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果樹園の婿

 途中ベネノン国で1泊。ハロルドから娘が産まれたと手紙が来ていたので、お祝いと顔を見に寄ることにした。


「可愛いな。ほっぺが赤くてまるでリンゴだね」

「お父様、私にも抱かせてくださいな」

「アナは座ったままでいい。まだちゃんと首がすわっていないから、しっかりと支えてあげて」

「ふぎゃぁ」

「泣かないで。――ゆらゆらが好きなのね。――泣き止んでくれた。すごく可愛い」


 アナベルが赤ん坊の体をそっと揺らす。ハロルドとセイラがそれを見て大喜び。


「うちの子が天使に抱っこされていますよ。ハロルド様、もう1枚お願いします」


 ハロルドはスケッチブックに2人を描きだした。


「レイ様、もう一度抱っこしてくれないか。今度は窓辺に立って聖母のようにルーナに微笑みかけて欲しい」

「ずいぶんと注文が多いな。いいけどさ。でも僕をドレス姿に描くのは止めてくれる?」

「いくらレイ様でも男に抱かれる娘は見たくない」

「君が底なしの親馬鹿になるとわね」


 レイに呆れられたハロルド。もし自分が両親のように我が子を愛せないのではと悩んでいたが杞憂に終わった。


「女の子なら名前をヴィオラにすると前に手紙にあったが、止めたんだね」

「噂はこんな田舎にも届いていますよ。可愛い娘にはヴィオラ様のように男を手玉にとるようにはなって欲しくない」

「とってない! 勝手に話を作るな」

「レイ様、大きな声をださないで」


 レイをひと睨みして、泣き出しそうなルーナをあやし始めるハロルドの顔は緩みきっている。以前の彼を知る者が見たら別人かと思うだろう。


 子ども部屋に招かれたのはレイとアナベルだけ。子どもでも男子禁制のこの部屋にルーカスとオズワルドは入れてもらえなかった。


 散々レイを追いかけ回していたハロルドも家庭をもち、まともになったかと思えば、やはりどこかずれている。


「まったく。度が過ぎるよ」

「超がつくほどの溺愛ではありますね」


 セイラはため息をついてみせたが、ハロルドが娘の世話をやいている姿が嬉しいようだ。


 トントン。


「ハロルド、客間に来ておくれ。事務官がまた意見が聞きたいそうだ」

「義父上、すぐに参ります」


 子爵に呼ばれ、ハロルドがまたかと部屋を出て行く。ルーナのそばを一時でも離れたくはないが、いわくつきの元王子を戸惑いながらも婿としてくれた義父の頼みは断れない。呼びに来たのが家令やメイドならばすげもなく断っている。


「ハロルドの意見?」

「王宮から事務官がたびたび訪ねてくるのです。さすがに大臣達は来られませんからね」

「少し変わっているところもあるが、本来の彼はとても優秀だ」

「そうなのです! 父の手助けどころか、今では実務のすべてハロルド様がなさっています。新しい事業も次々に立ち上げ、子爵家とは思えないほどの財を得ることができました」

「そうか。それで噂を聞きつけた大臣が意見を聞きたいと」

「ハロルド様は政になど興味はないのに。いつ王宮に呼ばれるか心配なのです」

「アレス国から監視されたまま、王不在で統治を続けるのも限界なのだろう」

「だからって今更ハロルド様を担ぎあげるのはよしていただきたいですわ」


 ハリーの結婚式も宰相の名で祝いが届けられた。同じ物を贈ったとしても王の名で贈られた物と比べれば格が下がる。


 今は果樹園を営む子爵家の婿として、平穏な暮らしを送っている。レイとしても友人ハロルドの幸せが1番だ。しかし。


「何か困ったことが起きたらすぐに知らせて。できる限りの事はしよう」

「レイモンド様ありがとうございます。私達家族が頼れるのはあなた様だけです」


 ***


 ハロルドの執務室でレイは薬草学入門書の原稿を広げていた。


「これに挿絵をいくつかお願いしたい」

「この入門書は本当に素晴らしい。出来上がったら私にも1冊いただきたい。サインもお願いしますね」

「もちろん初版本を送るよ。挿絵担当で君の名も載せるからね。でも教科書にサインっている?」

「『ハロルドへ』も加えて直筆でお願いします」

「『親愛なる友ハロルドへ』にするよ。一緒に仕事ができて嬉しい」

「私もです」


 顔を赤らめてはいるが、もう以前のように過剰にレイを求めたりはしない。


「ところで、事務官とはどのような話を?」

「それが…」


 やはり王宮に戻り、即位して欲しいと。そっとしておいて欲しいといくら断っても、相談にかこつけ打診してくるという。


「僕はいいと思うよ」

「えっ」

「君は前王と違う。ここで民の声を直接聞いた。耳の痛い事も言われただろうが、それでも歯を食いしばって頑張ってきた。ほら前に訪れた村で君はもう変態馬鹿王子ではなく頼れる領主の婿だった。大臣達の相談にのるのも気になるからでしょ? 今の君ならば大丈夫」

「変態馬鹿…。レイ様はそのように呼んでいたのか」

「覚えはあるでしょ? 忘れたとは言わせないよ」


 レイは笑っているが、ハロルドとしては微妙。本当に慕っていたのだから。


「近隣諸国が許さないでしょう」

「僕が後見人になろう。もし君が暴走しようものなら白銀の一閃が始末する」

「畏れ多いことだ」


 それからワインを片手に2人で深夜まで話しをした。


「どんな国にしたい?」

「我が国は特に果物が大変美味しいのですよ。葡萄、リンゴ、杏。これを主軸に、音楽や美術など芸術にも力を入れたい」

「そういえば王宮近くに小さな画廊があったね。あれは君がオーナーでしょ」

「なぜそれを?」

「なぜって、君の作品が多いから。影ながら若い画家達を支援しているのも知っているよ」


 どこから情報とは聞けない。


「アレスには僕から話すが、セイラにはまだ言わない方がいいね」

「お気遣いありがとうございます」

「ではもう休むね。今夜は楽しかった」

「お休みなさいませ」


 初めての子育中のセイラに余裕はない。王妃教育も終わらぬうちにハロルドが廃嫡となってしまった。そのあたりはどうにでもなるが、今はまだ知らぬ方がいい。


 ***


「白銀の一閃、引退が遠のいたな」

「引退しようがしまいが。僕がハロルドに剣を向ける日は来ないから問題ない」

「ずいぶんと買ってるな」

「ふふ。妬いてるの?」

「ハロルドなんかに妬くかよ」


 寝支度を調えながらレイはヴィンの顔色を窺う。もしハロルドが皆の期待通りにならなければ、不満の矛先がこっちに向けられるかも知れない。たぶんそれを心配している。


「大丈夫。僕には最強の騎士様で側近がついているからね。もし僕が迷うような事があれば背中を押したり、戻したりしてくれる。ハロルドが道を誤った時、僕は迷うことはないだろう」

「お前が素直に俺の言う事を聞いてくれるのならな」

「もう! ヴィンママは僕を我が儘な子どもみたいに言わないでよ」

「ママじゃない」


 どうも最近ヴィンママと呼ばれることが多くなった気がする。ふくれるレイに口づける。


「ママはこんなことしない」

「君ってたまに殺し文句を吐くよね。どうしよ。今夜眠れないかも」

「大人しく寝てくれ。襲うぞ」

「どうぞ」

「〇×△!!!」

「ふふ。おやすみなさい」


 またからかいやがって。先にけしかけたのは俺だが。嫌違う。レイだ。レイが悪い。


 腹が立つので、寝間着のすき間に手を差し入れ横腹をくすぐってやった。

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