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結末あれこれ

 レイ一家は離宮に来ていた。月に2度の遊びの日。今日はルーカスの番。


 舟を漕ぎたいと楽しみにしていたが、ルーでは足かけに届かない。父の前に足を伸ばして座り、櫂を触っているだけ。でも満足。危険さえなければ無理だ、まだ早いと父は言わない。「試しにやってごらん」背中から伝わる父の温もりと穏やかな声。次は何をして一緒に遊んでもらおうかな。


「お父様。リアンがすごく機嫌がいいってアナが言ってた。あの護送車に乗った女の人と関係あるの?」


 ウオーランドの騎士に見張られ、エレナが護送車に乗り込む所をルーは領主館の窓からじっと見ていた。あの日、妹を守ってあげられなかったとルーは悔やんでいる。結末を教えてもいいだろう。湖上だ。他に誰も聞いていない。


「父様はリアンに特別な休みを与えただけ。たまったストレスを発散に遠出でもしたんだろう。フローレンスからもらった剣の試し切りをしたって言ってたな」

「リアンは出かけていたの? ダニエル王子が模擬戦で父様と騎士団長が圧勝だったって教えてくれたよ」

「今は友好国の王子が滞在中。警備のため騎士団長は留守にできない。身代わりを置いて行ったのさ」

「僕も模擬戦見たかったな。騎士団長服を着たお父様もすごくかっこいいよね」

「ふふ。みんなには内緒だよ」


 リアンの服と剣では動きづらいと言っていたレイに圧勝された。悔しい。2戦目ならまだいけたか? いや、愛剣を持ったレイに勝てる気がしない。ローガンも苦戦していた。


 それにしても、のんびり舟遊びしながらする話か? それも5歳の子ども相手に。


「トーマスも同じ日にいなかった」

「トーマスには山犬討伐に行ってもらった。森を抜ける商人達が困っていたからね。群れを見つけ出して、逃げ出したネズミまで退治してくれよ」


 怖い、怖い。スミス家特製の毒を塗った剣で刺した上に、山犬に襲わせるなど。逃亡中の不慮の事故。異母妹をあっさり切り捨てたダニエルは刑を言い渡さずに済んでほっとしているだろう。前回のこともあってウオーランドはもうレイに頭は上がらないな。すべて計算のうちか。


「もうアナを虐めた悪い奴はいなくなったんだね。フローレンス達が怖い顔をしていたけど、元に戻ったのもそれでかな」

「臣下には心身ともにいつも健康でいて欲しい。くみ取って、取り除いてあげるのも主としての務めだよ」


 護衛達は皆、殺気立っていた。リアンとトーマスの報告にやっと溜飲を下げたのだろう。


 自らは動かずとも望んだ結果にする。この親をみて育つのだ。先が恐ろしくもあり、楽しみだ。俺たちはもう離れられない。仕える歓びを知ってしまった。


「手が痛くなってきた。ヴィン、代って」

「早すぎだ。こぎ出してまだ15分くらいだぞ。ルー動くな! 岸に戻せ」


 前に子どもがいたら漕ぎづらいのだろう。ルーも満足したところで、次は釣りをするらしい。釣り竿を用意しておいて良かった。


 船着き場には、アナベルを乗せていたリアンが先に戻っていた。日陰には休憩用の椅子とテーブルに茶器とお菓子が用意され、アナが支度できたと手を振っている。レイとルー、どちらが先に着くか走り出した。のどかないい光景だ。


「どうした? 元気ないな」

「もう帰りたい…」

「お疲れか? 夜、時間空いたら飲もうぜ」


 リアンが暗い顔してため息をついている。機嫌はどうやら良くない。レイに何か言われたのか。話くらい聞いてやるか。


 双子はレイが一緒に休むから心配ないと言って、護衛たち全員の飲み会になった。これは初。交代で様子は見に行くが、離宮の執事もメイドも目を光らせ、何かあったら知らせが来る。酒の飲めないミアとフローレンスに頼むことになるが心配はない。


 場所は厨房の隅。ハリー王子がいるのにここではと執事に言われたが、ハリーは譲らなかった。執事が出て行くと、料理人に「今日のまかない飯は何? それと、から揚げとソーセージ。ジャガイモも揚げて」と注文している。今だけここは居酒屋。夕飯後によく食えるな。


 トーマスとセオが酒蔵から高そうな酒を選んできた。後で叱られないか? ここの執事、レイ親子やエリオットには甘いが俺たちにはそうでもない。靴の泥を落とさないと入れてもらえないし、言葉遣いにもうるさい。聞けばオリビア様が嫁ぐ時にオルレアンの家から連れてきたという。納得。ソフィア様仕込みか。


「フローレンスが飲み会参加とは珍しいな」

「皆さんともゆっくり話がしたかったし、もうすぐここを離れますから」


 半年後に式の日取りが決まった。今はクロークと行き来しながらの生活。アナと離れるのが寂しくて仕方がないという。アナはクロークに会いに行くと言っていたが、レイが出さないだろう。


「リアン団長にはお世話になりました。アナ様のこと、よろしく頼みますね」

「私こそ世話になった。私では入れない場所もあるからね。フローレンスがいてくれて助かったよ」

「…私はもう2度とアナ様をから離れない」


 レイラがグラスを一気に煽るが、相当強い酒が注がれていたはず。悪酔いだけはしないでくれ。中身は女性のレイラの介抱はできないからな。


 今回の件で一番悔やみ、落ち込んでいたのはレイラ。あの時離れたせいでと責任を感じている。レイから叱責はなかった。それがまた落ち込みの原因。罰を与えたれた方が、まだ気が楽だったろうに。


「誰も24時間監視なんてできやしない。全員で補いながら仕事しようぜ」


 さすが年長トーマス。いつも全体をみてフォローしてくれる。しかし一番主をほったらかしにしているのもトーマス。いつもルーカスがトーマスを探している。


「そうだよ。ずっと見張られていたらストレスたまるだろう。そうじゃない人もたまにいるけどさ」


 セオはある程度距離を保っているが、それでもレイは気づく。独り言かと思えば、どこかにいるセオに話しかけているなんてことがよくある。1人になりたければ、勝手に自分が離れる。逃げ出したレイを探すのは俺。


「でもさ。ヴィンは寝るときも姐さんにひっついてるよな。羨ましい」


 またハリーの焼きもちか。もうフローレンスと早くクロークへ帰れ。


「そういえば、囚人を躾けたご褒美って、何もらったんだ?」

「気になるか? ふふん。ヴィンにはできないことだな」


 くそ。余計気になる。前にもレイがハリーに好きにさせたと言っていたが、何をさせた。


「異国で言う極楽浄土ってやつに行った気分を味わった。これからはフローレンスに頼むけどね」

「まあ。私にできる事かしら」


 ハリーに抱き寄せられてフローレンスが顔を赤める。勝手にやってくれ。


「ルーカスは昼間、結末を教えてもらっていたな」

「あれを話したって事か?」


 トーマスはエレナの最期を見届けたが、あれは酷かった。思い出したくもない。グラスになみなみと酒を注いで飲み干す。飲まなきゃやっていられない。


「そう。のんびり舟の上で。全部話さなくてもおおよそ検討つけて理解していた。血は争えないな。模擬戦を見たかったって残念そうだったぞ」

「さすがルー様。賢くて可愛くて、妹思い。お世継ぎとしてふさわしいわ」


 ミアのルー自慢が始まった。まるで姉のよう。


「それ…。次は自分が出る。騎士団長は私だ」

「レイに何か言われたのか?」

「違う。アナ様が…」


 リアンが机に突っ伏し泣き出した。泣き上戸だっけ?


「せっかくの主似の顔が汚れるぞ」

「似ていて良かったけど、良くなかった…」


 上機嫌のリアンはアナを乗せて舟遊びを楽しむ予定だったのに、アナは父と兄の乗る舟ばかりを見ていた。


「お父様は騎士団長服もとてもお似合いなの。すごく素敵だった。お父様に似ている方ではなく、お嫁に行くならやっぱりお父様がいいわ」

「レイモンド様は何をお召しになってもお似合いだ…」

「強くて、優しくて、ドレス姿も可愛いなんて他にそんな方いないわ。いいな。私もあちらの舟に乗りたかった」

「…アナ様。日差しが強くなって来ましたよ。岸に戻りましょうか」

「そうね。お父様に冷たいお飲み物を用意しなくちゃ。奥様にはなれないけど、子どもみたいなお父様のお世話なら私にもできるわね」


 それは、何というか。夢見るお年頃なのだろう。


「リアン団長。落ち込まないでくださいよ。憧れがお父様で良かったじゃないですか。他の男子だったらそれこそ勝ち目ないですよ」

「ないのか? 私だって親子ほど年の離れたアナ様を妹か娘のように思っているさ。でもお嫁さんになりたいなんて言われたら誰だって嬉しいだろう。この気持ち、わかるか?」


 恋敵が父親ってのが悔しいのか。わからん。


「でもアナ様はダニエル王子も素敵って言ってましたよ」


 新情報はレイラから。一言も漏らさずにアナの後ろで聞いていた。確かにあれは幼子でも惚れるな。


 ダニエルはアナへの謝罪とお見舞いに、連れてきた仕立屋に作らせた肩かけの小さな鞄を持ってきた。適当に買ったものじゃなく、心のこもった贈り物。縁取りにウオーランドの刺繍がされたリボンが縫い付けてあり、一目でアナは気に入り、今日も肩から提げている。一国の王子が跪いて、謝罪し、気遣い、労るような言葉が並べられ、アナは笑顔を見せていた。隣で見守るレイも感心していたくらいだ。あれは素なのか。


「うちのお姫様の心を射止めるのは難しいな」


 リアンも苦笑いしている。


 夜も更けた。解散したら見回りだ。


「お父様が一番らしいぞ。良かったな」

「ふふ。リアンには悪いことしたかな」

「廊下で聞いてるなら、入って来いよ」

「まさか。僕がいたら本音なんて話さないし、みんなの休みにならないでしょ」

「双子は?」

「モリオンに頼んできた」

「そうか。ところでハリーへのご褒美って何だ?」

「気になる? うーん。ヴィンには無理だと思うけど」

「無理じゃない」


 自分に与えられた部屋で待つように言われた。レイが何か持ってきて、長椅子に腰掛けると「どうぞ」と膝を叩く。うん? 膝枕? それはいきなり来た。


「ギャー! くすぐったい! やめろ」

「ほらね。耳掃除はヴィンには無理でしょ」

「ハリーにはこれが極楽浄土なのか。俺には拷問だ」

「ねえ、知ってる? ヴィンの耳たぶの裏に小さなほくろがあるんだよ。僕だけの秘密にしていい?」


 知るわけない。秘密も何も誰も気づかないだろう。まだ背がぞわぞわする。


「おい。代れ」

「気持ちよくて寝たらどうしよ」


 小さな頭が膝に乗ると絹糸のような髪がさらりと広がる。羽毛でできたふわふわが気持ちいいのか本当に寝てしまった。もうしばらくこのままでいいか。膝は温かいが、猫のように丸くなって眠るこいつが風邪をひかぬよう脱いだ上着を掛けてやる。俺もまぶたが落ちてきた。どうやらこいつも俺も極楽浄土とやらに行けたようだ。

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