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第6王女

 ハリーにお相手を伝えると、即断ってくると飛び出そうとして、ヴィンに引き留められた。


「本当に、あれが王女の発言かと耳を疑ったわね」


 リリアはモリオン会いたさにレイの客室に来ていた。


「たまにレイがものすごく男らしくみえる。それさえなければだけど」

「僕はいつだって男の中の男、騎士のつもりだけどな」


 レイはモリオンを抱き上げ、頬ずりしている。髪が乱れようが気にしない。ちょっとくらい抱かせなさいよとリリアがむくれている。外交は気が抜けない、癒しが必要。


 レイ好みのお茶をふるまい寛いでいると、ノックの音がして、ヴィンが扉を開ける。


「アイリス王女からのお詫びの品をお届けに参りました」


 カートにはワインボトルとグラス。運んで来たのは慣れない手つきの従僕。新人の下級使用人に持たせるとは、お詫びの気持ちはないらしい。


「君、給仕をして」


 失礼しますと、栓を抜きワインがグラスに注がれる。


「うー」とモリオンがうなり声をあげた。

「いい香りだね」


 モリオンをなだめ、レイが従僕に毒見するように命じた。嫌と言える選択権はない。従僕が一口含むと、口がしびれたのか涙目になっている。


「21番だして」


 ヴィンが急いでレイのトランクから解毒剤をだし、従僕に飲ませた。死に至るような毒ではではないが、それでも数時間感覚が麻痺する。


「国王にお仕置きをしてもらおうか」


 国王がテーブルに手をつき、レイに頭を下げる。


 大国の王族に毒入りワインが届けられたと聞き、血相を変えて詫びに来た。アイリスは濡れ衣だ、そんなもの届けた覚えはない。逆に謝罪を求めるとまで言う。実娘が父に嘘を言うはずはないが、フェリシティー国に睨まれるのだけは避けたい一心で、必死に頭を下げ続けた。


「証拠がないと言われてもね…」


 従僕は見知らぬ侍女から頼まれた。まだ新人で上級使用人の指示なら疑問に思わず、従うのが仕事だと思っている。間違えではない。


「城中の侍女を並べましょうか」

「私に聞いてどうしますか? 調べるのは私ではないでしょう」


 どうにも気弱な国王だ。娘を罰するなどできそうもない。


 そこへ王妃が2人の側室を伴ってきた。1人が心に響くような丁寧な謝罪を述べる。もう1人は従僕に聞き取りをして、別室に連れて行った。王妃はそれを見守りながら、国王に落ち着いてとお茶をすすめる。なるほど、本当に側室と言うより側近だ。


「私には政治は不向きで、こうして優秀な妻たちに手助けをしてもらっているのです」


 王妃は子どもの頃からの許嫁。王妃教育をみっちりと受けて来たが、のんびりとした性格でこちらも上に立つのは苦手。


 そこで嫁ぎ先が見つからない王女や、貴族の娘の中で優秀なものを見つけると、側室に貰い受けた。王妃が1番、側室にはみな君が2番目に大事と言えばなぜか争いもなく、姉妹のように仲が良くなっていた。


 本当の胸の内はわからないが、降嫁先の身分が思いのほか低かったり、高位貴族でも後妻に嫁がされるくらいなら、側室のほうが良い。王妃も膨大な仕事を1人でこなさず分担できるので文句はなかった。


「アイリス王女と母君はどのような役割ですか?」

「4番目の側室カメリアは他国でいう王妃の侍女長にあたるものです」


 誰よりも王妃の近くにいて、服装も華やか。事務官のような側室よりも上と勘違いしていた。


「アイリスは容姿がいいので、今は賓客の接待をまかせています」


 愛想がいいのは表向き。初対面の時には感じが良かったのに残念だ。


「なぜアイリス王女をクローク国へ嫁がせようと?」

「自分から皇太子に嫁がせてくれ、王妃にならなければ嫌だと言い出しまして」


 母にも嫁ぎ先はどこかの王家へと望まれていた。フェリシティー国でレイに手痛く振られたと同行していた侍女達から噂が広まり、王弟以上の王族に嫁がなければ、笑いもののままだと。特に同じ年のローズには負けられない、勝手にライバル視していたという。


 侍女達にはレイの芝居はお見通しで、帰国時にはイザベルの小説を土産に購入していた。


「もうひとつ。王女達への縁談を最初に選別するのはどなた?」

「王妃です。それが何か?」


 ローズに縁談が来ないのは、カメリアが王妃に知れる前に握りつぶしているのだろう。


「実はハリー王子がお忍びでロイスに来ていますが、1人ではないのですよ」


 隠していて申し訳ないと嘯く。


「それはアイリスに会いに来たわけではないと?」

「彼にはすでに想い人がいて、アイリス王女を迎えるなら、側室を持つことをお許しいただきたいと言っていました。試しに1度会わせてみますか?」


 急遽、正妻候補と側室候補の顔合わせが決まった。


「ほらね。ドレス積んで正解だった」


 満面の笑みを浮かべ、変装をとったハリーは、目の前のヴィオラに鼻の下を伸ばしている。


「僕にも少し責任があったようだからね」


 アイリスは父のように側室など持たぬ夫を望んでいる。なら側室候補に会わせてしまえばいい。


 1度街へ出たレイがヴィオラに変装し、ハリーと共に王城の門をくぐる。通された部屋には、アイリス、国王と王妃、カメリアが待ち構えていた。


 入室したハリーがヴィオラを紹介する。


「ヴィオラはフェリシティー国王家の遠縁にあたる者です。どことなくウィステリア公爵に似ているでしょう」


 ハリーがレイの護衛をしていることは知られている、レイの遠縁なら2人の仲は公認ということだ。何より、ハリーのヴィオラへの熱い眼差しは演技ではなく本気。疑う余地はない。


「大変お美しい方ですわね」


 王妃はこれではアイリスの勝ち目はないわね、諦めなさいとまで言い出した。


「側室ともなればハリー様のお役に立たなければなりません。あなたに何ができますの? 私は3ケ国語をマスターしていますわよ」

「経営学、薬草学、馬術に剣も少々。お子様の養育のお手伝いができます」


 ヴィオラは7ヶ国の言葉で返した。


「アイリス王女、先にヴィオラと約束を交わしていたんだ。身分が上の君を正妻にしたとしても、私はあなたを優先できる自信がない」


 顔を真っ赤にしたアイリスが立ち上がり、ヴィオラに手を上げようとした。ハリーがヴィオラを抱き寄せ、させやしない。


「どうにも気性の激しい方のようだ、王妃にふさわしくない」


 ハリーはヴィオラの肩を抱いて、怖かったねと慰める。これで話は白紙!


 再び街でレイは着替え、城下は楽しかったと何食わぬ顔で王城へ戻った。


 悔しい。母は側室と言っても4番目。自分も王女としては6番目。器量が良くても、良い縁談は姉から決まっていく。側室、王女だらけで使用人も大事に扱ってはくれるが、皆平等。なのに父も王妃様も苦手な事務の補佐を担える者を特に可愛がっているように思う。


 同じ年のローズが褒められているのを見ると、自分は不要なのではと落ち込む。


 早くこの国を出たくて、嫁ぎ先を探しているときに、フェリシティー国で愛妻家と噂される公爵に一目ぼれした。あろうことか男の恋人がいると言われる。帰国すれば、姉たちに高望みが過ぎると笑われた。


 そこへまた、レイから冷たい言葉を浴びせられた。自分の態度が悪いのはわかっているが、我慢できず、毒入りワインで少し懲らしめようと思ったが大事になって、もう父からも見放されるだろう。


 どこかの王妃になって見返すしかないのに、その道も閉ざされた。もう修道女にでもなろうかしら。


「アイリス、どうなさったの?」


 1人で廊下を歩いていると、ローズに声をかけられた。


「あなたこそ、何してるの?」

「経理課の仕事の帰りよ」


 後ろから「お待ちを」とローズは事務官である貴族の子息たちに呼び止められる。

「ここの計算がね…」


 ローズがてきぱきと書類の間違えを指摘していく。子息たちはさすがローズ様、お礼にお茶でもと誘っている。


「もう行くわね」


 やはり自分は不要な人間。誰でもできる部屋案内しか頼まれない。


 庭に出ると、今度は1番顔を合わせたくない人物がいた。


 レイとリリアが王妃自慢の庭に猫を連れて出ていた。子どもじゃあるまいし、猫を連れて来る? 猫用おもちゃや、餌まで用意させられて面倒この上ないわ。素知らぬふりして通り過ぎようとするが、リリアに見つかった。


「お詫びにでも来たのかと思ったら、違うようね」

「詫びるようなことはしていません(クシュン)」


 急に鼻がムズムズする。


「ハリー王子の事だけれど、あれは君と気が合わないと思うよ」


 結婚後にすれ違うなら、白紙になって正解とレイにまで言われる。


「どうせ(クシュン)私は性格がねじれていますから(クシュン)」

「本当にねじ曲がりすぎ。最初に会った時、可愛らしいと言ったのは本心だよ。私は再婚する気は全くなくて、断る方法が間違っていたことは謝罪する」

「いまさら何を言われても、私は笑いもののままです。では失礼します(クシュン)」


 おかしいわね、風邪かしらとアイリスは自室へ戻って行った。


 自室で大人しく休んでいると、父から呼び出しがかかった。


「クロークとの縁談は消えたが、ハリー王子からヴィオラ嬢の話相手になって欲しいと頼まれた。受けてくれるか?」

「嫌に決まっていますわ。なぜ好かれもしない王子のご機嫌を取るのです?」

「ヴィオラ嬢がフェリシティー国王族の遠縁なら、この先何か役に立つだろう」


 そんなことだろうと思った。私の気持ちなんか誰も気にかけてくれやしない。振られたばかりの私は、どんな顔をすればいいのよ。いいわ、2人にさえなれば、お返しができる。


「お受けしますわ、お茶に誘えばいいんですね」

「くれぐれも失礼のないようにな」


 ここで、父の機嫌を取っておけば、毒ワインのことはもう追及されないだろう。


 翌日、アイリスはヴィオラのための席を設けた。



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