困った客人
ハリー夫妻と途中合流するはずが、のんびりと新婚旅行を楽しんでいるのだろう。レイ達は先に帰国。ウィステリア領で出迎え準備をしていた。待つこと1週間。ようやくクロークの一行が着いた。
「ハリー、フローレンス。道中は楽しめた?」
「ガランドールでウィリアムに足止めされた以外は、挨拶回りも順調だったし、行く先々の観光もお土産選びも楽しかった。ねぇフローレンス」
「そうですわね。ハリー様とご一緒ならどこだって楽しいです」
「年に1度は2人で旅行したいな」
ハリーがフローレンスの機嫌をとっている。何があった?
「スミスのご両親は一緒じゃなかったんだね」
「ええ。父も母も国外に出るのが初めてでしたので、周辺国をゆっくり回るそうです」
「フローレンスは長旅で疲れていない? 部屋は整えてある。先に休む?」
「心配には及びませんわ。ウィステリア領は実家のようなもの。街の空気を吸うだけでリラックスできます。ハリー様がお疲れでしたら、先に宿へ参りましょう」
またハリーがやらかしたわけでもなさそう。あと気になるとすれば。
「夜はおばあ様の屋敷に来て欲しい。君たちをお祝いしたいと双子と準備しているよ」
「レイ様。ソフィア様にお目にかかる前に、今すぐにでも国外追放していただきたい方がいますの」
フローレンスに笑顔はない。握りしめている扇の後ろに毒針がちらっと見えた気がする。ハリーも気づいたのかフローレンスの背をなで、少しでも落ち着かせようとした。
「フローレンス。先にアナベルに会ってきたらどう?」
「ハリー様。それよりも早く処理しなければいけないことがおありでしょう」
フローレンスが新婚旅行中の新妻に見えないくらい不機嫌。ハリーも妻の顔色を窺い、少しぎこちない。完全に尻に引かれている。
原因はハリーの後ろにへばりついている男だとわかる。レイも関わりたくない。フローレンスの国外追放は聞こえないふりをし、ハリーの後ろには誰もいないと思うことにした。
「ウィステリア公爵。すぐにお願いしますわ」
「王子妃殿下の仰せの通りに」
レイが折れた。
「ヴィン、そちらの客人の旅券を確認して。それから騎士団にお連れしろ」
「了解」
「待ってください」
ノルフロイド国アーノルドがハリーを押しのけ、ずいっとレイの目の前に立つ。レイはすぐにヴィンの後ろに隠れた。また面倒事を言い出すだろう。だがアーノルドはレイではなく、他国の騎士の前に直立不動のまま目をキラキラさせている。
「ヴィンセント殿! 貴殿をこれから兄と呼ぶことを許してもらえないだろうか」
「「はっ?」」
レイとヴィン2人同時に声をあげた。そしてヴィンが後ろを振り向くと、お互いの顔になぜと疑問府が出ている。
「うちのバカ共が大変失礼した。あれでも長く仕えていてね。可愛い部下なのだよ。それがボロボロになって戻ったかと思えば黒い騎士にやられたと。それが悔しがるどころか大絶賛。私にも手合わせをしてもらえと言われてね」
今度はヴィンがレイの後ろに隠れる。レイは両手を前に出し、それ以上僕らに近づくなとアーノルドが詰め寄るのを止めた。
「アーノルド殿下はどこか頭でも打ったのですか?」
「兄上は公爵のお付きだったな。ぜひ滞在許可をいただき、兄上の元で修行させていただきたい」
「ヴィン達を雑魚呼ばわりしたこともお忘れのようだね。リアン、トーマス。セオ。誰でもいい。騎士団へ連れて行って」
「騎士団滞在の許可が出たのだな。話のわかる領主で良かった」
はははと高笑いしてアーノルドはリアン達に連れて行かれた。
「サイラスと同じでまったく話を聞かないのか。でもサイラスの方がまだかわいげがあった」
「あいつに兄呼ばわりされるなど虫唾が走る」
レイの後ろから出てきたヴィンは眉間にしわを寄せ、鳥肌でもたったのか両腕をさすっている。
「あいつ、牢から出るとすぐに俺らを追って来て、ヴィンのことを根掘り葉掘り聞きたがってさ。やっと追い返したと思ったら、いつの間にかまた現れた」
新婚旅行だというのに宿に押しかけてきて、夕食を共にする。個室なら入れないが皆が利用する食堂だと勝手に席に座っている。酒を飲みながら一方的にしゃべり、ハリーにはヴィンの話をさせる。そろそろ部屋に戻りたいとハリーが席を立つと腕をつかみ、座らせる横暴ぶり。そして翌日には全てを忘れ、また最初から話が聞きたいとごねる。夜甘い雰囲気になる頃にも、もう少し付き合えとやってきて扉を叩く。決して開けないが、それが3日も続けば新妻の機嫌も損ねるわけだ。
「ヴィン。悪いけど1度叩きのめしてきて。骨身にしみれば満足して帰るかも」
「そう簡単にいくか?」
「ダメ元で」
レイに何か考えがあるのだろう。騎士団の鍛錬場でヴィンは渋々手合わせをした。アーノルドも弱いわけではないが、型どおりに剣を振り回すだけ。本当にハリーと共にイーデンの元で修行していたのか疑わしい。負けると今度は弟子にしろと言う。その上、頭を叩けとか言い出す。嫌だと言えば、ハリーばかりずるいと言う。意味わからん。
「ハリーは簡単に避けられるのに、わざと叩かれたと聞いている。王子が頭をパシッと叩かれるなんて事はないからな。くせになるそうだ」
「避ける気がないのはわかっていたが、喜んでいたのか」
「僕にも2人がじゃれているようにしか見えなかったよ」
バーデットの実家の兄たちとは喧嘩になれば取っ組み合い。年が離れていようが容赦なくやられた。末っ子のヴィンも負けじとやり返したが。傭兵時代はすれ違う時、何もなくても顔見知り同士ならお互いが肩や背中、頭を叩いていた。挨拶みたいなものだ。ついその調子で手が出ていたが、もう出さない。喜ばせたい訳ではない。
レイがアーノルドに在留許可証を渡す。
「10日間の在留を認めましょう。この街の中だけでお過ごしください。いいですね。ハリー王子夫妻が温泉村に行くときは同行しないようにお願いしますよ」
「なぜだ? 私だって温泉とやらに入りたい」
「新婚旅行を邪魔するおつもりか。無粋な」
「なら私はここで何を…。もしや兄貴と一緒に鍛錬ができるのか!」
「兄貴? ポジティブな方ですね。ヴィンセントにも仕事がありますから、毎日24時間つきっきりというわけにはいきません。でも日課の鍛錬ぐらいならご一緒できるかと」
「十分だ。あとは公爵や騎士団長が相手してくれるのだな」
「私も騎士団長も公務が優先です」
「つまらない男だな、君は」
「あなた様はずいぶんと自由な身なのですね。ノルフロイドでは気ままに過ごされているのでしょうが、ここは他国。少しはこちらに合わせていただかないと」
「わかった」と一言言い残し、お付きの3人と飲みに出かけてしまった。
「ヴィン、お疲れ。ソフィアおばあ様の料理でも食べて元気出して」
「気疲れした。あと動き足りなくて気持ち悪い。あとで少し付き合え」
「いいよ。なら食べ過ぎないようにしなくちゃ」
夕方。機嫌の直ったフローレンスを連れて、ハリーがソフィアの屋敷に訪れた。
「アーノルドは騎士団で預かっている。夜勤の騎士にも相手をするよう伝えておいたから、今夜からは安心して過ごせるよ」
「お手数をおかけしました。ありがとうございます。日中は生真面目な所もあるのに、お酒が入ると人が変わってしまわれるようで。扱いに困っていましたの」
新婚ほやほや。2人きりになりたいのに、まったく空気を読んでくれない。クロークに帰ればもうのんびり過ごす時間などないのに。昼間ハリーが構ってくれるなとはっきり言っても、夜酒が入るとしつこく絡んでくる。
「酒癖が悪い程度で済まされないね。周りの者はなぜ止めないのだろう」
「1度禁酒させようとしたら暴れて大変なめにあったらしい。俺がノルフロイドにいた頃はあそこまで酷くはなかったんだが」
第4王子など、王太子のスペアとして期待もされず好き勝手ができたのだろうが、他国で傍若無人に振る舞うのはよろしくない。付き人も主に無断で2度も襲撃してくるとは浅慮すぎる。国外追放ではハリーがまたつきまとわれるかもしれない。王子という身分がなければ牢屋にずっと閉じ込めておきたいくらいだ。
「レイ。子どもらが呼んでいる」
「ああ。ごめん。さてウィステリアでも2人をお祝いしよう」
ソフィア自慢の料理にケーキ。クロークには呼べなかった馴染みのある者達に囲まれ、フローレンスは安心したのか会食を楽しんだ。本日は無礼講。皆が2人に祝いを述べ会話が弾む。
「女将さん、お店を休んでまで来てくれてありがとう」
「フローレンスちゃん本当におめでとう。外国にお嫁に行くなんて心配したけど、こうして元気な姿を見れて安心したし、嬉しいよ。ハリーちゃんはもう尻にしいたのね。家庭円満にはそれでいいのよ」
雑貨屋に食事を運ぶ食堂の女将まで呼ばれた。貴族のお屋敷で、しかも客として招かれたのは初めて。かなり緊張していたが、ソフィアと料理の話で盛り上がり、もうひと品作ろうと一緒に厨房へ行ってしまった。
そして女将がハリーの大好物、揚げた芋を運んできた時。新たな困った客人がやって来た。