オズワルド
レイが屋敷に戻ると子ども部屋へ一直線。先月は不在でできなかった遊びの日。今月もどこへも行けず、屋敷内で過ごしたが、ぐずるアザレアの世話で1日が終わってしまった。遊びの日は双子だけでなく父も楽しみにしているのに。今日は寝るまで一緒に過ごしたい。
「ルー、アナただいま。オズワルドもいたんだね。父様も入れて」
「アザレアちゃんは?」
「新しい家族ができたんだ。もうここには戻らない」
「そうなんだ。寂しくなるね」
「オズワルド。後で詳しく話すよ」
「わかりました」
今は3人でカードゲームの最中。勝負がつくと、レイも混ぜてもらった。子ども相手でも手は抜かない。それでもたまに負けてしまう。運だけは年齢など関係ない。
「他には何をして過ごしていたの?」
「いろいろよ。私はオズワルド兄様に物語を読んでいただいたの。難しい言葉は一緒に調べたのよ」
「僕は兄様と一緒にオプくんとパッチに乗ってきた。兄様はすぐに乗りこなせそうってミアが褒めていた。僕ももっと頑張らなくちゃ」
最近アナはルーよりも長くオズワルドと過ごしている。オズワルドの取り合いになると、ルーが折れていた。その間にルーは兄様に負けまいと稽古や勉強を励むようになった。
オズワルドは絵本や物語を子ども部屋から持ち出しては寝る前に読んでいた。感想を聞くと手振り身振り交えて話してくれる。もともと感受性は豊かなのだろう。運動神経だって悪くない。むしろ勘はいい。閉じ込めておいてはこの先どの道も開花させることはない。
「楽しそうだな。あれ、オズワルドはそうでもなかった?」
「楽しかったです。でも勉強をさぼってごめんなさい」
オズワルドは1日自由に過ごすなどしたことがない。双子にどうしてもとせがまれた。
「それで良いんだよ。子どもは遊ぶのが仕事。明日頑張ればいいさ」
「僕は小さな子どもではありません」
「では遊ぶことを勉強しなさい。遊びだって頭は使うし、必要なことだよ」
困った顔をしているが、そのうちに慣れるだろう。
夕食後、オズワルドの私室でレイはアザレアとこれからの事をゆっくりと話して聞かせた。
「アザレアと会えないのは寂しいけれど、新しい家族が優しそうな人たちで良かった。僕の実家じゃ誰も抱っこなんてしないと思う。レイ様ももう髪を抜かれないね」
「まだ当分はあの泣き声が頭から離れそうにないけど、背が軽くなった」
ふふふ。今頃大泣きしているかな? あれは手強い。
「もうスミスの家には帰らないで、ずっとここにいても良いの?」
「オズワルドが望むならね。毒草作りが続けたければ専用の調剤室を作るよ。他にやりたいことがあれば、好きに学べばいい。ただし、基本的なマナーや一般教養。それに乗馬や体力作りは行う事。それができればあとは自由に過ごしなさい」
「すごく嬉しい。毒薬作りは少し考えてみる。あと、もし…」
「何でも言ってごらん」
「本当の子じゃないけど、お父様って1度だけ呼んで良いですか」
「1度じゃなく、これからずっと呼んで欲しいな。おいで」
実家では甘えるなどしたことがなかった。11歳にしては小さな体を抱き上げた。ラベンダーが気にかけていたオズワルド。籠から出して自由に羽を広げさせてやりたい。
夜更け。執務室の灯りはついたまま。レイは忙しくペンを動かしていた。足下に寝そべるモリオンが「ミャー」と鳴けば、「もう少しで終わるよ」また書類に目を落とす。
「もう休め。モリオンだって言ってるだろう」
「あれ。ヴィンもモリオン語がわかるようになったの?」
「なんとなく? 間違ってはいないだろう。ほらハーブティー淹れてきた。飲め」
「こんな静かな夜は久しぶり。見て。こんなに仕事が片付いたよ。これなら1日空けられそう」
「どこへ行くんだ?」
「スミス家。オズワルドを引き取りたい。話し合いが済んだら、離宮にも行く」
「そうか。双子が喜ぶ。いつまでオズワルドが滞在するのか気にしていたからな」
「双子にはまだ知らせないで。スミス家がすんなり渡してくれるかどうか、わからないからね」
閉ざされた一族。執事モーリスに一族を集めるよう手紙を出したが、なかなか返事が来ない。当主オズワルド不在に何か勘づいた家があるのだろう。
話し合いの日がやっと決まり、レイはオズワルドを連れて、当主の館に向かった。
「君は当主だ。席について話しを聞いて欲しい」
「レイモンド様。どうぞよろしくお願いいたします」
12の分家が集まった。フローレンスの実家ももちろん席に着いている。唯一の味方と言って良い。他は難しい顔をして黙っている。
レイが王の言葉を伝えた。そして、オズワルドを引き取りたいと。
「今までの働きに対して、十分な見返りをいただけるのですな?」
「ええ。できる限りのことはしましょう。スミス家は皆優秀だ。国政にもこれからは関わってもらいたい」
「国外に出ることもいいと?」
「もちろん。ただ、ラベンダーのような記憶を操る催眠術を使える者がいない。安全のためにもスミスの者と知れないようにして欲しい」
「もちろんですとも。スミスの知識を狙う奴は多い。だが国外には1度行ってみたいと思っていた。偽名くらいなんてことはない」
娘の結婚式に大手を振って行ける。フローレンスの父は諸手を挙げて大賛成だ。
「なぜ急にこのような話が? 当主は子ども。丸め込めると思われたのか?」
「なぜ? 今の時代に合わせてと言っても納得しないか。スミス家は短命な者が多い。絶えた家もある。研究熱心なのは良いが、こんな子どもにまで影響が出ていると知ったら見過ごせない。オズワルド。君はいくつだっけ?」
「11歳です」
「……」
「君の息子は平均よりもかなり発育が遅れている。理由はわかるね。王家はスミス家を失いたくはない」
「前当主のラベンダー様もスミス家の行く末を憂いておられた。名を変え、この屋敷で孤独に過ごす。体がどんなに毒に冒されようが1人で耐えていた。もう私たちの役目は終わった。皆もいいな」
分家のひとつ、モーリスの言葉に皆が頷いた。
「わかりました。裏の仕事はもうない。今後スミスの名を変える家があっても、わが一族は変わらず王家に忠誠を尽くすだけだ」
「ありがとう」
これでスミス家が表舞台に出ても問題ない。
「だが、オズワルドまで引き取るとは? 我が家の嫡男だ。お返しいただきたい」
「ラベンダーがそう望んでいたから。籍までは動かさない。オズワルドを娘アナベルの許婚としたいからね。未来の義息を私が引き取っても問題はないでしょう?」
王家との縁組みは今までも幾度となく交わされた。だがそれは裏の仕事があっての話。理由はわからないがレイモンドは本気で言っている。子爵が公爵に反論などできない。
「あと、養子縁組してもらったアザレアは不幸なことに事故で亡くなってしまった」
「それは…。残念です」
ラベンダーが拾った子と聞かされたが、そんなわけないだろう。事故でないことくらいはわかる。
当主館は残すことになった。ここのラベンダー畑でとった精油は特に人気が高い。館は改装してホテルにしてもいい。ラベンダーの私物や好んだ調度品、家具は実家と離宮で引き取り済み。
レイは最後にラベンダーの私室に入った。窓を開けると甘い香りが漂ってくる。一面に咲いたラベンダー畑は絵画のように美しい。君はこの窓辺から何を見ていたのだろう。花を揺らす風にのって『レイ』と呼ぶ声が聞こえた気がする。
「ヴィオラ。一緒に行こう。離宮でもどこでも君の好きな場所に」
馬車の中でオズワルドは顔を真っ赤にしていた。
「あの。僕が大きくなったらアナベルをお嫁さんにしていいの?」
「まだアナベルに話していないんだ。オズワルドは嫌?」
「嫌じゃない! でも…」
「でも? 何?」
「アナベルには、一生懸命勉強して、レイ様から認められるくらい立派になったら僕から申し込みたいです。だから黙っていて欲しいの」
「ふふ。君になら安心して任せられそうだ」
愛娘を絶対に嫁になんて出せないと思っていたけど、そうでもないみたいだ。
離宮につくと、日当たりの良い庭の一角にある墓地に向かった。館から摘んできたラベンダーの花束はふたつ。ひとつはオリビアへ。もうひとつはヴィオラへ。
「オズワルド。紹介するよ。僕の妻のオリビアとヴィオラだよ。今日から君はこの家の子だ。お母様達に挨拶して」
「初めましてオリビア様。オズワルドです。ラベンダー様の本当の名前はヴィオラ様なんだね。またお会いできて嬉しいです」
「さぁ。他も案内しよう。フーレの村にも僕の雑貨屋がある。調剤室を見るかい?」
「お願いします!」
オズワルドは考えた末、毒薬作りではなく、薬草師を目指すことにした。ウィステリア公爵と並んで薬草士界の有名人になるが、それはまだ先のお話。




