秘密の会議
私室に戻ったレイは長椅子にだらしなく腰掛けた。肘掛けにもたれかかり、ため息をついている。
「王宮に行く前に湯浴みをしたい」
「今準備させている」
準備が整うまで少し休め。ヴィンがお茶を淹れる。レイの顔色を見て蜂蜜はたっぷりめ。
レイの髪はアザレアのよだれで濡れて、肩には食べかすがべっとりとついている。上着を脱ぎ、もうこれは処分して良いとメイドに渡した。夜泣きのせいで寝不足気味。それに加えマリアンヌの話にどっと疲れが出ていた。
「レイ。気に病むなよ。マリアンヌと母親には十分過ぎるほどの温情と支援をしてきた。消息が途絶えた時は探し出して、貴族や商人の館で働けるように手を回したのも1度や2度じゃないだろう。それを全て無にしたんだ。自業自得だ」
国内で生涯幽閉されるか、国外に出て慎ましく暮らすか。母娘は国外を選んだ。
あてにしていた知人は貴族籍から抜けたと知ると、どこに行っても門前払いだった。公爵家が取り潰されたなど、よほどのことだ。誰も関わりたくはない。手を差し伸べてくれる友人さえ1人もいなかった。レイが商品を卸す国の貴族や商人にそれとなく家庭教師や事務員に雇い入れてくれるよう声をかけていたが、気に入らないと断るか、雇用されてもどれも長続きはしなかった。
「もう救いようがないな。兄様達に聞かせたくはないけど仕方がない」
幼い頃からほとんど交流のない従妹でも、地に落ちたと聞けば多少思うところはあるだろう。知らせないわけにはいかない。
「ほら。もう暗い顔するな。眉間にしわ寄っているぞ。俺の主は国一番の美人のはずだが? 来い。いつも以上に綺麗に髪を洗ってやる」
レイの眉間を伸ばすように優しくなぜる。やっと肩の力を抜いてくれた。
「ふふ。ヴィンをメイド扱いするなってリリアに叱られそうだけど。香油は気分が上がるやつにしようかな。ヴィンが選んで」
「任せろ」
毎日世話をしていれば、レイの選びそうな香りがなんとなくわかるようになってきた。今日は柑橘系だな。ついでにヴィンの気分も上がる。
ヴィンに身なりを整えられたレイは王宮に向かい、長兄の国王アルバートと次兄レオンに緊急と呼び出した。
場所はアルが独身時代に使っていた私室。久しぶりの秘密会議。
レイはベッドの上であぐらをかき、兄の枕を抱いている。レオはお気に入りの椅子に腰掛け、いつもの癖で本を開きかけて閉じた。アルバートは床に大の字で寝そべる。
「アル兄様。服にしわがつくよ」
「いいんだ。ここでしかこんな真似はできない。レイも隣においでよ」
「ここがいい。あとで横になってもいい? ちょっと寝不足なんだ」
「好きに使いなさい。みんなお疲れだな」
レオも無意識にこめかみや肩をもんでいたが、アルに言われるまで気づかなかった。
「ヴィンに足ツボマッサージして貰いなよ。すごく効くよ。あとで呼ぶね」
「レイ。仕事の量が多いなら事務官を増やすか、私の執務室に届けさせて。手伝うよ」
「レオ兄様だって手一杯でしょう? 2人とも毎日遅くまで仕事しすぎ。倒れる前に休暇をとって欲しい」
「温泉村に交代で行くか」
「アル兄様からどうぞ。エリザベスもメイベルもまだ行ったことないでしょ。きっと喜ぶよ」
気兼ねの要らない3人でいるとつい楽しくなって、時間はあっという間に過ぎてしまう。そろそろ本題に入らなくては。レイが困ったことが起きたと兄達に相談を持ちかける。
「元とは言え、王族の娘がなんてことを。自尊心はないのか」
「父上母上には絶対知られる訳にいかない。見張り付きで2人とも幽閉しかないな」
アルもレオも思い切り引いている。名も聞きたくないが、この先王家の醜聞となって広まっては困る。回避できるなら監視下で最後まで面倒を見るしかない。
「それが、マリアンヌしか連れて来られなかった。あのド派手叔母さん、クリフで隠居した貴族の後妻に入っていた」
「娘を置いて自分だけ? 夫が亡くなったあとは遺産で優雅な独身生活を目論んだな。実に浅ましい。レイ、スミス家に連絡して」
「それがいい。元夫の元に送ろう」
「僕も賛成」
叔母の処遇は即決。叔父まではとはいかなくても、叔母の行動にも不審な点が多い。もういいだろう。
「マリアンヌは幽閉。場所はどうする?」
「1人に見張りまでつけて、小さくても屋敷を使わせるのはしゃくに障るな。教会に預けるか。食いぶちくらいは下働きでもさせよう」
「ならあそこだ。ほら国境近くの。軽犯罪者なら受け入れて更生させてくれる所」
まだ若い。やり直す機会もこれが本当に最後だ。逃げ出せば両親の元へ行ってもらうしかない。
「僕が連れて行く。もうひとつ話しがあるんだけどいいかな」
「今度は何? また国ひとつ地図から消して来たなんて言わないでよ」
クリフ国滅亡にレイが関わっていると聞いて、兄達は腰を抜かす所だった。関わっているどころか黒幕だったのだから。
「大事な友人を助けに行ったら、ちょっと大事になっただけ。国交がない国だし、鉄鉱山が僕のものだなんて公にしてないから、表に出ることはできなかった。うまくいったのはボビーとクリフの元騎士達が良い働きをしてくれたからだよ」
ボビーが民を動かし、多くの国も動かした。レイだけの力じゃない。そして騎士団解散がなければ、無血とはいかなかった。白銀の一閃に殺されたことになっていたが、真実を知って即解散。あれでも騎士団の中では地位も人望も高かったらしい。
「スミス家の事なんだ。今回の仕事を最後に解放してあげたい。昔と状況が変わってきたでしょう。密かに毒薬で葬らなくても裁く方法はいくらでもある。もう一族がひっそりと暮らさなくてもいいと思うんだ」
「そうだな。先々代からほとんど仕事はない。今では毒薬作りは一部の家だけで、その他は一般の薬草や花を育てているのだろう? 当主に1度相談してみるか」
「相談は無理。現当主は11歳で、今僕が預かっている」
「雑貨屋でよく見かける品のいい小さい男の子かな? 声をかけてもすぐに奥へ引っ込んでしまう。なぜか私は嫌われているようだ」
レオンの屋敷はレイのお隣さん。妻ブリジットの医院と雑貨屋も並んで建っている。ブリジットを送りがてら、レオンは雑貨屋にもよく立ち寄る。
「嫌ってはいないはず。すごい人見知りなんだ。毒薬に関しては幼少の頃から英才教育を受けていた。でも屋敷にこもって、まるで軟禁状態。自由なんてなかったんだ」
「年齢よりも幼い気がする。どうみても8歳かそこらにしか見えなかった」
「幼い頃から毒草と関わらせたせいもあると思う。前当主が不妊症だったのも毒草が無関係とは言えない」
ラベンダーがレイの婚約者候補になったことは兄達も知っている。王家とスミス家の間で幾度も縁組みがされた。もう十分過ぎるほど強固なつながりはできている。暗殺という仕事がなくても、王家がスミス家を見捨てることはない。
「近いうちにスミス一族を集めるよ」
「レイに任せる。もしスミス家が望むなら陞爵する。公領を分け与えてもいい。スミス家とはこれからも友好的な関係でいたい。王からの望みだと伝えて」
兄達も賛成してくれて一安心。一時的でなく、オズワルドをこのまま手元に引き取って育てたい。
「ところで。レイの屋敷から赤ん坊の泣き声がするのだけど。あれはどこの子?」
ふーとレイがため息を漏らした。まぁ、あれだけ大声で泣き叫ばれたら外に漏れるだろう。
「兄様達に隠すつもりはないよ。泣き声はマリアンヌの子。もうじき1歳になる。どうしてだか僕から離れなくて、仕方なく連れ帰った」
今頃目が覚ましたアザレアはレイを探して大泣きしているだろう。いくら子ども好きでも手がかかりすぎて、困り果てている。もうどんなに泣こうが養子先へ連れて行く。つい兄達に愚痴ってしまった。
「それほどか。さすがマリアンヌの娘だな。2人は知らないと思うけど、幼い頃のマリアンヌは気に入らないことがあると、いつも癇癪を起こしては大泣きして暴れていたよ。いつも微笑みを絶やさない母上が顔をしかめていたな。叔父夫婦にもう王宮に連れてくるな言っていたよ。同じ従妹でもオリビアとは雲泥の差。あれと血がつながっているなど考えたくもない。感情をうまくコントロールできないのは叔父譲りか」
いくら高位貴族でも感情のままに振る舞えば、信用などされない。叔父がそうだった。王弟でありながらろくな役を与えられず、名ばかりの王族。威張り散らし、見栄ばかり張る。いつも尻拭いをさせられていた父の頭痛の種だった。
「兄様達と話せて良かった。少し休んだらマリアンヌを教会に連れて行くよ。いつまでも宿に置いてはおけない」
「レイ。何か気がかりがあったらいつでもここに来て話して欲しい。レオンもだよ。フェリシティー国は私たち3人で守り、治めていく。私には優秀な弟がいて心強いよ。2人の頭にも王冠を載せたいくらいだ」
「王冠は兄様だけにして。アル兄様も1人で背負い込まないで話してね」
「そうする。頼りにしているよ」
外で待機していたヴィンが中に呼ばれた。人払いするほどの話のはずだが。何事かと緊張したが、レイの眠る横で、まさかの国王陛下と王弟殿下の足ツボマッサージをさせられた。




