番外編 元王子様は知らない
レイに甘やかせと言われたが、何すりゃいいんだ。要するに癒やせって事だな。
「痛い! やめて!」
「このくらい我慢しろ。お前は国1番の最強の男だろう」
「無理だよ! 手加減して! うぎゃ!」
「仕方がない。今夜はこれで勘弁してやる」
「ふー。気持ちいい。次はここお願い…」
ハリーがレイのテント前を通りかかると怪しげな会話が聞こえてきた。レイの奇妙な叫び声の後の甘いため息。急に静かになったのがやけに気になる。何が起きたかは想像したくないが、確かめずにはいられない。
「姐さん、ごめん! 入るよ!」
中は薄暗かったが、ハリーは夜目がきく。うつ伏せになって腕をだらりと投げ出したレイにヴィンが跨がっている。2人とも服は着ている。でも、でもさ!
「ヴィン! 姐さんが嫌がってるじゃないか。無理矢理ナニしてんだよ!」
「俺はただレイのためにしただけだ。ハリーこそいきなり入って来て何だよ」
「ハリー。見回りしてくれていたの? 君もやって貰えば? 気持ちいいよ」
「俺は姐さんとがいいなー」
「僕じゃ君を気持ちよくはできないよ」
ゆっくりと仰向けになったレイの股間に、ハリーの目が釘付けになった。
「姐さんが…俺のヴィオラちゃんが、にーさんになってる!」
「ハリー。大きな声出さないで。僕だって、健康な成人男性だよ」
ズボンの中で窮屈そうにしているものを隠そうとしないレイに、ヴィンが毛布を被せた。
「ヴィンの足ツボマッサージは本当に効くんだ。腰ももんで貰ったよ。診療中は気づかないけど、立ったり座ったりは結構足腰にくるんだよね。血流良くなって、リラックスできて。一気に目が覚めるけど、すっきりした。これで朝までぐっすり眠れる」
体中ぽかぽか。じんわり汗をかいて、頬をほんのりピンクに染めたレイの色気にくらっとしたが、どうにか持ちこたえる。姐さんの無事は確かめたけど、納得いかない。
「誰だって生理現象だけはどうにも出来ない。寝ている時にヴィンのだってよく僕のお尻に当たっているよね。いちいち気にしていたら一緒になんか寝られないよ」
ヴィンが両手で顔を隠して、呻いている。
「詳しく聞きたいなら、アダムスに聞いてごらん」
人体の不思議。恥ずかしい事じゃないって言いたいんだな。さすが医療関係者。
「ヴィンのは絶対に違うと思うけど」
「いや。ただの生理現象だ。お前みたいな欲の塊にはわからないだろうけどな」
「なら、顔赤くすんのやめろよ」
この2人はどうなってんだ? まだどうにもなってない。絶対そうだ。さすがにヴィンが気の毒になってきた。ここは悔しいが背を押してやろう。
「姐さんはヴィンと、その…したいって思わないわけ?」
「したい事? 今こりをほぐして貰ったけど。そうか僕もお返しにしなくちゃね」
「姐さん。違う」
耳元で夫婦の営みとささやくと目をまん丸にして驚いている。
「同性で愛し合う話は聞いたことはあるよ。たしかに僕はヴィンが大事で愛してる。だからって本当の夫婦にはなれない。僕を世間知らずだと思ってからかわないで」
ヴィンはもう顔から火が出そうなほど真っ赤になって、あ...あい…と口をパクパクさせている。
でも男色や男娼って正直よくわからない。前にエリオットに聞いたら、すごい剣幕で知る必要がないと言われた。勝手に見目がよい男を女性の愛人のように囲って侍らしてると想像していたという。
「同意の上なら同性同士でも仲が良いのは良いことだね」
無邪気に笑っている。本当に知らないんだ。
このお方は薬草士だけど医者と同じくらい知識あるくせに、大事なこと抜け落ちているのはなぜ? 経験はないにしろ、わかるだろう。
それに話しに聞いたと言っても、天使のような王子に赤裸々な話は誰もしないはず。していたところに、たまたま顔を出しちゃったんだろうな。普段はすまして気取っている騎士連中も任務外はただのむさ苦しい野郎ばかり。そんな奴らの飲み会にエリオットも護衛3人も近づけさせなかっただろうし、そんな話をしようものなら、レイの耳を塞いで、口を滑らせた馬鹿共は追い出されたに決まっている。
2人も子をもうけているのに、ピュアな姐さんが眩しい。
「ハリー。見回りついでにフローレンスのテントには入っていないだろうね」
「誓って入ってないです! 表から大丈夫か声掛けただけ!」
「ハリー王子が紳士でよかった。用がないなら僕たちも寝るよ。おやすみ」
危なかった。フローレンスがテントに入る前に手を握って、おやすみのキスはした。そしてテント越しに話をした。顔を合わせず布越しって、それがまたそそられる。結婚式が待ち遠しい。もし我慢出来ずに入っていたらレイに半殺しにされるところだった。娘溺愛の男親に容赦などない。レイはフローレンスをアナと同様に大事にしてくれている。これだけは裏切れない。
朝。ヴィンが顔を洗っていると、ハリーがこっち来いと手招く。しつこい奴だ。
「お前はよく我慢できるな。毎晩隣で寝ていて辛くないのか? 風呂の世話までして、もう姐さんの全てを知り尽くしてると思ってた」
俺には到底できない。ハリーはヴィンにいつも何もないと言われても信じていなかったが、昨夜の様子だと本当にないとわかった。
「まさかお前まで姐さんと同じ事言わないよな」
「傭兵時代に聞きたくなくても耳に入った。半信半疑だったけど。まぁ、人それぞれでいいんじゃないか」
「でもさ。目の前にあんな美人がいるんだ。男だってわかっていても、1度くらいって思うだろ」
「お前と一緒にするな。あいつを失いたくない。それに弟のような、まだまだ子どもみたいな所もあるしな。それに女神なんだろう? 穢したらバチがあたる。それにキスくらいは毎日してるぞ。他には…」
どうだ、良いだろうと聞いてもいないのに、惚気だした。くそ。俺だけの女神様に慰めて貰おう。
ハリーが走りながら、フローレンスを名を呼んでいる。撃退成功。
「おはよう。朝から騒々しいね。ご飯食べたら治療始めるよ。準備して」
今朝も爽やか笑顔の俺の愛する家族。ご機嫌だと俺も嬉しい。
「無理するなよ」
目尻にチュッとすれば、すぐに返してくれる。今はこれで十分。




