似たもの夫婦
レイ一行の出発した2日後にウィリアムもクロークへ出発した。隣国なので移動のための予備日は必要ない。多くの招待客でクローク側は大変だろうという気遣いもあった。
「双子達と一緒に行きたかった」
「また迷惑をかけるわけにはいかない。本当なら置いていきたかったくらいだ」
「お兄様まで。私をのけ者にしないで」
「いいか。クロークへ着いたら大人しくして、余計な騒ぎは起こすな。これは命令だ」
「…はい。お兄様の言いつけは守ります」
式と披露宴には出られないが、カレンも翌日に催される祝宴ならば参加して良いとハリーからお許しがでた。
「約束したからな」
「大丈夫よ。私だってもう少しで10歳。幼子ではありません」
「まだ8歳だろ」
次に問題を起こしたら即、母の実家に移すとカレンにきつく言い聞かせた。もともと移す予定はあった。父が可愛がって、最期まで気にかけていたから王宮にそのまま住まわせていたが、それは喪が明けるまでだ。伝えると泣かれたが、王族と認められていないカレンを王宮に住まわせ続けることはできない。
カレンの母は王宮に出入りしていた商人の娘だった。父の手伝いで王宮にきたところを王の目にとまった。亡き妻の若い頃に似ていると言われ、そのまま愛人として住むようになった。男爵家の養女となり、貴族姓は持つがつながりは薄い。そんな家に送るのは忍びないが、せめて生活の援助はするつもりだ。半分とは言え血のつながった妹なのだから。
祝賀ムードで王都はとても賑やかだった。王家の紋章とハリーの紋章<鳩>を縫い付けた旗があちこちに掲げられている。
ウィリアム一行は王宮に近いガランドールから嫁いだ貴族の家に向かった。
「私もお城がいいわ。お兄様はガランドールの国王様でしょう? なぜ伯爵家に泊まらなければならないの?」
「ハリーの式に参列する者が多いからだよ。王宮の客室は満室。それにカレン。君がいるからね」
「もういいわ。後で街に出てもいい?」
「だめだ。屋敷から出ることは許さない」
「つまらないの」
聞かなくてもわかる。双子は王宮ね。ハリー様と公爵は仲がいいもの。特別扱いされていいな。
「フローレンス様、すごくお綺麗! 空から舞い降りた雪の妖精みたい」
「アナベルさ…、ありがとう」
花嫁の控え室でアナベルが大絶賛。真っ白な絹のドレスに施されたウィステリア刺繍はスノードロップと雪の結晶。さりげなく鳩もいる。デザインはグレース元王妃が。ドレスはウィステリア領で一番の工房で作られた。ハリーの衣装と合わせると値がつけられないほどだが、そこはフローレンスのために破格の値段で。雑貨屋おすすめの化粧品で肌のコンディションは最高。ダイエットも間にあって良かった。
「フローレンス…様。大好き」
「私もですよ。大大大好きです」
フローレンスと離れるのはすごく寂しい。遠くへお嫁に行かないでと何度言いそうになったことか。アナはハリーだって好きだ。いつも冗談を言って笑わせてくれる。2人が結婚するのも嬉しい。お祝いしたいのにどうしてか涙が零れる。
フローレンスももうこの小さな姫君をアナベル様と呼べない。朝起こしに行くことも、気軽に街へ買い物に出ることももうないだろう。覚悟はしていたが思っていた以上に寂しい。
「フローレンス様、お化粧が落ちてしまいます」
「アナベル様もどうか泣き止んで下さいませ」
侍女達がハンカチでどうにか涙を抑えようとするが、2人は手を握り合って泣いていた。
パイプオルガンが響きわたる教会で式を挙げた2人はとても幸せそうだった。婚約期間色々とあったがもう大丈夫。しっかり者のフローレンスがきちんとハリーの舵をとるだろう。
披露宴は大人だけ。新郎新婦は次々と挨拶を受け、今は中央で踊っている。ハリーがフローレンスを高く持ち上げると、プリンセスラインの裾が優雅に広がり、皆がため息をつく。ハリーはこれでもかとフローレンスを自慢したいらしい。
短期間で王子妃としての教育をこなし、控えめであっても、意思の強さも感じられる。たまに見せるミステリアスな笑顔もいい。大抵は王子妃が魔女じゃなく良かったなどと言われた時なのだが。
ハリーが初めてクロークに連れてきた時はどこの令嬢だ? あの魔女のところの? 反対する声もあったが今では温かく迎えられている。
レイとヴィンは踊りの輪には入らず、ワインを手にしていた。
「これで肩の荷がおりたよ」
「フローレンス、綺麗だな。ハリーにもったいなくないか?」
「フローレンスを輝かせたのはハリーだよ。ハリーだって悪くないだろう?」
「悪ガキだと思っていたが、こうしてみるとハリーも王子様なんだな」
「ふふ。出会いは最悪だったのにね。寂しくなるな」
ハリーは貧しい国をどうにかしようとあちこちに戦争をしかけ、失敗すると今度は白銀の一閃を味方につけようとアナを攫おうとした。なぜかレイは罰することなく、ハリーはその後レイを慕って護衛をするようになる。ハリー率いる諜報員鳩にも幾度となく助けられた。
ハリー夫妻がレイに近づく。
「ウィステリア公爵。わが妻と一曲どうだろうか」
「それはぜひ。フローレンス様、参りましょう」
「お願いしますわ」
レイとフローレンス。公式の場で踊るのは初めて。
「フローレンス様、とてもお綺麗ですよ。ハリー王子が羨ましいな」
「離宮にいらっしゃる奥様に毒殺されそうですわね」
敬語で話されると、なんだかまた寂しくなって泣きそうです。今まで通りでお願いとしますと言われる。そうはいかないが、踊っている間ならいいか。
「そうだった。ごめん。でも妹のようにはずっと思っていたよ」
「まあ。私も実はレイモンド様がお兄様ならと思っておりましたの」
「それは嬉しい。もう少し早く知りたかったな」
「ふふ。たまに姉妹のようにも思っていたのですよ」
「可愛い妹のためならお姉様でもいいよ」
思い出話をしているうちに曲が終わってしまった。
「レイモンド様。お世話になりました。ウィステリアを離れるのは寂しいですが、ハリー様と共にこの国ために頑張ります」
「フローレンスなら大丈夫。でも嫌になったらいつでも戻っておいで」
「姐さん! フローレンスは帰さないからね」
ハリーの元に戻ったフローレンスが「やりましたよ」とハリーに話しているのをヴィンが聞いてしまった。ハリーも「でかした」と返している。レイと踊ると結婚相手がみつかるジンクスはあるが式も滞りなく終わった。また新しいジンクスでもできたか。子宝に恵まれるとか?
翌日の祝宴は披露宴に入りきらなかった者も大勢呼ばれた。大広間と広い庭まで解放してとにかく人だらけ。ハリーの顔が広すぎる。フェリシティーとまったく付き合いのない国まで招かれていた。父王には放蕩息子と言われているが、ハリーは地道にあちこち回っていた。人脈作りはレイよりも上だ。
「3人ともはぐれないようにね」
「はい。ヴィオラ様」
「僕がエスコートしてもいいの?」
「小公爵様。よろしくお願いしますね」
「ラベンダー様がいるみたいだ」
そう。なぜかレイはドレス姿に。オズワルドは初めてみるヴィオラに驚いている。
「フローレンスがどうしてもと言うから。母のドレスまで用意してあったのには驚いたよ。これを最後にしたいな」
どうしてもヴィオラお姉様と過ごしたいと言われたレイが折れた。夫婦そろって推しはレイ。レイと言えばヴィオラ。なれそめだってレイのどこが好きの話しからだった。
人混みをかき分けフローレンスがやってきた。誰も新婦と気づかない。しみついた身のこなしはやはりスミス家。さすがに今は女性の鳩が護衛に付いている。
「ヴィオラお姉様! どうぞこちらへいらして。子ども達の席も用意させました」
「フローレンス様。ドレスまで用意してくださるなんて、手回しがよろしくて驚きましたわ」
「ふふ。とてもお似合いです。お色直しも用意してありますからね。参りましょう。ハリー様が今か今かとお待ちですよ」
花嫁でもないのにお色直し? ハリー夫妻は自分達の祝いの席で何がしたいんだか。
「もう変装が皆にばれているのに、目立ちたくないんだけど」
「祝いの席だ。余興と思って堂々としてろ」
「ヴィン様、あなたの愛妻が困っているのに酷くない?」
「ほら、ここにいるとまた囲まれるぞ」
知り合いに会えば立ち止まり、立ち止まれば知らない貴族達に声をかけられる。歩き出せば前を塞がれる。もう幾人からダンスを申し込まれたことか。ヴィンを夫役にしてどうにか断ってもらったが、もじもじと申し込むボビーと絶対お願いしますと言われたウオーランド国ダニエル王子、ノリの軽いダレン国ジョージ王子は断り切れなかった。グレイシャス国のヘンリクも踊りたそうだったが妻のアガーテ女王の咳払いで諦めたらしい。その代わりアガーテ夫妻とお茶の約束をする。ヴィオラのままで!
「双子と一緒にいる方はどなたかしら? お兄様も声をおかけになってみて。あの方が女王様になったら素敵! ほら早くしないと何処か行ってしまいますわ!」
「カレン、多分あれはウィステリア公爵だよ。変装しているんだろう。ハリーに聞いていたが、本当に女神だな」
「変装? 何故ですの? お兄様は私をからかっているのね。だまされません」
「待て! どこへ行く!」
カレンは兄が止めるのも聞かず、人混みの中に紛れてしまった。




