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黒水晶

 ウオーランド国との友好の証に、王都で歓迎会が行われることになった。


「本当にこのままでいいのだろうか」

「そのままの方がいいよ。君は堂々としていればいい。恥じることは何もない」


 ダニエルが身につけているのは、ウオーランドでいまだ着用されている古めかしい盛装。すき間もないほどの刺繍が素晴らしいのだが、何せ重いし、どう見てもスマートには見えない。


「やはりフェリシテイー国流に合わせた方が…」

「伝統と格式を軽んじるな。ウオーランドはフェリシテイーの属国じゃない。その重たい衣装も誇れ」


 重いのは認めるんだな。レイは着替えに出されても絶対に嫌だと拒否していた。他人が着るなら隣に並ぼうが気にしない。


 レイとダニエルがお茶を飲みながら広間への案内を待っているとトントンとノックされた。準備が整ったようだ。立ち上がってもダニエルが動かない。


「ダニーは僕の前を歩いて」

「レイ様お先にどうぞ」

「君は王太子で賓客。そして今から出るのは君のための歓迎会。僕はただの公爵で、もてなす側。順はどこも変わらないと思うけど」


 国交を閉ざし、社交なれしていないのはわかるが、レイの後ばかり追うので、どちらが客かわからない。


「ハリーだってこんな時は王子っぽく振る舞うよ。何度も言わせるな。行くよ」

「ではよろしくお願いします」


 前を歩かせてもすぐに横に並ぼうとする。あとはレイがうまくやるだろう。2人につづき側近2人も同じようなやりとりがあった。ヴィンがヒューゴの背中を押し出す。


 広間に入ると、ざわめいた声がピタリと止まり、ウオーランドの王子に視線が集まる。そしてひそひそとささやかれる。


「なぜレイモンド様が案内をされている?」

「何かの手違いだろうな」

「あれがレイモンド様を魔女扱いした国の? ずいぶんと古めかしいお衣装ね」

「劇団のものかも。今日は歌劇でも披露してくださるのかしら」


 嘲笑と敵意。ダニエルから一歩さがったレイは何も言わず微笑むだけ。


 音楽が止まった。国王アルバートがダニエル王子の隣に立つ。


「ウオーランド国の王太子ダニエル殿下。フェリシテイー国へようこそ。2国の友好の証に」


 諸外国の大使が見守る中、堅い握手が交わされた。後ろにいたレオンとレイが続いてダニエルと握手を交わすと拍手が沸き起こる。これでウオーランドはひとつの独立国として知らしめられた。これからどっと人も物も流れ込む。しかし、何の約束もないがフェリシテイーが優先されるだろう。相変わらず我が主は派手な演出をする。


 ダニエルの前に貴族たちが並ぶ。衣装については触れず、皆行儀良く挨拶して列を離れていく。ダニエルの後ろでレイが相変わらず微笑んでいる。下手なことは言えない。前を向くダニエルはそれに気づかない。


「すごいな。誰にも笑われずにすんだ」

「もしそんな愚かな者がいたら即刻退室させましょう。外国の文化は尊び学ぶべきです。私もダニエル王子からいただいたアンティークアクセサリーを身につけてきました。どれも素晴らしくて迷ってしまった」


 レイの腕には黒水晶のブレスレット。愛猫と同じ名の石。


「とてもお似合いだ。最強の魔除けと言われています。レイモンド様にはもう必要ないかと思いますが」


 ダニエルはハリーに鳩を幾人か借りて、教団に関わる者を調べ尽くし排除した。もうレイを煩わすものはいない。


「ありがとう。これで安心してウオーランドに訪問できる。うちの子ども達はおとぎ話が好きでね。古い城や町並みを、ウオーランドの伝統服を着て歩いてみたいと。私も食事が好みにあって、また行きたいと思っていたのですよ」


 2人の会話を近くで聞いていた貴族達から広間全体に伝播する。レオンまで行きたいと言い出した。


「兄上も興味がおありなのですか? 確かに観光には良い国ですが…」

「次の題材に取材に行きたい。もし必要なら何かお手伝いさせていただこう」

「それはこちらからぜひお願いしたい。法整備などどうしたら良いか途方に暮れていました」


 クローク同様にウオーランドも手のうちか。この兄弟は地図を変えずに勢力を伸ばす。この国は安泰だ。


 ウオーランドを馬鹿にする者などいなくなった。よくみれば衣装も精緻な刺繍が素晴らしい。格式高そうじゃないか。安全ならぜひ行ってみたい。女性達はレイのブレスレットをよく見ようと近くに寄ってきた。


「どうぞ。これなら見える?」


 細く白い手首を上げて見せた。一瞬ブレスレットから光が漏れたように見える。シャンデリアの光が当たったのだろう。


 歓迎会が終わり、レイが本邸に戻るが、モリオンの姿が見えない。いつもなら真っ先に飛びついてくるのに。


「モリオンにこれ見せてあげたいのに、どこへ散歩に行ったのかな。仕方がない。着替えるとしよう」


 夕方、ウオーランド国王のために雑貨屋の奥で解毒剤を調剤しているとひょっこりモリオンが顔を出す。


「心配したよ。おいで」


 レイが手を出すと、モリオンが急に毛を逆立て、外に飛び出して行く。


「あれ、変な匂いでもしたかな? 気をつけなくちゃ」


 確かに調剤室には色々な薬草の匂いが混じり合っている。でも今までと変わらないはず。まさかな。ヴィンは手を洗うレイの腕にはめられたブレスレットを見つめた。


 ダニエルは料理人と仕立屋を連れ、王都中を見て周り、買い物に勤しんでいた。レイにウオーランドも他国のように生まれ変わりたいと相談すれば、もったいないと言われる。


「あの城も、町並みも服もウオーランドにしかない。どこにもないものは強みだ。わざわざ変えることはない。だけど、今時のものを取り入れるのはいいと思う。特に観光客用にね」


 油臭い石けん。今は香料入りもあれば、植物油脂のものも人気が高い。ただ泡立てばいいわけじゃない。ウィステリアから売りつけたがまだ足りないだろう。そしてあれ。洗濯にだせばこれは何用? といわれた下着。潜入なのだからその土地の習慣に従うしかない。仕方なく現地調達したが、着心地は良くないし、動きづらかった。次は色々と準備していかなくては。


「レイ様。色々と勉強になりました。我が国に来た外国の方が困らないよう取りそろえたいものが沢山ありましたよ」

「それは良かった。今後も困らないようにアイリス王女とローズ王女をウオーランドにお呼びしては? おもてなしも事務もすべて任せられる」

「2人を我が国にお迎えしてもいいのですか?」

「ウィステリアはもう十分助けていただいたから、すぐにでもどうぞ」


 ダニエルの顔が赤くなった。これは脈ありか。また領主館が忙しくなるな。


 ごたつきもあったが、レイが気にかける案件が少しずつ片付いていく。ハリーの帰国と確実になった王位継承、スミス家ラベンダーの見送り、教団の徹底排除。異国の王女の嫁ぎ先はおまけみたいなものか。


 それとルーカスの後ろ盾と双子へ忠心を尽くす者達。一体何カ国の王族を味方につけた? 将来ルーカスの役割は重要になってくる。王を助け、国と領を守る。父だけじゃなくルーカスも力をつければ、アナベルが意に沿わない結婚を強いられる事はないだろう。もし。もしもレイがいなくなっても…。考えたくもない。


 廊下を歩いているとダニエルの側近ヒューゴの姿を見かけ、声をかける。


「ちょっと聞きたいんだが」


 近くの小部屋に入り椅子に腰かけさせた。気になるのはあのウオーランドからの手土産。レイに渡されたブレスレット。


「魔除けの石とはなんだ?」

「そのままですよ。魔を除けるもの。魔が徐けるもの。どこの国にもそう言った不確かだけど言い伝えられたものがあるでしょう」

「他の装飾品にも効果が?」

「今回お持ちしたものの中ではあの黒水晶だけです。もし入り用なら…」

「いや、いい。他に魔除けとなるものを知っているか?」

「ほら、ヴィンセント様の愛馬オニキス。名をとったあの石も強力な魔除けの効果がありますよ」

「それは知らなかったな。そうだ、白蛇って何の御利益があるか知っているか」

「ヴィンセント様は変わったものに興味を持たれるのですね。白蛇は確か神の使い、縁起の良いものだと。金運がよくなると珍重されますね」

「黒蛇は?」

「詳しくは知りませんが、家守りと聞いたような。どちらも珍しく、お目にかかれませんが」


 そうか。それが抜け殻とはいえ両方いるわけだ。領の繁栄に一役買ってくれたのか。忙し過ぎるのも考えものだが。


「黒猫は?」

「やはり黒がお好きなのですね。幸運の象徴とも魔女の化身とも言われています。どちらも定かではないですが」


 魔女の化身。悪意はないだろう。考え込むヴィンが疲れていると思ったのかヒューゴが気遣う。


「連れてきた料理人に黒いお菓子を焼かせましょう。ブラックココアなら甘党でないヴィンセント様でも美味しく召し上がられる」


 ヒューゴが席を立った。レイもそれなら食べるだろう。


 小部屋の窓から外を見る。小さな気配はもうない。モリオンは…。胸がざわつく。ヴィンの気になる事が増えただけだった。

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