王子会
第2回王子会は、クローク国王都近郊のシラカンバの森の視察から。
白い樹皮に触れながらレイは深呼吸する。本当に訪れるたび心が洗われる。
「こうした景観は保護して後世まで残す必要があるね。どこの国にもそういった場所はあるだろう」
グレイシャスのヘンリクが同意だとうなずく。
「そうですね。我がグレイシャス国はフィヨルドだろうか。レイ様も一度でいいから舟からの眺めを見て欲しい」
「次は寒くない時期にお邪魔するよ。雪だけは無理」
「ぜひお子様方とご一緒に。アガーテと共に楽しみにしていますよ」
これで訪問の口約束ができた。あとは日程調整。それがまた難しそうだが。
「海ならうちだって珊瑚礁がある。ほら。この赤珊瑚は見事だろう」
ジョージが袖をまくり上げブレスレットを見せる。おっーと声が上がる。良質のものはなかなか手に入らない。
「レイは泳ぎは得意? どのくらい潜れる?」
「そこまで得意じゃない。フェリシティーは海に面していないから、川や湖で遊ぶ程度」
「レイが海中を泳げば人魚姫に見えるだろうな。潜るのが無理なら岩の上でポーズとってもらって絵師に描かせようか。よし。次の王子会はダレン国に決定!」
「次の開催がダレン国はいいとして、長時間、岩の上にじっと座ったままだなんて嫌だよ。どうせなら海釣りがしたい。それと僕は君の伝統舞踊も素晴らしい思うよ。文化や芸術だって残さないとね。今度うちの領にある劇場で公演してみないか?」
「それなら仕事で行けるな。温泉にまた遊びに行き来たかったんだ」
「温泉村の広場に屋外ステージも作ろうかな。滞在期間中はお風呂に入り放題。おもてなしするよ」
「丸太小屋はクロークの木を使ってるんだっけ? うちでも欲しいな」
各国のお国自慢が済むと、ばらばらと移動。集団で動けばどうやっても目立つ。国外でのお忍びのチャンス。それぞれ好きな場所に行ってから王子会会場に集合。視察も大事だがこっちはもっと重要。抜かりはない。
新鮮な魚介を目の前で焼いてもらっても、自分で焼いてもいい店があると聞いてレイが貸し切った。騎士団や警備兵がいては目立つ。ここは鳩達に警護を頼んだ。ノアールから山ほど乳製品と干し肉の土産があり、ボビーが声をかけるとすぐに引き受けてくれた。一応ハリーには許可を貰っている。
「ねぇ。僕もそろそろ店に入っていいかな。もう乾杯の挨拶が終わってるよ」
店内から笑い声と魚介の焼けるいい匂いが漂う。なのにヴィンに引き留められ扉の前で服装チェックされる。いつも着ている木綿の服なのに、どこがだめなのかわからない。
「待て。いいか。もう一度言う。中は結構暑いと聞いている。服は脱ぐなよ」
「上着はいい?」
「上着までだ。ただしシャツのボタンを外すことはするな。腕まくりもなし」
「汗かいたらどうするのさ。袖くらいいいじゃない。火傷しないよう気をつける」
「髪をほどくのもなし。焼くのは店の者かボビーかジョージ王子に任せておけ」
「僕が焼くのを楽しみにこの店の予約したのにだめなの? 毛先を焦がさないようお団子にしておく?」
「もっとだめだ」
だめだめとやっぱりヴィンが中に入れてくれない。今日もお供達は隣の食堂で待機。酒は出ないが、みな主自慢か愚痴大会でもして楽しんでいるはずなのに、側から離れようとしない。
ヴィンにしたら狼の群れに白猫…じゃない羊を放つようなものだ。ハリーがいればまだ安心できるが、さすがに今夜呼び出すのは気が引ける。
「ヴィンママ。僕は子どもじゃないよ。鳩もいるし危険はない」
「そうなんだが…。今夜は女性陣がいないだろう」
「王子会だからね」
「ということはだ。男しかいない飲み会なんて、ろくでもない話が出るに決まっている」
「王子会だよ?」
「それでもだ。いいな。時間きっちり迎えに来るからな! いや。やっぱり、焼けるまでここで待っていても…」
「ヴィン」
「なんだ」
「心配ありがとう。愛してるよ。じゃあ行ってきます」
あ…あ? あいーーー! と固まるヴィンを残し、やっと店内に入れた。
「レイ、遅かったな。ちょうど蟹が焼きあがる」
「ウィル、ありがとう。美味しそうだね。どう馴染めそう?」
早速レモンを搾って堪能。プリプリジューシー。最高。
「問題ない。普段かしこまった顔しか見たことがないが、こうして砕けた姿を見るのはいいな」
「だよね。親しくなれば争いなんて事にすぐにはならないだろうし、こうして他国の訪問が楽しみになる」
相手を理解までできなくても知ることは大事。それが苦手な相手でも。全員お手々つないで仲良くしろとはレイだって言わない。でもいくらか知っているだけで、歯止めになるかもしれない。
なのに目の前で殴り合いが始まった。この状況。どうした?
「ジョージ。君って手が早いタイプだったの?」
「まさか。こいつがレイを危険人物だとぬかすから、つい手が出た。いくら言っても通じない」
「ジョージ王子が黙らせなかったら、私だって体当たりしようと思ったところだったよ」
滅多に怒らないボビーまで。床に膝をついているのは、ノルフロイド国の第4王子アーノルド。ハリーに声をかけられやってきたが、ハリーが欠席するとは知らなかったらしい。1人で静かに飲んでいたが急に怒りだしたという。
レイが天井に向かって、「呼んできて」と言えばコツンと音が返ってきた。
「アーノルド王子ですね。初めまして。フェリシティーのレイモンド・ウィステリアです」
レイが手を貸そうとするが、払いのけられた。
「貴様のような魔女の手は借りない」
「せめて魔法使いにして欲しいのですが」
「ハリーが『あね』と呼んでいるなら魔女でいいだろう」
立ち上がると倒れた椅子を起こし、また1人で飲み始めた。
「すぐにハリー王子が来ますよ」
「そんな簡単に呼び出すな! 新婚だぞ!」
これ最初に計画したのその新婚ほやほやのハリーだから。ぶつぶつ文句を言うアーノルドは好きにさせておく。交わろうが帰ろうが強制はしない。
「ボビー。僕ホタテ貝が食べたい。焼いてくれる?」
「いいとも。うちのバターで焼くと旨いんだ」
「ジョージ。踊らない? ヴィオラじゃなきゃだめかな?」
「そんなことないさ。そうだ、我が国の伝統舞踊を踊ってみないか? 剣舞ならレイもすぐにできそうだ」
「それやりたい! 剣はおいてきたから、扇子でもいいかな」
店の隅でレイはジョージを真似て優雅に力強く扇子を操る。腰を落としたり、くるりとまわったり。一曲最後まで踊りきった。
「腕がつりそう。でもすごく楽しい」
「さすがだった。ウィステリアの劇場では2人で披露しよう」
「それには練習しないとね。師匠もう少しお願いします」
その前に一休み。ふっーとレイが扇子で扇ぐ。各テーブルの上にある火のせいもあるが、動いて汗をかいてしまった。シャツのボタンを3つ外し、髪もねじって上にひとつにまとめた。かんざし代わりの串は魚に刺してあったものをナフキンで拭った。まだ魚臭いが帰ったらすぐ髪を洗えば問題なし。
「その鉄扇はいつも持ってるの?」
「剣をおいていく代わりにヴィンに持たされた」
「あの黒い護衛。強面なのにずいぶんと心配性なんだな」
レイを見ればそれは仕方がないか。ウィリアムがレイに水とタオルを渡し、ダニエルが代わりに扇ごうと扇子を奪い取る。ヘンリクまで何か用事がないか聞いている。ジョージは自分で水を取りに行った。
バタン! 大きな音をたてクマが乱入してきた。
「ハリー。早かったね」
「姐さん! 無事…。おい、誰が服脱がせた?」
「ハリー。よく見て。僕、服着てる」
「いや。鎖骨まで見えてる。早くしまって」
ハリーがボタンをかける。こんなレイの姿をヴィンが見たら大変だ。何かあってもかばいきれない。楽しい王子会が修羅場になるところだった。
「ハリー。新妻よりこいつが大事なのか? それにお前、その格好は何?」
「黙れ。お前、姐さんに失礼な態度とったって? 表に出ろ」
「ハリー。騒がないで。アーノルド王子に紹介してくれる? どうも嫌われているらしい」
「こちらは俺たち夫婦の最推しで、俺の愛する鬼強美神の白銀の一閃様。たまに可愛い…」
「ハリー。余計な事は言わない」
「すんません」
アーノルドが推しとは? 聞いてもハリーは無視。
「こいつとは俺がノルフロイド騎士団でイーデンの元で一緒に修業した仲でさ。あの事件からもう付き合いがなかったんだけど、祝いなら来たいって言ってくれたから呼んだ」
「王子会の目的は話したの?」
「話したさ。俺が強者と認める姐さん見たさに来たんだろうけど、素直に仲良くしてくださいとは言えなかったんだろうな」
「イーデンを渡さなかった僕に、思うところもあるのかな」
「それは違う!そこは感謝しているくらいだ。だが、ハリーがべた褒めするので、つい」
「そう。なら楽しく飲もうよ。ハリーも少し付き合って」
「それならアーノン。お前もここに座れ」
レイの隣に座ったハリーが、アーノルドに姐さん自慢を始めた。




