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悪友来る

 ノアール国王宮に入る前にヴィオラ達は王都で買い物を楽しんでいた。


「ここ王室御用達ドレスショップですって。入ってみましょう」

「さすがノアール国。全て黒のドレスでそろえてありますね。でもすごい! 真っ黒だけじゃないです!」

「フローレンス、見て。下着まで黒よ。うふ。ハリー様がお喜びになるかも」

「わ…私には無理ですよ! それよりもヴィオラ様こそお召しになっては?」

「黒のドレス着るなら必要よ。でもヴィンセント様にはしたないって叱られるかしら」


 ドレスショップで大はしゃぎのヴィオラとフローレンス。ハリーとヴィンは店には入らず、外で待たされている。女の買い物に付き合うのは苦手。ヴィンは少し偵察に行ってくると1人で人混みの中に消えた。


 店内では値も聞かずにあれこれ試着して数着を選び終わると、特別室でお茶を提供された。外国から来た高貴な方がお忍びで来店したのだろう。軽装にもかかわらず、今では入手困難なウィステリア刺繍が施してある。1着づつ購入してもらえれば今日の売り上げ目標は達成する。上客に店主はほくほく。2人の財布であろう男性を外に立たせてはおけない。詫びて奥へ通された。


「ヴィオラちゃんもフローレンスも気に入ったものはあった?」

「この中からハリー様に選んでいただいたものを購入しようかと」

「王太子妃になれば、気軽に町に出て買えないものね。ハリー様、私の分も選んでくださいね」


 王太子妃だって!? ハリー様と言えばクローク国の? 店主はすぐに確認するよう店員に目配せする。大至急だ! 


 ハンガーラックを前にハリーも選べない。どれを着せても2人に似合うだろう。黒でも闇夜のような黒、黒茶、青みがかった黒。デザインも重厚なものからシンプルなものまで。選びきれなかったとヴィオラは言うが、試着を見せなかったのは、見たいなら全部買えと言うことか。ヴィオラに微笑まれ、フローレンスも目を輝かす。ハリーは全部包ませ、なにげに2人のナイトドレスも追加。ヴィンにもたまには刺激を与えてやろう。請求書と一緒に。


「こちらのお店とても気に入ったわ。帰国前にもう1度寄らせていただくわね」

「ありがとうございます。お品物を用意する間、もう少し休憩なさってください」

「連れが戻るまで休ませていただくわ。その間、店主も一緒にいかが?」


 お茶のおかわりとスイーツと軽食まで運ばれた。ヴィオラはチーズケーキ。フローレンスはフルーツヨーグルト。ハリーは迷わずローストビーフのサンドウィッチを選ぶ。ヴィオラにちらっと見られたが、ドレスに免じてか何も言われなかった。ただそっとプレーンなヨーグルトを差し出された。


「ノアール国を訪れるのは初めてなの。女王様の治める国ってどんな国なのかしら? 最近の流行や話題も教えてくださる?」


 女性が集まるドレスショップは情報収集にはもってこいの場所。ヴィオラがニコッと笑えば店主の口も軽くなる。クローク国王族を顧客にできるならお安いご用だ。


「そうですね。リリス女王が諸外国をまわってくださるおかげか、余計な争いもなく平和な国です。それに我が国自慢の乳製品や加工肉を大量に売りさばいてくださる。ますます畜産業が盛んになって潤っていますよ」

「さすが黒百合様。お噂はかねがね。外遊にはリリア様もご一緒されているとか」

「ここだけの話ですが…どうもご懐妊されたとか。正式な発表はまだですが喜ばしいことです。代わりに夫となられたボビー様がクリフ国へ行かれています」


 結婚した姫の姿が見えないと期待も込めてか、憶測は噂となって広がる。


「ボビー様はいつお戻りに?」

「さあ。もうひと月も行かれていますからね。大きな商談でもあるのでしょう」

「リリス様もご一緒ならどんな難題も大丈夫ね」

「それがリリス様は今回行かれていないのです。リリア様がご心配なのでしょうな」

「ボビー様が長期不在となると、色々と滞るのでは」


 1人でひと月も。商談にしたら長すぎる。すでに話し合いがされ、調印に行くものだ。より有利な条件を引き出そうと粘ったとしても時間はかけない。引き際くらいわかるだろう。リリス女王にも何かあった?


「ボビー様がお留守中に大層優秀な政務官が入られました。長く禁止されていた闘牛をあっという間に再開にこぎつけ、闘技場の整備まで手がけておいでです。なかなかやり手ですな」

「まあ闘牛だなんて。女性には理解できませんけど。男性は楽しみにされているのね」

「ええ。闘牛の掛け金で儲けた分、税金を下げてくれるとまで。もうアイク様様ですよ。もしかしたら次に王位につくのは…。おっとこれは謀反と勘違いされたら困る」


 なるほどね。政務官は以前リリアに暗殺者を送った従兄弟殿だったか。今まで表舞台に立っていなかったが、何か理由ができた? クリフ国が絡んでいる?


「その優秀な政務官はアイク様とおっしゃるのね。滞在中にご挨拶できるといいけど」

「なら今週末に開かれる舞踏会に出席されては? アイク様は今お相手をお探し中で…。あっ。既婚の方に大変失礼いたしました」

「いいのよ。気にしないで。アイク様はどんな方なのかしら。御前に出るのに失礼にならないドレスもお願いするわ」

「アイク様のお好みなら、こちらなどいかがでしょう」


 店主がまたとんでもなく高価なドレスを出してきた。2人に安物は着せられないからいいか。こっちは経費だし。それにしても早くに接触できそうだ。さすがヴィオラちゃん。ハリーが窓辺により指を動かす。いくつかの気配が消えた。


 ドレスショップの馬車に荷物を詰め込み、店を後にした。ヴィンも戻ったので王宮に向かう。


「クリフへ鳩は飛ばした。ボビーを帰国させず、不在中に何か狙っているのか?」

「そのようね。次はリリア姫に面会しましょう。手紙には書けなかったことも会えばわかるわ」


 旅行の途中でふらりと立ち寄ったクロークのハリー王子一行に何事かとしばらく待たされたが、リリアの支度が調ったと通された。


「リリア姫。ご機嫌麗しゅう。変わりはないか?」

「変わりません。ハリー王子も相変わらずお気楽でいいわね」

「それが俺の持ち味だよ。真面目くさった俺が見たい?」


 リリアが首を振る。見たら笑い転げてしまって、どうにかお腹の子ためにと飲み込んだものが出そうだ。


「リリア様。突然の訪問にも関わらず面会のお許しいただき、ありがとうございます。ハリー様がどうしてもノアールのお肉が食べたいと」

「本当に食い意地が張って。あなたも苦労するわね。でもいいの。そろそろ姫会をしたかったから。フローレンスももう会員よ。ゆっくりして行って。部屋もすぐに用意させるわ」

「ありがとうございます。ヴィオラ様から姫会の事を聞いて楽しみにしておりました」

「あらヴィオラ。あなたもいたのね。髪もドレスも真っ黒でわからなかったわ。結婚式に呼んで欲しかった。ヴィンセント様の花婿衣装とても見たかった」

「リリア様ごきげんよう。それはもう素敵でしたわ」


 頬を染めるヴィオラと青白いリリアの間にバチっと火花が散るが、それにまったく気づかない男がいた。


「リリア様、ご無沙汰しております。その…ヴィオラも綺麗でしたよ」


 ふん。とヴィオラが勝ち誇った顔をすれば、リリアがもういいわとお腹をさする。今は悪友とじゃれている場合じゃない。


「ヴィオラも相変わらずね。買い物ついでに来たの? ずいぶんとドレスを買い込んだと聞いたわ」

「女に買い物以外楽しみなんてあるかしら? そこのあなたとあなた。フローレンス様のドレスを早速片付けて来て欲しいのだけど。今夜お召しになるから支度もお願いね」

「いえ。私はリリア様から離れるわけには…」


 ヴィオラが初めて見る侍女2人に頼んだが拒否された。この2人が見張りか。いつもリリアの側にいる侍女が小さく頷く。当たりのようだ。


「私なら大丈夫。こちらはクローク国の王太子妃となるフローレンス様よ。仕事はいつも以上に丁寧にお願いね」


 リリアに言われ、渋々侍女2人がすぐに戻りますと出て行った。


「来てくれてありがとう。もうどうしていいかわからなくて」


 扉が閉まり、部屋の中はリリアといつもの侍女3人、ヴィオラ達だけになると、声を押さえたリリアがヴィオラの手を握り、手紙が届いて良かったと涙ぐむ。


「あれは?」

「懐妊したなら侍女を増やせと言われて。出産経験のある侍女はいなかったから」

「いない? 手紙にはいたはずだけど」

「あれはお母様のことよ。母が心配してあなたを呼ぶようにと」


 侍女が恐れながらと話し出した。


「少しでもお役に立ちたいと調べに図書室に行くと、出産関係の本が全て貸し出し中。私たち出産経験のない者では、新しく来た薬草士とあの侍女達に出されるものが、本当に安全なものなのか、必要なものなのか、まるでわからないのです」

「リリス様が様子を見に来られたときに、ちょうど薬草士が薬を持ってきて、おかしいと気づいてくださったのです」

「とりあえず窓を開けて空気を入れ換えましょう。そのラベンダーの精油はすぐに片付けて。リラックス効果があるとか言われたのでしょうが、妊婦には禁忌よ」


 えっ! 慌てて侍女が外に出した。


「ヴィオラ様に来ていただいて良かったです。次は?」

「悪阻が酷いのよね。こんな体を締めつけたドレスは脱がせて。ゆったりした部屋着に着替えさせた方がいいわ。あとレモンを持ってきて。気分がよくなると思う」

「さすが経験者は違うはね。助かる。少し横になってもいいかしら」

「楽になさい。あの時は調べ尽くしたからね」


 壁際に立つハリーとヴィンはただ見てるだけ。独身男性にはまったく口が出せない。ヴィオラはリリアに会う前に着替えまでして、好んで使っていたラベンダーの香りを消していた。代わりにベルガモットとオレンジ。これもレイが好んで使うからヴィンは気にしていなかった。つい自分の袖の匂いを嗅ぐ。大丈夫そうだ。


 ここで男性陣は外へ出されたが、ヴィオラは残された。今は女性。衝立の後ろにでも逃げ込んでいるだろう。俺たちに今出番はない。客室へ行くか。


 ヴィオラの妊婦におすすめのハーブティーを飲みながら、やっとリリアの顔色も良くなってきた。


「無理していたのね。初めての妊娠で不安になるのも仕方がないわ」

「これとても効いたわ。ありがとう。つけているだけでとても安心するの」


 レイが送りつけた黒水晶のブレスレット。魔除けばかりでなく、不安感も軽減してくれるそうだ。押しつけた形だが役に立って良かった。リリアにとって送り主も安心材料だがそれは内緒。


「女王陛下にお会いすることはできるかしら」

「実は父も具合が悪くて母が付き添っているの。ほら父もお肉大好きでしょう。お酒も毎日欠かさずお飲みになるし。とうとう政務中に倒れてしまったの」

「今の話。ハリーとヴィンにも教えてあげて。君らの未来だよって。ボビーは運動している?」

「ヴィオラ様! また口調が!」

「失礼。24時間ヴィオラは無理。王配殿下の容態も診たいな」

「それならすぐに案内するわ。私も気になっていたから」


 ヴィオラの腕につかまり、リリアがゆっくりと廊下を歩く。少しめまいがするようだ。


「部屋の外に出るのは何日ぶりかしら」

「倒れたらお姫様抱っこしてあげるよ。今ならボビーに睨まれる事もないからね」

「頼りにしているわ」

 

 姫君が倒れても男性護衛が安易に触れることはできない。女性なら別。甘えるなと笑われるかと思ったが悪友はすぐに来てくれた。ボビーが帰るまで側にいてもらおう。


「お母様。腕の良い薬草士を連れて参りました」

「どうぞ。お待ちしていました」

「リリス女王陛下。初めまして。ヴィオラ・バーデットと申します」


 女王自ら扉を開けると、黒髪、青紫の瞳、黒のドレス姿の可愛らしい女性が立っていた。

 

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