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ボビーの采配

 やっと動いたか。ノアールから国境へ戻る途中に狼煙が見えた。


「作戦開始。先に薬だな」


 見張り役の小屋の前でうめく奴らは蹴り飛ばして黙らせる。加減しないとあの方をがっかりさせてしまう。


『話が聞けたら、手間が省けたのに』


 叱られはしないが、鳩ってその程度なんだって顔をされると、任務終わりの酒が不味くなる。それは嫌だ。褒められて旨い酒が飲みたい。


 ここだな。ペレと呼ばれる鳩がナイフで傷が横に1本つけられている小屋の戸を叩くと、中からはかゆいかゆいと情けない声をした男が出てきた。少しでも和らげようと腕には水で濡らした布を巻いている。


「見ない顔だな。お前さんはどこの小屋のもんだ?」

「どこでもない。これボビーさんに頼まれたかぶれ止め。追加来るから取り合いすんなよ」

「ボビーの知り合いか。ありがたい! これでやっとみんな眠れる」


 次は主達の通り道を掃除しておかなくては。何人いけるか、ダヴと競争だ。矢筒を背に馬に跨がった。


 ***


 レイは薬と薬草の入ったトランクを馬車に詰め込み、自身は馬に跨がった。フローレンスと医者のアダムス、アンナは別の馬車に乗せた。公には大怪我をしたボビーの迎えに行くという事にした。


 アダムスとアンナには正体を明かした。驚かれたが、口外しないと誓ってくれた。その代わりアンナはレイの元で勉強させてもらえることになった。


 アダムスにもフェリシティー国に1度行きたいと言われたが、断った。ノアールは人を診る医者が少ない。さすが酪農王国。獣医の数がはるかに多い。王宮の治療室でさえ一般の民も診療している。代わりに医者を派遣する約束をした。


「ヴィオラ様は旅の薬草士だったな。馬まで乗りこなすとはさすがだ」

「室長様。薬草の準備ありがとうございます。これだけあれば対処出来るはず。では行ってまいりますね」

「ボビー様をお頼みします。追加が必要なら人を寄越して下さい」


 副室長は室長となった。アイクに牢に放りこんだ薬室長のことを聞くと、親しげに自分はアイク派だとか言って来たコバエだね。ゴマをすって予算をたかりに来たよ。横領はすぐにわかった。すでに長年に渡って懐に入れていた分は知らぬふりをして、甘い蜜をちらつかせ、闘技場の工事をしているクリフの者の薬と一緒に私費で食料を調達するように言い付けた。もともと工事が終われば、解雇するつもりだったと言う。


 途中クリフの元騎士達と合流。姐さんに呼ばれたと喜んでいたが、道案内と聞いてがっかりしている。


「君たちを頼りにしているよ。事と次第によってはクリフ王都へ乗り込むからね」

「お任せ下さい。軍部といっても頭の固い上層部なら俺らだけで片付けますよ」

「頼もしいな。国境付近に兵が配備されているそうだ。先に鳩が掃除していると思うけど、馬車2台には近づけさせないで」


 途中兵達を見かけたが、地に倒れているか、戦意喪失した者ばかり。おかげで国境まで足を止めずにすんだが、クリフの元騎士達が首をかしげる。


「今回、鳩は2人なんですよね? いくら雑魚兵でもこれだけの人数をどうやって?」

「知りたいか? お前らの中で鳩志望がいるなら、特別に俺が特訓してやるよ」

「無理ですよ。遠慮しておきます」


 普段はふざけてばかりだが、ハリーがものすごく強いのは知っている。あの姐さんが嫌がるくらいだ。少数先鋭の鳩には憧れるが、命がいくつあっても足りない。元はならず者だろうが、何だろうが、ハリーの目に止まって鍛え抜かれた彼らは別次元。剣の腕だけでは到底鳩にはなれない。


 集落のように小屋がいくつも建ち並んでいた。ダヴが出てきて駆け寄ってくるが、ハリーがいきなり頭を小突く。


「狼煙あげたのはお前だろ。もう少し目立たないようにしろ。それにあの報告は何だよ。意味不明だ。ボビーは?」

「すんません。ボビー様は近くの村へお連れしました」

「ずっと守ってくれていたんだね。掃除もありがとう。すごく助かったよ」


 女神様が微笑んでいる。主の主。直接言葉を交わすことはほとんどないが、潜んでいる俺らを見つけるとニコッと笑いかけてくれる。激務の合間の癒やし。だがフーレ村の小さな家近くではたまに睨まれたりする。その時は速攻逃げる。鳩でも怖い。余計な報告するなって事だ。2人と猫の小さな家を本当に大事にしている。ハリーへの報告はいつも『特に変わりなし』だ。


「姐さんに見蕩れてないで、トンネルに案内しろよ」

「ハリー、トンネルは後でいい。先に患者をみよう。それにしても開通前に見つけられて良かった。ボビーと鳩のお手柄だね。作業員にはもう少し残って埋めてもらおうかな。もちろん相応の賃金はクリフに出させるよ」


 レイに褒められ、ハリーの機嫌が良くなる。追加のお小言はこれでなくなった。


 レイからどうぞと渡されたのは携帯食と虫除けとかゆみ止めの薬。これすごく助かる。じっと隠れながら見張る時。追跡中。体力消耗が激しい時にお手軽簡単にエネルギーを補給出来る。そして敵よりも厄介なのは蚊。痛いのは我慢出来るがかゆみは辛い。そこらで調達するよりもすごく効く気がする。いつも俺らに渡すようにと湿布、傷薬をハリーに持たせてくれる。こんな気遣いされたら女神様が望む厄介な仕事は苦にならない。むしろ指名して頼んで欲しい。


「怪我人と病気の者は集めておいたんで。こっちです」

「ハリーの鳩は本当に気が利くね」

「全てボビー様の指示ですよ。扉につけた線1本はかぶれた者。人数は少ないんですが、かゆいかゆいってうるさいんで分けました。2本は病気で動けない者。3本は怪我人。4本は特に怪我の酷い者。手足がちぎれそうだった2人は先にボビー様が村へ連れて行きました」

「下痢した者はどこ? 何か悪いものでも食べた?」

「腹壊したのは、見張り小屋の連中だけです。腐った肉と芽の出たジャガイモを旨いって食ったあとに、のたうち回ってました」

「なら、診察は後回しだ。水を少しずつ飲ませておけばいい。動ける者に頼みたい」


 1本線の小屋。レイがかぶれた原因の葉をみて、軟膏を渡す。じきに収まるだろう。2本線の小屋。アダムスとアンナが診療に入ってくれた。3本線の小屋。レイとフローレンスが手分けしてざっと診た。傷薬の塗布は動ける者に頼んだ。


 そして4本線の小屋に入ったレイは絶句し、フローレンスは戸口から動けなかった。


 これは酷い。戦場でさえ救護班に応急処置はされるのに。悪化して赤く腫れ上がり、高熱を出している者。長く放置されて足や腕が不自然に曲がってしまった者。化膿し、膿んだ所から独特の匂いがする者。ざっと数えて50名近い。


 それでも仲間同士助け合って、怪我人や病人には食事を多く分け与え、包帯代わりのぼろ布だけは毎日洗って取り替えて、出来るだけの世話をしていたという。見張り役に見つかれば連れ出され、どこかに放置される。そんな事はさせないと床下に隠されていた。


「みんな無理矢理ここに連れてこられた。逃げ出せば故郷の家族に害が及ぶと脅された。死ねば代わりに誰かが連れてこられる。あんた、クリフの人間じゃないな? ボビーの仲間か? ボビーは無事か?」

「ボビーは無事だ。僕はフェリシティーのレイモンド・ウィステリア。薬草士だ。君は? 現場を仕切っていた者はいるか?」

「ジョージだ。現場を指揮する者はいない。見張り役が見回るだけだ。怪我しようが見向きもされない。それでも皆どうにか生き延びてきたが、トンネルの先にここよりも酷い地獄が待っていると知って逃げ出す相談をしていたら、ボビーが全員で脱出しようと言ってくれた。もし叶うなら怪我人も連れ出したい。出来るか?」

「わかった。できる限りのことをしよう。だが先に治療だ。君もあとで診よう」


 レイは1度外に出ると、手紙を2通書きあげ、ハリーについてきた鳩を呼んだ。


「大至急アガサスとノアールへ。アガサス王にはこれを見せるといい」


 手紙と一緒にレイの象徴石<夜明けの空>が渡された。


 ハリーとヴィンは元クリフ騎士とともに周辺に残っていた兵達を縛り上げ、トンネルに放り込んで小屋に戻ってきた。


「姐さん、まだ続けるつもり? もう蝋燭が消えそうじゃないか」


 ハリーが乳鉢を取り上げた。


「今は何時だろう。気づかなくてごめん。フローレンスとアンナは食事をとったら、そのまま休んで」

「レイ様こそお休みください。昼もとっていないじゃないですか」


 フローレンスから水の入った瓶を渡される。そういえば朝から何も口にしていなかったかも。


「もう少しだけ調薬しないと。痛み止めも化膿止めもぜんぜん足らない」

「明日、村から薬草士を連れてくる。それにアガサスとノアールに救援を頼んだんだろう?」


 ヴィンには薬草の入った籠を取り上げられた。


「あと少しだけ」

「だめです。応急処置は全員済みました。明日にしましょう」


 医者にまで言われたら、手を止めるしかない。ヴィンに連れ出された。


 テントで食事をとらせ、寝かせようとしても、レイは休もうとしない。ブツブツと地図を見ながら策を練っているようだ。


「治療を終えたらクリフの王都へ行くよ」

「わかった。だがその前にお前が倒れてはいけない。休んでくれ。いいな」


 おいでとヴィンが腕を伸ばすと、さすがに限界だったのだろう。素直に体を預けてくる。


「心配かけてごめんね。でもボビーはすごいな。焦った様子もなく、普段通りだったらしいね。状況を判断して、誰も見捨てずに全員を助けようとした。鳩を使えば自分はすぐに逃げ出せたのに」

「お前だって同じ事をしただろう」

「僕なら不審な馬車には乗らないし、乗ったとしても、斬り捨てて、ここには辿り着けなかったよ」

「そうだな。俺が乗せないしな。だがこれでクリフはもうお終いか。薬草士ヴィオラと白銀の一閃のお怒りを買ったんだ」

「ふふ。地図から消えて貰うよ」

「そうなるよな」


 蝋燭を吹き消そうとすると、待ってと止められた。


「ねぇ。僕を寝かせたいなら、もう少し甘やかしてよ。嫌とは言わないよね」


 まったくこの男はすぐこれだ。こんなところでどうしろと? 子守歌…はないな。

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