない。ハリーからも言ってやって」


 昨夜からの騒動を話すとハリーは青くなって部屋を飛び出して行った。


 ***


「アーノルド。もう見過ごせない。兄弟弟子も今日限りだ。縁を切る」

「ハリー。冗談だろ。剣をしまえ」

「お前の浅はかな行動のせいで、フェリシティーとノルフロイドが戦争になるところだった。代わりにクロークが受けて立つ。俺に殺されるか自害するか選べ」

「待ってくれ。少しは迷惑をかけたと思うが、それほどのことじゃないだろう」

「お前はあの父国王と同じだな。欲しいと駄々をこねるだけ。酒に頼って剣を振り回すだけの痴れ者など誰も相手にはしないとわからないのか」

「俺はただ強くなりたいだけだ!」

「ルーカスに何かあれば、周辺国も黙ってはいない。ノルフロイドは一夜で消えるぞ」

「公爵家の嫡男くらいでそのような事は…」

「あるんだよ。少しも情報がはいっていないのか」


 ハリーの表情から冗談ではないとわかったが、もうやってしまったことはなしにはできない。


「今から謝罪に行く。そして今後はフェリシティーには足を踏み入れないと誓う」

「不要だ。もうウィステリア公爵はお前にはお会いにならない」


 ハリーが剣を振り上げると、隠れていたお付き達が出てきて、アーノルドを囲んだ。


「退け」

「退きません! ハリー様、お願いです。命だけはお許しください! お願いします」

「お前らが甘やかすから…。そうだ、主の不始末。お前らの命で償ってもらおうか」

「ハリー! それはない! どうか他の道を選ばせてくれ」

「へえ、部下は見殺しに出来ないのか。なら自分で始末をつけろ」


 懐からナイフを出すと、腰が抜けて座り込んだアーノルドの前に突き刺す。


「この地を汚すなよ。やるなら自国に戻ってからにしてくれ」


 争いにならないためには、気がふれて自死した事にでもするしかないだろう。酒癖の悪いことは知られている。誰も疑いはしないはず。


 ***


「姐さんの憂いは払ってきた。ルーの見舞いに新しい木剣をどうぞ」

「ハリーありがとう。クロークの木剣は手に吸い付くように馴染むよね。僕も最近は愛用しているよ。騎士見習い用に大量注文していいかな」

「やった! リアンに数を聞いてすぐに作らせる。これで新婚旅行代が浮くよ」

「温泉村でもおもてなしの準備をさせている。今度こそゆっくり2人で楽しんできて」

「ヴィオラちゃんも一緒に行かない? 3人で楽しく過ごしたいな~。痛っ!」

「俺も行くぞ」


 ソフィアの屋敷から戻ってきたヴィンに頭をはたかれる。


「子ども達も連れて行くよ」

「よっしゃ~! フローレンスが喜ぶよ。先に行って待ってる」


 軽い足取りでハリーが出て行く。新婚旅行に友人家族を連れて行くのはどうかと思うが、本人達が楽しければいいか。


「さて出かけるには仕事を片付けようか」

「そうだな」


 しばらく2人で書類仕事をしていると、アランが手紙の山を携えてやって来た。レイに渡す前にざっと差出人と内容をヴィンが確認する。


 うん? 黒い封筒を手に取る。ノルフロイド国王、崩御の知らせだった。弔文は王宮で出すだろう。ゴミ箱に破り捨てられた。

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