ご褒美
レイ一行がクロークを発つ日が来た。荷物は全て積み終わり先に出発。子どもらを乗せた馬車も走り出した。次はレイが乗る馬車を出したいのに、扉をつかみ閉めさせない男が1人。レイも最初はやんわりと「またの機会に」と言っていたが、あまりのしつこさに声がだんだん大きくなる。
「アーノルド殿下、いくら言われてもできないものはできない。もう帰国するのです。何故おわかりにならないのか」
「手合わせをしてくれるまで帰しませんよ」
滞在中幾度も断っているのに、聞き入れようとしない。レイもとうとう切れた。
「ハリー、こいつどうにかして!!!」
「アーノン、姐さんがだめと言ったら大人しく引けよ」
「そこを何とか!」
車寄せに入ろうと順を待つ他国の御者達が、そろそろ出てくれと急かしにやってくるたびに、リアンが申し訳ないと頭を下げる。さすがに衆目のある王宮前で、ヴィン達に他国の王子を無理矢理退かすことはできない。できるとしたらハリー王子だけだ。
「そうだ、ヴィンに相手してもらえ。ウィステリア騎士団長もいるぞ」
「嫌だ。俺は白銀の一閃と交えたいんだ。雑魚の相手はしない」
「雑魚? アーノルド殿下は私の信頼する者達を雑魚だと?」
あっ。これ非常にまずい状況だ。ヴィンが身構える。もしレイが剣を抜いたら身を呈してでもアーノルドに傷をつけさせないようにしなくてはならない。
「ハリーが認めた白銀に膝をつかせたい」
「アーノルド殿下。そんな子供じみた事をおっしゃるなら、なおさら手合わせはできませんよ」
「逃げるのか」
レイは無言でアーノルドの首を手の甲ではたいた。
「何の真似だ?」
「蚊が止まっていたので」
「そうか。とにかく馬車から降り……」
「ハリー。あとお願い」
「姐さん、迷惑かけた。こいつを特別室にぶちこんだら俺らも出発する」
「途中で合流しよう。ではお先に」
扉をつかんだまま瞼を閉じたアーノルドをハリーが担ぎあげる。レイの指輪に仕込んである麻酔がよく効いているうちに、騎士団にある地下牢に直行だ。
「ヴィン。馬車を出して」
「了解。扉閉めるぞ」
やっと走り出して、椅子に深く腰掛けたレイはため息をつく。白銀の一閃の名が一人歩きして、とんでもない豪傑にでもなっているようだ。剣術大会以来、突然訪ねて来ては手合わせをして欲しいという者が後を絶たない。全員を相手にするのは面倒、なにより時間がない。
ハリーと真剣にやり合ったのは一度きり。大事な愛娘を攫われそうになり必死だった。その後何度か剣を交えたがそれは命のやりとりがないもの。遊びではないが真剣勝負かと言われたら違う。レイの神速の剣は初見でこそ発揮される。そのうち速さに慣れてきたハリーには苦戦するだろう。
剣は好きだ。鍛錬も欠かさない。暇さえあれば手入れだってしている。でも今はそれよりも優先したいことがある。
「さて、取りかかるかな」
「ミャー」
足下で寝そべるモリオンをなぜて、紙とペンを取りだし、『薬草学入門書』の続きを書き始めた。
王都に薬草士養成学校を作る事になり、そのための教科書を幾人かで作っている。くじで決まったレイの担当は入門書。入門編で挫折しないよう、丁寧にわかりやすく書き上げたい。クロークの行き帰りの時間を利用して取り組もうと紙は沢山用意してきた。
宿泊する部屋でもレイはペンを走らせていた。
「レイ、続きは明日にしてくれ」
「うわ。もうこんな時間。腕が痛くなってきたし、ヴィンママに叱られる前に今夜は終わりにする」
「腕」
「何? マッサージしてくれるの?」
「湿布の方がいいだろ」
「ヴィンのマッサージがいいな。お願い」
仕方がないと言いながら両肩を指先までマッサージされる。肩も腕も軽くなって眠くなってきた。
「ねえ、もし僕が白銀の一閃を引退するって言ったらどうする? …痛っ!」
「急に変なこと言い出すからだろう」
「だって名前が一人歩きして煩わしい」
「でもなぁ。それに引退ってどうするんだ?」
「怪我でもしたことにして、2度と剣は握れませんって噂流してもらうとか?」
「双子が悲しむぞ」
「やっぱり無理があるか。隣に立ちたいと言ってくれたルーに嘘はつけないしな」
そのうち白銀以上の強者が出てくれば、皆忘れてくれるだろう。次の剣術大会には参加せずに、第1回優勝者のレイが預かっている宝剣を誰かに引き継げばいい。そんな事を話しながらベッドに潜り込む。
「僕が剣を持たなくても、ヴィンは一緒にいてくれる?」
「俺は今でも白銀の一閃に憧れているが、それはお前のほんの一部だろう。俺は離れない。いや。なおさら離れられないな。ずっとそばでお前を守るよ」
「それ聞いたら惚れ直した」
「馬鹿か。ほら早く寝ろ」
「騎士様。おやすみ」
くるっと背を向けたレイはヴィンの腕の中に収まりすぐに寝息を立て始めた。
もう戦争など起きないようにレイは国同士をつないできた。これからは武力に頼らない世の中になっていくだろう。そんな未来をつくろうとするレイを煩わす者には容赦はしない。次に白銀の一閃に挑もうとする奴が来たら、俺が徹底的に打ちのめしてやる。
誓いの印にレイの白銀を指ですくい上げそっと口づけして、ヴィンも眠りにつく。
翌日もフェリシティーに向けて馬車を走らせていた。馬を休ませるため小さな村に立ち寄り、レイも休憩をとろうと馬車の扉を開きかけたとき矢が飛んできた。
バタン!
ヴィンが扉を蹴飛ばして閉めると、モリオンの唸り声が聞こえた。暴れてきてもいい許可が出たようだ。
「セオ! 後頼む!」
「5人だな。いけるか」
「問題ない」
ヴィンが駆け出した。
***
「またノルフロイドか。お前らまとめてぶちのめす」
「それは我々の台詞だ。白銀のせいでアーノルド様が牢に入れられたのだぞ。これ以上は黙ってはいられない」
「ぶち込んだのはハリーだろう。お門違いだ」
1人目。目視できるところから弓が飛んできたが、ヴィンが大剣で払う。ひと睨みすると背を向けて逃げ出した。近接は苦手なのだろう。深追いはしない。
「相手はひとりだ! 取り囲め!」
「わざわざ近くに並んでくれて、ありがとさん!」
2人目。真後ろの奴の腹めがけて剣の束を思い切りたたき込んだ。血反吐をはいて蹲る。
「この野郎!」
3人目。間髪いれずに後ろに引いた剣を前に突き出し、真っ正面の奴の肩関節めがけて突き刺す。腕がぶらりと下がり、剣を落として後ずさったところを蹴り飛ばした。
4人目。左手に持ったナイフで胸を一刺し。致命傷にはならなかったが、もう立ち上がる事はできないだろう。
5人目。たぶんこいつらのリーダーだ。他4人とは目つきが違う。だが殺意がダダ漏れ。遠慮は要らないらしい。
「楽しもうぜ」
「あのお上品な主とは違うようだな」
「うるせぇ」
こっちは傭兵上がりだ。大事なあいつを狙う奴に騎士道なんてものは不要。ねじ伏せるのみ。
「ずいぶんと荒々しいな。大剣を振り回すだけじゃ、このノルフロイド一の俺様に当たるわけがない」
「へぇ。あの馬鹿王子は1番じゃないのか」
「あの方は実践経験がないからね。さすがに国王も自分の息子だけは捨て駒にしなかった」
ずいぶんとおしゃべりな野郎だな。舌でもかんで死なれては困る。さっさと片をつけるか。
ビュンと大剣がうなり、『俺様』の剣が弾き飛ぶ。白銀の一閃を間近で見てきた。少しでも近づこうと鍛錬を重ねた剣は一閃に近い速度で『俺様』の肩から腰にかけて斜めに切りつけた。
ドサッと背から大の字に倒れる。
「おい。死ぬんじゃないぞ。あの馬鹿王子の所へ戻って、雑魚にやられましたって正直に報告しろよ」
返事はないが手が少し持ち上がった。逃げ出した弓使いが回収にくるだろう。荷車1台に4人乗るかな。まぁいいか。
村まではのんびりと歩いた。さすがに5人同時相手は疲れる。酒が飲みたいが護衛中は我慢。屋敷に戻ればバールの酒があったはず。勝手に開けても叱られはしないだろう。
「ヴィン、お帰り。怪我はない? 今夜は僕がマッサージしてあげるね」
飯屋でゴロゴロと喉を鳴らす猫を抱いた俺のご主人様が笑顔で迎えてくれる。最高のご褒美だ。




