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クロークへ出発

 ハリーとフローレンスの結婚式参列のため、レイ達はクロークへ出発した。双子にとって初の国外。長い道中負担にならないようにゆっくりと進む。


「兄様。お飲み物はいかが」

「ありがとう」

「兄様。お寒くはないかしら。膝掛けをどうぞ」

「ありがとう。後で貸して貰うよ」


 馬車の中でアナベルは甲斐甲斐しくオズワルドの世話を焼く。構って欲しくて仕方がない。ルーとオズワルドは小さな机を出して、14の穴があいた細長いボードで遊んでいた。色のついた石が穴を忙しく移動していく。


「アナ、邪魔しないで」

「ルーばっかりずるいわ。次は私と対戦してください」

「いいよ」

「まだ始めたばかりだよ。あと3回はやらせて」

「ルーは勝つまでやる気? また負けそうね」

「兄様が強すぎるの」


 狭い車内に座りっぱなし。飽きてきたのかとアナの護衛レイラが鞄から本を取り出す。


「アナ様、本をお読みしましょうか?」

「でも」

「ミャー」


 そうしなさいとアナの足元にいたモリオンが鳴いた。


「そうね。お願いします」


 今回の一行は大所帯だった。レイ一家とモリーナ。便乗してフローレンスの両親まで。護衛総動員してウィステリア騎士団も小隊が随行。途中から鳩2名が頼みもしないのに勝手に付いてきていた。今回ヴィンが総指揮を任され、あちこちに目を配っている。


「休憩場所まで問題なく進める。次の宿も貸し切りで押えさせた」

「手際がいいね。僕らだけならいいけど助かるよ」

「双子や女性に野営させるわけにいかないからな」


 騎士達は見張りの数人を残して野営になる。さすがに人数が多すぎた。


「リアンは宿がいいだろうか。それとも野営組か」


 離宮で落ち合ったオズワルドの姿を見つけたアナベルが駆け寄って抱きついたのを、リアンが見てしまった。娘か妹のようだとか言っていた割にかなりショック。少しでも隊が乱れるとリアンが側まで駆けつけ、怒鳴り散らしていた。アナの顔をみては泣きそうだし、野営組を任せれば八つ当たりしそうだ。


「宿にして。大丈夫。風邪みたいなものさ。クロークに着く頃には治っているよ」

「ならいいが」


 リアンもそろそろ身を固めろと養子先のハーバート伯爵家からせっつかれていると聞いた。そのうち見合いでも勧めてみるか。ヴィンは一代限りの騎士爵。貴族でもないし、後継者がいなくてもいいから気が楽。レイによってもう一つ伯爵位を持たされたが、面倒なので隠している。


「こんな時ハリーもいてくれたら心強いと思うけど、まさか花婿本人に頼めないしね」

「そうだな…ククっ」

「ヴィン、笑い事じゃないよ。本当に呆れた。フローレンスが許しても僕が許さないよ」


 鳩1名は変装したハリー。最後だからと飛んできた。


「俺達は姐さんと双子に絶対参列して欲しいからね。迎えに出るのは当然でしょ」

「帰りは2人で付いてくるんでしょ。温泉村に新婚旅行だなんて。今更だと思うけど」

「今までは男女別々。フローレンスと家族風呂に入るのが夢だったんだ」


 いつの間にか小屋を建てていた。年に何回来る気だ? フローレンスの両親にプレゼントしたと言っているが絶対に自分達用だ。


 旅は順調に進み最後の通過国、あまり馴染みのない小国ガランドールに入ると王宮へ向かう。素通りはできない。挨拶に寄るだけ。そのつもりで先触れも出した。


 レイ一家が通されたのは貴賓室。まずは旅の疲れを癒やして欲しい。軽食や風呂、子どもが好みそうな本やおもちゃまで用意がしてあった。


「うちとはほとんど親交もないし、取引だって多くない。それなのにすごい歓待だね」

「騎士達には食事と酒まで出された。誰も口にしないが、ここに泊まれと言われているようなものだな」


 あちこちの確認から戻ってきたヴィンがレイに報告する。とっていた宿に荷物を置きに行かせたが、キャンセルと聞いて客をいれてしまった、もう貸し切りにはできない。そんなはずはないと言っても部屋はもうない。すでにキャンセル料も支払われていた。一体誰が。


「まぁいいさ。国王陛下に挨拶に伺う。モリーナに声かけてきて」


 フェリシティーに嫁いだといっても、モリーナは湖沼の国アレス国王の娘。挨拶はしておかなければならない。


 身なりを整えたレイとモリーナ夫妻が謁見の間に通される。あれ。おかしな事になっている。こちらは正式に挨拶を述べに来たのに。玉座に座っていたのはアナとそう変わらない小さな女の子。


「こんにちは。ようこそガランドールへ。フェリシティー国の皆様とお会いできて、とても嬉しいです」


 はにかみながらもはっきりとして口調。ならこちらも合わせてあげよう。


「初めまして。フェリシティー国レイモンド・ウィステリアです」


 玉座の側で控える女性が、首を小さく振っている。わかっていてなぜ玉座に座らせておく? モリーナも気づいて挨拶して良いのか戸惑っていた。


 バタン! 重い扉が開き若い男性が入ってきた。急いで駆けつけてきたのかマントが肩からずり落ちそうになっている。髪も乱れていた。レイ達に気づき、追いかけてきたお付きの者に身なりを直させる。


「驚かせてすまない。妹が失礼をしたね」


 つかつかと玉座に近寄ると、女の子にどきなさいと叱りつける。


「カレン。ここは遊び場じゃない。すぐに部屋に戻りなさい。いいか。私が良いと言うまで部屋から出てはいけない」

「私だってご挨拶くらいできます。楽しみにしていたのは兄様だけじゃありません!」

「早く連れて行け。あと部屋の鍵はどこに隠した? 大事なお客様が来るというのに窓から出る羽目になった!」


 王の妹だったか。昨年亡くなった父王に代り王子が継いだと聞いていた。戴冠式には兄レオンが出たのでレイは面識がない。王子会に声をかけたがそれどころじゃないと返事が来ていた。


 妹を侍女に渡し、玉座に座った国王ウィリアムは妹に手こずる兄ではなく、堂々とした王の顔になっていた。


「ウィステリア公爵。モリーナ様。歓迎いたします」


 別室に通され、お茶が振る舞われた。


「恥ずかしい所をみせてしまった。ウィステリア公爵一家がハリー王子の式に参列すると聞いて、妹はここに寄ってくれるのをずっと心待ちにしていたのです」

「それは嬉しいのですが、なぜそこまで? 姫がいたことさえ知りませんでした」


 訪ねる国の主な王族を知らなかったなど、あまりに失礼だ。申し訳ないとレイが頭を下げる。


「気になさらずに。表には出していませんから知らなくて当然です。カレンはその…父の子ではあるのですが、母が亡くなったあと、父は王妃を立てなかったのです」


 父は娘かわいさに甘やかしてしまった。その父が亡くなり、侍女達がまた甘やかした結果があれだと。ほとほと困っていると言う。


 なるほど。愛人の子か。妹ではあるが、王妹とは認められていない。姓も母の家を使っている。幼いうちは自由にさせているみたいだが、危うい立場にいると気づくまで、あのままでは困るだろう。


「カレンは公爵に自分と年の変わらない双子がいると…どこからか聞いたのです。見目も戦場の女神。美神とうたわれるお父上そっくりと聞けば興味がわいたのでしょう」

「誰がそんな話をしたのかな」


 レイが隣に座る男を睨み付ける。ハリーは誰だろうねとしらばっくれてお菓子を食べていた。


 ウィリアムとハリーは幼い頃から付き合いがあって、それもかなり親しい。お茶なら俺もとついてきた。式にはウィリアムも招待している。当然カレンとも幾度となく会っている。


「勝手に話さないで欲しいな」

「カレンが面白い話を聞かせろってうるさくて。つい姐さん自慢しちゃったんだよね」


 兄を部屋に閉じ込め、玉座に座り、堂々と挨拶したと聞いて、やりかねないとハリーは大笑いしていた。ハリーにとっても妹みたいなものだった。


「そんなに可愛がるなら、君の弟君が貰えば? 本当の妹にできるよ」

「それがマークが嫌だって。アナみたいな子がタイプらしい」

「それはどうも。でもアナはあげられない」

「諦めるしかないな。マークには他を探すよ」


 ハリーにオズワルドを愛弟子として引きとったと紹介したが、それでおおよそわかったのだろう。


「ははは」

「ウィル、どうした。いきなり笑うなんて姐さんが驚くだろう」

「おふたりが羨ましい。公爵もそのように私に気軽に話して欲しい」

「ではそのようにしましょう。ウィルも公爵でなくレイと呼んで」


 宿のキャンセルをいれたのはウィルだった。ハリーが慕う公爵を他所に泊まらせるなどできない。自分も噂の白銀の一閃と話をしたかった。たわいない話をしているうちに夕刻になる。


「そうだ。晩餐の時間を少し早めよう。私も双子に会いたい」

「それは双子も喜ぶ。カレン様と仲良くしていただけると良いのですが」


 なんとなく嫌な気はしていた。双子は礼儀とマナーにうるさい。あのソフィアおばあ様が直々に仕込んだのだ。領の子ども達と遊ぶときは彼らに合わせているが、王族に名を連ねる者としてどこに出ても恥ずかしくないように教えられている。


 レイ達がのんびりお茶をしている間、すでに一騒動が起きていた。

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