小公爵
兄に叱られてもへっちゃら。30分も部屋で大人しくしていれば侍女が可哀想にと出してくれる。次は双子達に挨拶しに行こう。
侍女にお茶とケーキを用意させ、貴賓室の前までやってきた。
「双子に会いたいの。扉を開けて」
「申し訳ございませんが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「国王ウィリアム様の妹君。カレン様でございます」
侍女が答えた。
「少しお待ちを」
警護していたウィステリア騎士が扉を開け、ヴィンに取り次ぎを頼んだ。ヴィンも国王に妹がいるなど聞いていない。だが、カートを押してここまでやってきたのだ。廊下にはガランドールの警備兵があちこちに立っている。不審者ならば止められていただろう。廊下にいる警備兵に念のため確認した。間違いなくウィリアム様の妹君と。すぐにレイラ、ミアにも伝えられ、双子がカレンを出迎えた。
「こんにちは。お茶とケーキを持ってきたの。一緒にいかが?」
あれ? 名乗ってくれない。カレン様とお呼びしていいのだろうか。迷って待たせてはいけない。失礼にあたる。挨拶はすぐに返さなければ。
「初めまして。ルーカス・ウィステリアです。よろしくお願いします」
「妹のアナベル・ウィステリアと申うしま…」
「まぁ。可愛い猫ちゃんがいる! こっちへいらっしゃい」
「まだご挨拶が」
「いいのよ。それより双子と聞いていたけど、そっくりじゃないのね。がっかりだわ」
何ががっかりなのだろう。うりふたつの双子を想像していたのかな。そういう子達もいるけれど、兄弟や姉妹だ。男女の双子でそっくりな子達は聞いたことがない。ルーはそれよりもモリオンが心配。
「姫様。モリオンは人見知りする子なので、追いかけたりなさらないで下さい」
ルーが止めても、ヴィン達大人が止めても、カレンはモリオンを捕まえようと部屋のあちこちを追い回す。王妹であるなら、怪我があってはならない。カレンが家具にぶつからないよう祈るだけ。モリオンはうなり声を上げて、とうとうキャビネットの上に逃れた。
「ずいぶんとしつけのなっていない猫ね。追いかけたら喉が渇いたわ。お茶にしましょう」
カレンの侍女が支度を始めた。どうぞお席にと呼ばれ、ルーが席に着く。
アナベルは困惑していた。自分は席に着いても良いのかしら。最後まで挨拶をさせてもらえていない。カレンに呼ばれるまで待つのかしら。
「アナベル様。大丈夫そうですよ」
戸惑うアナにレイラがそっと声をかけた。レイラもカステル王の妹だ。レイラが言うのなら大丈夫。アナもルーの隣に座る。正面に座るカレンはひとつかふたつ年上に見えたが、きっと自分たちと同じようにあまりお客様には慣れていないのかも。そう思えば、挨拶くらいできなかったとしても仕方がないわね。
アナの前にもカップが置かれた。濃い赤がきれい。どこの農園かしら。あとでルーと答え合わせをしよう。カレンが口をつけたので、双子もいつもどおり取っ手をつまんで持ち上げた。良い香りがする。一口目を味わった。
カチャ。双子がカレンの手元をみる。カップを置いた時にわずかに音がした。まさか。カチャ。カチャ。次は砂糖をいれた時にまた音が。気になる。下級貴族ならまだしも、王族は皆の手本にならなくてはいけないと曾祖母から教えられた。
「ケーキもどうぞ。私甘い物が大好きなの」
カレンは大きく口を開けて美味しそうに食べる。そして2つ目のケーキが運ばれた。
「……」
「まだ沢山あるから、あなたたちもどうぞ」
「もうすぐ夕食の時間ですから。ひとつで十分です」
「大丈夫よ。好きなものだけ食べて、後は残せばいいわ」
「いえ。食事は大切と父から言われておりますので」
ぽろり。よそ見しながら食べていたカレンがこぼした! もう限界。席を立ちたいが双子は堪えた。
「アナベルはいつもめがねをかけているの?」
「はい。生まれつき視力が弱いのです」
「ちょっと貸して。かけてみたいの」
「これは医療用です。おしゃれ用ではないのでお貸しすることはできません」
「ほんの少しでいいの!」
食べかけのお皿にフォークを置いて席をたったカレンが、アナベルのめがねを無理矢理外した。ガチャン! めがねは床に落ちて、レンズにひびが入ってしまった。
「あっ!」
「すぐに渡さないからよ」
ルーカスが席を立った。もう我慢できない。下を向くアナの肩にそっと手を置いた。
「アナは悪くない」
「ルー…」
「カレン様。アナベルに謝罪はないのですか?」
「わざとじゃないもの。謝る必要なんてないわ。職人を呼べばいいのかしら」
「どうぞお引き取り下さい」
「嫌よ。まだ猫を抱いてないわ!」
いくら子どもでも礼儀もマナーもなっていない。僕らだってまだまだだが、酷すぎる。大切な妹を傷つけても謝罪なし。王様の妹だろうが許せない。後で叱られてもいい。
「ヴィンセント、すぐにお父様に知らせて。レイラ、アナを奥の部屋へ」
「ルーカス様、承知しました。すぐに」
「アナベル様、参りましょう」
「レイモンド様。お付きの方が至急お部屋にお戻り下さるようにと」
「ヴィンが来ているのかな。黒目黒髪、全身真っ黒だった?」
「はい。大至急だそうです」
「ハリーも来て」
何か問題が起きたか。廊下に出るとヴィンが待っていた。歩きながら子ども達のお茶会の様子を話す。
「なぜそこまで黙って見ていたの?」
「ルーにカレン様の対応は自分がするから、黙って見ていて欲しいと言われたんだ」
「そうか。急ごう。子ども達が心配だ」
レイが駆け出した。
貴賓室に戻ると、長椅子で双子はオズワルドにしがみついていた。その肩をしっかりオズワルドが抱き寄せている。
「「お父様!」」
父に気づき、最初に飛びついたのはルーカス。ずっと緊張していたのだろう。叱られるとわかっていても今は父に抱きしめて欲しい。次にアナベル。父の腕の中で堪えていた涙がポロポロと零れる。
「2人ともよく頑張ったね。顔見せて。ルー、よくやった。アナもだよ」
2人を腕に抱えたまま長椅子に座った。
「オズワルドもね」
「レイ様。僕は何もできなかった…」
「オズワルドは僕の代わりをしてくれたじゃない」
「次は僕も表に出て、双子を守る」
「焦らなくていいさ。今でも十分守ってくれているよ。ありがとう」
ルーは叱られることなく、めがねはすぐに修理に出された。ウィルとの晩餐を断り、貴賓室まで食事を運ばせた。今夜はもうカレンに会わせたくない。
「あいつ、とんでもないな。俺が後でとっちめてやる」
「ハリー。叱っただけではだめだ。たぶん何も響かないだろう」
「ならどうする? フローレンスの両親がすぐに毒針を用意するっていうのは止めてきたけど」
「スミス家は仕事が早いな。絶対に使わせないでよ。もうその役目は終わったのにね。オズワルドもさっき隠れて作っていたから僕も止めた」
「ごめんなさい」
「必要があればオズワルドに頼むよ。あとで双子と遊んでやって。そのほうが喜ぶ」
「何して遊ぼうかな」
「兄様またマンカラしようよ。アナ、僕と交代しながらならいい?」
「先に私が対戦していただいても良いかしら」
「そうだね。アナはすごく頑張ったから、先を2回続けてやってもいいよ」
「私のお兄様は2人とも優しくて頼りがいがあって。ルー、さっきはすごくかっこ良かった」
「さすが小公爵様だな」
ヴィンが口にするとあの場にいた護衛達がうなずく。ミアなんて泣いている。
「ヴィンも僕に任せてくれてありがとう。でも本当に危なくなったらみんなで助けてね」
ルーは照れているが、本当にレイに似てきた。
アナへの謝罪は手紙のみ。カレンは罰として部屋で反省文を書かされいて、最後まで顔は見せなかった。
「ウィル。クロークでまた会おう」
「レイ。そう言ってくれて嬉しいよ。道中気をつけて」
レイの一行はクロークへ出発した。




