表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/80

たまには温泉村へ

 オズワルドはフーレ村の雑貨屋3号店が気に入って当分はここで過ごしたいとまで言う。弟子のイーサンと波長があった。1人でも任せられるので最近はイーサンがほぼ常駐している。2人ともド真面目。言葉数の少ない2人は一緒にいてもお互い邪魔にならない。


 双子は大好きだ。ずっと一緒にいたいが目標ができたからにはやり遂げたい。共に学べる兄弟子ができてオズワルドは嬉しそうだし、イーサンも歓迎してくれた。


 それに店にお使いや頼まれ事がないか聞きにやってくる村の子ども達。特に同世代の男子達の行動も話も新鮮だった。親の仕事を手伝い、手が空けば皆で勉強し、遊んだりする。早速魚釣りに誘われた。


 アナベルが寂しがるだろうが、しばらく離れて暮らすのもいいだろう。離宮から通わせることにした。王都から半日。会いたければオズワルドが馬で行けばいい。猛練習しそうだ。


 夕暮れ時。モリオンを連れたレイが墓地の前に座っていた。離宮に行くと話していたのを聞いていたモリオンはスミス家に向かう馬車にいつの間にか乗っていて、話し合い中は大人しく別室で待っていた。じっと窓辺に座ってラベンダー畑を見ていたという。


「何を話していたんだ?」

「いろいろだよ」


 そうかと、ヴィンもレイの隣に座る。ふたつの墓前には新しい花が供えられていた。


「ヴィオラ様の実家が許してくれて良かったな」

「どうなるかと思ったけど、最後には娘が望んだことならって。渋々だけれどね」


 離宮の墓地に埋葬すると話したら、さすがにそれはと断られた。1度は婚約者候補になったが縁はなかった。それもレイが唯一と公言している愛妻と並ぶなどとんでもない。当主として早くに手放した娘をもうどこへもやれないと両親に泣かれた。


 ならヴィオラを妻とすると説得した。死人とは書類上でも婚姻は結べないと言われたが、亡くなる前夜に共寝したから事実婚とゴリ押した。アザレアがもしや2人の子と疑われたが、モーリスがきっぱりと違うと証言してくれた。


「スミス家はみなそろって伯爵に陞爵か」

「何世代にも渡り、影ながら我が国の医療、農業を支えてきたんだ。相応だよ」

「それだけじゃないだろう」

「ヴィンもわかってきたね。フローレンスにクロークで子爵家の出だと肩身の狭い思いはさせたくない。間に合って良かった」


 それだけじゃないはず。たぶんオズワルドが家督を継げばいずれは侯爵に。子爵から侯爵にするにはよほどの手柄がないと難しい。アナベルを嫁がせるなら、家格も釣り合わせる必要がある。離宮、フーレ村を含むこの公領を与えるつもりだ。そのためにもフーレ村に住まわせて実績を作らせる? まったく何手先まで読んでいるんだか。凡人にはわからない。


「双子には何と話したんだ?」

「誕生日に毎年送り主がわからない贈り物があってね。送り主を明かした。その人は母様の親友で、父にとっても大切な人と話したら、納得してくれたよ」


 ヴィオラはオリビアに代り、双子のために欠かさずプレゼントを用意していた。肌着や寝間着、遊び着。お絵かき帳にクレヨン…。箱いっぱいに詰めこんで。母ならつい手に取って買ってしまいそうな些細なものばかり。双子は宝箱がきたといつも喜んでいた。


「僕がここに入ったら、ヴィンも入ってくれる?」

「当たり前だ。あの世でも側にいてやるよ」

「ありがとう。君がいてくれれば向かうところ敵なし。あっ。天国に敵はいないか」

「そうだな。のんびりできるな」


 そこまで先の話はしなくていい。だがオリビア様と会えるのは楽しみだ。ヴィオラにはあの世でも気をつけよう。




 フローレンスがハリーと共にクロークへ出発した。式までひと月。レイも双子を連れて式に参加する。そのためにまた忙しくなった。


「忙しいのはふりだけか? お前はどうしてじっと机に向かえない?」

「それ君が言う? 優秀な事務官補佐が戻って来たからね。安心して任せられるし、たまには領内を視察しないと」


 温泉村で久々に肩まで湯に浸かる。その隣でヴィンも浸かっている。レイは伸ばしている髪をアップにして、うなじが丸見え。ほつれ髪が妙に色っぽい。ちょっと目のやり場に困る。


「たまにはいいでしょ。王都に帰ったら馬車馬のように働くからさ」


 ウォーランド国へ行っていたロイス国の姉妹アイリスとローズがウィステリアに戻ってきた。どちらがダニエル王子に嫁ぐのか臣下達に期待され、嫌気がさした。私たちは仕事がしたいのです。それも裏方がいい! 王家に嫁げば人前に出るのが仕事。それも分刻みの生活。人に決められたスケジュールをこなすのではなく、うまく回せるスケジュールを組み上げたい。予算も人事も全てお任せをと言われたら、領主館で雇うしかない。ウィステリア領には口うるさい大臣もいないし、住みやすい。定住します宣言をされた。


「ロイス国王も諦めたらしいし、うちは助かるし。やっぱり女性目線が入ると、住みやすくなるのかな」


 2人が手がけたのはウェディングサロンだけではない。女性が働きやすいように保育所や仕事斡旋所の開設。病気や怪我で体を動かない者やひとり親家庭には近所の者が様子を伺いに行く。これは子ども達や元気な老齢者に任せた。気になる事があれば区画ごとにいる区画長や村長に。それでも解決できないときは領主館に連絡がくるようになっている。隅々まで目が行き届くようになった。



 ポチャン。バシャバシャ。湯に頭まで浸かったと思ったら、顔を真っ赤にして、手足を妙に動かしている不審人物が1人。泳ぐなとレイに叱られる。


「2人だけで会話をするのはやめて欲しい。私も混ぜろ」

「アイクは1人で楽しんでいるのかと思った。水性昆虫になった気分はどう? それアメンボの真似なの?」

「さすが同士! 長い足がもう2本必要みたいだ」


 いくら領主専用の風呂で3人しかいなくても、温泉で潜るのも泳ぐのも迷惑行為。川か池でやって欲しい。


 レイは約束通り、ノアールの医者アダムスと薬草師アンナを温泉村に招待した。ついでにアイクがくっついてきた。2人はそれぞれ足湯めぐりをしている。


「公式訪問するなと言ったのはレイなのに、扱いが雑じゃないか?」

「後で冷たい麦酒をご馳走するよ。風呂上がりに飲むといい」


 飲ませないと無音時間が多くなる。クリフのその後を聞きたいのに、黙っていられたら困る。


 ぷはー。旨い! ジョッキ片手にアイクはご満悦。


「大方トンネルは塞がった。アガサスの現場監督が的確に指示を出してくれたおかげだ」

「土木技術が進んでいるのかな。我が国でも技術者を呼ぼうかな」


 レイは麦酒の入ったグラスにほんの少し口をつけて、ヴィンの前に置く。一杯だけならいいか。今夜は麦茶だけのつもりだった。会話をしっかり記憶しておかなければならない。


「国王一家は見つかったの?」

「記録を片っ端から見直して、やっとそれらしい人物を見つけた。国王とメイド長が老夫婦、その娘と孫として出国していたんだ。居場所も突き止めたのだが、もう国王は長くない。心臓がかなり弱っていた上に不慣れな地での生活。寝たきりになって、王妃とメイド長が世話をしていた」

「王子は?」

「王妃が修道士見習いとして教会に入れていた。ノアールもアガサスもこれ以上は追わないと決めた」

「そうか。責任はあるだろうが今回は仕方がないか」


 国外に出されたのは王位を狙ったアドルフと財務大臣が命を狙っていたから。娘一家を守ろうとダグラスが手引きし、目立たぬように古い民家で身を潜めさせていた。夫を見送ったあとは王妃も修道院に入ると言う。


 財務大臣が国外に持ち出した金も見つかった。あちこちの国にいたクリフの貴族が持っていたのを返還させ、新しい村の整備費のほか、重税から逃げ出した民も含めて、低金利で貸し付けされることになった。貸し出す上限はあるが生活の基盤を整えるくらいにはなるだろう。


「一区切り着いたんだね。村の名前は決まった?」

「まだ決定ではないが、女神の里とか、ボビー村とか候補がでているよ」

「他になかったらボビー村にして。虫の名は絶対につけるなよ」


 なぜバレたのだろうか。皆が知る虫の名なら親しみやすいと言っても却下された。


 アイク達はゲストハウスへ。アダムスとアンナも足湯に大満足。明日も早朝から一巡りするらしい。



 レイは自室でゆったり服に着替えて、ヴィンを呼んだ。


「見て見て。可愛いでしょ」

「俺には着させるなよ」

「えー。ヴィンの分もあるのに。おそろいにしようよ」

「嫌だ。着ない」

「モウ! モウ!」


 勝手にやってろ。レイが着ているのは白地に黒いまだら模様のついた、いわゆる牛柄。レイが着れば何だって可愛い。俺が着たら…。闘牛場に迷い込んだホルスタインだ。


 ノアール国女王夫妻のおもてなし用に作ってみたという。


「無地だけじゃ味気ないでしょ。ちょっとした遊び心だよ」


 双子にはフードに猫耳のついたものを。アイクにはヘラクレス。今ごろ大喜びで柱にかじりついているだろう。オズワルドのは何にしようかな。本気で悩むな。馬鹿なのか天才なのかわからん。


「これなら良い?」


 最初からこっちを着せたかったんだろう。出されたのは黒いふわふわモフモフ。レイちゃんお気に入りのくまか。仕方がない。これなら、なんとか。

 着てみれば意外と快適だった。両手を挙げてガオーと叫べば、怖い怖いとレイが笑い転げる。


 お針子達が大喜びで縫い上げたそうだ。足湯客用に好きなものを制作中。ノリがいいな。これ目当てに温泉村は予約が難しくなりそうだ。


 騒ぎ疲れて横になる。今夜の抱き心地はヴィンの勝ち。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ